3章 調査報告

 

1節 調査概要

調査対象:アートNPO工房ココペリ(以下ココペリ)。ココペリは、特別支援学校で出会った生徒の素晴らしい表現に感動し、卒業後も創作を続けることができる場を提供しようと、米田昌功さんらが平成2111月に立ち上げたNPO法人である。メンバーは現在11名。その多くは高岡支援学校の美術部OBOGである。中にはココペリのことを聞き、創作活動がしたいと砺波市から通っている作家や、アトリエに通うことは困難だが、ココペリに作品を預けている作家もいる。メンバーの年齢は20代前半〜半ば。富山県高岡市伏木の運輸工場の事務所だった場所を、ココペリのアトリエ兼事務所として拠点にしている。併設する広さ400平米の倉庫には、作家の過去の作品がいくつも保管されている。活動は月23回。時間は9時〜12時である。

調査期間201559日〜125日(912日を除く2週間おきの土曜日)、20161022日、1112日、123

調査方法:スタッフ、親御さんへの聞き取り調査、およびフィールドワークによる

 

エスノグラフィーに出てくるメンバー

スタッ

米田昌功さん

ココペリの理事長。高岡支援学校教員、日本画家。

井上浩美さん

ココペリの副理事長。富山総合支援学校教員。

末永征士さん

コンスタントに制作する。スケジュール管理が得意。

荒見真央さ

動物の絵を描く。クレヨンを使う。

前田拓海さ

カラフルな作品を描く。

島雄介さん

風景や乗り物を写真のように記憶して絵に描く。

 

*このエスノグラフィーではスタッフ、親御さん、作家本人の承諾を得て、実名を使用している。


 

2節 ココペリの人々

勾配の急な坂道を上り下りして、並木通りを進んでいくと、四方をガラス扉で囲まれているプレハブ小屋のようなものが見える。ここがココペリの拠点であるアトリエだ。隣は、日用品店、道を挟んで向かいにはアパート、坂を下るとコンビニエンスストアがあり、休日は車通りもそこそこ多い。今はもう使われていない運輸工場の跡地に、車が5台以上集まって、人が何かしているので、ワークショップの日は、通りすがりの住民やマラソンの練習をしている人が「なんだろう?」といった様子でじっと見ていく。

 

〔制作の準備〕

9時。続々と、作家さんが親御さんと一緒に、車でココペリにやってくる。「おはようございます」とあいさつが飛び交い、作家は各々席に着く。真央さんはエプロンを着る。描いている最中に、私服にクレヨンや絵の具がついてしまうことがあるため、着ておくのだ。そして、机が汚れないように新聞紙を敷けば準備完了だ。その間にスタッフが画用紙を持ってくる。「今日はこれに描こうか」と渡すと、作家たちは受け取って各々絵を描きはじめる。スタッフが渡す画材は、画用紙のときもあれば、ダンボール、模造紙など様々である。ワークショップは12時まで。ペースが速い作家はこの3時間で23枚の絵を完成させる。

 

〔制作中のフォロー〕

ココペリのスタッフは、作家が描いているときに指示せず、あくまで作家が自分の好きなように絵を描くのが1番だと思っている。場合によってはフォローを出すときもあるが、米田さんはあくまで、「こうしなさい」ではなく「こうしたらどう?」という提案にとどめているように感じる。提案することで、作家が絵を描きやすくするためのサポートを行っているように思われる。

2015530日のワークショップ。時刻は1245で、まだ残って描いている、征士さんと米田さんの会話に耳を傾ける。今取り組んでいる作品「ハナデストハッパ」の追い込みだ。「ハナデストハッパ」は、白い背景に、赤、青、オレンジ、ピンク、紫、水色、黄色、茶色の花が、ひしめき合うように描かれている作品だ。花たちは何かに引っ張られているように、また、空に吸い寄せられているように見える。それは風船が上がっていくように、狭い額を今にも突き抜けて、ふわふわと浮かんでいくようだ。花のつぼみは、黒く塗りつぶされた丸や四角で表現されていて、中にはその周りに短い線や、点々と模様が入っている花もある。これが花の口にも見えるし、ひげのようにも見える。花の周りに群がる茎は生き物のようにうねうねしている。この作品は以前デザイン会社の社長さんが気に入って購入していったという、征士さんの代表作である。米田さんが、「背景はどうする?絵の具使う?」と聞くと、征士さんは「いえ、マジックかポスカで塗ります」と返す。今度は「ここ先生、お花描き足そうか?」と言うと、「模様の方がいいと思います、写真に描いてある」というので、「この模様ね。わかりました」と返したあと、米田さんは「もう出来上がってきてるんだなぁ」と小さい声でつぶやいた。

