第1章 男女の平等化が進む中での育児


 時代の流れの中で、父親の役割に変化があったかどうかを調べるには、まず、時代の流れの中で、育児の様式が変化したかどうかを調べなければならない。そこで、この章では、育児先進国といわれているスウェーデン、一昔前まで日本と同様の「男は仕事、女は家庭」という考えが社会の一般だったアメリカ、そして日本の育児の現状を見ていきたいと思う。

1スウェーデンの現状

 スウェーデンでは、他国と比べて、社会福祉制度が充実していると言える。女性にとって何よりの関心である出産、育児に関する保障も法律として女性を支えている。例えば、1939年には、妊娠、出産による女性の解雇を禁止する法律が制定された。1974年には、出産、育児用両親保険制度が確立され、1979年には育児用労働時間短縮の権利が認められている。
 両親は「両親保険」として180日間の産休を取ることができる。ほとんどの妊婦は出産ぎりぎりまで働き、出産後に長く自宅に滞在できるようにしているらしい。これはもちろん、父親も保険の対象であり、同様に休暇を取れる。
 また、産後の育児休暇についても、男女どちらも取ることができ、休暇中は給料の90%が保障されていて、保険局から保険料として支給される。これと並行して父親だけに適用される10日間の休暇がある。出産に関し、産院への通院時、各種講習参加、出産時などのためのもので、約80%の父親がこの休暇を利用しているとのことだ。
 さらに「特別両親保険」として、180日の休暇がある。原則として両親が等分に分けるよう設定されているが、権利の譲渡も可能で、この保険を有給休暇などと総計すると2年以上分になるそうだ。
 そのほかにも、「両親保険」の中には、子どもが病気のときに仕事を休む権利や、こどもが満8歳に達するまでは労働時間短縮の権利も保障している。また、「両親保険」以外でも、子どもの病気が長引くときなどに、仕事のある両親に代わって福祉局に看護婦の派遣を要請でき、食事の用意や投薬その他一切を行ってくれるなど、ほかにも数多くの制度が実際に整えられ、利用されている。(塚口レグランド淑子氏、1988)
 そして、児童手当もあり、これは所得に関係なく子どもひとりに毎月約1万円、16歳になるまで支給される。その他に単身世帯への支援などもあり、税制上の優遇措置、児童年金、介護手当、住宅手当など多種の経済的支援が制度化されている。
 保育システムも発達している。ゼロ歳児からの全日保育園、学齢前の子どものための半日の幼稚園(就学前教育は無料)、家庭保育室(自治体に登録した保育ママ)、無料で誰でも短時間利用できる公開保育室、プレイグラウンド、プレイペンと呼ばれる公園の一角にある保育者のいる保育の場、学童保育や余暇センターなど、働くのが当たり前のスウェーデンの女性にとって、保育の心配はほとんどないと言ってよいだろう。(船橋恵子氏、1994)
 ちなみに、仕事を持つ共働き家庭の一般的な子育ては、保育園に入るまでは父母どちらかが交代、或いは母親が多く育児休暇を取って家庭で面倒を見、保育所に入るようになったら母親もパートタイマーとして仕事に復帰し、子どもがある程度大きくなって手がかからなくなったらフルタイムの仕事にもどるというものになっている。子どもが満8歳になるまでは、男女共に労働時間の短縮を会社に請求する権利があり、それが原因で仕事をクビになることはない。また、子どもが急な病気などの時も休暇を取る権利が法律で定められているので、遠慮せず会社を休むことが出来る。この休暇も男女共に平等に定められているが、今のところ女性のほうが利用率が高い。
 このように、社会福祉の充実を見ると、子どもを持つ親にとって、特に母親にとっては、何の支障もなく、仕事と育児を両立できるように見える。もちろん、スウェーデンでは、結婚したら、子どもができたら専業主婦という考え自体古く、女性も定年まで働く人が殆どなので、女性が仕事をしながらスムーズに育児ができるように制度が整えられてきたのだから、当然といえば当然ではあるが、実際この制度が男女平等に使用されているかといえばそうではない。
 スウェーデンでも一昔前までは「男は外で仕事、女は家事・育児」という形態が一般的だった。それが、女性解放運動の始まりと共に、少しずつ変化を遂げ、今では女性の約8割が何らかの形で働いている。さらに、結婚、同棲中の女性の86%、7歳以下の子どもを持つ女性の87%が働いていて、これから見ても、結婚、育児は仕事継続の障害にならないことがわかる。逆に言えば、子育ては仕事をしながらするのが当たり前の社会ということになる。
 このように夫婦共に仕事を持つ家庭では家事、育児の平等な分担が必要不可欠となってくる。実際、若年層ではこれが普通で、男性も女性も関係なく、育児休暇を取り、家事をこなしているようだ。しかし、中年層以前では、「男は仕事、女は家事・育児」という考えがぬけきれておらず、女性の就職率は若年層と変わらないにもかかわらず、家事、育児は母親の仕事になっており、女性の二重労働が問題となっている。また、若年層でも例えば育児休暇を取る際にどちらが多く取るかといえばやはり女性が圧倒的で、賃金の差から言っても男性が休暇を取るより経済的に有利だし、そして休暇が終わった後も、子育てのためにパートタイムで働くのはやはり女性で、子どもを持って働く女性の約半数がパートタイム勤務である。(岡沢憲芙氏、1994)
 このように見てくると、社会福祉では先進国といえるスウェーデンでも家事や育児はまだまだ女性の仕事であり、男女平等にはいくつかの解決されねばならない問題があるようである。しかし、スウェーデンの社会保障制度の充実とそれが実際に施行されている現状が、今ある問題も解決されるという確信をあたえてくれるのではないだろうか。現実に、教育現場で続けられてきた男女平等の教育が、今の若年層の考え方を変えてきている。出産に夫が立ち会うのは常識になっている。やはりスウェーデンは女性にとって先進国であるといえるのではないか。

