2章 先行研究

 

1節 障がい者芸術支援をめぐる動き

1項 アール・ブリュット振興のための国内のこれまでの取り組み

 杉田(2012)は、日本において、アール・ブリュットに関心が寄せられたきっかけは、1938年の「特異児童作品展」だと述べている。この展覧会は、当時早稲田大学心理学教室講師だった戸川行男により開催された。戸川は、紹介されて訪れた八幡学園で、山下清の作品に出会い、大変感銘を受けて、「特異児童作品展」をプロデュースするに至った。その後、山下清が放浪の旅に出て行方知れずとなり、1954年に放浪先から見つけ出され、再び注目を浴びるようになったころ開催された展覧会には、会場に「知的障害者の教育相談所」を併設したとされている。このことから、障害者教育の色彩が濃くなり、美術界から遠ざかってしまったと言われている。

また1946年に開設された、滋賀県の近江学園での造形活動も注目を浴びた。ここで生まれた作品は、京都府知的障害者福祉施設協議会、滋賀県知的ハンディをもつ人の福祉協会、京都新聞社会福祉事業団主催の「土と色」展という展覧会に展示された。この展覧会は1981年から18年の長きにわたり隔年で10回開催された。いったん終了したが、2011年に第11回として再開し20123月には第14回が開催されている。このように近江学園の活動は社会的に広まっていったが、主催がすべて福祉関係者であったことから、福祉の世界に留まっていた。

一方ヨーロッパでは、1945年、フランス人画家のジャン・デュビュッフェが精神病院をめぐる旅の中で作品を収集、1949年に有名な画廊主であるルネ・ドゥルーアンがパリでアール・ブリュットの展覧会を開催した。その後、デュビュッフェが自身のコレクションをローザンヌ市に寄付し、1976年に初めて一般公開され、注目を集めた。

その後、1990年代、日本のアール・ブリュットの火付け役になったのが、1995年のエイブル・アート・ムーブメントだと言われている。1990年ごろ、知的障がいのある人の表現をサポートしようという活動が各地で芽生えていき、財団法人たんぽぽの家(奈良県)の播磨靖夫によって一つに束ねられ、1995年にエイブル・アート・ジャパンが発足した。また同年には、厚生労働省が主催する「第1回全国障害者芸術・文化祭」の開催がスタートし話題を呼んだ。

2004年、絵本作家はたよしこが中心となり、「ボーダレス・アートミュージアムNO-MA」を設立する。そこでは、作品は障がいのある人もない人も関係なく、垣根を取り払ったアートとして展開されている。このころから、福祉関係者も美術関係者も巻き込んだ、ボーダーレスなアートという新しい展開が見られるようになった。

その後、2008年には、「障害者アート推進のための懇談会」が厚生労働省と文部科学省の共同で開催された。この懇談会では、障害者の芸術活動を、施設の余暇的活動を中心とした生きがいづくりやリハビリ向上のためのものではなく、障害者の個性や才能に目を向けた美術作品の展示会等の芸術活動にしていこうと、広く関係者が意見交換を行い、必要な社会的取組について提言を行ったとされている。また、2013年に「障害者の芸術活動への支援を推進するための懇談会」が厚生労働省と文化庁の共同で開催された。そこでは、「裾野を広げる」「優れた才能を伸ばす」という視点を踏まえたうえで、具体的な支援の在り方として、障害者の芸術活動の「相談支援の充実」「権利保護」「支援者の人材育成」「鑑賞の支援」「優れた作品の評価・発掘、保存、展示機会の確保等」「販売や商品化」「評価・発掘、発信等を行う人材育成」「鑑賞のための環境づくり」「関係者のネットワークの構築等」の必要性が報告されたとされている。

 

1 障がい者芸術支援をめぐる動きとこれまでの取り組み

1938

八幡学園の「特異児童作品展」の開催

1945

フランス人画家、ジャン・デュビュッフェが精神病院をめぐる旅の中で、作品を収集

1949

パリでアール・ブリュットの展覧会が開かれる

1971

ジャン・デュビュッフェがコレクション5000点をローザンヌ市に寄付

1976

デュビュッフェのコレクションが一般公開される

1981

「土と色」展の開催

1994

「日本障害者芸術文化協会」を設立、障害者芸術文化ネットワークの拠点として東京で活動を開始(2000年「エイブル・アート・ジャパン」に改称)

