7章 考察

 TLO、富山FCを対象とした調査では、富山県における撮影誘致と、おおまかな観光PRの取り組みを明らかにした。また映画『人生の約束』の調査では、撮影に至るまでの過程やロケ地となった富山県射水市新湊地区の人々がどのような取り組みを行っているのか知ることができた。

筒井(2013)は、地域密着型作品は「作品自体の質への影響」、「人為的な仕掛けの限界」、「外部経済効果が必ずしも生じるわけではない」といった3つの問題をクリアしなければならないと指摘していた。しかし『人生の約束』に関しては、他作品と事情がかなり違ってくる。もともとこの作品は、長年新湊に魅力を感じ続けてきた石橋監督が少しずつ構想を練ってきた映画だ。妻の出身地ということもあって、新湊を第2の故郷として慣れ親しんでいる。今回中曽さんのインタビューの後、少しだけ石橋監督にお会いしお話を伺うことができた。その際も、「自分が思う新湊の良さを伝えたい」、「作品の出来を重視し自分の情熱と信念を込めた」、「新湊の文化を大切にし元気になってほしい」などと語っており、新湊への愛着と作品への意気込みが伺えた。

以上を踏まえると、まず筒井の言う「作品自体の質への影響」に関しては、制約という面ばかりではないのではないだろうか。なぜなら『人生の約束』は、初めから新湊の良さを伝える作品をという目的で制作されており、仮に地味であったとしても地域の魅力を発信するメッセージ性は強いと思われるからだ。また地域の人々が撮影から観光PRまで制作側と密接に関わっていた点からも、地域の意にそぐわないイメージが作品によってつくとは考えにくい。制作プロセスが独特であったために、地域性による問題は他作品と比べ少ないと考えられる。

次に「人為的な仕掛けの限界」に関して。『人生の約束』における人為的な仕掛けの対象とは、新湊曳山まつりのことだ。曳山まつりは主人公のターニングポイントとして、作中で大変魅力的な描かれ方をされている。これは石橋監督自身が魅力を感じているのはもちろん、その良さを伝えたいという強い思いをもっていることが非常に大きい。作品内でのウェイトも高く、クライマックスの点灯式は作中で最も印象的なシーンである。第6章で述べた通り、今年の曳山まつりは例年以上の盛り上がりを見せた。数値だけを見れば大成功と言っていい。映画による人為的な仕掛けが、空振りに終わったとは考えにくい。

ただし「外部経済効果が必ずしも生じるわけではない」に関しては一考を要する。まず表3-2に基づいて、富山県内で撮影が行われた町・文化系作品の興行収入に触れたい。


 

3-2(再掲)

 

A-1

『おおかみこどもの雨と雪』(約42.2億円)

『脳男』(約12.1億円)

『アオハライド』(約19億円)

B-(1)2

『ゆるゆり』(テレビアニメのためなし)

『あなたへ』(約20.8億円)

『恋仲』(テレビドラマのためなし)

B-3

RAILWAYS 愛を伝えられない大人たちへ』(約5.3億円)

『人生の約束』(不明)

 

筆者の類型分類によると、A-0型、A-1型、B-0型、B-(1)2型、B-3 型の順に、作品のストーリー内容の地域性が強くなっていく。実際に興行収入を比較してみると、確かに地域性の強いB-3型作品は大ヒットしたとは言い難いかもしれない。筒井は「作品自体の質への影響」の部分で、基本的に地域性と経済性は相反する概念であり、地域性を強調するとローカル色が強くなって作品表現の制約になり、完成後のマーケットも狭くなる可能性があると述べている。作品表現への制約については前述で否定したが、マーケットへの影響については石橋監督も言及しており、「地方かつオリジナル作品は2大デメリット、プロデューサーからも渋い顔をされた」、「地方は映画を見る層の幅が狭くなる」などと語っていた。曳山まつり自体の経済効果はあったものの、全国各地の人々が訪れたというよりは新湊地区以外の富山県内、または富山県周辺の人々の中から新たに興味を持った人が増えたと言ったほうが正しいかもしれない。これに関しては地域密着型作品の限界とも言えるだろう。また応援する会の牛塚さんも、『人生の約束』には3つの欠点があると指摘していた。1つ目は「地域ロケが多いこと」、2つ目は「地方が舞台であること」、3つ目は「原作がないオリジナル作品であること」だ。1つ目は制作側にとっての欠点だが、2つ目と3つ目は作品のヒットに関わる問題である。

