4章 尾道空き家再生プロジェクトについて

 

 まちづくりの一環として空き家活用を行う「社会性」のある活用において、広島県尾道市と島根県雲南市の2つの事例を取り上げた。そのうち、農村地域ではなく地方都市での活動であり、その活動に学生が参加しているという点から広島県尾道市の事例が高岡まちっこプロジェクトと位置づけが近いといえる。そのため、広島県尾道市の事例について詳しく記載していく。

 

1節 広島県尾道市について

尾道市は、瀬戸内海に面している市で、人口約14万人、約65千世帯が暮らすまちである。林芙美子や志賀直哉といった作家の活動拠点であったことから「文学のまち」、尾道出身の映画監督・大林宣彦の映画のロケ地となったことから「映画のまち」、国の重要文化財に指定されている浄土寺や西國寺など仏閣が立ち並ぶことから「歴史のまち」として多くの観光客が訪れる場所となっている。(尾道市HP;川窪2009

 

2節 尾道市の空き家の状況

尾道市には、千光寺、西國寺、浄土寺の3つの寺が丘の上に建てられており、その丘を「尾道三山」という。尾道三山の斜面地には、麓から住宅地が形成されているが、斜面地一帯の道路の大部分が、自動車を乗り入れることができない急斜面であり、細い路地や階段からなっている。そこは、住宅を改築・改装するには資材の搬入が容易ではなく、下水道整備もなされていないためトイレは汲み取り式のままである。なにより急な坂道の上り下りが日常生活の大きな負担となっている。その不便さゆえに観光地として有名であるにも関わらず、平坦部に移った人が多く、中心市街地の空洞化が進み、空き家が目立つようになった。三山全域には300500件の空き家があるという。(川窪2009

 

3節 NPO法人尾道空き家再生プロジェクト立ち上げの経緯

 尾道空き家再生プロジェクトの発端は、NPOの代表である豊田雅子氏が2007年に古い民家、通称「尾道ガウディハウス」を手に入れたことに始まる。

豊田氏は尾道生まれで、大学を卒業後、旅行会社の添乗員として海外を訪れ、様々な街を見て歩いた。その中で尾道同様に、斜面の街で観光地として有名なイタリアのアマルフィ3と出会った。豊田氏は、「この街には豊かな時間が流れ、人々はお金を落としていくのに、どうして尾道は空き家が増え続けていくだけなのか」と疑問を抱いた。母の死をきっかけに尾道に戻ってきた豊田氏は、尾道に人生の第2ステージの住み処となる古い建物を探し始める。6年間に及ぶ家探しの末、通称「尾道ガウディハウス」と呼ばれる築80年の木造2階建て空き家と出会った。この建物は映画に何度も登場したにも関わらず25年もの間、空き家となっており、長年のホコリ、雨漏りやシロアリ害で壊れかかっていた。活用のめどがあったわけではないが、購入し、大工である豊田氏の夫と二人三脚で再生を始めた。その様子をブログで綴ったところ、全国から多くの賛同の声が届いた。「多くの賛同者がいるのだから、貴重な『空き家』という資源を活かすためにもっと大きな波をおこしたい、時代の追い風の中、『尾道スタイル』をまずは確立しよう」(豊田2011)という豊田氏の思いから2007年に尾道空き家再生プロジェクトが生まれた。尾道は車中心の社会に取り残され、不便で原始的な生活かもしれないが、豊田氏はそういった一昔前のような生活にこだわりを持っており、町の資源として発信していこうという考えを持っている。同プロジェクトは2008年に、NPOとなった。(豊田2011

 

4節 これまでの活動

1項 イベント

豊田(2011)によると、尾道空き家再生プロジェクトでは、「コミュニティ」「建築」「環境」「観光」「アート」の5つの視点から、空き家の活用方法について模索している。以下は、活動の事例の一部である。

尾道建築塾

尾道の歴史や地形を生かした「オモシロ物件」に注目し、技法や歴史的背景を含め尾道建築を理解するセミナー。昔の技法や職人の技を実際に目にすることにより、技術の継承を提唱し、これからの尾道の家づくりについても考えるきっかけを作ることを目的としている。「たてもの探訪編」では、町歩きや建物の内部見学、「再生現場編」では、ワークショップや公開工事など実際の現場を体験。年2回ほど開催。(豊田2011

