第5章 まとめと今後の課題


1 まとめ

 第4章で育児書の中での父親の役割について分析、考察した結果、「父親」についてつぎのことがいえる。
 まず最初に、「父親」は昔は子どもにとって「教育者」の役割が強く、育児に参加しているというより、母親の育児を監視する立場だったということだ。育児書の中では、育児の中心に関わっているというより、外から中へ何らかの影響を与えている、というように「父親」が捉えられている。これは、1970年以前の育児書の中の「父親」が、母親と同じ位置で育児をしていることがほとんどない代わりに、母親の育児にいちいち口を挟む老人と同じ立場で扱われていることからもわかる。また、育児への参加を希望されている場面も、子どものしつけや子どもの教育であるし、育児書の著者は、父親に、おむつの交換や夜泣きの対応を希望するよりも、母親の精神的支えになったり、家庭内の平和を守る調整役になることを希望している。これも、母親が育児に専念しやすいように監視する、ということにつながるだろう。また、子供への影響力に関しては、「子供に悪影響を及ぼす者」として育児書に登場する回数が多くなっており、善し悪しはともかく、「父親」という存在は子どもにとって大きなものだったことがうかがえる。
 それが時代の流れとともに、「父親」が育児の「参加者」になりつつある。1970年以降の育児書を見てもわかるように、参加を望まれている育児の場面が徐々に広範囲になってきている。1980年代後半には、子どもの入浴はもちろん、おむつの交換や赤ちゃんにミルクを与える父親が、一般的な父親の例として育児書に登場している。また、共働きの家庭での父親の育児参加は、核家族化が進む社会では、必要不可欠なものとして取り上げられている。育児のあらゆる面での参加が求められはじめた1970年代は、父親の育児参加はそのまま良いこととして受け入れられているが、1980年代後半には、母親と同じ育児をするのが良いことかどうか、疑問視している育児書も出てきた。多くの父親が、おむつを替えたりミルクを与えることを一般的に行っている中で、その行為が悪いと言っているわけではないが、母親と父親の役割は違うのだから、違いを活かすのが良い育児なのでは、といっているのだ。この辺りから、育児書の著者は、父親に母親とは違う育児や、父親の演じ分けなどを求めるようになってきた。この変化を表わしているのが第4章での「2調査結果の考察」で取り上げた「父親に対する希望の内容」である。母親のように育児の中心に関わりつつ、昔の「父親」のように外から中へ何らかの影与えてほしいということだ。第2章の「父親とは」の中で、「父親になるのは、母親になる以上に難しい」と太田氏は書いていたが、まさに、悩める父親の時代といえるかもしれない。
 男性として、仕事に生きることが、自分の社会での位置を確実なものにしているため、家庭や育児をを省みる時間が少なくなる場合が多い。そして、父親としては、子どもの子育てに無関心でいられるはずはなく、母親と同じように育児に参加することを望む父親が増えている。しかし、実際は、母親と同じように育児に参加することは、社会制度的にも、世間的にも難しい。そして、参加が難しいにもかかわらず、父親への育児参加を求める声は育児書の中から外から聞こえてきて、その参加方法も、母親と同じではだめで、「父親らしさ」をだせという。母親が育児と仕事を両立させる以上に、父親が育児と仕事を両立させることは困難である。
 今後、母親が父親に、今よりもさらに育児への参加を求めようとするなら、今行っている要求をもう1度整理して、もし母親自身がその要求をされたときに実行可能かどうかを考えてから、父親に参加を求めた方がよいだろう。育児は今まで母親の領域であったから、母親の要求が唯一の正解だったのかもしれないが、父親に育児参加を希望するなら、父親の意見も当然反映されるべきである

2 今後の課題

 戦後から現在までの育児書を見てきて、確かに「父親」は変化したといえる。しかし、その変化の度合いは、小さいものだった。しかし、1980年代から父親を対象とした育児書や、専業主夫のエッセイなどが発売されている。母親向けの育児書にはもう、母親がすべきことだけが書かれているのかもしれない。父親向けの育児書には、今まで以上の育児の分担が、事細かに書かれているのかもしれない。そのような可能性がある以上、父親の役割の変化を調べるには、父親向けの育児書も読む必要があるだろう。第2章で取り上げた「父子家庭」のように、母親だと当然のことが父親だと非常に困難になることが多いかもしれない。「男は仕事、女は家庭」という社会通念が色濃く残る日本の社会は、母親が働きにくく、父親が育てにくい社会かもしれない。そのようなことも踏まえて調査する必要がある。
 また、今回の調査でも、資料となる育児書の収集や選別、調査方法など確信を持てないままであったため、これらの確立も今後の課題といえる。

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