5章 番屋カフェ「渡里屋」

1節 概要

映画『人生の約束』の撮影地となった富山県新湊の内川沿いで、映画公開と同じ201619日にオープンしたカフェ。映画では江口洋介演じる漁師の番屋として使用された場所で、江戸時代に北前船の廻船問屋として栄えた渡邊家のものである。20141月に亡くなられた渡邊八重子さんが、敷地内にある土蔵を改装して2011年から2013年まで喫茶店を営み、地域住民らの交流拠点となっていた。実は渡邊家は、『RAILWAYS 愛を伝えられない大人たちへ』(第3章第3節第1項参照)の撮影でも使用されている。

 カフェを再開させたのは、造園業を営む田代祥二さん64歳。田代さんもこの喫茶店に足繁く通っていたうちの1人だった。201512月に店を開け渡され、近隣住民の手助けも借りながら約2週間で準備。映画関係者の許可を取って番屋内に漁具を置き、撮影時の写真を飾った。日本茶インストラクターの資格を生かして抹茶を提供するほか、コーヒーや紅茶、ケーキセットを用意した。営業は土日・祝日の11時〜16時。3月末までの営業になる。

 

インタビュイー

田代祥二さん

 

インタビュー内の登場人物

渡邊八重子さん

田代さんの2歳年上。夫の父親が新湊の元市長だった。八重子さんは普通の主婦であったが、裁判の調停員や保護司、教育委員長を務めていたこともある。会社員の夫は10年ほど前に亡くなられた。老後に2人で読書などをするために直した建物を公開して、皆の集まれるような喫茶店にした。田代さんは渡邊さんについて、人の話を聞くのが上手く教養のある人であったため、ファンが多く、いろんな分野の人がカフェに集まっていたと語っている。

 

フィールドノーツ

日時:201636日日曜日

場所:富山県射水市新湊渡邊家番屋カフェ「渡里屋」

番屋カフェ「渡里屋」は新湊の内川沿いにある。風は強いが天候は良く、周囲には散歩中の地元住民やカメラを持った観光客の姿がちらほらと見られる。作品内では漁師たちが集まる番屋として登場した。建物は木造の蔵で、入口は開けており開放的である。入口には番屋カフェを営んでいる田代さんを含む4人の男性が呼び込み、案内をしていた。中に入ってすぐのところには、実査に撮影で使用された撮影道具が置かれている。また入り口から入って左側には、実際にキャストが着ていたものと同じ法被や、撮影時の写真が展示されており、ギャラリーのようになっている。『人生の約束』関連だけではなく、新湊の祭りの写真や観光スポットを掲載したパンフレットなども飾ってあった。

ギャラリー横の細い廊下を進むと、開けた中庭に出る。中庭は和の造りとなっており、78メートルほどの四角形だ。廊下を出て左側の部屋はカフェとなっている。引き戸を開けると手前に6人掛けの座席が2つ、奥に2人掛けの座席が4つあり、中央にはストーブが置かれていた。壁には新湊の祭りの絵や版画が飾られており、ギターを弾く彫刻などもあった(富山出身の有名な彫刻家の作品を借りているそうだ)。また隣の部屋もカフェとなっており、2階に上がることができる。中庭を挟んで正面には、主人公の祐馬が親友の航平の仏壇に手を合わせるシーンに使用された部屋がある。

 絶えず人が訪れており、一時は座席がすべて埋まっていた。高齢の方がほとんどであるが、中には小さい子どもを連れた家族連れや若いカップルも見られた。奥のカフェまでは来ず手前のギャラリーだけを見て帰る人もいるが、田代さんたちが積極的に声をかけ説明をしながら番屋を案内していた。

 

5-1,5-2 番屋カフェ渡里屋


 

2節 番屋カフェ設立の経緯と目的

 田代さんによると、「鶴瓶の家族に乾杯」という番組で『人生の約束』の撮影地として新湊が取り上げられたことが、最初のきっかけだったそうだ。同番組内では、鶴瓶と江口洋介が撮影地となった新湊を巡るという趣旨だったが、2人が撮影で使用された番屋を訪れた際、扉が開かず中に入れなかったため、結局何もできず帰ってしまった。番組を見た田代さんは、せっかく撮影地となった番屋を何ら活かせていないことに落胆し、自ら直接NPOに掛け合い、再オープンするに至ったそうだ。また設立の目的について田代さんに尋ねたところ、以下のような語りが見られた。

