第二章 青少年の自殺の実態


 まず、より深く社会情勢の最も鋭敏なバロメ−タ−である青少年の自殺を知ってもらうために、稲村博さんの著書『子どもの自殺』と『自殺学』より、青少年の自殺の実態をとらえてもらいたいと思います。

年齢別自殺率

 4、5歳以下の自殺と言うのはまず見られません。仮にあったとしても事故との区別が難しく自殺の判定は下しにくいのです。
 6、7歳頃からは、ぽつぽつと自殺が始まります。しかし、5〜9歳の自殺はきわめて希であり、年間を通じて数例程度がみられるにすぎません 。最近14年間(1977年初版の稲村博さんの自殺学より)に合計13名、年間0〜3名であり、8対5といくぶん男子に多いです。   
 10〜14歳では、自殺はときどきみられるようになります。加齢とともに増加してゆくが、それでも14歳までの自殺率はまだかなり低いです。例えば最近14年間(同上)において、合計933名(男654、女279)、年間46〜97名であって、男女比はほぼ7対3です。また、文部省が集計した中学生の自殺をみると、1970〜72年の3年間に、全国で150名(男104、女47)であります。いずれも学年の進むにつれ、また年次とともに増えています。その後の調査では、1972年71名(男50、女21)、73年108名(男73、女35)、74年69名(男46、女23)でした 。
 15歳以上では、ずっと多くなり加齢とともに自殺率が急増します。また文部省の統計によると、全国の高校生の自殺は1972年162名(男107、女55)、73年233名(男158、女75)、74年208名(男133、女75)です。また学年別にみると、中学生と同じく高校生ほどその数が増します。
 9歳以下の自殺が比較的恒常な現象であったのに対して、10代の青少年では率の変化が他の年齢層よりも著しく、男子でことに顕著です。これを指して、既述のように、少年男子の自殺曲線は社会変動の鋭敏なバロメ−タ−と呼ぶことができます(稲村、1977、p97-112)。
 ここで、一般人が手に入れることのできる最新のデーターを持ってきましょう。昭和56年から平成6年までの厚生省の人口動態統計(図表1)から見ていきたいと思います。
 5歳満の自殺は一件もありませんでした。
 5〜9歳の自殺は年間0〜4名であり、11対5と倍ほど男子の方が多くなっています。 10〜14歳では最新の14年間において、合計1018名(男672、女346)、年間36名〜123名であって、男女比は9対5です。警察庁が集計した中学生の自殺を見ると(図表2)、平成3年55名(うち女子24名)、平成4年91名(うち女子42名)、平成5年65名(うち女子26名)、平成6年87名(うち女子24名)となっています。
 15歳以上ではずっと多くなり、20歳以上では急激に自殺数が増えているのが分かります。ここで、警察庁の統計(図表2)によると、高校生の自殺は平成3年132名(うち女子45名)、平成4年135名(うち女子52名)、平成5年122名(うち女子37名)、平成6年184名(うち女子56名)です。
 この統計で特筆すべき点は10〜14歳において、20年ほど前の統計と比べて年間の上限の高さです。その123名という数を記録したのは昭和61年ですが、この年は10〜14歳だけでなく10代20代でかなりの自殺者増を記録しています。アイドルの岡田有希子の自殺があった年です。このことからマスコミの報道が社会変動の鋭敏なバロメーターに影響するのではないかと思われます。

年次推移

 「自殺発生率の年次推移をみると、図表3のごとく社会変動をよく反映していることが示されます。
 青少年の場合も傾向は同じで、むしろ社会変動の影響をより鋭敏に受けるのです。戦後の自殺曲線を年齢別に示すと、図表4のように、20〜24歳と15〜19歳の変動ぶりが他の年齢層よりもとくに著しいことがわかるます。このことからも青少年の自殺率を「社会変動のバロメ−タ−」と呼ぶことができます(稲村、1978、B、p9)。

男女差

 自殺率はどの国でも一般に男女差の著しいものであるが、若者の場合も同じです。普通は、男子が女子の2〜3倍を示しています。
 こうした男女比の差はどうしてできるのでしょうか。これにはさまざまな要因がからんでいるものと思われます。一般に、自殺には物理的要因、生物的要因、社会的要因の3つがあるといわれますが、このうち生物的要因に男女差があるほか、社会的要因にも大きな違いがあります。自殺の促進要因、つまりさまざまストレスのかかる度合が男女によって異なるからです。自殺率の男女差から、逆に、男女の社会的地位やおかれている状況をよく読み取ることができます。これは総人口の男女差についてのみでなく、年齢によって自殺率の男女差が変化することから、また各年齢層のおかれている状況を推定することもできます。若者の場合も同じであり若者にかかる社会的負担やストレスに男女差が生じ、また年齢によってそれが変化することを示しているのです(稲村、1978、B、p10-13)。

