第三章 調査の方法


 富山県内のある特別養護老人ホームにボランティアとして、平成8年11月から12月までの約2カ月 間、週に3日通い、入所者の暮らしを観察した。
 富山県社会福祉協議会に行き、卒業論文作成のための調査の一環として、特別養護老人ホームでボ ランティアをしたいと申し出たところ、一つの特別養護老人ホームを紹介してもらった。

I 特別養護老人ホーム“K”の概要


II 3階の入所者の暮らし

 その特別養護老人ホームの3階を担当することになった。3階には、4人部屋が8つと、ショート ステイ、ミドルステイ用の2人部屋が1つあり、合わせて34人まで暮らすことができる。実際には、 一般入所者用の4人部屋の空いているベッドをショートステイ利用者に使用してもらうこともしばし ばあった。約2カ月間に、ミドルステイ利用者が男性2人、ショートステイ利用者が延べ6人であっ た。ショートステイを2回利用した人、ショートステイを1回、ミドルステイを1回利用した人もお り、実際に、私があったのは6人であった。2回目以降の利用の時は、前回と同じ階の同じ部屋、同 じベッドを利用してもらうようにしているとのことだ。
 この階の一般入所者は、男性3人、女性27人で、90%が女性である。
○3階の入所者のADL(日常生活動作)
○服装・頭髪
 服装は、ほぼ全員パジャマである。パジャマでないのは、手足がしっかりしていて(歩行が自立し ている)自分で着替えのできる二人と、もう一人は、毎食後、歯磨きを欠かさないTさんである。T さんは車椅子だが、両手を動かすことができ、平日は昼食の前にリハビリとして機械を使ったトレー ニングをしている。また、パジャマを着ていても、その上にカーディガンやチョッキをはおったりし ている人もいる。パジャマには、マジックで名前が書かれている。いつもパジャマを着ている人はお 風呂(週に二回)の後に着替えをする。パジャマは洗濯した後、寮母が一人分ずつ名札の付いた紐で くくって大きなかごの中に入れておく。そして、そのかごごと風呂へ持っていく。つまり、入所者は 自分の着る服について、自己決定権を持っていない。
 足もとは、靴下だけの人、靴下を履いてスリッパを履いている人、靴下を履いてズックを履いてい る人、靴下を履かずにズックを履いている人、ルームシューズを履いている人など様々である。ベッ ドで横になるときは、靴下は履いたままである。靴下には名前が書いてあるものもあるが、名前は無 視される。靴下はみんなが共通のものを使っているからである。
 髪型は全員がきれいに短くしてあった。ほとんどの人が、真っ白、あるいは白髪交じりである。
 同じ施設内のデイサービス利用者は、パーマをかけたり、白髪を染めて黒くしている女性も多い。 服装も、冬であるにもかかわらず、スカートをはいている人も二人いた。しかも、そのうちの一人は 車椅子に乗っていた。
○居室
 8つある居室は全て同じ造りになっている。名札かそこにいる人を見なければ区別がつかないほど だ。ベッドが4つ、窓際の中央の高いところにテレビが一つ。テレビのリモコンはテレビをよく見る 人のベッド脇の棚の上に置いてあることが多い。が、電源は廊下のスイッチを押さないと入らない。 それから、廊下側の隅に洗面所がある。寮母がコップを洗ったりしているのを見たことがあるが、入 所者が使っているのを見たことがない。
 ベッドの上部には大きな棚がある。頭の上のほうにはティッシュの箱などがおいてある。廊下側に はおむつとおむつカバー、反対側にはタオルや着替えが入っている。ぬいぐるみや、市長からの米寿 などのお祝いの賞状、写真などを飾っている人もいる。また、家族が持ってきたお菓子が棚において ある場合もある。
 おむつ交換時には、恥ずかしい思いをさせないように、とのことで、となりの人との間、あるいは 廊下との間のカーテンをひく。
○トイレ・洗面所
 トイレは各階に一カ所ずつである。男女別である。入り口のドアはない。トイレの個室は3つだが 、それぞれにドアではなくカーテンがついている。カーテンを使うのはトイレが自立している3人だ けで、介助を必要とする人は開けたままである。手を洗う洗面所には手摺がつけられ、蛇口の下に手 を伸ばすと、自動的に水が出るようになっている。
 洗面所は廊下の端のほうにある。どの蛇口もトイレ同様、自動的に水が出る。入所者用のうがい用 のプラスチック製のコップが3つ置いてあるが、自分専用のコップを使う人が二人いる。
○ロビー
 入所者が居室から出て集まる場所である。そこで毎朝歌を歌い、体操をし、お茶やコーヒーを飲ん だり、土日には食事もする場所である。「ロビー」と呼ばれているが、実際には広い廊下である。廊 下のT字になっている部分一帯を「ロビー」と呼んでいる。(見取り図参照)