 

写真1 太閤山ビエンナーレに展示された「ハナデストハッパ」

(アートNPO cocopelli facebookより)

 

〔またハナデストハッパ?〕

201581日。アトリエの中央に立ち、米田さんが一言「越中アートフェスタ、出したい人ー!」と手を挙げて呼びかけた。

ここで、越中アートフェスタに関して説明したい。ココペリに通う作家が、毎年作品を出品し、評価を受ける機会が「越中アートフェスタ」という一般公募展である。これは富山県内在住者及び本県に居住したことのある人なら、年齢、職業を問わず、誰でも出品できる公募展である。規格は平面作品部門(日本画、洋画、版画、水墨画、工芸、書、写真、デザイン等)・立体作品部門(彫刻、工芸、立体造形、デザイン等)ともに制限がない。ココペリの作家がよく使う、クレヨンやポスカで描いた作品であっても出品することができるのである。表彰は、越中アート大賞(各部門1点・賞金10万円)優秀賞(各部門46点・賞金2万円)奨励賞(全体で20点程度・賞品)佳作(全体で40点程度)である。ココペリの作家も毎回受賞しており、美術関係者を驚かせているという。

呼びかけを受け、目の前にいる征士さんと拓海さんが2人そろって「はーい!」と手をピンと挙げて応える。2人とも今まで取り掛かっていた絵は仕上がり、早く次の絵を描きたいとうずうずしているようだ。米田さんが安心した様子で微笑んでいると、早速、征士さんが「米田先生、何を描けばいいでしょうか」と聞く。米田さんは少しにやっとして「ハナデストハッパもう一回描く?」と言った。そのとき征士さんの表情が曇った。一呼吸おいてから動揺した様子で「どうしてですか」と返す。「嫌がった!やっぱり嫌がったかー()」米田さんは予想が当たったと笑っている。「ハナデストハッパ」は、かつてココペリが民間のギャラリーで展覧会を開いたときに、デザイン会社の社長さんの目に留まり購入された、征士さんの作品である。征士さんはその絵をお手本にしてもう一度新しく描いた「ハナデストハッパ」を、この6月に行われた太閤山ビエンナーレに出品したばかりだった。

太閤山ビエンナーレとは、県内作家たちによる2年に1度の美術展である。(以下ビエンナーレ)ビエンナーレは、富山県内の作家同士が集って、刺激しあうような作品の発表場所を設けるという目的で、開催がスタートした。2回目の開催となる2015年度は2070代の作家51人と、1グループが平面、立体作品を発表し、会期を67日〜73日、76日〜31日、83日〜29日の3つに分けて作品を展示した。作品は、ふるさとギャラリーや芝生広場、太閤山荘、展望塔に加え、野鳥観測所や射水館、滝流れの庭というように県民公園太閤山ランド内随所に飾った。

越中アートフェスタでも描くとなると3度目の「ハナデストハッパ」の制作になる。米田さんは、今、乗りに乗っている「ハナデストハッパ」で勝負したかったようだが、征士さんは新しいものを期待していたみたいだった。

 

〔弱気な発言〕

たまに征士さんがスタッフに助けを求めるときがある。2015822日。倉庫を見に行くと、ペンを動かすキュッキュ、という音だけが響いていて、征士さんが1人黙々と描いていた。そこへ、米田さんが様子を見にやってきた。気づいた征士さんが「米田先生、つらかったら、花や葉っぱの周りに色を付けることがありますか?」と聞く。米田さんは驚いた様子で「何?手伝ってほしいってこと?!」と返す。「はい。つらくなる可能性があるので」征士さんの返しが正直な言葉で、少し可笑しかった。さっきまで淡々とクールな顔つきで作品を描き進めていたのに、米田さんが来るとつい本音が出てしまったようだ。描き終わる自信がないのか、それとも「ハナデストハッパ」を描きすぎてもう気乗りがしないのかなと考えていると「ちょっとみんな夏バテ気味ですね」と米田さんが私に笑いかけた。

 

