第二章 先行研究

第一節 福祉施設化する矯正施設と障害犯罪者の現状

 「俺たち障害者はね、生まれたときから罰を受けているようなもんなんだよ。罰を受ける場所はどこだっていいだ、どうせ帰る場所もないし」

「俺はね、これまで生きてきた中で、ここ(刑務所)が一番暮らしやすいと思っているだよ」

これは、政策秘書給与詐取の罪で矯正施設に収容された元衆議院議員の山本譲司が、実際に矯正施設収容者の口から聞いた言葉である。山本が矯正施設内で会った収容者は、帰住先や身元引受人のいない者達がほとんどだった。

また、木村・佐脇(2013)によると、かつて矯正施設で医務部長をしていた波多野和夫は、「刑事施設は福祉施設だった」とまず結論づけ、「刑事施設は現在、社会的弱者の最後の受け皿である。何と障害者の多いことか。つまり刑事施設は老人病院、老人ホーム、精神病院、ホスピス、福祉施設として機能している。本来刑事施設は自由刑の執行空間として矯正施設であるはずである。刑事施設は最も安上がりな福祉施設だというのが第一印象であった」と感想を述べている。

これらのことから、矯正施設内へ行き場を失った高齢者や障害者が辿り着き増加しているため、矯正施設内の高齢化が進み福祉施設化しているという現状が見受けられる。

関根(2012)によれば、20064月から、厚生労働科学研究の「罪を犯した障がい者の地域生活支援に関する研究」が開始されたが、この研究の一環として知的障害犯罪者の実態を把握するために、法務省矯正局の協力の下に「知的障害犯罪者の実態調査」が行われた。この調査によって、全国15庁の刑務所に収容されている受刑者27,024名のうち、知的障害者又は知的障害が疑われる者が410名存在していること(1.52%)と、この410名のうち療育手帳等を所持している者は26名(6.3%)に過ぎず、矯正施設出所後に福祉サービスを受けることが困難となっていることが明らかになっている。この調査における「知的障害者」とは、医師により知的障害の診断を受けた者又は療育手帳を所持している者を指す。「知的障害が疑われる者」とは、医師による診断は受けていないものの、臨床診断において知的障害が疑われる者を指している。

 また、障害者が起こす犯罪が注目されるようになったきっかけのひとつに、200617日にJR下関駅で起きた「下関放火事件」というものがある。犯人として逮捕されたのは8日前に福岡刑務所を満期出所した74歳男性。彼はこれまで50年近く刑務所の中で過ごし、裁判の度に「知的障害」を指摘されてきたにも関わらず、この事件に至るまでに療育手帳は待っていなかった。行く当てもなく、頼れる人もいなかった彼は、放火した理由について「刑務所に戻りたかった。」と語っている。福祉施設など受け皿の確保や、療育手帳の発行などが行われていれば、もしかしたらこのような事件は起きなかったかもしれない。

 

節 高齢犯罪者の現状

第一項 高齢化率の上昇から見る高齢社会化の現状

 平成27年版高齢社会白書によれば、我が国の総人口は、平成262014)年101日現在、12.708万人と、232011)年から4年連続で減少している。

65歳以上の高齢者人口は、過去最高の3.300万人(前年3.190万人)となり、総人口に占めるその割合(高齢化率)も26.0%(前年25.1%)と過去最高になった。

我が国の高齢化率は、昭和251950)年には5%に満たなかったが、昭和451970)年に「高齢化社会」を画する水準となる7%を超え、平成61994)年には前期水準の倍の14%を超えて、いわゆる「高齢社会」と称される状況となった。そして、今後、我が国の総人口は減少する一方で、高齢者人口は、いわゆる「団塊の世代」(昭和221947~241949)年に生まれた人)が65歳以上となる平成272015)年には、3.395万人となり、その後は平成54年をピークに減少すると推定されているが、総人口は減少するため高齢化率は上昇すると予想される。

 

図1−1−2 高齢化の推移と将来推計

(出典:内閣府ホームページ)