 

尾道空き家談議

空き家に関する情報交換や各種活動を行っている人と人とを結びつける目的で行っている。毎回、多彩なゲストを招き、その人の体験談や尾道特有の空き家問題についての意見を聞き、参加者同士の情報交換を行なう。毎月開催。(豊田2011

 

空き地再生ピクニック

斜面地には新築を立てられない更地になった空き地も多く点在。そんな空き地で草むしりやゴミ拾い後、ピクニックを楽しみながら空き地の活用方法を考えるもの。手作り公園や菜園、花畑など色々なアイディアで空き地の再生を試みている。(豊田2011

 

尾道暮らし応援作業

空き家の活用に困っている家主の相談にのり、実際にマッチングさせて定住者を促進する空き家バンク事業の先駆けとなる活動。相談件数約100件、20件ほどの空き家が埋まっている。また、移住者の支援活動として家財道具の運び出し等の片付けや引越し作業の補助も行っている。(豊田2011

2項 再生事例

 尾道空き家再生プロジェクトがこれまで改修してきた物件の一部を紹介する。

 

尾道ガウディハウス

プロジェクトの象徴として、定住促進、広報、交流の拠点としての役割を担っている。地域内外とのつながりの場として、個展の開催、斜面地空き家問題のアピールの場として空き家バンク相談会、空き家談義が定期的に行われている。(新田2010

 

子づれママの井戸端サロン北村洋品店

既存の建物を活かしたリノベーションとなっており、建築素人たちの手で改修された。尾道のアーティストたちのデザインが天井や照明、床に施されている。建物にはNPOの事務局がおかれている。平日は一般開放されており、子育て支援の場としてママ教室が行われている。会員同士のコミュニケーションスポットだけでなく、地域との接点となり地域への情報発信も行っている。(新田2010

 

三軒家アパートメント

アパートを利用し、一種のサブカルチャーゾーンを作り出し、地域住民や観光客も集う情報発信の拠点にしようと10部屋あるアパートを事務局が一括管理。工房や事務所兼ギャラリーとして、入居者自身によるDIY4、古いアパートのデメリットである共有廊下をうまく活かした方法で再生を行い、常に満室になるよう管理している。ここでのイベントや入居者情報を広く発信し、話題性を高め、彼らのPRや活動の場を広げようと考えている。(新田2010

 

5節 空き家バンクの活動

尾道空き家再生プロジェクトは、2009年には市から空き家バンクの仕事を受託。一定の条件を満たせば空き家所有者は空き家バンクに物件を登録できる。利用者は利用者登録を行うことで、空き家バンクの情報を閲覧できる。NPOがその窓口業務、所有者と利用者のマッチング業務を行い、条件が合えば所有者と利用者が直接、あるいは不動産業者が介入し契約を行うことになっている。

利用者に生きた情報を提供するべく、専門家らによる物件視察、建物状況のチェック、写真撮影や実測調査、図面作成を行い、閲覧用のホームページに情報を掲載している。そのほか、「尾道暮らしの手引書」を作成し、入居後のトラブルや心構えイラスト用いて利用者に伝えている。遠方からの利用者向けには「空き家バンクツアー」を開催し、一度に多くの空き家を視察できる機会を設けている。空き家情報だけでなく、使える空き家かどうかの目利き、屋根や構造まで痛んでいる場合は、より専門的な支援が必要となるためNPO法人の会員でもある地元の職人を紹介してくれる。壁塗りや床の補修など簡単な内装作業のセミナーも行っている。改修費用は利用者持ち。材料や専門家の工事費用は個人負担であるが、NPO会員同士での道具の貸し借りや余った材料の譲渡、ノウハウの共有をすることができ、会員同士の「お互い様システム」で業者に丸投げするよりは安く仕上がる。また、NPOは歴史的価値のある物件に対して、外観工事の際に市の助成金が使えるため、助成金申請の手伝いや、共有スペース的な利用を検討している物件に対し、様々な助成金を探してくる等のことも行っている。