 

徳楽:地域活性化っていう面と、その、田代さん自体がお店をいずれやりたい(田代:そうそう。)ちょうどその利害関係というかそういうのが=

田代:=利害関係がちょうどね。

 

田代:まあいつも人がおるところにしたい。まあ現実そうやちゃ。人が来んことにはなんも成り立たんからね。でも現実六角堂さんは成り立っとるかどうか知らんけれども、ずっとやってはるしね、そして人も来てはっしね。そういう状況を作りたいわけやちゃ。それが1つでも2つでも増えていけば全体に点が線になり線が面になりとね、そういうような形でね。

 

 田代さんは地域活性化を念頭に置きながらも、いずれ飲食業をやりたいという自身の夢の前身として、番屋カフェでの経験を役立てたいと語っている。新湊を活性化し多くの人に来てもらいたいという地域活性化の思いと、飲食業をやりたいという願望が合わさって、田代さんが番屋カフェを再オープンする動機になったと考えられる。できることならこのまま番屋カフェを続けていきたいという気持ちはあるが、現実的に考えてそれは難しい。しかし今回の経験は、飲食業の経営面でいい勉強になったそうだ。また実際に多くの人が訪れている新湊のカフェ「uchikawa六角堂」を例に挙げ、そのような場所が増えていくことで新湊全体の活性化に繋がってほしいと田代さんは語っている。

 

 

3節 番屋カフェの案内

 番屋カフェ「渡里屋」で働く人々は全員田代さんの知り合いであり、ボランティアとして手伝いをしている。カフェで提供する飲み物を作ったり掃除をしたりと、仕事内容はそれぞれだが、その中の1つには訪れた人々に対し番屋の説明、案内をするという役割がある。番屋カフェではその役割を田代祥二さん、栗山渉さん、本江正博さん、そしてもう1人(匿名希望)の4人が担当している。今回は栗山さんに焦点を当て、どのような説明、案内を行っているのか取り上げていく。

 栗山さんは普段飲み物の提供と番屋の説明、案内を主に担当しており、番屋カフェにいる間は厨房か入口にいることが多い。入口にいるときは、番屋の前を通りかかった人へ呼び込みを行う。地元住民か観光客であるかは特に問わない。番屋カフェは見た目が普通の蔵であるのと蔵の中が薄暗いことから一見入りづらい雰囲気があるが、このような呼び込みをする人がいることで、入りやすくなっていると考えられる。栗山さんは実際に『人生の約束』の撮影にも関わっており、撮影時の様子や監督、キャストの小話などを交えて番屋を案内していく。番屋カフェ設立の経緯から新湊の祭りや漁の説明まで、地元ならではの知識も披露し訪れた人々を楽しませている。他の案内人とは違う栗山さんの特徴としては、渡邊家の中庭に京都のお寺の礎石や五条大橋の欄干が使用されていることをクイズ形式で出題し、参加型の楽しみをできるようにしていた。相手が1人でも大人数でも変わらず、栗山さんたちは案内を行う。ただ一方的に説明をするというよりは、訪れた人々と日常会話を交わしながら案内をしており、フランクな雰囲気が感じられた。

 

 

4節 番屋カフェの現在

3月末までカフェ営業が行われていた番屋は、その景観と雰囲気を内川の象徴の1つとして残したいと、県の「まちの未来創造モデル事業」の補助を受け、NPO法人水辺のまち新湊が中心となって7月半ば頃から改修を進めてきた。内川沿いへの移住促進施設とする計画で、第1弾として蔵と漁具倉庫の「番屋」を改修。カフェとギャラリー、会議などに使えるスペースを設けた。地域に根差した営業が特徴であり、コーヒーなどの飲み物のほか、地元の菓子店などが作る大福やどら焼き、シュークリーム、プリンなどを提供する。工事は9月半ば頃終了し、101日の曳山まつりの日にグランドオープンした。カフェの営業時間は午前10時〜午後5時、ランチなどの提供も始める。