第二章 スウェーデンの高齢者


I 福祉に対する姿勢

 スウェーデン型福祉社会を形容する概念に「国民の家」がある。「国民の家」とは、胎児から墓場 までの人生のあらゆる段階で、国家が「良き父」として人々の要求・必要を包括的に規制・統制・調 整する「家」の機能を演じる社会である。「国民の家」を建設する過程で形を整えてきた社会運営技 法が、「スウェーデン・モデル」と呼ばれている。
○「スウェーデン・モデル」の特徴
  1. 非常に包括的な福祉システムが構築されていること。
  1. 労働市場が平和的・協調的で効果的であること。
  2. 合意形成を優先させる政治課題解決技法。

○「スウェーデン・モデル」で強調される価値
  1. 《自由》
      ただ単に、制約・制限・禁止からの解放ではなく、参加と自己決定権を促進する積極的自由が強調 される。選択の自由があり、自分で決定することができなければ、それは牢獄の中の豊かさに過ぎな い。
  2. 《平等》
      職種間所得格差の縮小・解消、企業間賃金格差の解消に始まって、地域間格差の縮小・解消、民族 間格差の縮小、国家間格差の是正、婚姻の法的地位間格差の解消、扶養児童の法的地位間格差の解消 、年齢間格差の解消など、平等化メニューの豊富さは社会と市民の発想の豊かさを証明している。ま た、ノーマライゼーション、つまり、誰もが日常風景の中で自然に生きる権利を与えられている。
  3. 《機会均等》
  4. 《平和》
  5. 《安全》
  6. 《安心感》
      具体的政策によって、人生の各段階において市民を恐怖に追い込むあらゆる不安から、市民を解放 する必要がある。

○高齢者医療・福祉の3原則
 スウェーデンでは、ノーマライゼーションの考えに基づいた高齢者医療・福祉の3原則が現場に浸 透し、徹底して行われている。
  1. 継続性の重視
      高齢者の生活のスタイルをなるべく変えないようにすること。
  2. 自己決定の尊重
      自分の人生や生活方法は高齢者自身が決め、まわりはそれを尊重すること。
  3. 残存能力・潜在能力の活用
      過剰な援助は避け、住環境の整備や補助器具によって残された能力をできるだけ引き出すこと。
      スウェーデンでは、高齢者がこの原則にしたがって生活できるようなケア・サービスや施設が実に 充実している。

II 在宅高齢者のためのケア・サービス

 まず、高齢期に入り、心身の機能がかなり低下しても、在宅の状態で自立生活を維持することを支 える手立て、「在宅ケア」は以下の内容からなる。

(1)ホームヘルプサービス
 ヘルパーが在宅の老人を訪ね、掃除・洗濯・買い物の代行・食事づくりのサポートといった家事援 助サービスと、起床・就寝に伴うベッドから車椅子への移行の介助や、入浴・用便・着替えの介助、 外出随行、話し相手といった対人介護的ケアを供給するものである。
保健社会庁の高齢者ケアプログラム報告書の中で、ホームヘルプサービスを供給する際の8つの基 本原理が謳われている。
  1. 自己決定
      居住形態やケア・サービスの内容、1日の生活リズム等に関して、本人の自己決定に基づいて供給 されるべきこと。
  2. 影響と参加
      ケア・サービスの内容や供給のされ方等に関して本人の意向を敏感に取り入れるべきこと。
  3. 人格の尊重
      高齢者自身の人格人権を尊重すべきこと。
  4. 安心感の保障
      医療・福祉のケア・サービスが本当に必要なときに確実に供給されるようにすることや、ニーズの 生じたときにどこに連絡を取ればよいのか等の十分な情報を与えること、また、なんらかの人の輪に 連なること等を通じて、在宅でも安心して生活を続けていられる心理的条件を整えるべきこと。
  5. ニーズの総合的把握
      高齢者の有するさまざまなニーズ(心理的・社会的・物理的)を個別に切り離して取り扱わず、総 合的に把握、対応すべきこと。
  6. 通常化(ノーマライゼーション)
      高齢者も社会を構成する他のグループと同等の権利を有することを出発点とし、どのような医療・ 福祉のニーズを抱えた状況であっても、特殊な環境の中に放置せず、できる限り通常の環境や生活条 件の下で過ごせるよう努めるべきこと。
  7. 近接性
      ケア・サービスのニーズが生じたとき、気軽にそれをもちかけることや、デイセンター等で供給さ れるサービスや活動の輪に容易に加われるよう保障すべきこと。
  8. 活性化
      高齢者を安静の状態に放置せず、残存能力を刺激・訓練することによって、できうる限り活性化さ せるよう努めるべきこと。