III 「寝かせきり」

 この特別養護老人ホームでは、入所者を「寝かせきり」にしているのかどうかを調べた。
食事や、体操、行事等、寮母に起こされる時間以外は、多くの人が「寝たきり」であると言えるだ ろう。自由時間に、ベッドに横にならず、ロビーでソファー、あるいは車椅子に座っている人もいる 。毎日ほぼ同じメンバーで、5〜6人である。が、日によって、多少変化することもある。その5〜 6人に共通していえることはトイレが自立、ないし一部介助であるということだ。ここでは、スウェ ーデンのように個人の排泄リズムにあわせるのではなく、基本的には定時のおむつ交換をしている。 例えば、日課表の通り、朝食後9時30分頃までの1時間あまり、入所者は何もしなくてもいい。その 時間帯は自由時間であるが、おむつ交換をしなくてはならない人が起きていると、交換するときに部 屋に戻り、ベッドに寝かせて、交換が終わるとまた起こさなくてはならない。寮母にとっては仕事が 増えるのである。だから、おむつ使用者を寝かせきりにしているのではないか、と推測できる。
 反対に、いつも、体操やおやつの時間にも起きないで、食事も食堂へ行かず、居室やロビーで食べ る人が7人いる。ロビーも食堂も狭くて、あまり元気でない人には、遠慮してもらっているのだろう か。それとも、何か別の理由があるのだろうか。
 この、起きている人、起きていない人の違いについて寮母に聞いてみた。
 −−「朝礼のあと、おむつ交換をして、皆さんを起こしますよね。その時、起こさない人もいます が、どうしてですか。」
 と、尋ねたところ、7人のうち、1人は、数ヶ月前までは食堂で食事をしていたのだが、体調が悪 く、今はあまり起こさないようにしているとのことだった。残りの6人もそれぞれ起こせない理由が あるからだそうだ。血圧が低いから、つい最近、骨折で入院していた病院から戻ってきたばかりだか ら、膝が曲がらず、車椅子に座るのが困難だから、病弱で、起きているとすぐ熱が出るから、太って いて、座っているとおしりが痛くなるから、血圧が高く、すぐにめまいがするから。以上が、それぞ れの理由である。
 次に、食事のあと、決まりきったように部屋へ戻し、ベッドに寝かせるのはなぜか聞いた。
 −−「食事のあと、朝でも昼でも、ベッドに寝かせていますよね。それと、起きている人もいます よね。いつも決まっているようですが、何か理由があるのですか。」
 と尋ねた。すると、歳を取ると若い人とは異なり、車椅子に座っているだけでも体力を使っていて、 食事のあとは座ったままでいると苦しいのだそうだ。食事のあと、「起きとる?それとも寝る?」と 聞くとほとんどの人は寝ると答えるそうだ。また、消化のことを考えても、食後は横になっていたほ うが、体に負担がかからなくて良いとのことだ。ロビーで起きている人については、本人の意思でだ そうだ。また、昼に寝ると、夜寝れなくなってしまう人もいて、そのため、寝たいといっても起こし ているときもあるそうだ。
 次にショートステイ利用者について聞いた。
 −−「ミドルステイの2人は、どちらもロビーで他の入居者同様に過ごしていらっしゃいますが、 ショートステイ利用者は、あまりロビーには出てこないで、部屋で過ごすかたが多いと思ったのです けれども、ショートステイ利用者に対しては、歌や体操などへの参加を促したりしていらっしゃるの ですか。」
 一応、声はかけるとの答えだった。人との交流が好きな人は、何も言わなくても進んでロビーに行 くそうだ。また、ロビーに出たがらない人には、なるべく頻繁に声をかけるようにしているとのこと だ。

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