第1章 各制度の概要〜その「発想」を探る

1.配偶者控除・配偶者特別控除

(1)減税政策の背景〜「クロヨン」問題との関わりを中心に

 配偶者控除は1961年に、配偶者特別控除は1986年に、減税政策の一環としてそれぞれ導入された。共通する背景事情には主としてふたつの事情がある。ひとつは、中堅所得者層の重税感を軽減するため、もうひとつは、個人事業者の専従者給与(控除)とのバランスをとるためである。
 累進課税の性質上、いわゆる「中堅所得者層」と呼ばれる所得階層の人々が、最も重税感を感じることになると言われている。これは、収入が上昇して適用税率の段階が上る時期が、住宅ローンの返済や子供の就学費用等の出費が最もかさむ時期と重なることがその主な要因とみられる。
 日本の税制改革で減税政策がとられる場合、この層が最も重点的に恩恵を受けるような措置になることが多い。
 「クロヨン(トーゴーサン)」問題とは、給与所得者、個人事業者、濃林業者各間の所得捕捉率に大きな差があるとされる問題である。その実情については、総合的に見た場合、実はいわれる程の差があるわけではないとの見方もある。また、所得課税のシステム上(源泉徴収と申告課税の違い)捕捉率にある程度の差が生じることは、所得税という制度そのものの性質である。また、税制上の観点のみの判断ではなく、個人事業者と給与所得者を比較した場合、必ずしも個人事業者等が一方的に有利であるとは言えない(安定性等)ことなども考慮に含めると(そんなにおいしいんならサラリーマンより自営やったほうがいいやんね、そうしないのはなぜ)、「クロヨン」がどの程度実際に「問題」となっているのかは、明らかではない。
 しかし、捕捉率の差があることに対しての給与所得者の不満は、「クロヨン」問題が大きく取り沙汰されたことから、常に不公平感の根拠とされてきた。
 捕捉率と共に個人事業者を優遇する制度とされるのが、青色申告の専従者給与の問題である。青色事業専従者とは、「15才以上の生計をともにする配偶者かその他親族で、事業に従事する者」のことで、専従者に支払う給与については、「適正な金額であれば」全額を事業所得の必要経費として控除できるという仕組みである(さらに専従者に支払われるのは給与であるから、給与所得控除を受けることができ、世帯単位では控除額がより大きくなる)。給与を控除するのに何の問題があろうかと思われるが、「専従」の定義付けの難しさ、「適正な金額」の基準の不明、そして「本当に事業に従事しているのか(いわゆる「専業主婦」に近い配偶者にも給与を支給していることになっていないか)」を厳密に確認することが困難であるといった点から、実際にはこの制度が所得分割の手段に使われている部分が少なくないというのが大方の見方である。この点も、前述の不公平感に含まれるものである。
 さらにさかのぼると、この専従者控除そのものが、個人事業者と法人事業者とのバランス問題から成立した制度である。ここのところが、どのように考えられていたかといえば、配偶者控除が導入された1960年12月の税制調査会第一次答申によると、「個人企業と法人企業との間の負担のバランスの問題で(中略)白色申告者に新たに専従者控除を認めるとともに青色申告者の専従者控除の限度額を引き上げるべきものと認めた。」ということである。
 また、専従者控除についてどのような意味合いであるのか、同答申はさらに続ける。「専従者控除の拡充は、その税制上の根拠はともかくとして、結果的には事業所得者に対する特殊の減税を意味し、また、家族が事業に従事する場合の労働報酬を控除することを認める場合には、企業と家計における家族の労働との関係が微妙な問題となり、ことに主婦の家事労働をどうみるかが大きな問題となる。」ということである。
 いきなり「家事労働」が出てきてびっくりしてしまうが、この結論への運び方は見事というほかはない。

