6章 新湊曳山まつり

1節 概要

1項 新湊曳山まつり

新湊曳山まつりの正式名称は、放生津曳山祭(ほうじょうづひきやままつり)。富山県射水市新湊地区市街地にて、毎年1012日に行われる放生津八幡宮の秋季例大祭である。江戸時代の慶安31650)年に最初の古新町の曳山が創建して以来、360年を超える歴史がある。富山県内では最も多い1313基の曳山が、「ア、イヤサー! イヤサー!」と威勢のいい掛け声のもと勇壮に曳き回される。曳山は高さ約8m、長さ約67m、重さ約3.5t。昼には花傘飾りの「花山」、夜には約200から300もの提灯を付けた「提灯山」と装いを変え、情緒ある港町を優雅に彩る。地元大工が手掛けた曳山は、高岡の彫金、城端の漆塗、井波の彫刻など富山県西部の伝統工芸による装飾が隙間なく施されている。巡行順は毎年くじで決めるが、古新町の曳山は籤除山(くじのけやま)ともいわれ、曳山元祖の町という事で毎年必ず1番山を務める。

13基の曳山は1968930日に「放生津八幡宮の曳山」として新湊市(現射水市)指定有形民俗文化財に指定された。その後2014101日には、曳山行事が「放生津八幡宮祭の曳山行事」として富山県指定無形民俗文化財に指定された。また2006年には、「とやまの文化財百選(とやまの祭り百選部門)」に選定されている。以下は2016年度の巡行順である。

 

(1)古新町

(2)四十物町

(3)中町

(4)奈呉町

(5)長徳寺

(6)荒屋町

(7)東町

(8)法土寺町

(9)立町

(10)南立町

(11)三日曽根

(12)新町

(13)紺屋町

 

2項 新湊曳山まつり市民プロジェクト(10.01プロジェクト)

 2016年の曳山まつりは土曜日に開催されることもあり、例年にない観光客数が予測される。射水商工会議所では、毎年101日に行われる新湊曳山まつりの受け入れ体制拡充を目指す「新湊曳山まつり市民プロジェクト」が企画された。映画を見て曳山まつりを訪れる観光客の大幅増加に対応することが目的で、当日の警備体制や宿泊、食事をする場所の確保などが課題である。プロジェクトのリーダーは商工会議所の米田秀樹副会頭、サブリーダーは商工会議所宿泊飲食部会の三箇洋部会長が務めている。プロジェクトには商工会議所以外にも、市や射水市観光協会、新湊曳山協議会などが参加している。

 

<射水商工会議所(以下商工会議所)>

発足

明治37

代表者

牧田和樹

議員数

70

会員数

1286名(2016331日)

部会

建設部会、製造部会、運輸通信部会、卸小売部会、金融保険部会、不動産賃貸部会、専門技術部会、宿泊飲食部会、生活関連部会、医療福祉部会、事業関連部会(全11部会)

委員会

総務委員会

 

インタビュイー

射水商工会議所事務局長

砂原良重さん

 

 曳山まつりに合わせこのようなプロジェクトを行うのは、今年が初めてである。商工会議所の会頭であり観光協会の会長でもある牧田さんが、せっかくのこの機会を無駄にせず地域の活性化につなげたいという思いで、プロジェクトを立ち上げたそうだ。

 2016216日の北日本新聞の記事によると、2016215日に行われた初のミーティングでは、牧田さんが「新湊の事業所や団体の力を結集し、大きな目標に向かって協力する機会にしたい」と挨拶した。『人生の約束』によって更なる盛り上がりが期待される曳山まつりをきっかけに、地元の人々が一致団結することを期待していることが伺える。出席者は「曳山まつりを訪れた人をがっかりさせず、『また来たい』と思ってもらおう」をテーマに課題などを検討。それぞれの立場から、

・仮設トイレやごみ箱の設置が必要

・地元の飲食店は仕出しなどで忙しい

・観光客の昼食や夕食に対応できる店が少ない

・新たな観光マップが必要ではないか

といった意見が出た。今後は観客の動きを予想したり、出された課題の解決策を話し合ったりしながら、祭り当日に備える。ミーティングは全部で7回行われており、11月の最終ミーティングでは曳山まつりを終えての検証、事業報告、課題の共有などが行われた。

<新湊曳山まつり市民プロジェクトによる取り組みまとめ>

・一般見学者指定駐車場(海王丸パーク周辺)の設置

・海王丸パーク発着、巡航エリア内を周回する無料シャトルバスの運行

・富山駅、富山市内からの曳山見学バス(有料500円)の当日限定運行

・リーフレットの作製(2015/20,000部→2016/25,000部)

