第五章 調査の分析と考察


 宣伝なしで15万部。さまさまなメディアに取り上げられて1993年の7月から94年の2月までで50万部売れた「完全自殺マニュアル」。一冊まるごと、自殺の方法だけが細かく細かく書かれていて、薬、首吊り、飛び降り、手首・頸動脈切り、飛び込み、ガス中毒、感電、入水、焼身、凍死、その他の手段の11手段からの構成です。富士の樹海に関しては、「自殺マップ」として6ぺ−ジにわたって写真付きで詳しく説明されています。
 ここで稲村博さんは自殺報道に関して次のようなことを書いています。自殺報道は子供に潜在している自殺への願望や衝撃を強め顕在化させる作用があります。センセ−ショナルな報道がなければ潜在したまま経過しうるものを、強め、肥大させ、自殺に近づけてしまう効果を持ちます。そして自殺の事例が詳細に報道されると、自殺を考える子供にさまざまな示唆や教唆を与えることになり、その中で最も端的なのが自殺手段と自殺場所です。例えば、感電自殺などでは、手足にどういう電極をどうやって巻いたとか、詳細に書いてあります。多くの子供は感電自殺というのは具体的にどうするものか知らないので詳しい報道が暗示や教唆となるわけです。自殺場所についても同じで、死を考えるような子供たちはどうやって死のうかどこで死のうかと無意識に考えていますから、写真入りで場所や建物などが報ぜられるとそれに飛びつくわけです。このようなことは健康な人からみればたわいもないかもしれないが、子供や精神障害者、また自殺に追い込まれている人にとっては、こうした影響は強く働くのです。(稲村、1978、A、p173-174)
 以上のような稲村さんの見解からすれば自殺手段と自殺場所をこと細かく説明しているこの本の影響がないわけがありません。よって世紀末を告げる不気味な本と批判を浴びた『完全自殺マニュアル』が実際の自殺にどう影響したのか考察することにします。また『完全自殺マニュアル』がどれほど世間を騒がせたか、『ぼくたちの「完全自殺マニュアル」』より騒動記を末尾に添付しておきます。

『完全自殺マニュアル』の発売の年、1993年(平成5年)をはさんだ4年間の少年(20歳未満)の自殺者数は1991年(平成3)に454人、1992年(平成4)に524人、1993年(平成5)に447人、1994年(平成6)に580人でした。こうしてみると、『完全自殺マニュアル』発売の93年の自殺者数は少なく、翌年の94年に多くなっています。これだけではよくわからないので、この4年間の少年(20歳未満)の自殺者数の月別グラフ(図表7)を見てみましょう。
 『完全自殺マニュアル』発売の平成5年7月の自殺者数は他の年と比べて変わりません。8月も変わらないし、9月は少ないくらい。10月に入り宣伝なしで17万部売れています。それに加えて、新聞が青木ケ原樹海で『完全自殺マニュアル』を所持した死体が発見されたと報道したのが10月20日、その翌日、各ワイドショーが一斉に報道。この報道により、かなりの数の人に『完全自殺マニュアル』の存在が知れ渡り、少年への自殺手段、場所の暗示や教唆があったはずですが、それにも関わらず自殺者数は10月、11月、12月と他の年に比べてやや少ないくらいです。年が明けて、新聞とワイドショーが『完全自殺マニュアル』を愛読していた中学3年生の少年が、マニュアル通りに自殺したと報道されたのが、平成6年の1月18日、19日。自殺者数のほうは年が明けた途端、増加傾向に変わっています。本のほうは2月の時点で50万部を突破しました。
 前述のアイドル歌手の自殺の場合は自殺報道がされた月にすぐ自殺者の増加のピ−クがみられます。一方『完全自殺マニュアル』は発売、そして、この本を所持した遺体の報道があっても自殺者の増加は見られませんでした。しかし発売から半年、最初の大きな報道から3カ月経ったところから増加が見られるようになりました。すなわちアイドル歌手の自殺の場合、ファンにとって彼女のセンセ−ショナルな自殺にショックを受けると共に、自らの愛に殉じた可憐な乙女として神格化され、自殺が崇高なイメ−ジを帯びて神秘化された印象を持ったようです。