4章 映画『人生の約束』に関わる団体と人々

 本研究ではB-3型に分類された作品のうち、『人生の約束』を事例として扱う。同じB-3型に分類された『RAILWAYS 愛を伝えられない大人たちへ』を詳しく扱わないのは、以下の理由による。第3章第3節第1項で述べた通り、この作品は大変地域性が強いが、富山県射水市新湊地区を舞台とした『人生の約束』とは違い特定のエリアを舞台としていない。ロケ地ガイドを見てみると分かるとおり、撮影は富山県全土で行われている。このような事例においては、特定エリアでの変容は発生しにくいと考えられる。本研究では、まさにそうした特定エリアでの地域変容がフィルムツーリズムに対して重要なインプリケーションを持つと考えるため、『人生の約束』のみを調査作品とする。

 

1節 概要

<映画「人生の約束」を応援する会(以下応援する会)>

設立

2015318

顧問

夏野元志(射水市長)

会長

牧田和樹(射水市観光協会会長、射水商工会議所会頭)

幹事長

中曽修一(()新湊かまぼこ代表取締役社長)

事務局長

牛塚松男(射水ケーブルネットワーク()専務取締役)

活動人数

34

構成団体

射水市、射水市観光協会、射水市商工会議所、新湊曳山協議会、新湊漁業協同組合、放生津地域振興会、新湊地域振興会、北日本新聞社、北日本放送()、射水ケーブルネットワーク()、新湊ライオンズクラブ、新湊ロータリークラブ、新湊中央ロータリークラブ、射水青年会議所、射水商工会議所青年部、NPO法人水辺のまち新湊、新湊めでた保存会、()新湊観光船川の駅、日本郵便()射水部会

 

インタビュイー

映画「人生の約束」を応援する会事務局長

牛塚松男さん

元々は富山テレビ放送株式会社に勤めており、現在は射水ケーブルネットワーク株式会社専務取締役でもある。石橋監督とは昔から個人的にとても親しくしている。

 

映画「人生の約束」を応援する会幹事長

中曽修一さん

NPOの副理事長も兼任しており、株式会社新湊かまぼこの代表取締役でもある。石橋監督とは昔から個人的にとても親しくしている。

 

映画「人生の約束」を応援する会幹事、NPO法人水辺のまち新湊専務理事

二口紀代人さん

元々は市役所職員であり、退職後NPOに勤め今年で6年目になる。

 

 

2節 映画制作に至った経緯

 富山県射水市新湊地区は石橋監督の妻の出身地ということもあり、石橋監督にとってもともと馴染み深い場所である。長年新湊の景観と祭りに魅力を感じ続けてきた石橋監督がこの土地で映画を1本撮りたいと考え、年に数回新湊へ来るたびに少しずつ構想を練ってきたそうだ。映画制作に至ったのは誘致ではなく石橋監督自身の意志であり、自分たちは制作側が動きやすい環境を作っただけだと牛塚さんは語っている。石橋監督が魅力を感じた新湊を撮りたいという意志が強かったことが、1番の要因だそうだ。

映画の構想段階から話を聞いていた牛塚さんは、今回のような大規模な撮影は個人的な組織体ではカバーできないと考え、2015318日に応援する会を設立した。地元団体はもちろんメディア関係にも知り合いが多く、幅広い人脈を使える牛塚さんが制作側と地域をつなぐ役割としては適任だったのではないかと考えられる。情報の混乱を防ぐため中心的な指示は牛塚さんが一任しており、各方面への連絡調整などもすべて行っていたそうだ。また設立の前から撮影スケジュールなどを把握していた牛塚さんは、設立総会前からすでにボランティアやエキストラ集めの段取りを済ませ、撮影に臨んでいた。応援する会の当初の目的はあくまで撮影のサポートだったが、撮影が終わって今度は映画公開に向けたPR活動をしなくてはならないということ、県や市といった行政からの支援の受け皿が必要だったこともあり、PRを目的とした団体へと変わっていったそうだ。

 

 

3節 地域の関わり方

 地域の人々は様々な撮影協力を行い『人生の約束』の撮影を支えてきたが、1番の大仕事はやはりエキストラである。エキストラ集めは、二口さんを中心にNPO法人水辺のまち新湊が一手に任されていた。制作側から特定の場所に何人集めてほしいと言われることもあれば、子ども連れの若い家族を何組、お年寄りを何人といった具体的な注文がくることもある。また多い時は2500人ほどエキストラが集まることもあったため、現場がパニックにならないよう警備や誘導、交通整理をすることも仕事の1つだったそうだ。その他にも、二口さんは突然キャストの方言指導に呼び出されたとインタビュー内で語っており、臨機応変に制作側の注文に応えていたことが伺える。また撮影をサポートするボランティア集めは、牛塚さんが一任されていた。主に観光協会や商工会議所と連携を取り合い、この日この場所に各団体から何人配置するといった細かなことまで調整を行っていたそうだ。

