6章 考察

1節 先行研究との比較

 

2章第4節で論じた先行研究の事例との相違点をもとに、街アップの参加過程を総合的に考察する。あらゆるまちづくり活動において、一回限りではなく継続的にまちに関わることの難しさが課題として叫ばれる中で、街アップにおいて学生の十全参加がある程度継続的に実現している背景には、どのような“参加のしかけ”が存在しているのだろうか。それを明らかにするためには、街アップメンバーが構築する他者との関係性に注目する必要があるだろう。「他者」という視点について、第2章第1節のEMPの事例では、教育プログラム(授業)として展開した活動が学生にとって有益な機会提供となり、まちへの参加が深まったことが取り上げられていた。加えて、次に挙げた中国人学習者Oさんの参加事例では、集団内部の人物との相互交渉によって新たなアイデンティティを獲得し、結果的にそれまでよりも集団に十全的に参加することが可能になったことが述べられていた。しかし、まちづくり活動の象徴でもある地域住民との触れ合いなどに代表されるような「集団外部」との相互交渉によるアイデンティティ変容について言及されている箇所は見当たらなかった。筆者はそこに着目し、サークル外部の他者との関わりをも視野に入れた新たな参加モデルの提示を目標として据えた。


 

2節 街アップ型の参加モデル

1項 初期の参加における共通点

 

インタビューを行った4名の事例をもとに街アップへの参加過程を考察していく。まず、全員に共通して見られた参加は活動の初期、サークルへの第一印象と初めてのイベント経験に関するものである。これは、正統的周辺参加論における「正統性の芽生え」に相当する感情変化である。ここでメンバーたちが経験したのが先輩メンバーによる好意的な取り込みだった。初めてMAG.netを訪れた際に出会う先輩メンバーは、街アップの第一印象として新メンバーにひとつのイメージを植え付ける。そして、それは一様に好意的なものだった。不慣れな新入生メンバーに対して先輩メンバーが積極的に話しかける、あだ名をつける、ご飯に誘う、学校生活の相談に乗るなどのはたらきかけを積極的に行うことで、またそのような雰囲気があることで、新入生メンバーは「ここに居てもいい」実感を得ることができる。その実感が「正統性」であり、この正統性を上手く有することができれば、街アップの一員としてその後のサークル活動へ参加するモチベーションが保たれる。また、インタビュイーたちはその後、初めてのイベントとして「山王祭」に参加している。ここでの役割は各個人で異なっていたものの、共通していたのはイベントを運営することの楽しさと、それを学生の力で行うことへの満足であった。街アップの活動の核でもあるイベントを実際に体験することで街アップに関する理解が深まるとともに、一メンバーとして主体的に活動に携わることができたという達成がインタビュイーたちのさらなる参加を導いた。

 

2項 まちなかの理解とサークル外他者

 

 ここまで、各個人の参加が浅いうちはある程度共通した参加モデルが見出されることを述べた。ここからは、街アップでの活動経験が深まるうちに分岐していく参加の様相を、先行研究には無かったサークル外他者との関わり合いの観点から論じていく。

 まず第一に、参加におけるサークル外他者のウエイトが高いモデルが挙げられる。これは、今回のインタビュイーのうちMさんに当てはまる。Mさんの参加はまちと街アップのつながりやまちなかそのものの特性を理解する形で深まっているのである。Mさんは、街アップの活動を通じてたくさんの人々、特に主体的にまちを盛り上げていこうとする人々と多数出会った。その出会いを通じて、まちづくりという取り組みの裏には地域にプラスアルファの魅力を創出しようとする情熱的な大人がいることを知り、その存在に感化されてまちづくりを面白いと感じるようになった。その後、Mさんは街アップ全体のリーダーであるサークル長になる。それまでの参加から得られた地域の人たちとのつながり方を自覚しつつ、街アップとして、学生としてどのようにまちに参与していくべきなのかということについて、問題意識を持って活動に臨むようになる。まちには何十年と商売をしている商店主の方々がたくさんおり、そのような人々の中に学生が入って活動することに関心を示さない場合もある。その一方で、街アップの活動に好意的な反応を示し、応援してくれる人たちもいる。このような温度差はいわば当然のことであり、Mさんは多様なまちの人々を相手に活動することを受け容れたうえでまちとの関わり方を模索した。

 

M:あと別に、商店街の人たちから(中略)あの、(自分たちの活動を)認めてもらえなくてもいいって思ってる気持ちもあって、なんか、求めた瞬間怖くなるじゃない(笑)別にいいんだねって思って。なんか、もうなんかやってるなっていうだけで、楽に