(2)配偶者控除

 配偶者控除は、現在の控除額が扶養控除と同額であるため、また「被扶養配偶者」であることがこの控除を受けられることの要件であるため、扶養控除から派生したものであるかのような印象をうける。ゆえに「なぜ扶養控除とは独立に配偶者控除を設立させたのか」という疑問がおこるのは自然なことであろう。
 しかし、配偶者控除のそもそものおこりとは、扶養控除ではなく、基礎控除から派生したものであった。
 1960年12月の税制調査会第一次答申によると、「配偶者控除の問題は、所得税の課税単位(所得税の課税を稼得する個人ごとに行なうか、消費支出を共通にする夫婦、世帯当を単位とするかという問題とからみ、」、さらに同月長期答申では「配偶者控除は、後述の課税単位に関連し、配偶者の稼得に対する貢献や、夫婦共稼ぎ世帯の一方が所得を得ている世帯との税負担バランスを考慮して、扶養控除とは別に基礎控除と同額の控除を設けて税制を配慮することが適当であるという趣旨で」という記述がある。以後基礎控除と配偶者控除、扶養控除が同額になってゆくにあたっては1973年12月の答申で「(それぞれの控除額がちがう)現行制度は一般納税者にとってなじみにくく、これらの控除額を同額としたほうがわかりやすいとする考え方」が出現し、実際には1971年度の改正で配偶者控除が基礎控除を同額に引き上げられ、1974年度の改正で扶養控除が他の2控除と同額に引き上げられる。

(3)配偶者特別控除

 前述した配偶者控除と共通する導入理由に加えて、配偶者特別控除のばあい、段階的に控除額が減っていく「消失控除」を取り入れることで、配偶者控除を受けられない世帯の手取り収入額が急激に減少する、「所得の逆転現象」が生じることへの対応策という性格がある。この背景には主にパートタイム労働者が控除対象範囲内で働こうとするため、就労調整をはじめ配偶者控除が就労に抑圧的にはたらくことが問題になっていたということがある。この制度の導入によって、所得税上は「逆転」がなくなった。しかし、そのことはあまり認識されず、就労調整その他の問題はその後も残る。
 配偶者特別控除の導入について論じるにあたり、消費税のことを視野の外におくわけにはいかない。配偶者特別控除は消費税の導入に先立って行なわれた大減税政策の一環として制定された。いわゆる「アメとムチ」である。
 ここで「標準家庭」という言葉に言及しておかなくてはならない。減税(あるいは増税)政策がとられる度に、「それでは我々はどのくらい税金が減る(増える)のだろうか」とうのが多くの国民の関心事である。その疑問にこたえ政策をわかりやすく説明するために政府やマスコミが用いるのが「夫婦と子供二人の標準家庭の場合」という例示である。それが真に日本を代表する家庭の形であるのか、そのような説明で果たして充分なのかという疑念はともかくとして、この「夫婦二人」という場合、その片方は必ずといっていいほど無職無収入として設定されている。つまり「標準家庭」で減税になるとすればそれは配偶者(特別)控除を含めた場合の減税であるということが重要な点である。
 当然のことながらその点(特定の立場の人のみが恩恵を受けるということ)を突いた制度批判も行なわれ、それについては後述する。ここで重要なことは、減税効果を説明するのに「標準家庭」が用いられるとしたら、その「標準家庭」が最も恩恵を受ける形の政策を発表した方がよりその効果をアピールできるという点である。「(消費税導入にあたって政治的判断として)所得税減税が必要なのはわかる。では、それがどうして配偶者控除というかたちで行なわれるのか」という疑問をとくヒントはどうやらここら辺にあるらしい。ただし、このような特定の立場の人が恩恵を受けるというかたちをとったのは、実際にそのような人々が有利になることを目的とした政治的判断なのか、現実とは別にこのようなアピールしやすさを狙ったものなのか、そのどちらに重みを置いた判断であるのかということまでは、今回の調査の中であきらかにできることではない。
 いまひとつ導入にあたって重要な考え方が「二分二乗方式」である。これは前述の専従者控除とのバランスを取るために検討された概念である。配偶者控除や配偶者特別控除とはそもそもこの課税単位の考え方から発想された控除である。
 「二分二乗方式」とは、夫婦の所得を合算して二分し、それぞれに課税するという課税方式である。専従者控除に所得分散の意味合いがあることから、前述の個人事業者との課税バランスをとるのに導入された考え方である。
 結局のところ「二分二乗方式」は、個人単位課税の原則を見直す必要はないという結論に達し、導入は見送られ、その議論から派生して生まれた代替制度が配偶者特別控除である。
 1986年10月の税調答申では「片稼ぎの給与所得者世帯にあっては、所得を稼得する仕事に直接従事しているのはたとえその一方であるにせよ、他方の配偶者もその稼得を支えていると考えるのがおそらくは自然であり、その意味では所得税及び個人住民税の課税に当たって、なんらかのしん酌を加えることが妥当ではないかと思われる。
 その場合、配偶者が所得を稼得する仕事に直接従事しているわけではないことから、所得を分与する形でしん酌するには無理があると考えられる。そこで、所得の稼得に対する配偶者の貢献といった事情をも念頭に置きつつ、世帯としての税負担の軽減を図る趣旨で」という記述がみられる。
 このことから、そもそもはバランス論であるのが、「二分二乗方式」を説明する際に、「夫の収入は妻の貢献があってこそ得られるものであるから、その貢献を評価する」という説明がなされたため、その後頻繁に登場する「内助の功」という言葉を用いることになったと思われる。「内助の功」についてはさらに後述する。
 課税単位の考え方については現在にいたるまで継続的に議論されている問題である。それぞれの場合によって有利・不利となる立場がはっきりしている問題(神野、1995)であることから、結論をだしにくい性格があるからである。