月別

 自殺頻度を月別にみると、成人の場合は一般に春と秋に高く冬と夏に低くなる。これは北半球、南半球とも温帯地方では共通ですが、熱帯地方のように季節が雨季と乾季の二季しかないような地域では、あまり大きな差が出ません。こうした特徴は、青少年の場合にもほぼ似たものでありますが、必ずしもそうとは言えぬ面もあります。
 我が国での、総人口の月別自殺率は図表5のごとくです。そのうち、中・高校生については図表6のようになります。これからも明らかなように、中学生については月別の差があまりみらませんが、それでも8〜9月、5月が多く、6〜7月、10〜11月が少なくなっています。これに対して高校生では、秋と春に多く、夏と冬に少ないことがはっきりしています。また、中・高校生の全体を合わせると秋と春に多く、夏と冬にはっきりと少ないです。こうした特徴は、一見、大人とそれほど違わぬようですが、詳細に見ると青少年特有の傾向がみられます。7月と12月が極端に少なく、逆に9月が極端に多いです。続いては4月が多くなっています。つまり学生では学期との関係が濃厚で、休み開始期に少なく、学期開始期に多いわけです。すなわち、夏休みにの始まる7月、冬休みの始まる12月、春休みの始まる2、3月がいずれも少なく、学期の始まる9月、4月、1月が多くなっています。そのうち、2学期の始まる9月は特に多い。これは、長い夏休みで開放されていたのが、再び厳しい学校生活に戻らねばならないことによるものと思われますが、さらに同じ学期始まりでも、4月の場合とは違って1学期の成績がすでに出ているためにその重圧が加重されることが原因と考えられます。これに対して3学期の始まる1月は、冬休みが非常に短期であるため緊張のほぐれる期間があまりないこと、学年末や入試が近いため休み中もある程度緊張が持続していること、などにより率の上昇が少ないものと考えられます。なお、中学生では9月よりも8月が自殺率が高くなっています。これは12月が高いことと並んで、中学生では休暇と学期再開の影響が高校よりも早く現れることを示しており、またその現れ方があまり単純でないことを示しているのです。」(稲村、1978、B、p13-16)
ここ数年(平成3年〜6年)の警察庁の少年(20歳未満)の月別グラフ(図表7)と全自殺者の月別グラフ(図表8)を見てみても大体同じようなことが言えます。

時刻別分布

 青少年の自殺する時刻は、自殺死亡統計より時間帯別に分けてまとめると次のようになっています。12時から18時が最も多く、18時から24時、6時から12時などが続いています。男女差があり、女子では18時から24時、6時から12時などが相対的に多いようです。
 この情報だけでは、朝、昼、夕、といった特徴はあまりわからないので、新聞で扱われた青少年の自殺について稲村博さんがまとめたところ、昭和48〜52年の平均では昼が非常に少ないことがわかります。これは青少年の場合、昼間学校へ行くという生活習慣があるためと、また心理的に昼は孤独感が薄れやすいためと考えられます。(稲村、1978、B、p16-17)。

青少年の自殺の場所

 青少年の自殺する場所は老人とともに自宅が多くなっています。そのなかには、自分の部屋であるものも少なくないです。また自宅以外の場合でも、自宅のごく近くが主です。この傾向は年齢が低いほど著しく、子供ではいかに自宅というものに意識が縛られているのかがわかります。もっとも女子では必ずしもそうではなく、とくに女子ハイティ−ンでは自宅以外の方が多くなっています(稲村、1978、B、p17)。
 

自殺した青少年の同胞順位

 同胞順位、つまりきょうだいの何番目に当たるかをみると、顕著な傾向があり、近年では長男、長女が圧倒的に多いです。これは、青少年全体における同胞順位別の分布を考慮しても、明らかに優位な特徴と言えます。しかも、この傾向はむしろ女子に著しく、女子自殺の大部分は長女といえます。
 昭和48〜52年の新聞資料からまとめると長男・長女は70・5%と圧倒的であり、つづいては次男・次女21・0%、3男・3女以降8・5%です(稲村、1978、B、p19)。