(2)訪問医療看護
 疾病を有する老人が入院せずに、在宅で医療を受け、療養を続けることが可能になること、また、 それと同時に、病院からの退院を促進すること、ケアを担っている家族を支えることを目標にして行 われている。このシステムが機能するためには、前提として、医療と福祉の協力関係の成立が不可欠 である。そのため、在宅医療ターミナルが、ヘルスケアセンターやホームヘルパー基地、デイセンタ ー等に併設されている。
 地域によって多少の違いはあるが、普通は、地域看護婦・保健婦・ホームヘルパーがチームを作り 老人宅を訪問し、投薬、傷の手当、注射、血糖値コントロール、また、話し相手等も行なう。
必要に応じて、医師・理学療法士・作業療法士が訪れる。

(3)ナイトパトロール
 ホームヘルプサービスは朝7時半頃から、午後4時か5時頃までであるが、夕方や夜間のニーズに 対応するため、主に対人介護的ケアを供給するのがナイトパトロールである。
定時の訪問介護のほかに、緊急呼び出しシステムがある。電話回線を利用した腕時計型の緊急呼び 出しボタンを支給し、対応するシステムである。ボタンを押すと、自動的に在宅介護センターにつな がり、そのまま会話ができ、センターから巡回中の車に連絡が入り、ヘルパーや看護スタッフが現場 に急行する仕組みになっている。例えば、喉が渇いた、寝返りが打ちたいなど、さほど緊急性の高く ない場合でも、高齢者はよくこのベルを利用し、スタッフも気持ち良くこれに対応する。
以上(1)〜(3)のケア・サービスにより、24時間 365日、高齢者のあらゆるニーズをカバーしている。

(4)デイセンター
 地域の在宅高齢者に対するケア・サービス・訓練等の提供の場、そして、高齢者同士の交流の場で ある。
 ここでは、趣味の集まり、自助具入手情報の提供、給食サービス(デイセンターの食堂で食べるケ ースと、ホームヘルパーあるいは本人が自宅へ運び自宅で食べるケースがある)、運動療法、作業療 法、ADL訓練などが行われる。
 また、ホームヘルパーの拠点でもあり、在宅ケアの核となっている。

(5)トランスポーテーションサービス
 自力での移動が不可能な老人でもデイセンターに出かけることを可能としている。

(6)住宅改造資金手当制度
 車椅子でも在宅で暮らせるように住宅のバリアフリー化を図るために設けられている。

III 施設におけるケア・サービス

 次に、加齢に伴うさまざまな理由で、在宅で生活し続けていくことが困難となり、なんらかの福祉 施設や医療施設に生活の拠点を移さねばならない場合の受け皿として、施設ケアがある。
 スウェーデンの歴史の中では、救貧政策として老人ホームや長期療養病棟といった福祉施設、医療 施設が多く建設されていた時期があった。しかし、その後、社会からの隔離性、住環境の貧しさ、生 活の質の低さ、疾病への対応や生命体の維持にのみ注目する医療看護のあり方等が厳しく問い直され た。その結果、老人ホームは「ケアつき住宅」化、長期療養病棟は「居室」化、「住居」化の方向へ と進み、また、小規模で、地域コミュニティーに統合された施設への変換も進められている。

