第一章 問題意識


 自殺を社会学としてみるとどうなるか、次のように稲村さんは述べています。
 自殺は、生物学的レベルで見れば、多くが個人の精神医学的問題と言えるが、社会学的に見れば、社会病理現象の一つである。社会の矛盾や欠陥が、構成員のうち最も敏感で弱い部分に現れたものと言える。
 自殺の統計を詳細に見ると、多くの社会学的示唆を得ることができる。例えば年次別推移をたどった自殺曲線は、戦争や政変時に自殺が減少し、むしろ微温湯的な太平時には、それも表面的太平の底に深い不安の秘められたような時代に、増加することを示す。経済的にも同じで、極端な不況や好況下ではかえって減り、好況につけ不況につけ急激な変化が始まる時期に増すことがわかる。
 また年齢層別の自殺の自殺率を見ると、加齢とともに上昇するのが一般である。これは国による差が著しいが、日本では青年期に一つのピ−クと壮年期にたにをなしたのち急上昇する二相性の曲線を描く。このことは、日本は青年期と老年期にストレスと矛盾の著しいことを示唆する(稲村、1978、A、p72-73)。
 ここで注意しなければいけないことを鶴見済さんが次のように述べています
 「数字だけを見て自殺は老人に多いと言うのは必ずしも正しくない」という厚生省の言葉である。死因別に見てみると、自殺は15〜19歳では3位以内には入っているというのがここ数年来の記録である。人口に比べた自殺率が非常に高いと言われている老人では歳をとるにつれて自殺の順位は下がっていく。1991年の数字を見ると70〜74歳の死因別の自殺の順位は9位である。確かに人口あたりの自殺者は多い。しかし自殺でよく死んでいるのは誰かと聞かれれば、やはり重要になるのは順位である。若い層が非常によく自殺で死んでいるというべきだろう(鶴見、1993、p191)。
 稲村さんは自殺の性差についても述べています。
 多くの国で男性が女性の2、3倍を占めるのが普通である。この倍率の高低により男女のいずれに社会的負担が大きいかが示唆されるが、さらに細かく年齢層別の性差をたどると、年齢層別に男女にかかるストレスや矛盾のあり方が読み取れる。また、年齢層別の自殺率年次推移を見ると、一般に女性よりも男性の変化が大きく、しかも10代の若年層でとくに顕著である。こうして、社会情勢の最も鋭敏なバロメ−タ−は、結局、10代後半の男子ということができる(稲村、1978、A、p73)。
 以上のような稲村博さんの見解をふまえまして、10代後半の男子を中心に10代20代の男女の自殺を考えていきたいと思います。
 青少年の自殺を考えるには、若者を取り巻く現在の環境を見るべきでしょう。そのなかでもマスコミが青少年に与える影響は大きいと考えられます。稲村さんはマスコミと青少年の関係を次のように述べています。
 マスコミの氾濫もまた青少年にとって特筆されねばなりません。テレビは文字通り青少年の心を支配しておりまして、物質の氾濫と共に、精神性や創意を妨げることになり、画一的で個性のない、皮相的な状態にしてしまっています。そればかりか、ただでさえ被暗示性の強い青少年にいっそうの暗示効果をあおり、受動型でもろい人間にさせることにあずかって力があります(稲村、1978、A、p79)。
 ここで青少年の自殺が社会情勢の最も鋭敏なバロメ−タ−であるならばマスコミの影響も他の年代に比べて若年層に最も顕著に現れるのではないかと考えられます。よって若者の自殺へのマスコミの影響を考察することに重点を置くことにします。
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