〔拓海さんの格子模様〕

2015103日のワークショップ。拓海さんはスタッフからの提案を受けて、自身の表現を変化させた。拓海さんは前回の絵の続きで、今日は背景に格子模様を入れる段階だった。いつものように黒いポスターカラーで線を入れていく。それを見て米田さんが「顔にも入れたらすごいと思う()」と言う。その一言をしっかり聞いていた拓海さん。それまでは背景には格子を入れていたが、今まで、絵のメインになるものや顔には格子模様を入れたことがなかった。「本当にいいの?」というように、恐る恐る守護精霊の口にゆっくりと格子模様を入れ始めた。その下のヤギにも格子模様を入れ始めた。フリーハンドで描かれる格子模様は、間隔がバラバラで絵がゆがんでいるように見える。「顔もいっちゃえよ!」と米田さんが急き立てる。拓海さんは顔にも線を入れた。まず目から入れ始めると、米田さんは「怖い、呪術できる、土俗的な絵になっちゃった()」と言った。そして「自分から、目から描きはじめましたからねー、すごい、こんな目の表現あるんだー」と私に声を掛けてきた。米田さんいわく、このヤギの目は黒ばしった眼(血走った眼の言い換え)だそうだ。前田さんの絵は、最初のほっこりした感じから、格子が入ることで少し怖い絵になった。米田さんが「たくちゃん、そろそろ02の絵描かん?越中アートフェスタ、まだ時間あるわ」と言ったが、前田さんはペンを止めなかった。「いいよー。楽しくなってきてるんだね」と米田さんは言った。最後に、仕上げとして米田さんは、線が最後まで引ききれていないところを指摘し、前田さんにしっかり引くよう助言していた。「わたしあんまり細かい方じゃないけど、君の作品だとこういうの気になるからねー」と言っていた。それからの拓海さんの作品は、絵の9割近く、格子模様が入る表現に変わっていった。

次に前田さんは、02の絵に取り掛かった。02とは、県内の新聞社が発行するフリーペーパーの名称だ。その表紙を描くアーティストを公募しているのだが、ココペリの作家にも応募してみないかという声が掛かったため、描きたい作家は挑戦してみようということで、制作に取り掛かっていたのだ。米田さんが日本画の資料から、適当に見本の花の絵を置いた。前田さんは、見本をじっくり見ることなく、つぼみと花の絵を描きはじめた。絵は画用紙にサクラカラーで描き、前田さんお得意のポップな表現になっている。先ほどまで描いていた守護精霊の絵と同じように、前田さんは、絵の9割近くに格子模様を入れた。

 

〔今日仕上がる?〕

20161022日。真央さんは、大作を制作中だ。模造紙の上に動物の写真の切り抜きが20匹以上ちりばめて置いてある。米田さんが置いたようだ。それを見ながら、真央さんは11匹動物を描いていく。前回のワークショップでは、作品の左半分を、3分の2ほど埋めるような大きさのトナカイを描いた。今回はその横にペンギンを描き進めていく。4匹のペンギンが横一列に並ぶ写真だが、真央さんはペンギンを8匹ほど細かく作品の左下の端に描いた。大きさはまちまちで、11つは小さなペンギンだが、真央さんは11つ手を抜かず、クレヨンを何色も重ねて描いていく。ペンギンの輪郭は、最初はオレンジのクレヨンで描かれる。次は紫、茶色、灰色、黒となぞっているように見えて、だんだんとおなじみの黒いペンギンになっていく。私は写真を見て描くなら、ペンギンは迷わず黒色だけを使って描くので、見ていて不思議に思ってしまう。真央さんの目にはペンギンがオレンジにも紫にも茶色にも灰色にも見えるのだろうか。最終的には黒色のペンギンになるのだが、塗り重ねてきた輪郭が、オーラをまとったようになり、味わい深いペンギンになる。ペンギンの群れを塗りながら、真央さんはずっと落ち着かない様子だった。「今日仕上がる?」「次仕上げる?」と塗ってはお母さんに話しかけるのを繰り返す。「今日は無理やよ」とお母さんが答えると、時計を見せてくださいと頼む。お母さんがポケットからスマートフォンを取り出して見せると、画面をちらっと見て何も言わず制作に戻る。これを23分おきに繰り返す。「次、仕上がる?」いつも作品を描くときはお母さんに何か話しかけているが、同じことを何回も聞くので、気になって、お母さんに「真央さん、締め切り気になるんですかね?」と話しかけると、「自分でも心配になってきたんじゃないが?」と冗談交じりに答えた。真央さんは描くのが早い作家さんで、普段のワークショップでは、画用紙23枚は軽く仕上げていく。しかし、今回の作品は大きいし、動物の数も多い。11匹描いているのでは、完成まで先が長いように感じた。真央さんもしんどくなってきたのだろうか。早く仕上げたいが、模造紙は埋まっていかないことに焦っているのではないかと見ていて感じた。