 

第二項 高齢犯罪者増加の現状

平成20年版犯罪白書によれば、各手続き段階(検挙、起訴、受刑、保護観察)における人員中の高齢者数は、男女ともに年々増加している。

以下は、高齢犯罪者の人口の増加と高齢者の人口の増加傾向を比較するため、各手続段階における高齢者の処理人員の人口比(当該年齢層人口10万人当たりの対象人員の比率をいい、高齢者人口10万人当たりの高齢者の対象人員の比率を、特に「高齢人口比」という)を見たものである。

各手続段階における高齢人口比は、男女とも年々上昇している。人口比は、単位人口当たりの人員の比率であるから、例えば、ある手続段階で手続の対象となる人員が2倍に伸びたとしても、その間に人口も2倍に増加していた場合、単位人口当たりの人数の比率である人口比は変化しない。したがって、高齢人口比が上昇したということは、高齢者人口の増加率以上の比率で対象となる高齢犯罪者の人口が増加したことを意味している。各手続段階において、高齢犯罪者の人口が高齢者の人口の増加を上回る率で増加していることが分かる。高齢者の人口の増加の勢いを大きく上回る勢いで高齢犯罪者の人口も増加している傾向に照らせば、今後も我が国の高齢者の人口の急速な増加に従って、高齢犯罪者はなお一層の増加を続ける可能性がある。

 

http://hakusyo1.moj.go.jp/jp/55/image/image/h007001002e.jpg

(出典:平成20年版犯罪白書―高齢犯罪者の実態と処遇―の213ページ)

以下は、一般刑法犯検挙人員の年齢層別の人口比の推移を表したものである。高齢者を他の年齢層と比較した際、そもそもの人口比は低いが、急激に上昇していることが分かる。2029歳の年齢層では平成18年にピークを迎え、その後低下しており、3039歳、4049歳、5059歳の年齢層でも上昇はしているが、高齢者と比較すると上昇が緩やかであることが見て取れる。

 

http://hakusyo1.moj.go.jp/jp/55/image/image/h007001014e.jpg

(出典:平成20年版犯罪白書―高齢犯罪者の実態と処遇―の218ページ

 

また、新受刑者の年齢層別人口比の推移は、以下のとおりである。一般刑法犯検挙人員ほどではないものの65歳以上の新受刑者の人口比は他の年齢層と比較すると増加していることから、矯正施設内で高齢化が進んでいることが分かる。

 

http://hakusyo1.moj.go.jp/jp/55/image/image/h007001015e.jpg

(出典:平成20年版犯罪白書―高齢犯罪者の実態と処遇―の219ページ

 

第三項 高齢犯罪者の特徴

〈一〉罪名別動向

平成20年版犯罪白書によると、高齢者の罪名別検挙人員及び各検挙人員に占める高齢者比率の推移は以下のようになっている。高齢者の検挙人員は、主要罪名のほとんどについて増加しており、その各検挙人員に占める高齢者比率も上昇している。その中でも、窃盗は平成19年に、検挙人員が31,575人、遺失物等横領は、検挙人員が10,596人に達しており、残りの主要罪名と比較すると、検挙人員が非常に多い。また、各検挙人員に占める高齢者比率も、窃盗は17.5%、遺失物等横領は13.2%と高くなっている。これらのことから、高齢者の犯罪は、比較的軽微な財産犯が主であることが分かる。
 しかし、高齢者による犯罪の増加は、こうした軽微な財産犯のみに止まらない。殺人、強盗等の重大事犯、傷害、暴行、脅迫等の粗暴犯においても、検挙人員及び高齢者比のいずれもが増加・上昇している。特に、殺人については、高齢者比率が、窃盗や遺失物等横領に次ぐ高水準にあることが注目される。また、粗暴犯の増加傾向も顕著であり、傷害については、高齢者比率が昭和63年には0.5%だったところ、平成19年には4.4%に、暴行については、高齢者比率が昭和63年には0.8%だったところ、平成19年には8.4%に、いずれも目立って上昇している。

http://hakusyo1.moj.go.jp/jp/55/image/image/h007002001005-1e.jpg

http://hakusyo1.moj.go.jp/jp/55/image/image/h007002001005-2e.jpg

(出典:平成20年版犯罪白書―高齢犯罪者の実態と処遇―の227ページ)