  新湊地域中心部の地図と13基の曳山の巡行順路、タイムスケジュール

万葉線やコミュニティバスなどの公共交通機関のダイヤ

今年から設けられる優良観覧席の場所

海王丸パークを発着する無料シャトルバスの順路、ダイヤ

※第2弾からの追加情報

臨時トイレや休憩場所、臨時コミュニティバスのダイヤ

祭り当日に営業している飲食店・土産店の紹介

 

6-1 『新湊曳山祭りリーフレット』

 

・当日における域内飲食店及びお土産店の案内リーフレット作製(20,000部)

・有料観覧席の設置(新湊庁舎前60席、立町交差点100席×2

・飲食ブース及び無料休憩駐車場の設置

・臨時トイレの設置(コミュニティセンター、山町公民館及び金融機関のご協力により)


 

プロジェクトでは来場者の動きをシミュレーションし、「交通」、「観覧」、「飲食」、「休憩」の4つのグループが設置されている。

 

「交通」グループ

今年は多くの観光客が訪れることによる曳山巡行エリアの渋滞が予測されたため、まず1番大きな目的として臨時駐車場の設置があった。海王丸パーク周辺に車を集め、そこから公共交通機関で巡行エリアに来てもらおうという狙いである。また富山市内から新湊への観覧バスを設けたり、リーフレットに公共交通機関のダイヤを掲載したりするなど、交通網アクセスの確立を図った。巡行エリアの規制も行われた。

 

「観覧」グループ

 有料観覧席も今年の主要な取り組みである。新湊庁舎前の観覧席A60席、立町交差点の観覧席BC100×2席の全260席だが、来年はもう少し増やす予定だという。観覧席は完売し、祭り当日ぎりぎりまで問い合わせの声があったそうだ。安全の確保ということで、観覧席の警備も行われた。また案内所を6か所、案内看板を2か所設けるなどした。

 

「飲食」グループ

毎年発行されているリーフレットだが、新湊にある飲食店やお土産店を掲載したのは今年初の取り組みである。祭り当日に営業していない店も多く、どこで食事をすればいいか分からないという声は例年あったそうだ。プロジェクトでは祭り当日に営業している店のリストを作ったり、屋台村を設けたりもした。

 

「休憩」グループ

最も心配されたのはトイレ不足である。今年は仮設トイレ設置のほか、地域の人々の自主的な協力のもと、曳山巡行エリアの公民館や商店街の目印になる店や組合の事務所のトイレを開放し、観光客も利用できるようにした。一部の町内の駐車場、市役所や商工会議所の一部は無料休憩所として開放した。またごみ対策に関しては毎年各自しっかり始末を行っており、また次の日に小学生がごみ拾いを行うなど、例年それほど問題にはなっていないようだ。プロジェクトとしては、屋台村と無料休憩所に大きなごみボックスを設置した。

 

従来は曳山協議会が市から補助金をもらい曳山巡行に伴う警備を行っていたが、それ以外に特別何かすることはなかった。臨時駐車場も学校のスペースなどを用意はしていたが、実際そこに人を配置して誘導するといったこともほとんどなかった。今回駐車場を固めて交通規制したことを考えると、今までとの対応の違いが分かる。リーフレットに関しても、今までは曳山協議会が独自で新湊だけのものを作り、観光協会が新湊と海老江と大門とを合わせたものをそれぞれ作っていたが、今年は商工会議所が1冊まとめたものを発行している。2016年の曳山まつりは例年と比べ、運営に大きな変化があったことが分かる。

 

 

2節 まつり当日の様子

2016101日土曜日9時〜

曳山が放生津八幡宮を出発

 

930分〜1130

曳山が東町→荒屋→四十物町→中町と移動

 

1130分〜1230

奈呉町で昼休憩

 

1245分〜1330

☆見どころ(1)

湊橋(通称「お助け橋」)