1995

エイブル・アート・ムーブメント始動

1回全国障害者芸術・文化祭が大阪府で開催

2004

滋賀県社会福祉事業団が国内初の専門美術館である「ボーダレス・アートミュージアムNO-MA」を開設

2005

NO-MAとスイス・ローザンヌ市の「アール・ブリュット・コレクション」との3年に渡る連携事業が始まる

2007

「総理官邸における障害者自立支援の会」を開催

2008

「障害者アート推進のための懇談会」を開催

日本のアウトサイダー・アート特別展「JAPON」の開催

2010

フランス・パリのアン・サン・ピエール美術館にて日本各地の障害のある作家たちの作品による展覧会「アール・ブリュット・ジャポネ」展を開催

2013

「安倍総理と障害者との集い〜共生社会の実現を目指して〜」を開催

「障害者の芸術活動への支援を推進するための懇談会」を開催

2014

「障害者の芸術活動支援モデル事業」の開始

「第14回障害者芸術・文化祭とっとり大会」の開催

2015

2020年東京オリンピック・パラリンピック競技大会に向けた障害者の芸術文化振興に関する懇談会」を開催

(厚生労働省HPと杉田穏子(2012)『アウトサイダー・アートが福祉の世界に投げかけるもの―ある受賞者のライフストーリーを通して―』より筆者が作成)

 

2項 障害者アート推進のための懇談会

 この項では、先述した「障害者アート推進のための懇談会」(2008)ののち、2008628日に提出された報告書に関して分析していく。「障害者アート推進のための懇談会」の構成員は以下の通りである。

 

【構成員】

・今中博之:アトリエインカーブ エグゼクティブディレクター、社会福祉法人素王会理事長、一級建築士

・高木金次:財団法人日本チャリティー協会理事長

・建畠哲:国立国際美術館館長

・根本友己:東京都立立川ろう学校長

・はたよしこ:ボーダレス・アートミュージアムNO-MAアートディレクター、すずかけ絵画クラブ主催、絵本作家

・日々野克彦:東京芸術大学美術学部先端芸術表現科教授、アーティスト

・広瀬浩二郎:国立民族学博物館民族文化研究部准教授

 

 この懇談会では、人々が自分の個性や才能を生かしながら社会に参加・貢献できる環境である「ぬくもりのある日本」の実現をテーマに、障害のある人々の自由な芸術表現を推進するため、構成員が必要な社会的取組について提言を行った。

 以下は、報告書の中で、何度も出てくる言葉をピックアップしたものである。

・「才能」19

「才能があってもそれを理解する人間が絶対的に少なかった(10ページ)」や、「芸術的な才能がある障害者のそばにはその才能と芸術性を理解しながら彼らの生活や将来を考え寄り添うことのできる人材が必要(16ページ)」と書かれている。このような記述から、障がい者の才能の理解者が少ないことを問題視しているとわかる。また、「その才能を生かした新たな就労形態が可能とできないか検討が必要(13ページ)」や「一般就労は芸術的才能を持った障害者にそぐわないケースが少なくない(17ページ)」とあるように、才能を就労に生かすことが提案されている。

・「芸術性」9

「芸術というものは作家自身の社会的背景や位置づけではなく、作品そのものの芸術性を問われるべきです(12ページ)」や「ラベリングされた世界の中だけで彼らの作品をとらえるのではなく、広く現代美術としてその芸術性を評価してこそ、本当の意味でのユニバーサル社会につながるのではないでしょうか(14ページ)」という提言がある。従前のように「障がい者が描いた」作品ではなく、作品そのものを評価すべきだと書かれている。さらに、芸術的評価を確立することが求められている。また、「福祉系大学や専門学校で福祉のみを学んだ学生は、彼らの作品の芸術性に気づくことは難しく、結果としてその作品は破棄され長く残ることが稀です(13ページ)」とあることから、芸術性がわかる人材が求められている。

・「学芸員」9

「学芸員や研究者などしかるべき専門家が、日本の博物館や美術館、社会福祉施設などにおける「障害者アート」作品の収集・保存状況に関し調査する(8ページ)」「すぐれた作品の収集・保存に直接あたる学芸員やその他美術館職員などを対象としたセミナーやシンポジウムも開催(同)」と書かれていることから、芸術性がわかる人材として学芸員が取り上げられているとわかる。