 

〈二〉犯罪性が進むにつれて高まる危険性

 平成20年版犯罪白書によると、「高齢初発群」とは、本件までに前歴(微罪処分又は起訴猶予までの処分を言う。)及び前科がなく、本件が初犯の者のグループ、「前歴あり群」とは、本件までに1回以上の前歴を有しているが、前科はない者のグループ、「前科あり群」とは、本件までに1回以上の前科を有しているが、受刑歴はない者のグループ、「受刑歴あり群」とは、本件までに1回以上の受刑歴を有する者のグループをいう。

 

(一)居住状況

 平成20年版犯罪白書によると、高齢犯罪者の各群の居住状況別構成比は以下のとおりである。「高齢初発群」から「受刑歴あり群」まで犯罪性が進むにつれ、住居安定な者(自宅、社会福祉施設、親族宅、知人宅)の比率が減少し、住居不安定な者(簡易宿泊所,ホームレス,住居不定の合計)の比率が上昇する傾向にあり、「受刑歴あり群」では、42.3%が住居不安定な者である。

 

http://hakusyo1.moj.go.jp/jp/55/image/image/h007003002010e.jpg

(出典:平成20年版犯罪白書―高齢犯罪者の実態と処遇―の276ページ)

 

(二)同居者の状況

平成20年版犯罪白書によると、高齢犯罪者の各群の同居者別構成比は、以下のとおりである。「高齢初発群」から「受刑歴あり群」まで犯罪性が進むにつれ、単身者の比率が上昇し、「受刑歴あり群」において単身者の比率は、「高齢初発群」の3倍を超える77.9%である。これは、我が国の65歳以上の一人暮らしの高齢者の比率15.7%に対し、著しく高い数値である。

 

http://hakusyo1.moj.go.jp/jp/55/image/image/h007003002012e.jpg

(出典:平成20年版犯罪白書―高齢犯罪者の実態と処遇―の277ページ)

 

)就労状況

平成20年版犯罪白書によると、高齢犯罪者の各群の就労状況別構成比は以下のとおりである。「前歴あり群」の有職者(被雇用人、会社役員、自営の合計)の比率が特に少なくなっている(20.8%)ものの、「高齢初発群」から「受刑歴あり群」まで犯罪性が進むにつれて、おおむね有職者の比率が低下している。「高齢初発群」の有職者の比率が60.4%であるのに対して、「受刑歴あり群」の有職者の比率は約3分の122.1%である。我が国の高齢者の就業状況(平成18年)が、男子の場合、6569歳で49.5%、女子の場合、6569歳で28.5%であることと比較すると、「高齢初発群」を除く群の有職者の比率(20.8%〜27.5%)は、かなり低い数値である。

 

http://hakusyo1.moj.go.jp/jp/55/image/image/h007003002014e.jpg

(出典:平成20年版犯罪白書―高齢犯罪者の実態と処遇―の278ページ)

 

(四)収入源

平成20年版犯罪白書によると、高齢犯罪者の各群の収入源別構成比は、以下のとおりである。収入源は、「高齢初発群」では「なし」はおらず、「前歴あり群」から「受刑歴あり群」までの順で、収入源「なし」の比率が上昇している。また、「生活保護」受給者の比率も上昇しており、「受刑歴あり群」では,24.2%である。これは、我が国の65歳以上の人口に占める生活保護者の比率が2.2%(平成18年)であるのに対して、著しく高い数値である。

 

http://hakusyo1.moj.go.jp/jp/55/image/image/h007003002015e.jpg

(出典:平成20年版犯罪白書―高齢犯罪者の実態と処遇―の278ページ)

 