井上さんが様子を見に来た。お母さんが、「仕上がるかな」というと井上さんはうーんと考えた末、「真央ちゃん、減らしていい?」と真央さんの回答を待たずに、動物の写真を減らしていく。同じ動物は減らし、5匹ほど模造紙の上から取り除いた。それでも動物は17匹ほど。んーと言いながら、今度は動物を描く場所をある程度鉛筆で11匹示していく。仕上がるときのバランスを考えてなのか、枠をつける。枠をつけながらも、まだ動物に関して減らすべきか、入れ替えるべきか悩んでいた。「真央ちゃん、サル描きたい?」「描く!」返事は即答。「ホッキョクグマは外せないよねー」という井上さん。ホッキョクグマは真央さんの十八番のようなものだ。「真央ちゃん、魚と熊どっちが書きたい?」「熊!」また、はっきり答える真央さんに「熊好きなんだー」と言いながら、井上さんはイルカの写真を減らし、熊を残した。お母さんが「羊、わかりにくいから描けんと思う」と羊をなくすことを提案する。「そうですねー」と井上さんが取り除くと、真央さんが捨てた動物の写真のほうに寄ってきて、描くという。お母さんが「羊描きたいが?」というと何も答えない。「描きたいもの戻していいよ」と井上さんに言われると、真央さんは可愛いカバのイラストを戻した。それは1つだけ写真ではなくイラストだったという理由で、井上さんが描く動物の候補から即決で取り除いたものだ。「それ描くんだ(笑)」井上さんとお母さんは思わず笑った。私が「カバ好きなんですか?」と聞くと、お母さんは(真央は)旭山動物園にいるカバのゴンが大好きだったという。そういえば、いつもワークショップには熊とカバのぬいぐるみを持参しているのに気づく。カバのゴンはもう死んでしまったが、旭山動物園までわざわざ見に行ったほど好きだったらしい。お母さんが、なにやら鞄をゴソゴソしていると思うと、当時の写真を取り出し、私に見せてくれた。写真は、絵の参考にと、いつも持ち歩いているようだ。迫力満点のゴンを目の前に真央さんが後ずさりしている写真。ゴンが口を大きく開けたところをとらえた写真。お母さんは、「この日はせっかく行ったのにゴンがお休みでね。飼育員さんにお願いして裏の小屋まで連れて行ってもらって、なんとかゴンに会えたの。でも真央が怖がってて()」と教えてくれた。

ペンギンを描き終えた真央さんは、次はアザラシに取り掛かった。米田さんが用意したアザラシの写真は、描きづらかったらしく、輪郭を描くのに、少しピンと来ていないようだった。お母さんが、アザラシじゃないよ(笑)と持参してきた旭山動物園の本を取り出し、アザラシを真央さんに見せる。真央さんはお母さんと一緒に図鑑を確認し、またクレヨンをとった。描きなおすときは、上から白いクレヨンを使って塗りつぶす。もう一度輪郭に取り掛かる。先ほどよりはアザラシに見えなくもないが、尾びれがとげとげしくて少し怖い。お母さんはなんか…()という。「アザラシはこうだよ」とまた図鑑を見せるが、絵には焦りが感じられる。何回も描き直すのが嫌なのか、仕上がらないことが不安なのか、真央さんが「挫折したら?」「挫折したら?」という。挫折という言葉に、思わずお母さんと私は笑ってしまった。「難しい言葉知ってるね」と井上さんが言った。「アザラシ描いたら休憩しられ」「休憩しない!アヒル、さる、フクロウ、描く!」と真央さんが答えた。お母さんは「えー()、焦って描いてもいいがにならんやろ」といい、「大丈夫やよ」と励ましの言葉をかける。その言葉を受けた真央さんは椅子に座り、飴をなめていた。

写真2 制作中の様子

(アートNPO cocopelli facebookより)

 