 このように『人生の約束』においては、フィルムコミッションが行うような仕事を地元団体が引き受けていたとことが分かる。フィルムコミッションも撮影に携わってはいたが、こちらはキャストや撮影スタッフと密接に関わる仕事が中心だったそうだ。しかし地元団体が制作側と全く関わっていないというわけではなく、地元団体も制作側と直接連絡を取り合い撮影協力を行っていた。TLOの木寺さんも、『人生の約束』は制作側と地域が密接に動いていたため、自分たちはちょっとお手伝いするだけだったと語っており、撮影における地元団体の役割は非常に大きかったと考えられる。

観光PRの面においても、地元団体は力を入れている。2015年の秋頃、応援する会は『ロケ地町歩きガイドMAP』というロケ地ガイドを作成した。「テレビドラマ界の巨匠・石橋冠監督が「1本だけ映画を撮るならこの地で」という強い衝動に掻き立てられたという富山県射水市(新湊地区)・内川沿いの風景。水辺を中心に営まれる独特な生活感や港町で培われてきた歴史・文化、そして町が熱気に包まれる曳山まつりの風情を感じながら、このマップをおともに地元の人との触れ合いを楽しんでください。」という文章とともに、ロケ地の地図・出演者、映画スタッフが愛したスイーツ&グルメ紹介・『人生の約束』のストーリー・キャスト・富山のおすすめスポット・おすすめグルメ・富山・新湊・内川へのアクセスなどが紹介されている。発行は北日本新聞社が行っている。

 

4-1 『ロケ地町歩きガイドMAP

 


 

 また新湊では『人生の約束』公開前から、撮影地となった同地域中心部で観光客の受け入れに向けた準備が行われていた。以下は応援する会の事業報告書と宣伝PR計画をもとに、筆者が作成した表である。

 

4-1 映画「人生の約束」を応援する会事業報告書

注.映画「人生の約束」を応援する会による資料をもとに筆者作成


 

4-2 映画「人生の約束」宣伝PR計画

注.映画「人生の約束」を応援する会による資料をもとに筆者作成


 

4節 住民の意識変化と今後

観光の面で地域が活性化することがフィルムツーリズムの主要な目的だが、当初はそれを快く思わない人々もいた。『人生の約束』の場合は、観光客からじろじろ見られて仕事がしにくい、勝手に泊めてある漁船に乗られて困るといった声が地元の漁師の方々から出たことがあった。しかし映画を見た観光客が訪れるようになって少したった頃、観光ボランティアから漁師の方々が観光客に友好的に接するようになったという話を、二口さんは聞いたそうだ。もともと富山県は撮影関係にそこまで強くはなく、朝ドラや大河ドラマのメイン舞台となったこともなければ、誰もが知っている超有名作品の撮影地に選ばれたこともない。今回著名な監督と豪華キャストが揃った『人生の約束』のロケ地となったことで、人々の意識に変化が現れ、自分たちの地域に自信を持つようになったと中曽さんは語っている。「町をあげての財産」「町をあげて映画を作った」という中曽さんの言葉からは、『人生の約束』を全体の力を集結し完成へと導いた、町の集大成であると考えていることが伺えた。

 

中曽:これはね…町あげての財産だと思うし、町あげて映画を作ったなって思いはありますよ。

 

また牛塚さんも、地域の意識変化について言及しており、新湊の景観と祭りをスクリーンを通して改めて見ることによって、これが自分たちの宝であり、守り続けなければならないという意識がより一層強くなったと語っていた。

 今後『人生の約束』をどのようなものにしていきたいか、どのように関わっていきたいか尋ねたところ、中曽さんは若い人々に自分の夢を託したいと語った。その夢とは、新湊の原風景を残し古き良き伝統を守りながら、時代に乗り遅れない経済効果を上げてほしいというものである。作られた観光地ではなく、生活と仕事の場が見える観光地という新湊の良さを残すためにも、『人生の約束』が重要な役割を果たすことを期待しているそうだ。

 20153月から『人生の約束』の撮影が行われ、同年末には「鶴瓶の家族に乾杯」というNHKの番組で、新湊が『人生の約束』の撮影地として2週連続取り上げられた。1月からは公開に合わせ、様々な観光PRが行政や地元団体で行われた。しかし二口さんも中曽さんも、2016年の『人生の約束』効果のピークは101日に行われる曳山まつりだとインタビュー内で語っている。この曳山まつりについて新湊の人々がどのような取り組みを行ったのかは、第6章で詳しく分析する。