平成2210月までに60件(開始時56件、取り下げ1件、追加登録5件)が登録されている。登録された物件は、10年以上の空き家や改修が必要なものが多く、賃貸よりも売買希望の割合が高い。賃料や売値、賃貸か売買かの区分が決まっていないものも多くあり、そういったものは修繕負担や利用方法の交渉によって条件が決まるケースが多い。空き家バンクの利用者(相談や見学を含む)の約4割、成約者の6割以上が尾道市内在住者である。賃料・売値が安いことに加え、斜面市街地の景観への魅力や尾道に対する愛着から利用する人が多い。しかし、実際のところすぐに入れる空き家がない、遠方からの利用者は予想以上の斜面地であることから断念するケースが多いという。(片岡2010

 


1 空き家バンクの利用目的(H224~9月)

 

2 空き家バンク利用者の年齢(H224~9月)



3 空き家バンク成約件数と分類

4 成約者の居住地の分類

 

 

 

資料:片岡(2010


 

6節 大手前大学の参加

兵庫県西宮市に本部を置く大手前大学では、建築を目指す学生に対し「現場に出かけ、その地域の人と交流し協働する」という社会体験教育を行っている。事例として、これまでに大阪市中央区空堀地区でのイベント「からほりまちアート」への参加5、離島の社会体験と住民の生活状況の調査を目的とした沖縄県西表島のカヌーショップ滞在6を行ってきた。2009年度からは、まちなみ保存活動の現場を通じて、学生たちに社会体験教室の場を提供するとともに、まちづくりや空き家再生の手法を研究する機会とすることを目的とし、尾道市において空き家再生活動に参加している。同大学とNPO法人・尾道空き家再生プロジェクトとの関係は、非常勤講師の松富謙一氏が建築家であり、NPOの理事である片岡八重子氏と知り合ったことに始まる。2009530日に同大学の教員である川窪広明氏と松富氏が尾道を訪れ、研究計画をNPO側に説明、特別研究への協力を要請し、受理された。この研究に参加する学生として、メディア・芸術学部の建築・インテリア専攻7の学生の中から、成績・学習態度・目的意識などを考慮し、男子学生3名が選ばれた。大学から尾道まで距離があるため、尾道における活動は、毎月土日を利用して行う。金曜日の授業終了後、尾道に向かう。尾道での宿泊は、教員、学生ともに寝袋を持参し、NPOが改修した物件(ガウディハウス、森の家)を利用。なお、この研究は大手前大学より研究費補助8を受けて実施されている。(川窪ら2009

 

5 大手前大学の活動履歴(2009~20119

20096月 「尾道建築塾 第2期 再生現場編」

昭和33年に建てられた木造2階建て住宅兼店舗である旧北村洋品店の改装工事に参加。左官工に指導してもらいながら、壁の漆喰塗を行った。

7月 「AIR10応援!空き家再生作業」

AIR尾道実行委員会のメンバーとともに主会場となる光明寺会館の壁の塗装

9月 「尾道空き家再生!夏合宿」に参加

夏休みを利用して主に建築を学ぶ大学生を尾道に集め、合宿形式で現場作業を体験するとともに、尾道の空き家の形態を知ってもらうことを目的としている。合宿の中心作業は尾道市東土堂町の傾斜地に建つ築52年の木造住宅「森の家」の改修工事である。その内容は@五右衛門風呂の制作(森の家には風呂がないため、枯れ木や廃材を燃料として使用でき、景観を楽しみながら入浴できる五右衛門風呂を野外に作る)、Aリビングルーム改修(食堂とリビングルームの間にある垂れ壁を取り除いてワンルームとし、壁塗り替えと天井の張り替えを行なう)、B和室の壁の塗り替えである。夏合宿の準備は6月から開始され、大手前大学メンバーも6月と7月の打ち合わせに参加。打ち合わせ以外にも予算、広報など細部にわたってメールによる報告と意見交換を行っている。夏合宿に大学生を募集するため、手紙とチラシを全国180校の大学に送った。参加者は大学生10名、社会人4名の計14人であった。参加費は5万円。

10~20103月 森の家の北西にある洋間の床と壁の改修工事

夏合宿終了後、NPOを中心に森の家の活用を話し合い、大学の研修施設兼合宿所に決まった。そこで「北西の洋間も床を改装し、居室として利用したほうがいいのでは」と大手前大学側が提案し、改修工事を行うことになった。その際に、床と同時にひび割れ等で傷んでいた壁も改修することになった。200910年から20103月にかけ延べ14日間行った。