 

街アップの活動は誰しもに受け容れられるものではないかもしれないが、自分たちの発想で、自分たちが思う活性化に取り組むことにこそ意義がある、というようにMさんの心境は変化していった。このように、Mさんの街アップに対する理解は、まちと街アップの距離感や、そこで感じた温度差のあるまちに学生団体としてどう関わっていくかを自覚していく流れで深まっている。ここにおいて、Mさんの参加を深めるキーパーソン的存在としてサークル外他者があることがわかる。

 

3項 サークル内他者との関係構築

 

一方で、サークル外他者よりもサークル内他者の方にウエイトが置かれている参加モデルも見出すことができた。今回のインタビュイーでは、YさんとAさんに当てはまる。ここでいうサークル外他者とのウエイトが低いということは、外部の他者と全く無関係なわけではなく、インタビュー調査において、地域住民やまちなかの事柄よりも、街アップの活動内容自体やメンバー同士のつながり、また学生とフラットな立場と認識されるコーディネーターについての語りの方が多く得られたという意味である。

Yさんの場合、サークル加入前にイメージしていた大人は、まちに関わる人々という以前に、一般的な「社会人」としてのニュアンスを含んでいた。その中でまちなかに暮らす人々は街アップの活動に取り組むからこそ関わる副次的な存在として語られていた。それゆえ「街アップの」Yさんとしてなら地域の人々とのつながりがあるものの、活動以外の個人的なつながりは構築されていなかった。

加えて、イベントについて、Yさんからは紙芝居イベントに関する語りが多く得られた。紙芝居イベントはYさんにとって初めてリーダーを務めたイベントであり、細かい部分までひとつひとつ積み重ねた準備が実を結び、無事終了したときには大きな達成感があったそうだ。この経験を通じて、サークルメンバーとの仲が深まったり、イベントを一から実行するためのノウハウを得られたりした。加えて、インタビュー当時3年生の半ばだったYさんは、徐々にサークルの引き継ぎにも目が向いている様子だった。このように、Yさんが街アップの活動で得た満足は、イベント等の実行で感じられた成功体験と、そうした参加を重ねる過程で培ったサークル内部の人間関係の充実であった。

続いてAさんの事例である。Aさんは、街アップに入ってよかったと思うことについて、「自分のやりたいことを実現できた」ことを挙げている。Aさんが活動を通じて得た街アップのイメージは、ひとりひとりの熱意が生かされ、自由で個性のあるイベントを実現させられる集団であるということのようだ。実際に、活動の初期である1年生の時に参加したお絵かきプロジェクトでは、グランドプラザいっぱいに広がる絵の様子を見て、学生でもたくさんの人を巻き込んだ大規模なイベントを実行できるということに感動している様子がうかがえた。そのような感情変化も、Aさんのモチベーションが街アップに向かっていったきっかけになっている。そして、Aさんが3年生の時の「山王祭」では自身が考えたイベント企画でリーダーを務めた。この経験はそれまで街アップの経験の中で最も印象的なものとしてAさんの心の中に残った。自分のアイデアを実現できたことや、それに関する大人のアシスト、そして、イベントが自分だけの満足ではなく、たくさんの人を楽しませるものになったということが、Aさんの参加度をさらに深めていった。このように、Aさんの場合、イベントを仕掛ける対象としての地域にはある程度意識的だったといえるものの、Mさんのようにまちなかに暮らす人たちの特性に目を向け、サークル活動に反映させているような参加は見られなかった。

 

4項 サークル外に移行する関係

 

最後にNさんの参加について考察する。Nさんもまた、参加におけるサークル外他者のウエイトが高い類型といえよう。本節第1項で取り上げたMさんと異なるのは、街アップという集団への参加と、まちなかに暮らす人との関係構築の間に多少の距離があるということである。これについて第4章第4節第3項のNさんの語りを再び引用する。

 

(中央通り、千石町商店街の人たちとの交流について)

N:…個人的なつながりとして一緒に飲んだりとか、千石町通りに関しては、自分がまちなか、今年のコンペに出して協力団体として入ってもらって、で、それ以外だと個人的に飲む仲で()お店に行ったりももちろんありますし、…

 