(1)老人ホーム
 現在、老人ホームの居室は原則として個室で、各室に専用トイレが付設されており、シャワーや、 キッチン・冷蔵庫を付設することも推奨され、今後、限りなくサービスハウスに近づけてゆくことが 求められている。老人ホームで受けられるケア・サービスは、各自の居室内における家事援助サービ スや対人介護ケア、食堂や居間における給食サービス、話し相手や歩行訓練などである。スタッフは ホームアシスタントと呼ばれるが、仕事内容はホームヘルパーとほぼ同じである。老人ホームの入居 者は、おおまかに見て、老人ホームが続々と建設されていた当時に入所し、そのまま歳をとった人々 と、サービスハウスへの入所を希望しているが、サービスハウスでの自立生活が困難だと判断された 人々の2つのグループに分かれる。
 高齢者自身の意向、国の高齢者対策の動向、どちらの側面から見ても、老人ホーム入居者数は減少 の一途をたどると考えられている。

(2)サービスハウス
 サービスハウスは、簡単に言えば、ケア・サービスつきのアパートである。1980年代に猛烈な勢い で作られ始めた。
 各住居は住宅局の建設資金融資基準に定められた居住条件を満たしており、あくまでも独立してい る。ダイニングキッチン、シャワー、トイレ、居間、寝室、バルコニーで構成されていて、もちろん テレビや電話もついている。高齢者は自分の使い慣れた家具などを持ち込み、援助を受けつつも、自 立した生活を送っている。
 サービスハウスには、共有スペースがあり、各住居で十分に満たし切れない部分を補うだけではな く、より公共性の高いレストランや図書館をもち、施設内の高齢者のみならず、地域内の在宅高齢者 、また、他世代の利用をも意図している。この点から、交通の便が良く、コミュニティーの中心に近 い場所に建設されている。
 入居者は、各自の居室において掃除・洗濯・食事作りや、起床就寝介助・車椅子−ベッド間の移行 介助・着替え介助等、ホームヘルパーのケア・サービスを受けたり、共有スペースに出向いて洗髪理 容・受診等のサービスを受けたり、クラブ室やホビー室での催物に参加したり、レストランや図書館 を利用したりすることができる。

(3)ナーシングホーム
 70年代前半に至るまで、老人医療の舞台は主に慢性病棟であった。しかし、患者の居住環境の貧し さが指摘され、生活の場としての側面が重視され始めた。そのような経緯を経て、長期療養施設とし てナーシングホームが誕生した。従来の慢性病棟のケア概念が大きく打ち破られ、入院患者の疾病部 ではなく、残存能力や健康な部分に注目し、それを維持訓練することによって自立的で意欲的な日常 生活が送れるよう、注意が払われている。
 病室はすべて個室であり、スペースの許す限り、家具などの持ち込みは自由である。個室2つに、 シャワー・トイレが1つとデイスペース(居間)がついているのが理想とされている。そして、14〜1 8床を最少看護単位とし、このまとまりごとに介助浴室・キッチン・食堂が必要とされる。
 食事作りや掃除、洗濯なども、看護スタッフが患者と一緒にすることの中での、訓練の効果を期待 している。
 入院の対象となる患者は、脳卒中予後・大腿骨骨折など、リハビリテーションを必要とする高齢者 、24時間の注意を必要とする痴呆症老人、在宅医療受療患者の一時的容体悪化の際のショートステイ 等である。

 以上のように、スウェーデンには日本とは比較できないほどの選択肢が高齢者に対して準備されて いる。また、その全てが今まで住んできた地域に密着しているところがノーマライゼーションを反映 しているし、さらに、どのケア・サービスにおいても、高齢者の今まで通りの生活をなるべく壊さな いようにしているところが日本の施設との大きな違いである。日本の施設では、その施設に入所者自 身の生活をあわせなければならない場合がほとんどだろう。高齢者にとって、生活のリズムの変化は 、大きな環境の変化であり、新しい環境への適応は困難なことである。

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