67  森の家敷地北側の土留め工事

910月 本の家11にて行われるワークショップの企画・運営

一般社団法人住まい・まちづくり担い手支援機構から助成金12を得て、空き家改修に必要な技術や有効な方法を講習することを目的とし、尾道の空き家に居住を希望する者や自宅の改修をDIYで行おうとする地域住民を対象としたワークショップ「建築塾再生現場編」を開催した。NPO会員のM氏が所有する築100年の木造三軒長屋「本の家」の東端の部屋でワークショップが行われた。その内容9床工事、10月は土壁塗りである。

大手前大学では、このワークショップの企画・運営を担当。9月のワークショップの技術指導を大工の豊田氏(NPOの代表・豊田雅子氏の夫)に依頼し、事前打ち合わせも行った。当日の参加者は14名。参加者を3つのグループに分け、それぞれ仕事を分担。各班のリーダーを大手前大学教員の井之上氏と4年生2人が担当し、作業の指導及び安全管理を行い、川窪氏と松富氏が全体の管理、3年生2人が雑務係を担当した。

20112~3月 森の家西側の裏門の撤去

20111月にNPOは、近隣住民から森の家西側にある鉄製の古い裏門が傾き危険なため撤去とその周辺の崖に生い茂った笹や雑木の刈り取りを要請された。そのため、2月と3月に撤去作業、刈り取り作業を行った。斜面がむき出しとなり夜の通行時など危険なため、雑木を刈り取った部分には、仮柵と常夜灯を設置した。

4~6    森の家の裏門工事

仮柵にかわる常設フェンスの設置と新しい裏門の設置工事を行った。新しい裏門は学生に木工事の体験させることを目的に木製の門を設計。

8月「第2回 尾道空き家再生!夏合宿2011

この夏合宿はNPO法人尾道空き家再生プロジェクトが、2011年度JTの「青少年育成に関するNPO助成事業13」からの助成を受けた「青少年のための空き家再生プロジェクト」の一事業として開催され、大手前大学も東京工業大学とともに協力団体として参加した。「アクアの森14」を会場に、この建物を貸家として使用できるよう改修する。改修内容としては、@北側の和室をタタキの土間とする、A南側の和室を板間とする。またその東側にある脱衣室の壁の塗り替えを行う、B板間に上るため高さ40cmの縁を設ける、C両室の天井を取り除き、垂木の間に断熱材を詰める、D北側の便所は内側と外側にドアをつけ、内部と外部から使用できるようにする、E外装はスギ板の下見張りで仕上げる、F東側の廊下を仕切り、庭側から出し入れができる収納庫とする、D庭に屋外キッチンとピザ釜を作るである。大手前大学は、5 6月にNPOと打ち合わせを行い、7月に現場の現地調査をした。今回の合宿は高校生を対象として計画されたが、東日本大震災の影響で希望者が集まらず、大学生や社会人からも参加者を募り、高校生1人、大学生19人、社会人5人の計25名が参加した。参加費は3万円。

10~12月 アクアの森のステージ工事

夏合宿のオプション作業として予定していたが、行うことができなかった。そのため、合宿後に大手前大学で木製ステージの設計・施行を行った。

(川窪・松富・井之上200920102011より筆者が作成)

 

川窪ら(2011)によれば、2009年から2011年の3年間の大手前大学による尾道での活動を通して、以下の3つの課題が明らかとなった。1点目は、反省点を活かしにくいということである。実習終了後に学生は日誌にポイントや反省点を整理しているが、次の活動まで1カ月の間隔があるため、その内容を忘れがちで作業に活かすことができない。2点目は、NPOとの日程の調整である。毎月NPOとの活動調整を行う必要があり、NPOが大手前大学のために仕事(工事作業)を用意しておく必要があるため、工事の完成に長い期間を要する。3点目は、学生の学業に対する支障である。学生自身に承諾はとっているとはいえ、大学と尾道の行き来、土日の尾道での活動は学生の課題等に取り組む時間を奪ってしまっている。