・「就労」6

「障害者の自立(経済的な自立)につながるよう、芸術創造活動を通じて、その才能や個性、センスを生かした、新たな就労形態が可能とできないか、仕組みづくりや市場開拓などについての検討も必要である(10ページ)」や「一般就労は、芸術的才能をもつ障がいのある人にはそぐわないケースが少なくありません。一定の雇用関係によらず時間に束縛されないで、自らがもつ特技・才能に基づき営む『専門的就労』こそが、彼らがアーティストとして独立していく道であると考えます(14ページ)」というようにアートを就労に結び付ける記述がある。

その他「社会参加」と「生きがい」が5個ずつ、「余暇」が2個、「リハビリ」が3個あったが、これらの言葉は従来の障害者アートの状況を示す際に使われているという印象を持った。

2008年度の報告書には、障害者アートを「余暇」や「生きがい」の範疇から脱するために、社会的評価を高めることが提言されているとわかった。

 

3 障害者の芸術活動への支援を推進するための懇談会

 この項では、「障害者アート推進のための懇談会」の5年後の2013年に行われた、「障害者の芸術活動への支援を推進するための懇談会」の中間とりまとめに関して分析していく。「障害者の芸術活動への支援を推進するための懇談会」の構成員は以下の通りである。

 

【構成員】

・青柳正規:独立行政法人国立美術館理事長、国立西洋美術館長 (78日付け構成員辞任)

・今中博之:アトリエインカーブクリエイティブディレクター、社会福祉法人素王会理事長一級建築士、京都大学地域研究総合情報センター研究員

・上野密:一般社団法人全国肢体不自由児者父母の会連合会常務理事

・岡部太郎:財団法人たんぽぽの家事務局長

・重光豊:特定非営利活動法人障碍者芸術推進研究機構天才アートミュージアム副理事長、京都市教育委員会指導部総合育成支援課参与、元京都市立養護学校・総合支援学校長

・鈴木京子:国際障害者交流センター(ビッグ・アイ)事業企画課長

・B万里絵:芸術活動を行っている障害当事者 (1979年〜長野県在住)

・田中正博:社会福祉法人全日本手をつなぐ育成会常務理事、独立行政法人国立のぞみの園参事

・田端一恵:社会福祉法人滋賀県社会福祉事業団企画事業部次長

・中久保満昭:弁護士

・日比野克彦:東京芸術大学教授、アーティスト

・保坂健二朗:独立行政法人国立美術館・東京国立近代美術館主任研究員

・本郷寛:東京芸術大学美術学部教授

 

 近年「アール・ブリュット」の呼称の下で、障害者の優れた芸術作品が発信され、国際的にも高く評価され始めているなか、この懇談会では、支援の仕組みづくりを行い、より一層、障害者の芸術表現を推進していくことを目的に議論が行われた。

以下は「障害者の芸術活動への支援を推進するための懇談会」中間とりまとめで何度も出てくる言葉をピックアップしたものである。

・「評価」22

「近年、『アール・ブリュット』という概念・呼称の下で、障害者の優れた芸術作品を評価・発掘し、国内外に発信する活動が関係者の間で進められており、そのような活動を通じて、国際的にも高く評価される作品が生まれてきている(2ページ)」のように国内外での評価が高く、反響が出てきていることが記述されている。また、「実際に学芸員や福祉関係者等が連携して、国内外の障害者の芸術作品の調査を行うことにより、評価・発掘という点で一定の成果を上げている事例もみられることから、こうした取組をさらに広げていくことが必要である。(6ページ)」や「その際には、学芸員や芸術家等の美術関係者だけでなく、福祉現場・医療現場等の人材が協働して調査を行うことが重要であり、こうした活動を続けていくことを通じて、障害者の芸術作品の評価の在り方も練り上げられていくことが期待される(同)」とあるように、これまでの成果を踏まえ作品を評価できる別分野の人材をさらに増やすための提言が書かれている。