しかしこのような地域密着型作品には、作品のヒットによる興行収入を含めた経済効果以上の別の効果があるのではないかと筆者は考えた。映画『人生の約束』によって変化が生じたものは、1.新湊曳山まつりの運営、2.新湊曳山まつりの内容、3.地域の人々の意識の3つである。2016年の曳山まつりに合わせ、初めて企画された新湊曳山まつり市民プロジェクトでは、交通、観覧、飲食、休憩といった課題と向き合い、知恵を絞って解決策を見出した。また田代さんの番屋カフェのように、個人が新たな飲食スポットを創出したという事例も見られる。特殊な事例ではあるが、曳山まつり運営におけるスポットの1つとして祭りで活かされることで、さらなる存在意義が引き出されたと考えられる。曳山まつり自体の内容も変化し、『人生の約束』のクライマックスシーンの1つである点灯式を取り入れ、映画を見て訪れた観光客を楽しませた。

今回富山県射水市新湊地区の人々にお話を伺った結果、全員が共通して口にしていた言葉が、「地域の人々の意識変化」と「映画効果の継続」である。商工会議所の砂原さんは、インタビュー内で以下のように語っていた。

 

砂原:とにかくこの地域はもうお客様…観光客のことについてあまり今まで考えたことがなかったんですよ。(徳楽:あー)人生の約束を通じて初めてなんかその、外からの人を受け入れるっていうことにちょっと…意識し始めて。それまではほんとに、お祭り自体も自分たちのお祭りなんで。自分たちの親戚とかそういった人たちをおもてなしすることはあっても、一般の観光客の受け入れ態勢ってほとんど構築できてなったんですけど。今回これ初めてそういった方々の受け入れについて皆で考える機会、初めての機会ですね、になりましたね。

 

砂原:観光客っていう視点がまずほんとに今まで全くなかったんで、(中略)こういった市内ね…にはなかなか来ることはなかったんですけど。

 

 長い歴史のある新湊曳山まつりだからこそ、地域の人々も観光資源というよりは「自分たちの祭り」という意識が強かった。今回『人生の約束』をきっかけとして、地域の人々の中に観光客という視点が生まれ、その受け入れについて考える機会になったという。身近にありすぎて気づきにくかった地域の「良さ」を、映像メディアによって外部だけではなく内部に発信することで、地域の価値を改めて知り、11人の意識変化につながり、行動を起こしていく。地域密着型作品の本当の意味での効果は、このような点に現れるのではないだろうか。

フィルムツーリズムの課題の1つとして、集客効果が一過性であることが挙げられる。見る層の幅が狭い地域密着型作品においては、それがより顕著に現れるであろう。現状でも映画関係のスポットといえば、番屋カフェ(渡邊家)、曳山が展示されている川の駅、11か所のロケ案内板など、少し物足りなさを感じる。これらで通年観光客を呼び込むには、限界があるだろう。しかし『人生の約束』のケースにおいては、毎年必ず行われる「新湊曳山まつり」というフィルムツーリズムの対象がある。『人生の約束』では早い段階から映画公開後の曳山まつりを意識し、映画をきっかけに人々が祭りそのものを観光するよう地域が動いた。フィルムツーリズムは自然発生的に盛り上がるものであり、特に「聖地巡礼」の熱心なファンは、作品の背景を丹念に見て場所を特定し、その地域を訪問することを楽しみとしていると筒井は述べていたが、その定義をもとに考えると、今回映画をきっかけに曳山まつりに訪れた観光客にもそのような部分はあるかもしれない。

しかし大きな違いは、祭りのインパクトによって再訪や口コミなどが起こるかもしれない点だ。そのためには新湊曳山まつり市民プロジェクトや点灯式のように、祭りの運営や内容を従来のものから変化させていく必要があるかもしれない。もちろん伝統的で格式高い祭りを根本から変えていく必要はない。実際新湊曳山まつりも、コミュニティの根本的な部分はほとんど変わっていない。全国的に有名な越中八尾おわら風の盆も、徐々に増えていく観光客に対応してきた結果今の形になったそうだ。商工会議所の砂原さんは、新湊曳山まつりもそうなってほしいと語っている。映画をきっかけに訪れた人々のために祭りが変化し、観光客による祭りの評判が上がっていくことで、祭り自体の価値も上がっていく。そうなると砂原さんが言っていた、国の無形文化財への登録などにもつながっていくかもしれない。これが地域密着型映画作品『人生の約束』の、本当の意味での「映画効果の継続」なのではないだろうか。

以上を踏まえると、既存の祭りの活性化によってフィルムツーリズムの限界を乗り越える可能性を、『人生の約束』は持っているのではないかと考えられる。