(五)経済状況

平成20年版犯罪白書によると、各群の月収入金額別構成比は、以下のとおりである。
 「高齢初発群」から「受刑歴あり群」へと犯罪性が進むにつれ、「収入なし」の比率が上昇し、「受刑歴あり群」では「収入なし」の比率が36.5%であり,「収入なし」と「10万円以下」(年収に換算すると120万円以下)の合計では63.5%であった。これは、我が国の高齢者世帯(65歳以上の者のみで構成するか、又はこれに18歳未満の未婚の者が加わった世帯をいう)の平均年間所得金額が301.9万円(世帯人員一人当たり:189.0万円)である(平成17年)のと比較するとかなり低い生活水準にある。

 

http://hakusyo1.moj.go.jp/jp/55/image/image/h007003002016e.jpg

(出典:平成20年版犯罪白書―高齢犯罪者の実態と処遇―の279ページ)

 

(六)まとめ

 (一)、(二)より、犯罪性が進むにつれて、自宅や福祉施設等の安定した住居のある者の比率が減少し、ホームレス等の比率が上昇している。さらに、単身者の比率も上昇している。このことから、高齢犯罪者や障害犯罪者は、犯罪性が進むにつれて、周囲の人から疎遠になっていき地域社会の中で孤立していくことが予想される。

 また、()〜(五)より、犯罪性が進むにつれて、有職者の比率が低下し、収入のない者の比率が上昇している。このことから、犯罪性が進むにつれて、生活基盤を安定させることが困難になっていくと予想される。

 犯罪性が進むことによって、周囲から孤立し生活が不安定になるため、高齢者や障害者は追い詰められ罪を犯し、さらに犯罪性が進み、さらに追い詰められるという悪循環が起きていると考えられる。

 

第三節 高齢犯罪者や障害犯罪者を取り巻く社会の変化

山本譲司の『獄窓記』と『累犯障害者』の発表により、矯正施設に多くの高齢犯罪者や障害犯罪者がおり、「刑務所の福祉施設化」が進んでいることが明らかにされた。福祉的な支援につながらないまま出所し、行く当ても頼れる人も無く、衣食住を求めて、短期間のうちに再び罪を犯し矯正施設に戻ってくる者が少なくないということを指摘し、支援の必要性を唱えた。このような山本の訴えの一方で、『犯罪白書』や『矯正統計年報』によって統計的にも高齢犯罪者の増加が裏付けられ、地域生活定着支援事業の開始に繋がった。

 以下の表より、2000年に入ってから、高齢犯罪者や障害犯罪者を支援する動きが活発に行われていることが分かる。20083月には、矯正施設を出所した高齢者や障害者の支援をしてきたホームレス支援グループが母体となって、矯正施設を出所した高齢者や障害者の社会復帰支援を行う「生活再建相談センター」を設立することとなった。彼らの動きはそれだけに留まらず、出所者支援の輪を広げることを目的として、障害者福祉や高齢者福祉の関係者等に対して支援活動の連携を呼びかけ、その結果、東京においては「東京都触法要保護者支援ネットワーク」が、大阪においては「『刑余者』自立支援おおさかネットワーク」が誕生するに至った。

 このように、近年、高齢犯罪者や障害犯罪者の問題へ注目が寄せられ、この問題への取り組みが広がってきた。そして、ついに20084月に厚生労働省と法務省の共同事業として「地域生活定着支援事業」が開始され、翌年には全国で初となる地域生活定着支援センターが長崎県に開設された。そして、201110月には富山県でも地域生活定着センターの業務が開始されるまでに至った。

 

(山本譲司『累犯障害者』、関根(2012)より筆者が作成)

1908

「監獄法(注1)」施行

20052

愛知県安城市、乳児刺殺事件(注2

200112月〜20029

名古屋刑務所における受刑者暴行死傷事件(2人が死亡、1人が重傷)(3)

20033

法務省が「行政改革会議(注4)」を発足、

「刑務所改革(5)」に乗り出す

20043

山本の元へ法務省矯正局の総務課長から声がかかる

20046

法務省の幹部職員及び全国の行刑施設の施設庁が参集した会(6)