・「人材」17

「障害者の芸術活動への支援を推進していくためには、地域の福祉サービス事業所や特別支援学校等において支援を行う人材を育成することに加え、障害者の芸術作品の評価・発掘、発信等を行う人材の育成が必要である(6ページ)」とあるように、2008年度と同様、人材育成に関して触れられているが、学芸員にこだわってはいない。また、「福祉サービス事業所や特別支援学校等において美術大学や芸術大学の学生等を受け入れるなど、福祉・教育分野と芸術分野の人材の交流を図ることも重要であり、その際に、美術大学や芸術大学の窓口等において、関心がある人材と事業所等を結び付ける役割を担うことも考えられる(4ページ)」や「まずは地域のニーズと密着して情報交換や人材交流などの取組が行える場が必要であり、その上に立って全国的な情報交換・人材交流を行うことができるセンターについて考えるべきである(8ページ)」にあるように、交流についても触れられている。

・「権利」18

「実際には、障害者の芸術活動の支援に取り組む関係者の間でも、こうした障害者の芸術作品に関する権利保護に対する認識が十分であるとはいえない状況がみられる」とあるように、権利保護が求められている。

また、所有権の問題と著作権法上の権利の問題が指摘されている。つまり、福祉サービス事業所で芸術活動を行う障害者の芸術作品の所有権が、どのように障害者本人、福祉サービス事業所に帰属するのかという問題である。これを踏まえて「ガイドラインの作成・普及と相談に応じることができる窓口を設けることも重要である。(5ページ)」と述べられている。

・「社会参加」7

「芸術活動において障害の特性が能力として活かされている場合、それを『アール・ブリュット』という概念の下に評価する枠組みができており、それがきっかけとなって障害者の社会参加が推進されている(2ページ)」とあるように、それ以外にも「社会参加の推進」という言葉が2008年度の報告書よりは積極的に使われている感じがする。

・「ネットワーク」5個(2008年度の報告書にはなかった言葉の一つ)

「さらに、地域において先進的な取組を行っている団体等を窓口として、関係者によるネットワークの形成を図ることにより、人材の交流を進めることも考えられる(4ページ)」という記述がある。

その他、「芸術性」は2個で、2008年度の報告書ではよく出てきた言葉だったが、今回は「評価」の中に含まれているような印象を持った。また、「才能」も2008年度の報告書にはよく出てきたが、今回は3個とそこまで触れられていない。「経済」が1個、「就労」が0個であったが、記述はないものの「障害者の芸術作品の販売やその二次利用による商品化等も進んできており、経済面から障害者の生活の向上を図り、自立に向けた支援を行う観点からも、このような…(6ページ)」とあるように販売に関しては取り上げられていた。「余暇」や「生きがい」という言葉はほとんどなかった。


 

2節 障害者の芸術活動支援モデル事業

1項 事業概要

 以下では、障害者の芸術活動支援取り組み事例集(2015: 4-5)に基づいて概要を述べたい。障害者の芸術活動支援モデル事業は、「障害者の芸術活動への支援を推進するための懇談会」中間とりまとめ(2013826日)を踏まえ、芸術活動に取り組む(あるいは取り組みたい)障害のある人や、それを支える家族・支援者をサポートする事業をモデル的に実施し、その成果を普及することを目的にスタートした事業である。第1回は、20148月から20153月までの約7ヵ月間、厚生労働省の採択を受けた全国5ヶ所の実施団体において多様な取り組みが展開された。採択された団体と事業内容は、以下のとおりである。

 

<実施団体>

・社会福祉法人グロー(GLOW)〜生きることが光になる〜(滋賀県)

・一般財団法人たんぽぽの家(奈良県)

・特定非営利活動法人エイブル・アート・ジャパン東北事務局(宮城県)

・社会福祉法人愛成会(東京都)

・特定非営利活動法人コミュニティリーダーひゅーるぽん(広島県)

 

<事業内容>

1 障害者芸術活動支援センターの設置(必須事業)

 美術活動に取り組む障害者やその家族、支援者に対する支援の推進、美術活動を支援する人材の育成、また展示会などを通じた関係者のネットワークづくりを行うことを目的として設置する。

・相談への適切な対応

障害者本人やその家族、福祉事業所等からの相談を受け付け、関係機関の紹介やアドバイスを行う。著作権などの権利保護の相談は弁護士、活動支援については学芸員または専門家をアドバイザーとして活用する。