自殺した青少年の親の職業、本人の職業

 自殺する青少年の親の職業を調べると、多岐にわたっており、総人口の職業分布を考えあわせると、とくにどの職業に多いというはっきりとした傾向は認めにくいです。
 同じく新聞の資料からこれをまとめますと、昭和48〜52年では職業が明らかなもののうち、会社員43・1%、自営業25・5%が多く、あとはずっと少なくなっています。
 次に本人の職業は、今日のように青少年の多くが高校に進学する現状では、18歳以下の場合、もとより生徒が高率を占めることは言うまでもありません。それ以上についてはかなり多彩ですが、大学生がやはり多いようです。
 昭和49年の統計によると、15歳〜19歳については、無職(多くが学生)が最も多く、技能工・単純労働者となり、あとは少なくなっています。こうした職業は年次によって変遷し、例えば昭和30年では、運輸業、つまりトラック助手などが最も多く、つづいては専門的・技術的職業、サ−ビス的職業などとなっていました。しかしこうした変遷にもかかわらず、共通点が認められ、多くは不安定ないし一時的な職業といえます。いっぽう昭和49年の統計で自殺の少ない職業は、保安的職業、事務、農林・漁業、販売などであり、これらは生き甲斐がある、あるいは安定しているといった特徴を持ってます。
 なお無職が多いのは、そのなかに、学生の他、浪人中であるとか、パ−ト勤務などの一時的作業などが多いためです(稲村、1978、B、p20-22)。
平成6年度の世帯主の仕事(図表9)をみてみると、一番多いのが勤労者のブルーカラー、ほとんど同数でホワイトカラーと続き、自営業、兼業農家、専業農家の順です。

自殺手段

 子供の自殺では、首吊り、飛び降りなど致死度の高い、思い切った手段をとるのが顕著な特徴です。なおこの子供の自殺手段は、老人のそれと似た点が多いことで注目されます。 1971年の統計によると、14歳未満では、男子で、首吊りが75%と圧倒的に多いのに対して、女子では分散しています。首吊りは30%にすぎず、つづいて服毒20%、轢圧20%、ガス15%が高率で、女性成人で多い轢圧や服毒が、すでに少女期から始まっていることがわかります。なお男女を合わせると、首吊りが60%と圧倒的に多く、以下は服毒12・4%、ガス9・4%、轢圧7・6%、入水5・3%などです。この年齢層では男女差が非常に大きくなっています(稲村、1978、B、p22)。
 15〜24歳の自殺手段は、未遂の多いことも対応して、一般に穏やかでためらいの感じられるものが多くなっています。
 同じく1971年の統計によると男性では15〜24歳1591名のうち、首吊りが1/3強、ガスが1/5弱、薬毒物が1/7程度であり、以下、轢圧、飛び降りなどです。これに対して女性では1198名のうち首吊りが、1/7と少なく、ガスと薬毒物がともにこれより多くなっています。これを総人口の手段に比較すると、首吊りが著しく低率であるほか、入水も少なく、逆にガス薬毒物、轢圧などが多い。しかも女性でとくにこの傾向が著しく、首吊りが極端に少なくて、ガス、薬毒物、轢圧が多いです(稲村、1977、p113)。

ここで完全自殺マニュアルに書かれている厚生省の91年の統計によると,全自殺者のうち首吊りが1万1313人でトップ、2位が飛び降りの2119人、3位が服毒の1360人、4位は入水の1342人、5位がガスの1251人。以下は飛び込みが865人、焼身が783人、刃物が616人、感電が極端に減って56人となっています。
 首吊りは1955〜60年に服毒に首位を明け渡したものの、安定していて80年には1万人の大台に乗り、1位の座は揺るぎありません。飛び降りも86年アイドル歌手・岡田有希子の飛び降りで、いっきに年間2000人の大台に乗せ、翌年に2位に浮上して以来2000人を割ることなく、こちらも安定しています。
 服毒は1960年をピークにした睡眠薬自殺の大ブームで一時的にトップとなり、またなぜか85〜87年までは人気をもり返して2000人台に乗せていますが、今は規制も厳しくなる一方で人気は下降気味。入水も60年までは2000人以上の自殺者を出していたものの、現在は1400人程度に落ち着いてしまいました。ガスも75年前後の都市ガスの普及によるガス自殺ブーム時には、年間3000人を記録したこともありましたが、都市ガスが一酸化炭素を含まない天然ガスに切り替わってからは、車の排気ガスで何とか1000人の大台に乗せている程度。順位はほぼ固定化しつつあります。
どの年齢層を見ても圧倒的に首吊りが多いが、唯一10代と20代の女性においてのみ、86年から飛び降りが首吊りを上回っています。特に10代では90年に飛び降り74人に対して首吊りが31人、86年は162人対78人と飛び降りが倍以上の数を占めているのです。85年の10代女子の飛び降り自殺は52人にすぎませんでした。言うまでもなく、これは86年4月に飛び降り自殺した岡田有希子の影響で、彼女の自殺史上に残した影響は計り知れないほど大きいのです。
 過去に首吊りを上回った例としては、睡眠薬ブームのピーク60年に、10代と20代で首吊り1311人に対して睡眠薬自殺が3889人も出たことがあります(鶴見済、1993、p187-189)。
 以上のことから、自殺手段において、アイドルの自殺やある自殺手段のブームの影響が一番顕著に現れるのは、首吊り以外の自殺手段が他の年齢層よりも多い10代20代の女子ということがわかります。社会情勢の最も鋭敏なバロメーターは青少年であり特に男子であるということでしたが、自殺手段から見れば女子の方が鋭敏なバロメーターといえると思います。