2.国民年金第3号被保険者制度

 「第3号」の制度ができるまで「被用者の配偶者」の年金は、国民年金への任意加入ということになっていた。この制度の場合、主に他の年金にも国民年金にも加入したことの無い女性が離婚した場合等に、無年金者が出てくるということで、被用者年金(厚生年金等)の被保険者(国民年金第2号被保険者)である配偶者の被扶養配偶者は強制的に国民年金に加入するものとされ、その保険料は被保険者たる被扶養配偶者が無職無収入あるいは低所得者であることを考慮され免除するものとされた。これが1985年に改正された国民年金制度の「第3号」についてのあらましである。
 この経過からわかるように、日本における女性の年金のそもそもは、配偶者(夫)の年金で賄われることを前提として作られていた(遺族年金の制度もしかりである)。当初の国民年金制度で年金を受けることができるのは、必ず結婚して、離婚は絶対にせず、(被扶養者の範囲を超えるほどには)働かない女性だけである。主に離婚した女性の年金権を確保することが「第3号」の導入目的であった。

3.近年の動向

 前文で述べたとおり、被扶養配偶者を優遇するとされる各制度は見直しの傾向が強くなっている。
 見直し論の主な根拠は、公平を欠く制度であるということと、将来の労働力不足に備えて労働力と財源を確保する必要があるということである。
 雇用・労働ワーキング・グループの提言『自由で活力ある労働市場をめざして』では、日本経済の構造改革と高齢化社会の到来を迎えて、労働力の活用が必要であるとの認識が根底にある。

 「高齢化によって不可避に増大する社会的費用をまかなう社会的な能力をいかに確保し、強化するかということである。その能力は国民の稼得力つまり国民所得であり、それは労働力と一人当たり生産性との積として表される。(略)そのためには(略)分母である国民所得をできるだけ大きくしていくことが極めて重要な戦略となる。(略)国民の稼得力は労働市場への参加をどれだけふやすことができるか、そして労働生産性をどれだけ高められるかによって決まる」

 提言の4つのテーマのひとつに「労働力供給の拡大及び質的向上を促進する改革」という項目があり、その中で以下のように述べられている。

 「能力と意欲に応じた所得の向上の機会に制約を課すべきではなく、勤労意欲と向上意欲を充分に促進すべきような制度とすべきである。/一方、低所得者に対してはむしろ生活保護や真の社会的弱者に対してはむしろ生活保護や社会保障給付によってその救済を図るべきである、「結果の平等」までを強く求めるような所得再分配要素を混入させることで、資産配分の効率制を底値、経済活力を阻害すべきではない。言い換えれば、経済の効率と最低生活保障は別個の原則として追求すべきであって、「結果の平等までを指向して経済効率を犠牲にすべきではない」

 ここでは、もし保護する必要があるのならば、控除や保険料免除といった方法ではなく、何らかの給付などのはっきりとした保護を行なうという方向性が示されている。
 特に被扶養配偶者の問題については「給与所得者の配偶者の取り扱いに関する見直し」という項目を設けて「(1)所得税制における給与所得者の配偶者の取扱の見直し(2)年金・医療保険における給与所得者の配偶者の取扱の見直し(3)企業の配偶者手当て支給の見直し」とはっきり具体的に指摘している。
 その他、1996年の男女共同参画審議会や1997年度から1998年度にかけての年金審議会の中でも同様の問題意識から議論がされている。国民年金第3号被保険者については、同様の方向性を示しつつも、保険料徴収の方法が主な議論の中心になっている。