〔描く順番〕

しばらくして米田さんが様子を見に来た。そして「うーん、真央さん、一つ一つ描くんじゃなくて、先に枠だけ書いてしまったらどう?ねぇ、先に全部下書きだけしてしまったらどう?こんなふうにさ」と黒いクレヨンでアヒルの輪郭を描いてみせた。真央さんは、それを見てぼそっと「わかった」と言いつつ、今描いているアザラシを描くのをやめない。「ねぇ、真央さん、いまわかったって言ったぞ()」と米田さんが言うと、お母さんが顔を覗き込むように真央さんのほうに寄り、「色塗り後でいいって」と止めに入る。真央さんは、仕方なさそうに輪郭に取り掛かった。

「君は一つにことに執着するとつらくなってしまうから…」そういう米田さんを横目に、真央さんは、米田さん作のあひるの下書きをそのままなぞる。米田さんが間髪入れずに「なぞるな!()、君の表現はそうじゃないはずだ()」というと、真央さんは、白いクレヨンでなぞった部分を消していく。自分で描き直すようだ。米田さんの「はいこれ」を合図に1匹ずつ、5秒くらいでさっと描く。「はいこれ」また、5秒くらいでさっと描く。模造紙上に、13匹ほどいる動物の輪郭だけが、11匹できていく。ペースは速いが、その様子は流れ作業みたいで、丁寧さのない、やけくそな描き方になっているようにも思えた。米田さんが「これは(描く動物が多すぎて)怒ってるな()」という。しかし、模造紙は、ほぼ埋まり、細かい描写や色塗りを残すだけとなった。真央さんもこれで少しは気が晴れたのではないかなと感じた。越中アートフェスタに出すということを真央さんは知っていて、それは真央さんにとって重要なことになっている可能性がある。締め切りを気にするわけは、お母さんによると、「毎年2人(真央さんとお母さん)で絵を見に行って、写真を撮ってくることにしているから」(自分の中での決め事のようになっているみたい)という。見に行くのだから、何としても仕上げなきゃ、と真央さんは思っているのかもしれない。描きたい、早く仕上げたい。でも、間に合わなかったらどうしよう…。こんなに真央さんの不安を垣間見ることができたのは初めてだった。

 

〔塗るの置いとく?〕

20161112日。真央さんは、越中アートフェスタに向けて作品の追い込みをかけていた。私が倉庫に覗きに行くと、動物を描き終え、背景を塗る段階まで絵は進んでいた。前回よりもかなり進んでいたので、真央さんのお母さんに「だいぶ出来上がってきましたね」と話しかけてみた。お母さんは、前回のワークショップの次の日も、ココペリに足を運んで描いていたのだと教えてくれた。背景は赤いクレヨンで塗ることになった。力いっぱい塗る真央さんを見て、近くにいた米田さんが助っ人に入る。赤いクレヨンを手に取り、真央さんと一緒にゴシゴシ塗っている。「でも真央みたいに塗れないわー。クレヨンでここまで塗るのはなかなかできないよ」と話しながら、絵を眺める。真央さんの筆圧の強さが、ムラのないはっきりした赤色を出している。私はそれを見て、「赤にするとこんなにかっこいいんですね」とお母さんに話しかけた。お母さんは「クリスマスみたい」と言う。意外な答えだったが、真央さんの描いた動物11匹に目を向けると、表情のゆるさや可愛らしさに気付いて、自然と笑顔になっていた。米田さんが、ペンギンの群れの周りを塗り終えた。「よし、真央さん、これでペンギンの所は大丈夫だぞ」と言うと、真央さんから「塗るの置いとく?塗るの置いとく?」と返ってきた。「え?塗るなってこと!?()」米田さんはハハハと笑いながらクレヨンを置く。米田さんがクレヨンを置いたのを確認すると、真央さんは、また力いっぱい背景を塗り始めた。はっきり「塗らないで!」とは言わないけれど、真央さんは自分の作品は自分で仕上げたいのかなと思った。

 