自殺の動機

 少年期の自殺は動機の乏しいのが特徴であり、何でもないと思えることで容易に自殺に至ります。このことは年齢が低いほど著しく、例えば親による叱責で自殺することもしばしばあるようです。少年期は一般に親の影響が強く動機の主要なものですが、年齢が進むにつれてことに男子ではより広い問題に移行します。
 1974年の文部省資料によると、中学生の場合、家庭事情が最も多く、続いては進路問題、獻世、学業不振、病弱悲観、精神障害、異性問題の順です。男女差が多少あり、男子では、家庭事情に続いては、病弱悲観、獻世、学業不振、進路問題、および精神障害、異性問題なのに対して、女子では家庭事情に続いては、進路問題が多く、獻世、精神障害、または異性問題などです。
 自殺の動機については、一般に青年期が最も複雑でわかりにくく、判定の困難な場合が多く、統計には無理が伴いやすいようです。
 年齢・性差によっても特徴を異にし、年齢の進むにつれて人生問題、恋愛問題、精神疾患などが大きな比重を占めます。また男性では人生問題が女性では恋愛問題が深刻に反映する傾向にあるようです。
 1974年の警視庁統計書によると、15〜24歳を合わせると、失恋、精神疾患、獻世が群を抜いており、自殺の主要動機を占めています。また男女を比較すると、男性で学業不振、精神障害、獻世が多いのに対して、女性では痴情、失恋、家庭不和、結婚問題などが多くなっています。
 一方、文部省の資料では、高校生で精神障害が最も多く、つづいて、家庭事情、獻世、進路問題、病気悲観などの順となっています。男女による差が著しく、中学で男子に学業不振、女子に精神障害と異性問題がより多かった点が、高校生ではより著しくなり、男子に、学業不振、進路問題が、女子に異性問題が特に増えています。
 高校生以外でも、青年期の自殺動機は共通したものがあり、勉学の場にあれば受験や学業上の問題、就業していれば職業適性とか対人関係といった差はありますが、対自、対人、対社会に関する自己の存立についての困難が共通しています。(稲村、1977、p101-114)
 平成6年の警視庁の統計によると、獻世という項目がなくなっています。
 10〜14歳では学校問題が最も多く、家庭問題が続いています。15〜19歳でも学校問題が一番多く、精神障害、男女関係、家庭問題、病苦等という順になっています。
 ここで、1974年の統計と比べて大きく違う点は、家庭の事情と学校問題の逆転です。20年の歳月が経過し、学校というものに変化が現れてきたのではないでしょうか。兄弟の数が少なくなり、一人の子供に対して親の期待の割合が大きくなり、受験戦争の過熱化というものが考えられます。しかしそれ以上に「いじめ」という問題が大きく影響しているのではないかと思えます。ここ数年の「いじめ」による自殺の報道には目を見張るものがあるからです。
 中学生、高校生につづき、大学生についても稲村さんは述べています。大学生になぜ自殺が多いかについては、古くから多くの考察があるようです。大学の持つ精神的圧力をあげる人もいれば、勉学、孤独、失恋、家族関係、就職また薬物の役割などを強調する人もいます。
 そのほかにも、いくつかの要因が彼らを取り巻いています、大学生の多くは入学とともに親や家族と離れ、都市の疎外のなかに突然一人で投げ出されます。こうした生活の激減のほか、講義や勉学の内容は高度となって、学生に能力の限界を痛感させ、進路、適性などで壁に突き当たらせるのです。さらに、大学は自由な思考の場であり、多様な価値観の急激な流入によって、自己の存在基盤が根底から揺さぶられたり、また虚無主義や不可知論に傾きやすくなるようです。親や周囲からの期待という重圧、自我の覚醒の深化、それに性や愛情の問題など、難問は幾重にも山積みしています。こうした状況は、大学の普及度の低い国でほど、著しくなりますが、アメリカや我国のように普及度の高い国でも、いわゆる名門大学なほど著しくなります。
 その他にも、学生にみられやすい特徴はいくつかあります。親の過期待、成績への過度な執着、失敗恐怖、社会変動への過敏などがそれです(稲村、1977、p121-122)。
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