Nさんはサークル外他者とのつながりが深いのだが、それは個人的なつながりとして自身に定義されている。他のメンバーが街アップのメンバーというラベルのもとで地域と関わっていたのに対して、Nさんは街アップという所属を超えてつながりを広げている様子が見られた。このように、Nさんにとって街アップは大人とのつながりを作る一つの足掛かりとなっている。ここで得られた出会いは当人にとって有益なものとして映り、その後Nさんが取り組む幅広い活動の興味にもつながっている。現在、Nさんは街アップの他にも2つの異なる団体に所属し、精力的に活動を行っている。その分街アップへ参加する回数は減りつつあるという。Nさんのこの語りからは、サークルそのものと距離を取りながらも、まちなかとの関与は続けている新しい参加の形を見出すことができた。サークルそのものと距離を取るということを、その参加が「周辺」的であると表すことができるが、正統的周辺参加論における「周辺性」について第2章第2節では以下のように論じた。

 

ある共同体の「周辺」に位置するということは、当人の学習過程の現時点での位置取りがそこにあるだけで、これからより十全的に実践共同体へ関わっていく可能性をはらむ「ポジティブ」な状態、と解釈することができる。

 

この概念はNさんの参加によって説明できる。参加が周辺的であることとサークルへの参加回数が少ないということは必ずしもイコールではないが、それでもやはり、Nさん以外のインタビュイーについては、参加回数が増えていったことで気づきや学びが増え、より十全な参加が導かれていった様子が見て取れた。そしてそれは、街アップという集団に対する当人のアイデンティティの深まりの過程としてある程度のモデルを見出すことができる。これらのインタビュイーたちは、サークル内部の人間との十分な相互交渉をもって「街アップの一員である」というアイデンティティが醸成されていった。それに対しNさんの場合、活動を通じて出会ったサークル外部の人間への志向が徐々に高まっていった。このNさんの変化は、単にサークルへの参加度が周辺的な状態から十全的な状態へと深まったととらえるよりも、サークルへの参加によって得られるアイデンティティの変容を、サークル外他者との関係性について解釈することで、結果的にサークル内部への参加が周辺的なものにとどまった例だと考えられる。この解釈のもとでは、Nさんの参加はそれまでのインタビュイーと異なるアイデンティティ構築の軸において深まっている。ゆえに、サークル内部への参加が一見して周辺的であったとしても、それは必ずしも「アイデンティティを変容できなかった」結果とは限らないのである。このNさんの事例は、インタビュイーがアイデンティティを構築しようとする対象が何なのか、その多様性にも着目する必要があることを示唆しているといえるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

3節 まちに学生を取り込むために

 

ここまで、街アップのメンバーの参加過程と、それを裏付ける感情と行動の変化について論じてきた。そのなかでは、各人の参加にサークル内外の他者の存在が大きく影響していることが明らかになった。地域に若い力が足りない、若者の興味が向かないと叫ばれて久しいなか、街アップには地域活動に能動的な学生が継続的に集まり、地域社会に溶け込みながら活動を展開している。これは、人とまちとの関わり方としてひとつの理想的なモデルともいえるが、そこに所属するメンバーの参加の様相には、いくつかのモデルが見られた。

1つ目に、“まちづくりを行う大人”としてのサークル外他者のウエイトが高い類型である。学生の立場では知ることができなかったまちづくりの裏側を見せてくれる大人との出会いを通じてまちへの興味が深まり、それにより街アップの活動への参加もより十全なものになるタイプである。2つ目に、サークル外他者とのつながりよりもサークル内他者とのつながりの方が大きい類型である。活動を通して得られたのはまちなかそのものへの興味と人脈というよりも、サークル内部における人間関係作りやイベントの実行による満足であった。まちづくりという活動を通して、学生団体としての楽しさ・面白さを十分に感じられており、それによりサークルへの十全な参加が導かれている。3つ目にサークル内部を離れつつサークル外他者と個人的なつながりを作る類型である。イベントの運営等を通してまちとメンバーに関わり、興味を深めていった後に、その活動をひとつの足掛かりとしてサークルの外部のつながり(地域の商店主など)を深めていった。街アップへの活動参加回数は徐々に少なくなってきているものの、地域や大人に関する興味はより深まっていると思われる。