〔絵が売れる〕

2015620日。井上さんが真央さんの描いた黒いクマの絵(サイズは大きめだが、軽自動車でも積める程度)を、額をきれいにして包装し、真央さんのお母さんのもとへ持って来た。お母さんは、その絵を受け取り車に積みに行った。帰ってきたため声を掛けると、少しお話を伺うことができた。「真央さんはいつも動物の絵ですか?」と聞くと「家では人の顔ばっかりです。ここでは動物」と言っていた。「いつもクレヨンですか?」と聞くと「家ではマジック。ここではクレヨン」と言っていた。「先ほどの絵はどうされるんですか?」と聞くと、「私の友達が買ってくれました」と返ってきたので、いくらで販売したのか聞くと、「まだ先生が請求書くれないから(笑)」と米田さんを見ていた。後ほど井上さんに確認すると、「3万です」と言っていたので高いなと思ってびっくりしていると「高い?安い?」と聞かれた。「前回の前田さんの絵が3000円だったんでびっくりしました」と言うと、「あんまり安く売りたくないんですよね、福祉の絵みたくなっちゃうから」と返ってきた。「でも、あの絵可愛くないです?売れてしまうのが寂しい気もする」とも言っていた。 

その次のワークショップの日。真央さんのお母さんは、前回売れたという絵を持ってきて、クレヨンが剥げたところの補強をスタッフにお願いしていた。スタッフは、絵にスプレーを吹きかけたが、パラパラとクレヨンのくずのようなものが落ちてきて大変そうだった。

この日も、お母さんにお話を伺うことができた。荒見さんの知り合いの方はどういうきっかけで真央さんの絵を購入されたのかと聞くと、知り合いは高校の同級生で、以前デザイン会社で仕事をしていたことがある人だという。今回は歯医者さんの玄関に飾る絵のことで、前の絵が古くなったため、買い替えるにあたって、ココペリの絵でなにか探してほしいと頼まれたそうだ。しかし、前回売れたと思っていたクマの絵は、クレヨンのくずが落ちてきて、ダメだということになり、別の絵にするそうだ(おそらくココペリにある、荒見さんの別の絵)。次に、真央さんにとって絵が売れることはどういうことだと思われますかと聞くと、「本人は売れようが売れまいが意味は分かってない。売れたお金で何か買えるとかなら別だけどー」と言っていた。最後に、真央さんの絵が将来どうなってほしいと思われますかと聞くと、「今のまま、好きな絵を描いてくれればそれでいいです」と話した。

 

〔できました!写真撮ってください〕

作家は、作品が仕上がると「できました!」と元気よく言い、周りにいる人、米田さんや井上さんに作品を見せに行く。その作品を見た米田さんは「すごい!」「やったー!」とリアクションする。この日も、拓海さんが作品を仕上げ、「できた!」と私に見せてきた。「それ何?」と聞くと、「にわとり、魚、まほう」と返ってきた。その後、倉庫にいる米田さんに見せようと、キャンバスを抱えて、倉庫へ向かった。米田さんの目の前に作品を置き、披露すると「すごい、すばらしいよ!」と米田さんはにっこり笑って、拓海さんと何度も何度もハイタッチした。いったん落ち着いたところで、拓海さんは絵を抱えて無言で米田さんを見つめている。米田さんが察して「あ、写真ですか?すいません、気づかなくて()」と携帯のカメラで写真を撮った。もともとはFacebook掲載用の写真を撮るために、米田さんがワークショップ中の写真を撮っていたのだが、いつのまにか作家さんたちの間で、写真撮影までが作品の仕上がりの一連の流れに組み込まれるようになった。

 

〔来年は見に来てね〕

2015125日。征士さんが越中アートフェスタで佳作を受賞したと聞いた。授賞式にも参加したらしく、「(征士さんが)上手に返事していたと言っていたよ」と授賞式に同行していた米田さんから聞いた話を井上さんが言うと、征士さんは「返事はしないで立っただけです」とあっさり返した。井上さんは「そうなの!?米田先生〜!」と笑う。絵をポーカーフェイスで描き進める征士さんだったが、今の会話で越中アートフェスタのことを思い出したのだろうか。「お母さん、越中アートフェスタ見に行く予定ある?ない?」と聞いた。するとお母さんは「時間なかったもん」と困り顔で返す。立て続けに「来年は見に行く予定は未定通りですか?」と聞く。「未定通り」という言葉に、もちろん来年の予定は未定だと分かっているんだけれど、見に来てほしいんだよという征士さんの願いが詰まっている気がする。お母さんは少し微笑んで「それはまーちゃんの絵次第」とはぐらかした。すると征士さんがすくっと顔をあげ、「1番上手にできますけど未定通りですか?」と聞く。これにはお母さんもその場にいた人も笑ってしまい、アトリエは笑いに包まれた。征士さんは気にしていないようで、実は作品をお母さんに見に来てほしかったんだなと思い、ほほえましい気持ちになった。