クランク状に曲がり角が連続で続く難所。各町内の腕の見せ所で、間近に迫りくる曳山の迫力は圧巻。

フィールドノーツ

 天候は快晴、日差しが強く夏のような暑さで半袖の人も多く見られる。湊橋は老若男女大勢の人で埋め尽くされ、皆一様に上を向いて曳山を見ている。橋近くの住宅街では、2階のベランダから曳山を見ている人もいる。笛と太鼓の音が響き渡り、13基の曳山が一定の間隔で次々と橋の上を通り過ぎていく。最初に来たのは古新町の曳山。彫金や漆塗りなど華やかな装飾をあしらった巨大な曳山には、黒い(紺?)法被を羽織った2050代ほどの男性たちが8人乗っており、その周りには同じ法被を着た大勢男性たちが曳山を曳いている。曳山の前方真ん中に乗った男性が「ア、イヤサー!イヤサー!」と叫ぶと、皆それに続いて掛け声を上げた。橋を過ぎるとすぐに曲がり角と下り坂があるため、各自大声をあげスピードを上げる曳山をコントロールしていた。橋を過ぎた瞬間は曳山が少し傾き、見物客からは「怖い〜」と言う声も聞こえた。

 

1330分〜15

曳山が古新町→長徳寺→三日曽根と移動

 

15時〜1545

☆見どころ(2)【観覧席A

新湊庁舎前

ロータリーに13基の曳山が次々と滑り込み、勢いも最高潮に。西日に照らされた曳山も大変美しく情緒的。

フィールドノーツ

 新湊庁舎前には監督、市長ら行政職員が着席し、彼らから見て向かって左側には有料の観覧席Aが設置されている。観覧席の客層は年配の方が多く見えるが、赤い法被を羽織った外国人女性4人組の姿もあった。場内は各町の曳山について解説するアナウンスの声と笛や太鼓の音、人々の歓声で非常に賑やかである。「ピーピー!」という高い笛の音とともに、まずは古新町の曳山が「ア、イヤサー!イヤサー!」と掛け声を上げながら、新湊庁舎前へ入ってきた。曳山には小学生以下の子どもの姿も見える。監督らの目の前で曳山は停止し、数分ほどパフォーマンスを行い、それが終わると拍手とともに退場する。「イヤサー!」を基本としながらも、監督コールや市長コール、歌、オリジナルの掛け声など町によって様々なパフォーマンスが見られた。

 

1630分〜18

曳山が新湊庁舎裏で花山から提灯山へと装いを変える

 

1830分頃

☆見どころ(3)

点灯式(提灯山13本の点灯)

新湊庁舎裏

夜のとばりが下りる中、13基の曳山の提灯が一斉に点灯し、夕闇を彩る。映画『人生の約束』のワンシーン。

フィールドノーツ

 すっかり日も暮れ、日中の暑さが嘘のように肌寒くなった。新湊庁舎裏の広々としたスペースには、12基の曳山が巡行順に並んでいる。場内は大勢の人々で埋め尽くされ、その多くがカメラや携帯を構え一斉点灯の瞬間を収めようとしていた。点灯確認を終えた曳山から順に灯りを消していき、すべての曳山が灯りを消すと辺りはほぼ真っ暗になったが、カメラや携帯の光はちらついていた。「ピー!」という笛の音が鳴り響き、見物客からは「きた!」という声が聞こえた。そして笛の音から約10秒後、「ア、イヤサー!イヤサー!」という掛け声が上がる。観客から向かって右端の曳山はタイミングが合わず先に点灯してしまったが、その他の曳山はおおむね一斉に点灯された。夕闇を彩る曳山は大変美しく幻想的で、各町によって白っぽい灯り、赤っぽい灯り、黄色っぽい灯りなど色の違いも見られる。会場からは歓声と拍手が自然と沸き起り、「イヤサー!」の掛け声もさらに大きくなった。

 

1840分〜1950

曳山が新町→紺屋町→法土町→南立町と移動

 

20時〜21

☆見どころ(4)【観覧席BC

立町交差点→中新湊通り

新湊の目抜き通りであり、いずれも13基の提灯山が一堂に会し出揃う曳山祭りのクライマックス。

 

21時〜2130

曳山が立町通り→川の駅→かぐら通りと移動

 

2140分〜2220

曳山が立町→放生津橋→荒屋交差点と移動

 

2230分頃

曳山が放生津八幡宮で曳別れ

 

 2016年の曳山まつりの例年と最も違う点は、見どころ(3)の点灯式だ。これは暗闇の中すべての曳山が一斉に点灯する、映画『人生の約束』のクライマックスシーンを模倣したものである。

 

砂原:映画を見てくる人のために、やっぱりこの地域にせっかく来てくださるから、やっぱりその人たちになんか恩返しじゃないですけど、パフォーマンスじゃないですけど、後ろの…この庁舎の裏で一斉点灯したんですよ。