・障害者の美術活動を支援する人材の育成

福祉事業所で障害者の美術活動を支援する者に対して美術活動の支援方法に関する研修と、著作権等の権利保護に関する研修を行う。

・関係者のネットワークづくり

障害者の美術活動を支える人材が連携・協力できるように情報交換の場を設ける。

・美術活動を支援するものが参加して企画する展示会

福祉事業所の美術活動担当者、障害者の美術活動に理解のある専門家と連携して企画し各福祉事業所から作品を持ち寄り、展示会を開催する。

・モデル事業連携事務局への協力

モデル事業連絡会議に参加する、成果報告等のとりまとめ作業に協力する。

2 協力委員会の設置(必須事業)

 実施団体は協力委員会を設置する。協力委員会は事業実施計画を確認し、実施にあたって協力するとともに、年度末の進捗状況の確認を行う。協力委員会は、実施団体の代表、都道府県の障害福祉担当職員・文化芸術担当職員、障害者の美術活動を支援する福祉事業所が加盟する団体(都道府県レベル)の代表、専門家アドバイザーである学芸員および弁護士を必須の委員とし、必要に応じて特別支援学校の教員等を委員に加えるものとする。

3 調査・発掘・評価・発信(任意事業)

 対象地域内の作品の美術的な評価を踏まえた発信を行うため、学芸員と実施団体が連携して、作品と制作する障害者の調査・発掘を行い、専門家による評価委員会で評価し、企画展により発信する一連のプロセスを実施する(1年で困難の場合は、プロセスのうち一部実施でも差し支えないものとする)。

4 モデル事業連携事務局の設置(任意事業)

 本事業にモデル事業連携事務局を1箇所設置することとする(社会福祉法人グローが担当)

 

 大きく分けて上記の4つの事業が、障害者の芸術活動支援モデル事業の事業概要である。中でも筆者は、特に力を入れているように見える部分に着目し、これ以降触れていくことにする。

 

2項 障害者芸術活動支援センターの設置

 障害者芸術活動支援センター(以下支援センター)の設置は、モデル事業においてどの団体も必ず行わなければならない必須事業である。「障害者の芸術活動支援取り組み事例集」(2015: 8-11)によると、支援センターを設置したことで、よく寄せられた相談としては、造形活動ができる場所を求めるもの、作品の展示機会を求めるもの、現在実施しているアトリエ活動を充実させたいというもの、作品を借用して展示を行いたい、また、作品を二次利用したいのだが作者の承諾を得るための手続きを教えてほしいというもの、報道機関からの作品の写真掲載に関する問い合わせが挙げられている。相談内容と件数を「障害者の芸術活動支援取り組み事例集」(2015)から抜粋すると、創作活動を始めたいが27件、作品を発表したいが74件、アトリエ活動を充実させたいが52件、作品を商品化したいが36件、作品の写真を掲載したいが76件、作品を購入したいが21件となっている。

これらの相談内容から、造形活動ができる場所を探しているということや、作品を発表する場がほしいというような基本的な相談も多く寄せられるということがわかる。アトリエ活動の充実についても52件寄せられていることから、先駆的な活動に取り組む福祉施設とのネットワーク作りに、支援センターが役立つのではないかと考える。また、作品の二次利用に関しては写真掲載の問い合わせが最も多かった。これは採択された5団体のうちの一つ、滋賀の事業所が企画展などを全国に発信していることから県外からの相談が半数を超え、報道関係者や企業からの相談が多い傾向にあったことが要因と述べられている。次に多いのが商品化に関する相談で、作品を購入したいというよりも作品をデザインの素材として使用したいという商用ニーズの声が上がっている可能性があるといえる。

 

3項 作品のニ次利用

 この項では、障害者の芸術活動支援モデル事業採択団体のうち、アート作品の二次利用に取り組んだ団体の事例を紹介する。

 

〇特定非営利活動法人エイブル・アート・ジャパン(本部・関西事務局:奈良県奈良市、東北事務局:宮城県仙台市、東京事務局:東京都千代田区)

普段は、ギャラリー事業、ショップ事業、登録作家の公募(20153月現在 登録作家86人、登録作品8268点)を行っている。なお、HP上でアーティスト名と作品が公開されており、アートをデザインとして使用したグッズのWeb販売も行われている。