 

〔模様事件〕

2016123日。征士さんは巨大絵馬の制作の続きだ。今日も倉庫での作業になる。アトリエに着いた征士さんからひと言「米田先生、にわとりの体やボディーに模様つける?」と話しかけられ、米田さんが「うん、不動明王像のときに模様つけとったみたいに」というと、征士さんは「羽はつけるんですね」と返して倉庫へ向かった。この巨大絵馬は、このお正月に高岡市にある射水神社に展示するものだ。毎年、絵馬にその年の干支を征士さんが描く。午年から始まったことなので、今年で4回目だそうだ。来年は酉年で、前回のワークショップの時点で、絵馬にはもう、にわとりとひよこの兄弟を描き終わっていた。10時過ぎに様子を見に行くと、征士さんの筆が進んでいない様子だった。私が「もう完成ですか?」と話しかけると、お母さんが「まだ」と返す。倉庫の奥で作業していた米田さんは「その一言が彼を追い詰める」と笑っているので、戸惑いながらも恐る恐る「模様をつけたくないんですかね…」とお母さんに聞いてみると、「うーん、本人の中では完成やったんやけど…」という。米田さんによると、征士さんのなかでは、ポスカでにわとりのふちどりと模様付けをして、今日中に絵馬を完成させる予定だったのだが、米田さんが筆とアクリル絵の具を使って、カラフルな模様をつけることを提案したところから動揺したらしい。征士さんは筆を使って描くのが、苦手であまり好きではないらしい。どうやら、早く描き進めたいとの思いから、アクリル絵の具はポスカに比べて乾くのが遅いことや、筆から絵の具が垂れてしまうことなど、細かいところを気にしなければいけないのが、本人に合わないようだ。そして、今日中にできないと分かったことも、本人にとっては耐え難かったようだ。お手洗いに行ったり、アトリエに画材を取りに行ったり、散歩したり、なかなか作品に取り掛かろうとしなかった。「米田先生、にわとりの体やボディーにポスターカラーで模様をつけることは必要でしょうか?」と聞くと米田さんは「うん」と答える。しかし征士さんは動こうとしない。米田さんから「谷内さんからも、うんと言ってあげてください()」と頼まれてしまった。

その後、スタッフからの一言に後押しされて、どうやら征士さんは絵馬のにわとりに色を付けることを決めたらしい。スタッフと一緒に、アトリエにあるアクリル絵の具を何色か倉庫まで持ってきた。まず、緑を選んだ征士さん。でも模様ではなく、ボディー一面を緑で塗り始めた。今度は周りのみんなが動揺し、様子を見に来る。さっきまで白いよく見るにわとりだったのに、体は緑の次は青、黄色、と塗られていく。心配ではあるが、誰も塗るのを無理やり止める人はいない。井上さんは、「たくちゃんの絵みたい」という。米田さんは「みんなが絵馬の行く末を心配して見に来る」と笑う。そして「あの絵見せたくらいからおかしくなりましたよね〜」と征士さんのお母さんに言う。あの絵とは、征士さんが前回描いたにわとりの絵で、その時には凛としたにわとりの身体に、黒マジックで描いた縦や斜めの線の模様が入っていた。米田さんは、今回もそんなふうに模様をつけてほしかったみたいだが、征士さんには伝わっていないようだった。追い詰められていく征士さんを見て、米田さんが「久しぶりに出るか…?帰りたいよ〜〜()(征士さんの口調をまねて)」と笑いを誘い、場を和ませる。征士さんは以前、大きな絵をすらすらと描ける作家さんではなかった。大きな絵を描き始めたばかりのころは、なかなか終わらず苦戦したこともあるようだ。その時に「帰りたいよ〜〜」の言葉も出ていたのかもしれない。

征士さんがどうしても落ち着かないので、少しでも早く乾かそうと絵をお日様のもとで乾かすことになった。米田さん、征士さん、前田さんのお父さんの3人がかりで巨大な絵馬を持ち上げる。アトリエの外壁に絵馬を立て掛け、みんなで周りを囲み、絵を眺めた。青空の下にカラフルな絵馬が映えてとてもきれいだった。征士さんも自分の絵を眺めたり、乾くのを待つ間にアトリエ周りを散歩したりしている。「今日は散歩率高いよ」と米田さんがツッコミを入れていた。

 

写真3 酉年の巨大絵馬

(アートNPO cocopelli facebookより)