そして突発的に自殺をしてしまった少年が出て、報道後すぐに自殺者増のピ−クが現れたのではないでしょうか。一方『完全自殺マニュアル』の場合、本という媒体の特徴から、マスメディアに取り上げられて人の目に触れるようになり、本が売れて、自殺場所、自殺手段をこと細かく知る人が増えます。そして自殺を考える少年に暗示、教唆を与えて自殺者増につながるのに半年という時間を要したのではないでしょうか。よって増加がみられるようになった平成6年1月からは各月、1年を通して他の年より少し多くなっているのがわかります。特に夏休みを終え少年の自殺が最も多くなる月の一つである9月には『完全自殺マニュアル』の自殺手段、場所の教唆・暗示により一時の危機的状況にあり自殺を考えた少年を実行へと駆り立ててしまい、その結果かなりの自殺者増につながったのではないでしょうか。
 以上のことから平成6年に『完全自殺マニュアル』の影響が出たのではないかという仮定で話を進めていくことにします。
 次に少年(20歳未満)と、全自殺者の年間自殺者数、月別状況を比較してみます(図表8)。全自殺者の平成6年は21679人、平成5年は21851人、平成4年は22104人、平成3年は21084人となっています。前述したように少年の年間自殺者数は平成6年が一番多く、次に平成4年、平成5年、平成3年の順となっています。すなわち少年の自殺者で一番多い平成6年は全自殺者で見ると三番目と順位に入れ違いがありますが、他の年では全自殺者と同じ順に少年の自殺者数も並んでいます。ということは平成6年以外の年は全自殺者数に比例して少年(20歳未満)の自殺者数も多くなったり、少なくなったりするということです。それでは平成6年が他の年に比べて少年の自殺者数が多いのに、全自殺者数では多くないというのはどういうことであろうか。つまり少年の自殺は社会情勢の鋭敏なバロメ−タ−だということは前々から記しています。よって鋭敏なバロメ−タ−ではない他の世代の自殺には影響なかったが、鋭敏なバロメ−タ−である少年の自殺には影響があったという要因が考えられます。すなわち『完全自殺マニュアル』の影響があったのではないかということです。また月別でみていってもほぼ同じことが言えると思います。
 今度は10代、20代、男女別の自殺者数年間推移(昭和59年の自殺者数を100としたもの)のグラフ(図表12)を見ていきます。やはりここで目を引くのは昭和61年の10代女子の激増ぶりです。アイドル歌手の自殺があった年ですが、すざまじいウェルテル効果であることがわかります。さて注目してほしいのは10代男子の推移なのですが、昭和61年は、これもアイドル歌手の自殺の影響と思われるのですが他の年より多いのがわかります。しかし、その昭和61年以降10代男子の自殺者数は低迷しています。それが平成6年に来て盛り返しています。平成6年にきての10代男子の伸びは、10代女子、20代男女と比べて大きくなっています。つまり『完全自殺マニュアル』の影響が一番でたのが10代男子ということです。これは第一章で書いた稲村さんの「社会情勢の最も鋭敏なバロメ−タ−は10代後半の男子である」という言葉に合致することになります。
 『完全自殺マニュアル』の読者から送られた手紙の分析デ−タ(サンプル数536)というものが『僕達の「完全自殺マニュアル」』に掲載されています(図表13)。ここにある県別分布と人口動態統計の都道府県別自殺者数(図表14)を照らし合わせてみたい。「読者の手紙」分析デ−タでは東京が一番多く二番手が神奈川、関東以外で多いのが大阪です。都道府県別自殺者数をみると平成3年から4年にかけて全国で千人以上増えているにも関わらず、東京では逆に71人減っています。平成5年になっても東京、神奈川、大阪での自殺者数の増加は見られません。ところが平成4年と6年は全国で見るとほとんど同数にも関わらず、東京では156人増、神奈川で43人増、大阪で87人増。また平成5年から6年では全国で407人増えていますが、東京、神奈川、大阪の三都道府県だけで250人もの増加なのです。これより全くと言っていいほど増加の見られなかった東京、神奈川、大阪の自殺者数が平成6年においてのみ明かな増加が見られます。ちなみに他の県ではほとんど全国の自殺者数に妥当な比例をしています。すなわち読者からの手紙が多くきた東京、神奈川、大阪の自殺者数が平成6年においてのみ、他の県でもみられない増加を示しました。よってこのことより『完全自殺マニュアル』のウェルテル効果を説明できないでしょうか。