・実践事例

仙台市在住の登録作家Sさんが描いたゾウの絵が、エイブルアート・カンパニーと取引のあるハンカチ専門店「H Tokyo」と靴下専門店「Tabio」の目にとまり、2013年秋に商品が発売された。(障害者の芸術活動支援取り組み事例集 2015: 59

 

〇特定非営利活動法人コミュニティリーダーひゅーるぽん(広島県広島市)

普段は、アートと花で障がいのある人たちの社会参加を支援するコミュニティスペースプログラムのなかで、花の苗の育成、カフェ&ギャラリーの経営を行っている。なお、HP上で花とアートがコラボレーションしたグッズを販売中。

・実践事例

障害者アートの効果的な普及とアート作品を利用した製品開発・販売。具体的には、作品を使ったオリジナルショッピングバッグの配布を商店街と協働で実施したり、アートをタイツ、レギンス、ストッキング計11種類の二次製品にして販売したりした。(障害者の芸術活動支援取り組み事例集 2015: 74-75


 

3節 障がい者芸術活動のキーワード:就労の可能性と社会的評価

2008年度の「障害者アート推進のための懇談会」報告書からわかることは、それまで福祉施設で行われてきた芸術表現活動を「生きがい」や「余暇」と捉えるのではなく、正当な芸術的評価を受けることができるように、流れを変えていこうとしているということだ。作者自身の社会的背景や位置づけではなく、作品そのものを評価するべきであるという考えの下、学芸員による「障害者アート」の作品収集、保存状況などの調査を実施する方針が読み取れる。

次に顕著なことは、芸術を生かした「専門的就労」を検討する必要があると述べられていることだ。芸術的才能をもつ障がい者には一般就労がそぐわない場合がある。その場合に芸術表現活動を通して才能や個性、センスを生かした就労形態ができないかと述べられている。そして、障がい者がアーティストとして独立する道ないし障がい者の経済的自立につながるような道を模索することが必要だと提言されている。

その後、2013年に出された「障害者の芸術活動への支援を推進するための懇談会」中間とりまとめでも「評価」という言葉が多く出てきた。一部の関係者の間で、評価・発掘し、国内外に発信していた障害者の優れた作品が、評価されるようになってきた状況がうかがえる。これをもとに始まった、障害者の芸術活動支援モデル事業では、支援センターを設置したことで、芸術活動に関わる相談に応じる場ができたことや、作品の二次利用に関する取り組みにもつながってきたことが読み取れる。二次利用に関する事例は、報告書の中で先進的な例として取り上げられており、作品を商用デザインとして使用することで、著作権使用料を作家に還元するという、新たな就労形態の仕組みになり得るような取り組みの成果が、報告されている。

このような動きがある中、川井田(2013: 123-124)に気になる言葉があった。経済的価値の実現が望まれる一方、芸術表現活動を通して、社会とのつながりを築くことが求められているのではないかということだ。

川井田は、2010年度に、公募展で評価された作品を市場につなぎ、その収益を作者である障害者に、還元するシステム構築の基礎資料を得るために、調査を行った。その調査とは、障害者の作品とアート市場をつなぐことに取り組んでいたり、厚生労働省地域支援事業・障害者保健福祉推進事業(障害者自立支援調査研究プロジェクト)を受託してモデル事業を実施したりした組織など8ヶ所を対象に、それぞれの事業所を訪問するというものである。

そして、調査の中で訪問先の担当者から出された意見に、労働の価値を考えたとき、労働を通して社会とつながりを築いていくことが価値あることであり、お金を得ることは結果としてついてくるものではないのか、というものがあったと報告している。

川井田(2013)が述べている大阪府のシステムでは、自立支援の流れに位置付けられ、就労を意識せざるを得ないため、作品をアート市場につないで経済的価値を実現させることが求められていた、と書かれている。しかし、川井田自身は先述しているように、障害者の作家にとって、芸術活動を通したセルフエスティームの高まりが大切なのであり、訪問先の担当者の意見にもあるように、お金を得ることよりも、周囲との関係を築いていくことを最優先にすべきであろうと述べている。(川井田 2013: 123-124

 このことから、「労働」観の問題として、労働でお金を得ることは重要だが、芸術表現をとにかくアート市場や労働につなげるということに対しての、作者や事業所担当者の疑問の声があることが読み取れる。この点も意識して事例分析につなげたい。