20055

「受刑者処遇法(刑事施設及び受刑者の処遇等に関する法律)」が

成立(注7

20056

山本の私的勉強会「触法・虞犯障害者の法的整備のあり方検討会」発足(注8

20061

下関放火事件

20064

「障害者自立支援法」成立

20065

全国の刑務所で「受刑者処遇法」で運営が始まる

20066

検討会が「虞犯・触法等の障害者の地域生活支援に関する研究(2007年より「罪を犯した障がい者の地域生活支援に関する研究」に名称変更)」として、厚生労働省の正式な研究班になる(注9

200610

「障害者自立支援法」施行

2007

「更生保護法」成立

2008

「リーガル・ソーシャルワーク研究委員会」を設置(10)

 

山本譲司『獄窓記』出版

 

「生活再建相談センター」設置

 

「東京都触法要保護者支援ネットワーク」が誕生

 

「『刑余者』自立支援おおさかネットワーク」が誕生

 

内閣官房長主催「刑務所出所者等の社会復帰支援に関する

関係省庁連絡会議」で地域生活定着支援計画が取りまとめられた   

 

厚生労働省と法務省の共同事業として

「地域生活定着支援事業」が開始(4月)

 

「更生保護法」施行

 

「犯罪に強い社会の実現のための行動計画2008」成立

20091

全国に先駆けて、長崎県地域生活定着支援センターが開設

20094

山本譲司『累犯障害者』出版

2009年〜

「保護観察所連携加算」制度が誕生(11)

201110

富山県地域生活定着支援センターの業務が開始

2014年〜

法務省が全国の刑務所に社会福祉士か精神保健福祉士を常駐、

更生保護施設に社会福祉士を配置

 

第四節 地域生活定着支援センター

第一項 地域生活定着支援センターの概要

 2008年から厚生労働省と法務省の共同事業として「地域生活定着支援事業」が開始され、20097月から各都道府県に1ヶ所ずつセンターが設置されることになった。センターの目的は「高齢であり、又は障害を有することにより、矯正施設から退所した後、自立した生活を営むことが困難と認められる者に対して、保護観察所と協同して、退所後ただちに福祉サービス等を利用できるようにするための支援を行うことなどにより、その有する能力に応じて、地域生活の中で自立した生活を営むことを助け、もって、これらの者の福祉の増進を図ること」とされている。 

 

第二項 主な業務

「矯正施設から退所した後、高齢であり、又は障害を有することにより、自立した生活を営むことが困難と認められる者が地域の中で自立した生活を営むことを助け、これらの者の福祉の増進を図ること」という目的を達成するために、センターでは保護観察所や矯正施設、福祉関係機関、地方公共団体及びその他の関係機関等と連絡を取り合っている。矯正施設入所中から支援を始めて、退所後に地域生活に定着できるように、以下の3つを主な業務の柱として行っている。

 

〈一〉コーディネート業務

保護観察所からの「特別調整協力等依頼書」を受理し、矯正施設入所中から支援対象者と面接を行い、対象者本人の福祉的ニーズや福祉的支援を受ける上での問題点等を把握する。面接をもとに支援計画が作成され保護観察所に提出される。その後、受け入れ先の福祉事業所の確保のために調整が行われ、福祉サービス等を利用できるようにするための申請を行う。福祉事業所には、特別養護老人ホーム(注12)やグループホーム(注13)、軽費老人ホーム(注14)等がある。福祉サービス等には、障害者手帳(療育手帳、身体障害者手帳、精神障害者保健福祉手帳)の申請・取得や、所得保障(障害基礎年金の申請、年金記録の確認、生活保護の申請準備等)等が含まれる。支援対象者が矯正施設を出所し、受け入れ先の福祉施設へ入所する際は同行もする。

本人が他の都道府県への帰住を希望している場合は、他のセンターに対応を依頼することもある。

 