このように、街アップに所属しているメンバーはその誰もが「まちづくりに携わる学生」であるが、その参加の形はひとつにまとめられるものではなく、多様である。ゆえに、学生というこの特異な存在を効果的にまちに取り入れていくためには、その学生を受け入れる集団側が多様な参加モデルを許容し、ひとりひとりに合った方法で参加度を高めていくことができる環境として存在している必要がある。その例として、本稿では「大人」のとらえ方のバリエーションについて言及した。インタビュイーたちは揃って、街アップの大きな特徴として大人との関わりが厚いことを挙げている。しかしそれは「まちづくりの裏側を見せてくれる大人」「自分が実現したいことをアシストしてくれる大人」「個人の興味と活動の幅を広げるための大人」というように異なるニュアンスを含むものであった。そして、それらが全て街アップの活動におけるメリットととらえられているのならば、学生が参加する共同体には幅広い個性を持つ大人が近距離に存在していなければならない。今回のインタビューでは、インタビュイーたちがそれぞれに大人との関わりに満足していたので、街アップという集団は、学生の多様な“大人”ニーズを満たしながら地域活動へのモチベーションを高めるために機能しているといえるだろう。

こうした、学生にとって多様に魅力的な大人の存在に加え、街アップには地域をフィールドにしながらイベントを実行できる環境がある。同じ学生メンバーと共にひとつのイベントを作り上げるという経験、またそのイベント実行後に得られる達成感や成功体験は、それからの参加をさらに導く具体的なエネルギーになる。何かをしているという実感と、それを取り巻く魅力的な“人”によって街アップへの満足感が深まっている様子がうかがえた。この感覚を、Mさんはまちづくりに「ハマる」と表現している。学生として参与するまちにどれだけハマることができるか。それをアシストするために様々な参加要素が存在している。そのようなひとつひとつの参加要素を自分自身のメリットとして解釈し、サークル内外に存在する他者に継続的にはたらきかけを続けることが、街アップへの「参加」だと表現できるのではないだろうか。

加えて、今回のインタビューから垣間見えたのは、まちづくり活動における学生と大人の相互依存的な関係である。一般的に、学生のような若い世代にまちが求めるのは斬新な発想・エネルギッシュな行動力などである。長年まちの中にいる者だけでは気付かなかった視点から、当該地域に新風をもたらすことを期待されているのである。街アップのメンバーもそれをよく理解し、毎年取り組むイベントであっても少しずつ内容を変え、常に新しい取組みに果敢にチャレンジしている様子がうかがえた。そのチャレンジを可能にするためには、主にビジネス的な観点から大人の存在が必須である。イベントの予算、場所の確保などには大人の力が関わっており、学生側もそれを求めている。また、大人は企画のアドバイスを求める対象でもあり、自らの活動が地域に還元される有益なものであるかどうかを判断するひとつの基準にもなっていた。このように街アップでは、互いが互いを必要としながら理想的な相互依存の関係が成り立っている。それにより活動の幅は広がり、学生の満足度も高まっている。4年間という時間的制約がある大学生を街に取り込んでいくためには、この相互依存の関係をいかに継続させられるかが重要だろう。大人と関わる経験を自らに還元させながら、地域活動そのものの成功体験が得られることで、学生はまちづくりにハマり、その手ごたえから各人の参加が深まっている。街アップは、その理想的なモデルを体現している実践共同体であり、そこからはまちと学生、そして大人との効果的なつながり方を明らかにすることができた。

「まちづくりはひとづくり」としばしば言われるが、それは、まちの活性化を自分事としてとらえ、自分たちの力でまちを作っていこうとする能動的な住民をいかに増やしていくか、という文脈で多く語られる。とりわけ学生は若く、快活でエネルギッシュな存在として地域に新たな色付けをする貴重な存在とみなされている。しかし、学生のような若者が抱く地域活動へのモチベーションは、ともすれば大人よりも多様であり、若者と地域の関係性は一言で表されるものではないだろう。また、今回取り上げた街アップは学生サークルであるため、街アップだけに所属し毎回の活動に参加する者もいれば、他にメインの活動があり、参加できるときだけ参加するという者もいる。このように、ひとりひとりの熱度に差異はあれども、すべての活動を「地域」という空間を通じて行うことで個人の人間関係が相対化され、人とつながるということそのものにポジティブになっている様子がうかがえた。どこか古く、前時代的なイメージのする地域社会からは、逆に若者の方が疎外されがちだが、街アップのような集団をコミュニティの真ん中に据えることで、若者にとっての地域への入り口が保障される。様々な興味を持つ活発な学生たちと、それを取り巻く大人たち。それらが互いにつながりながらつくるまちは、これまでになかった地域の魅力にあふれるはずである。そして、それを実現している街アップは、若者とまちとが適度な距離感で協働する、ひとつの理想的な共同体であるといえるだろう。