 次に自殺の手段別(図表15)をみてみます。ここで目を引くのは感電自殺です。平成3年に56人、平成4年に79人、平成5年に87人であったのが、平成6年には188人と倍以上の数を記録しています。前述しましたが稲村博さんは次のように書いています。感電自殺などでは、手足にどういう電極をどうやって巻いたとか、詳細に書いてあると、多くの子供は感電自殺というのは具体的にどうするものか知らないので詳しい報道が暗示や教唆となるわけです(稲村、1978、A、p174)。感電自殺の統計は稲村さんの言葉に当てはまります。

 以上『完全自殺マニュアル』の影響はあるのではないかという方向で書いてきました。しかし、やはり色々な疑問や無理な部分があるように思います。この先はこうした疑問や無理かと思われる事柄から前述したことを検証していくことにします。 
 まず自殺死亡者の統計の正確さについてですが、布施豊正さんは次のように書いています。自殺死は警察官、検死官などの判定を受けて、監察医務院、警察等に報告され、それが各市町村の役場、公衆衛生局、厚生省などを経て、最終的には中央統計局の報告され集録されています。自殺死判定の問題さらに公式な自殺統計が果してどの程度、実際の自殺死亡者の数を正確に記録・集計しているかという問題が出てくるのは当然です(布施、1990、p24)。このようなことで私が一番問題としたいのは統計の取り方からか厚生省と警察庁の発表する自殺者数にずれが生じていることです(図表16)。なぜなら前述した少年(20歳未満)と全自殺者の年間自殺者数の比較ですが、この時に使ったのは警察庁の統計です。前述の警察庁の統計では全自殺者数を多いほうから並べると、平成4年、5年、6年、3年の順になっていました。しかし厚生省の統計では平成6年が20923人でトップ、次が平成4年の20893人、平成5年が20516人、平成3年が19875人の順になっているのです。警察庁の統計では3番手であった平成6年が、厚生省の統計では一番多くトップに躍り出ているのです。ということは厚生省の統計では全自殺者が多い順に、少年の自殺者数も比例して並んでいることになるので、「全自殺者数に比例して少年(20歳未満)の自殺者数も多くなったり、少なくなったりしますが、平成6年だけは全自殺者でみると3番目と多くないのに少年の自殺者数は一番多いのです。すなわち鋭敏なバロメ−タ−ではないほかの世代には関係なく、鋭敏なバロメ−タ−である少年の自殺に影響した。よって『完全自殺マニュアル』の影響が考えられるのでは」と前述しましたが、厚生省の統計からすれば言えなくなります。
 次に『ぼくたちの「完全自殺マニュアル』に掲載されている「読者の手紙」分析デ−タ(図表13)に関して考えてみます。これは『完全自殺マニュアル』が50万部売れた時点で、手紙を書いて送った536人のデ−タです。よって前述した県別分布のデ−タにおいても、ある都道府県からの手紙の数と実際にその都道府県で読まれた人数が単純に比例しているとはいえない事を前提に話をします。先程、平成6年に東京、神奈川、大阪では増加がみられ他の県では増加が見られないというようなことを書きました。しかし本来増加していなければおかしい県があるのです。千葉、埼玉でも増加が見られないのですが、「読者の手紙」分析デ−タの県別分布では千葉は3位、埼玉は4位なのです。県別分布で5位の大阪を上回りながら、実際の統計で増加していないのです(図表17)。
