第六章 まとめ


 ウェルテル効果(誘発自殺)に関して布施さんの著書に次のようなことが記されています。D・フィリップス(注1)は自殺した人物がかなりの名声のある有名人であった場合、そして自殺したときの個人の状況が読者の現状と非常に酷似した場合に誘発自殺が増加することを示唆しました。またI・ワッサ−マンは誘発自殺の研究において大切なのは自殺者の知名度であると指摘しました。すなわち新聞に自殺が報道される度に自殺が増加するのではなく、全国的に知れ渡った有名人の自殺報道のみに誘発自殺がみられます。つまり誘発効果は特定の知名人に限定されていることを実証していると主張しました(注2)(布施、1990、p143)。
 このことからも昭和61年のアイドルの自殺にはウェルテル効果があり、『完全自殺マニュアル』にはウェルテル効果がないと言えます。また平成5年の10月に『完全自殺マニュアル』を所持した遺体が青木ヶ原樹海で見つかったという報道が大々的に行なわれましたが、これによるウェルテル効果がなかったのも遺体が有名人でなかったからでしょう。しかしこの報道はウェルテル効果にはなりませんでしたが、本の売上増にはなったようです。
 前述しましたが稲村博さんは自殺報道に関して次のように書いています。自殺の事例が詳細に報道されると自殺を考える子どもに様々な示唆や教唆を与えることになり、その中で最も端的なのが自殺手段と自殺場所です。死を考えるような子供たちはどうやって死のうかどこで死のうかと無意識的に考えていますから詳細な手段や場所が報ぜられるとそれに飛びつくのです(稲村、1978、A、p174)。
 確かに『完全自殺マニュアル』を所持した遺体や、マニュアル通りに自殺した例もありました。これに対し鶴見済さんは、「(今回の樹海の自殺者は)本を読んで自殺を決めたわけではないと思う。この本で言いたかったのは『自殺』を選択肢の中に含めることで生きやすくしようということだ」(鶴見済、1994、p33)と言っています。また、朝日新聞「声」の欄に「この本を読んで、自殺を思いとどまった人もいる、という事実も知っていただきたい」と結んだ投書が載っています(鶴見済、1994、p25)。自殺を選択する人は自殺の手段や場所を教唆される、されないに関わらず自殺してしまうのではないでしょうか。なにより『完全自殺マニュアル』が実際の自殺の統計に影響があったとはいえないのですから。
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