〈二〉フォローアップ業務

コーディネート業務により福祉事業所の利用が開始された後は、支援対象者を受け入れた事業所からの相談に応じ、支援対象者の処遇や福祉サービス利用に関する助言を行う。また、対象者の状態に合わせて事業所への訪問を行う。矯正施設退所後は、生活環境が大きく変化する時期なので頻繁に訪問を行っている。

 

〈三〉相談支援業務

懲役もしくは禁錮の刑の執行を受け、又は保護処分を受けた後、矯正施設から退所した者の福祉サービス等の利用に関して、矯正施設退所者や親族、地方公共団体等からの相談に応じ、助言その他の必要な支援を行う。更生保護施設の相談や、障害者を支援している機関や起訴猶予になった段階での弁護士、保護観察所や検察など様々な方面からの相談に応じている。

 

第五節 支援対象者の選定

第一項 選定会議

保護観察所からの「特別調整協力等依頼書」に基づき、矯正施設と保護観察所と地域生活定着支援センターの3者が合同で会議を行い、支援を受けることが出来る対象者を選定する。最終的な決定権は保護観察所にあるが、3者の発言権は平等である。保護観察所と矯正施設は司法的な面から、センターは福祉的な面から意見を言い話し合いを進める。

 

第二項 支援対象者

 矯正施設退所者であれば誰でも地域生活定着支援センターの支援を受けることができるというわけではない。支援対象者は被収容者であって、以下の項目に該当する「特別調整対象者」又は「一般調整対象者」である。

 

〈一〉特別調整対象者(以下の要件を全て満たす者)

一、高齢(65歳以上)であり、又は身体障害者、知的障害者若しくは精神障害があると認められること。

二、釈放後の住居が無いこと。

三、高齢又は身体障害、知的障害若しくは精神障害により、釈放された後に健全な生活態度を保持し自立した生活を営む上で、公共の衛生福祉に関する機関その他の機関による福祉サービス等を受けることが必要であると認められること。

四、円滑な社会復帰のために、特別調整の対象とすることが相当であると認められること。

五、特別調整の対象者となることを希望していること。

六、特別調整を実施するために必要な範囲内で、公共の衛生福祉に関する機関その他の機関に、保護観察所の長が個人情報を提供することについて同意していること。

 

〈二〉一般調整対象者

 特別調整の条件には当てはまらず、釈放後の帰住先はあるが支援が必要と認められる障害者・高齢者が含まれる。

 

第六節 富山県地域生活定着支援センター

第一項      富山県地域生活定着支援センターの概要

 富山県では県が社会福祉法人恩賜財団済生会支部富山県済生会に事業を委託し、済生会富山病院内にセンターが開設され2011103日より業務が開始された。富山県地域生活定着支援センターでは3人の社会福祉士、1人の精神保健福祉士、合わせて4人のスタッフが業務を行っている。社会福祉士のうち1人は済生会富山病院のスタッフも兼ねている。

富山県地域生活定着支援センターの業務を担っている済生会は、明治天皇が医療によって生活困窮者を救済しようと明治441911)年に設立した。100年以上にわたる活動をふまえ、現在、三つの目標(注17)を掲げ、全職員約59,000人が40都道府県で医療・保健・福祉活動を展開している。

 

 

 

 

第二項 センター開設前の富山県の地域生活定着支援事業

関根(2012)は、地域生活定着支援センターに関する調査を、刑事政策を専門としており地域生活定着支援事業もその研究分野の一部である西尾紀子(山梨学院大学総合政策学部非常勤講師)と三井英樹(作新学院大学総合政策学部非常勤講師)と共同で行った。この調査を行った時点では、富山県にはまだ地域生活定着支援センターは開設されていなかったので、今後センターの活動に関与していくあろう富山刑務所、更生保護法人富山養得園、富山保護観察所の意見を聞くことは重要であると考え調査を行った。