 

砂原:あれはほんとに映画のシーンのためだけにやったんですけど、今年はそれをちょっと再現させてみようっていうことで、曳山協議会さんもすごくサービス精神…皆さんあのー持ってらっしゃって。(徳楽:すごい盛り上がってましたよね)うん喜んでいただこうということで、やられたんですよ。それは今年初めてのことなので、その映画をきっかけにして初めてそういったことをされた。

 

長い歴史のある新湊曳山まつりだが、すべての曳山が一斉に提灯を付け替え、一斉に点灯するのは初めてだったそうだ。「恩返し」「パフォーマンス」といった砂原さんの言葉からは、映画をきっかけに来てくれた人々を楽しませたい、喜んでほしいという思いが伺える。そのために映画のシーンと全く同じ情景を再現した。これは映画が祭りの内容を変化させたと言っていいだろう。点灯式は観光客だけではなく地域の人々からも非常に好評だったため、来年以降も続けていきたいと砂原さんは語っている。

 

 

3節 まつりの効果と今後

 第1節、第2節で述べた通り、2016年の曳山まつりは運営、内容ともに大きく変化した。では、実際祭りに効果はあったのだろうか。以下は新湊曳山まつり市民プロジェクトの検証数値をもとに筆者が作成した表である。

 

6-1 2016年度新湊曳山まつり検証数値

注.射水商工会議所による資料をもとに筆者作成

 

 表を見ての通り、来場者、公共交通機関の利用者、観光協会HPアクセス数のすべての数値が前年と比べ大幅に増加している。今年初の取り組みであった優良観覧席はすべて完売し、指定駐車場の利用も点灯式が行われた18時前後はほぼ埋まっている。飲食店の予約なども例年より多かったそうだ。新湊に唯一あるホテルの来年の101日の予約は、すでに満室になっているという。またこのような大規模なプロジェクトを商工会議所が管轄して行うことで、祭りの支柱である曳山協議会の負担が軽減したと砂原さんは語っている。

今回の砂原さんのインタビューでは、たびたび「課題」という言葉が出てきた。何かと初めてのことが多かった今年の曳山まつりは、主に交通面の課題が多く残ったという。海王丸パークから曳山巡行エリアまで走る周回バスの利用者が多すぎたこと。バスの種類がたくさんありすぎて区別がしづらかったこと。点灯式に想定以上に人が来すぎて曳山が動かせず、その後の予定が1時間半遅れたこと。11月に行われたプロジェクト最終ミーティングでは、これら課題の共有と改善策が話し合われた。しかしこのようなトラブルにも、地域の人々は臨機応変に対応している。本来2230分が最終便だった万葉線は曳山巡行の遅れに対応し、24時過ぎまで電車を出したそうだ。曳山まつりは地域の人々にとって自慢、誇りであるため、プロジェクトがなんとかこれだけまとまったのも、皆そういう思いを持っていたからだと砂原さんは語っている。

また新湊曳山まつりを、国の無形文化財に登録したいという思いもあるそうだ。今回映画をきっかけにたくさんの観光客が訪れたが、観光資源としてだけではなく新湊の神事、文化という面も両方合わさって、地域活性化につなげていきたいと砂原さんは語っている。

 今年初のプロジェクトではあったが、来年以降も続けていく予定だそうだ。プロジェクトのメンバーでもあった応援する会の牛塚さんは、地上波放送の凄まじい影響力をどう受け止めるかが心配であり、早めにプロジェクトを立ち上げなければならないと語っている。プロジェクトの視点はすでに地上波放送へと移っており、今の時点の課題や目標もそれに向けたものである。また牛塚さんは来年以降のプロジェクトについて、以下のように語っている。

 

牛塚:祭りのための市民プロジェクトではなくて、通年ね。(徳楽:あっなるほど)うん通年のための市民プロジェクトにしてかないと、ということはこの前発言はしておきました。

 

劇場公開が終わって応援する会は解散し、地上波に向けた取り組みはプロジェクトへと受け継がれる。今までのプロジェクトはあくまで祭りのためのプロジェクトだったが、今後はそれだけではなく、全体的なことを見据えたプロジェクトにしていかなければならないという牛塚さんの思いが伺える。砂原さんもまた、映画の影響を今だけで終わらせるのではなく、効果を継続していきたいと語っている。来年の曳山まつりも日曜日、点灯式の口コミ、おそらく行われる地上波放送と、かなり良い条件がそろっているということで地域の人々も期待しているそうだ。