参考文献

2アメリカの現状

 アメリカでは、子どもは家庭で母親によって保育されるものという「伝統的保育観」が根底にあるため、基本的に保育は私事とされ、公的な保育政策は低所得家庭を対象としたものとなっていて、母親すべてを支援するものとはなっていない。したがって、仕事を持つ母親は私的な解決方法として、「ファミリー・デイケア」「デイケア・センター」など何らかの保育施設を利用している。また、「親族による保育」も重要なものとなっている。
 しかし、ここで問題になるのは、保育施設での保育の「質」である。高収入を得ている夫婦では、質の高い保育を高額で購入することができる。専属のベビーシッターを雇うことがそれにあたるが、経済的理由により、保育費用を低額に押さえなければならない場合は、低額で購入できる保育を利用せざるをえない。友人、隣人を利用する、あるいは、ハンバーガーショップのチェーン店方式の保育産業を利用することになる。このような産業を利用する際に、保育の「質」は大いに疑問である。
 このような状況の中で働く母親が何とか仕事と育児を両立している背景には、ひとつには労働市場が終身雇用を前提としていないことがあげられる。仕事を一時中断しても再び仕事を得ることが可能である。また、仕事を辞めずに継続する場合でも、職場を変えたり、フルタイムをパートタイムに変えたりなど、選択肢がいくつかある。
 両立を可能にしているもうひとつの理由は、夫との子育ての分担である。「親族による保育」を受けている子どもの半数は「夫」により保育されていて、他の多くの夫たちも程度の差はありながらも子育てを妻と分担している。これは、夫の労働条件が、勤務時間内に終わり、帰宅時間が一定で、週休二日の完全実施がされていることなど、整っていることがあげられる。しかし、子どもの病気のときに仕事を休むのは母親のほうが圧倒的に多く、社会的な場面では子育ての責任母親にあるといえる。そして、家庭内での子育ての分担でも、平等に分担している夫婦はごくわずかで、母親の負担は軽いものとは言えない現状にある。(杉本貴代栄他、1991)
 しかし、このような状況のアメリカでも、かつては日本と同様に女性の年齢別就労率曲線が「M字型」だったのが、現在では比較的高い「台形」を描いている。公的な社会福祉の制度や産育保障が充分に整っていないにもかかわらず出生率が極端に下がることなく、子どもを持つ女性の就労が進んでいるのは、民間の保育産業が内容はともかく拡大してきたことが理由の一つにあげられる。(舟橋恵子氏、1994)