 また「読者の手紙」分析デ−タには年齢別分布と性別分布というのもあります。年齢別分布は17歳を頂上とした10代、20代の範囲で山ができてます。しかし、これも若い層のほうが手紙を出す割合が多いという見方もできますし、手紙を出した人が自殺をするわけではないです。でもまあ、このグラフは前述している『完全自殺マニュアル』の影響に合致しています。しかし性別分布のほうはどうでしょうか。女性のほうが断然多い、特に20代女性では顕著です。これも女性のほうがこういった本に対する手紙をだす割合が多いという感じもしますが、男女年齢別の自殺者年間推移(図表12)を見てみましょう。平成6年に10代男性の伸びが一番大きく、「読者の手紙」分析デ−タで顕著な数を示した20代女性の伸び率は10代女性20代男性と変わりがありません。
 こうして「読者の手紙」分析デ−タと実際の統計を比べてみましたが、「読者の手紙」分析デ−タを使うのは難しいとはいえ、このような結果では『完全自殺マニュアル』にウェルテル効果があるとは言いにくいと思います。
 そして最大の問題は平成6年における少年自殺者の増加数である。アイドルの自殺と比べると、『犯罪とメディア文化』によると昭和60年の少年自殺者数(警察庁の統計)557人であったのが、アイドルが自殺した昭和61年には802人。なんと前年を245人も上回っています(仲村、1988、p100)。『完全自殺マニュアル』のほうは平成5年に447人で平成6年は580人。133人の増加ですが、二年前の平成4年には平成6年と大差のない524人を記録しています(図表7)。また男女別年齢別の自殺者年間推移グラフ(図表12)における昭和61年と平成6年の折れ線の増加の違いは一目瞭然です。また昭和61年(アイドルの自殺は4月)と過去二年間の少年自殺者の月別グラフ(図表10)と平成6年と過去三年間の少年自殺者の月別グラフ(図表7)を比べてみても、これほど増加の違いがあると『完全自殺マニュアル』にウェルテル効果があるとは言い難いでしょう。まあなんとか平成6年の9月の増加には目が止まりますが、前述した「『完全自殺マニュアル』が浸透してきて、自殺手段、場所の教唆・暗示を受けた少年の数が増え、夏休みを終え少年の自殺が最も多くなる月の一つである9月に影響が出た」というような推測をしましたが、このような説明では説得力がありません。
 少年の年間自殺者数はそれほど大きい数ではありません。もちろん月別で見ると、さらに小さくなります。すなわち平成6年くらいの増加であれば何か特別な理由がなくとも変動するのではないでしょうか
 次に,先程『完全自殺マニュアル』の影響で感電自殺が倍以上に増えたと書きました。そして稲村さんは、多くの子どもは感電自殺というものを具体的に知らないので詳しい報道が暗示や教唆となると述べています(稲村、1978、A、p174)。しかし、年齢別の資料が手に入らず全自殺者の手段だけなのでので、少年に影響があったか判りません(図表15)。『完全自殺マニュアル』はありとあらゆる自殺の方法をこと細かく説明したものですから、仮にウェルテル効果があったとしても、ある特定の自殺手段が多くなるということは考えにくいわけです。あえて言えば、鶴見済さんは著書の中で首吊りと飛び降り(高島平団地を写真入りで説明までしている)を安楽で確実で手軽で優秀な手段だと言っています。それにも関わらず首吊りも飛び降りも平成6年に大きな増加はみられません。また感電自殺や服毒自殺など知識を必要とする手段を本によって知ることになるわけですが、感電自殺では全自殺者に増加がありましたが、服毒自殺にはみられません。そして青木ヶ原樹海が話題になりましたが、これも年齢別ではなく全自殺者しか判らないのですが山での自殺が大きく増加したというのはありません(図表18)。よって全自殺者の感電自殺数が増えたからといって、安易に影響がでたといえるものではありません。
 これまで平成6年に『完全自殺マニュアル』の影響がでたのではないかという仮定で話を進めてきました。しかし『完全自殺マニュアル』のウェルテル効果があるとは言い難く、前述した「本という媒体の特徴から、マスメディアに取り上げられて人の目に触れるようになり、本が売れて、自殺場所、自殺手段をこと細かく知る人が増える。そして自殺を考える少年に暗示、教唆を与えて自殺者増につながるのに半年という時間を要したのではないか」という説明も推測の域を出ません。
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