 まず、富山刑務所で行われた調査(201010月)によると、収容状況は、定員599名に対して561名を収容しており、収容率は94%と全国平均(8.9%)と比べると少し高めと言えることが分かった。入所頻度は平均4.7回、初入所者は63名と全体の11%に留まる。2回は126名で23%3回は107名で19.5%、最多入所者は25回と、矯正施設と社会を何度も行き来している者が存在していること分かる。入所者の年齢は、平均年齢が45.4歳で、最高齢は77歳だった。出所にあたり、残刑期が1ヶ月から2ヶ月くらいで仮釈放が認められる者が多い一方で、満期釈放者も年間100名ほどいるとのことだった。刑務作業による作業報奨金は平成22年の8月の19日間分で平均2,263円、一日あたり120円だった。全国と比べると、1ヶ月あたり平均4,533円(2010年)と、少し低めと言えることから、富山刑務所において刑務作業に適さない者が少なくないことがわかる。また、作業報奨金が低額であるために、出所後の社会復帰のための賃金として決して十分とは言えない。

 また、富山刑務所では、20104月から社会福祉士が常勤で1名医配置されている。しかし、今回の調査で被収容者の中に精神障害者がいるのか聞いたところ、精神障害手帳を持つ者はいないが、「軽度の者は多そう」という説明だった。富山刑務所では入所中に受刑者に対して、精神障害の有無の診断が行われていないのではないかと感じられた。

次に、更生保護法人富山養得園で行われた訪問調査(20113月)によると、現在、施設職員は6名、うち5名は元刑務官である。看護師資格を持つ福祉担当職員が配置されており、法務省が2009年度から、一時的受入れと福祉への移行準備を行う役割を果たす更生保護施設を明確にするため、高齢・障害により自立が困難な刑務所からの出所者等に対する特別処遇を実施する更生保護施設として、57施設を指定し(現在、更生保護施設は、全国に103施設ある)福祉職員の配置を進めている。養得園はこの指定を受けた施設であり、当時、地域生活定着支援事業に大きな役割が期待されていたこともうかがえる。富山県でセンター設置の環境整備を進める中で、県から養得園内の一区画をセンターとして開所することができないかとの打診が幾度かあったそうだが、更生保護施設は自立支援施設であり、一時的な保護を行う施設であることを理由に断ったそうだ。

また、センター開設前の調査時は、受入れ先の無いまま刑務所を出所することになり、保護観察所が市に依頼をして福祉施設を探したが、県内にある高齢者のための養護施設では、刑務所出所者の受入れを拒むことも多くあるということも聞くことができた。

また、富山保護観察所で行われた調査(20123月)によると、就労支援活動に力を入れているということを聞くことができた。また、地域生活定着支援に関する話では、全国のセンターで課題となっているコーディネート業務のアセスメントの時間的・場所的問題を解消するための具体的な提案が行われており、検討が進められているとのことだった。

第七節 第二章のまとめ

 以上から、近年、高齢犯罪者の増加や障害犯罪者の顕在化が進み、矯正施設が福祉施設化しているという事実や、高齢犯罪者や障害犯罪者は「矯正施設出所者」というハンデに、さらに高齢者や障害者の特徴が上乗せされるため、社会復帰が一層困難であるということが分かった。

 近年、山本譲司の訴えや、高齢犯罪者の増加や障害犯罪者の顕在化が統計的に裏付けられたことで、高齢犯罪者や障害犯罪者の問題に注目が寄せられるようになった。そして、矯正施設を出所した高齢者や障害者の支援をする地域生活定着支援事業が開始し、富山県にも地域生活定着支援センターが開設された。

 富山県地域生活定着支援センターが開設される以前に関根(2012)が行った調査では、高齢や障害を有していることを理由に、福祉施設への入居を拒否される者や、矯正施設での刑務作業に適さず、出所後の社会復帰をするためには不十分な作業報奨金しか受け取れない者が存在していたことが分かった。次章では、富山県地域生活定着支援センターに行ったインタビュー調査から、センターが設置されたことで、富山県の地域生活定着支援事業がどのように行われてきたのかを明らかにしていきたい。