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3日本の現状

 日本の育児の現状はスウェーデンとアメリカの間にあるといえる。スウェーデンほどには社会福祉制度は発達しておらず、アメリカほどには民間の保育産業は発達していない。社会通念もいまだに「男は仕事、女は家庭」というところから抜け出せていない。
 まず、働く女性には有給の出産休暇が産前6週間、産後8週間与えられている。育児休暇は無給ではあるが、1992年から女性だけでなく男性にも与えられるようになり、両親のどちらかが子どもの満1歳になるまで取れるようになった。
 出産医療費については、分娩費のみ給付され、検査、検診、入院については個人負担で、健康保険も効かないのでとても高く感じられる。
 また、児童手当は、所得制限のある児童手当と母子家庭向けの児童扶養手当しかない。ただし、多くの企業が会社の従業員に付加給与として専業主婦の妻と子どもの扶養手当を出している。
 保育面では、全国に公立、私立の認可保育所がある。戦後の働く母親たちの保育運動に支えられて、1980年くらいまで保育所が増設されてきた結果、約2万か所まで増えた。しかし、ゼロ歳から2歳までの乳児をあずかってくれる保育所はとても少なく、母親が出産後に働き続けることを困難にしている一つの要因となっている。乳児の公的保育成策として資格を持った人が自宅で昼間だけ乳児を預かる家庭福祉員制度があったのだが、次第にその数が減って、現在存続の危機にある。民間のベビーシッター業など保育産業も盛んになってきたが、保育単価が諸外国に比べて高いため、すべての人が利用できるとは言えない。(舟橋恵子氏、1994)
 このように、日本の育児の現状は「働く」母親には厳しいものとなっている。出産に関しては費用の面では負担が大きいものの、休暇などの保障があるため仕事を辞めなければならない状況にはならないが、いざ子どもを育てるとなると、まず、0歳児を預かってくれる認可された保育所が少なく(0歳児を預かるとしても定員がわずかなので殆ど空きがない)、ベビーシッターを雇うのは経済的に困難だとしたら、この時点ですでに仕事か子どもか選ばなければならない。育児休業を取り、1歳まで子どもを自分の手で育て、その後保育所に入れるまで何とか自分の親や友人、民間の保育所に預けたとしても、仕事に復帰した後、保育所の標準保育時間が8時間なので通勤時間が考慮されず、また民間保育との二重保育をしたり、祖父母に頼らなければならない場合が多い。
 このため、多くの働く女性は子育てのためいったん仕事を辞め、子育てが一段落ついたらまた働き始めるという年齢別就労曲線が「M字型」を描く就労形態が多い。なぜこのように定年まで働き続けるのが困難であるかといえば、社会福祉政策の遅れはもちろん、「男性は外で仕事、女性は家庭で家事・育児」という考え方が依然として強い影響力を持っているからであるといえる。例えば企業が行う労働者の専業主婦と子どもの扶養手当は、労働者が男性の場合に与えられるもので、女性の場合では享受できない。乳児期の保育が整備されていないのも、子ども、特に赤ちゃんと呼ばれる時期は、母親の手で育てるのが望ましいという社会一般の考え方の反映としてではないだろうか。
 それはともかくとしても、女性が仕事を持つことは珍しくない社会になった。男女雇用機会均等法も制定され、労働の場では現在不十分とはいえ男女の平等が図られてきている。生活費の高額化によって、夫婦共に働かなければ生活に経済的ゆとりを持てない時代になり、ますます女性が働き出すこととなった。しかし、育児の場面では男女の平等化が図られているとは言い難いことがここでわかった。労働市場で女性は必要とされている。では、育児の中で、男性は、父親は、必要とされているのだろうか。

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