第四章 分析(1)都市部から地方へのUターン就職希望者

 「Uターン就職」と聞いて通常想像されるのは「大都市圏に進学・就職した者が地元に戻って就職・再就職する」というものではないだろうか。そこで、まずは都市部から地方へのUターン就職を希望していたKさんについて分析を行う。

 

第一節 Uターン意識の形成

 Kさんは、2013年に大学進学のために上京した。進学先に東京を選んだ理由と、現在の東京の印象について質問したところ、Kさんは以下のように語った。

鴨川:なんで進学の時に地元を離れるっていう選択をしたのかっていうのを教えてください。

K:うん。最初、ほんとは教師の資格が欲しくて。で、私、歴史のこと勉強したかったから…なんかそういう社会科の免許とれるところ…を探してたんだけど。富山やと富大の人文かな…ってなって、どうしよっかなってときに今の大学(東京の私立大学)の教職って一番充実しとるらしくって。で、まあ受験科目とかも、社会科…とか日本史とかだったし、「ま、いけるやろ。」ってなって。……で、そんときお姉ちゃんがおって、大学東京やったから、親も「東京のほうなら別にいいんじゃない?」みたいな。(中略)

鴨川:じゃあ、東京での現在の暮らしについてどう思ってる?なんか人間関係とか、環境とか、物価とか。

K:物価は高いよね。もの買うにも高いし、交通費がバカ高いから。単価っていうより、何回も乗るねか?(鴨川:あー。)電車って。東京は電車が充実しとるから、電車ないとどこも行けんくて。もうそのたびになんかまあ200円ぐらいとかさ、往復してるともっとかかるし、うーん。あと、お金出せば美味しいもん食べれるけど、お金なかったら結局何も出来んがんが東京なんね。

 

Kさんはもともと歴史が好きであり、教員免許を取りたいと考えていた。地元の富山大学でも教員免許をとれたが、志望した東京の私立大学の方が受験科目も少なく、教員養成課程も充実しているということを考慮し、上京することを決意した。また、4歳年上の姉が東京に住んでいたことにより、親から上京の許可を得やすかったことも決め手になったようだ。

現在Kさんは上京して4年目だが、物価の高さはいまだに慣れないという。どこに行くにも電車が必要であり、電車に乗るにはそれなりにお金がかかる。美味しいものを食べたいときには高いお金を出さねばならない。お金がないとやりたいこともできない東京での暮らしは窮屈に感じているようだ。

では、Kさんは地元富山のどのようなところに愛着を持っているのだろうか。以下は、そのことについてのKさんの語りである。

 

鴨川:じゃあ、地元富山のどういうところが好きですか。

Nさん:なんだろ。何もないけど…まあ落ち着けるよね。東京におるとやっぱせわしないから。なんか時間の流れとかが違う気がする。こっちの方がゆとりあるし。まず食べ物とかも美味しいし。で、安いし。

 

 

 Kさんは地元富山について、ゆったりと流れる時間が好きだと語った。進学先の東京での生活はせわしないため、地元に戻ってくると落ち着くという。ここでも東京に対する不満を述べるところを見ると、東京での生活によほど不満が溜まっているのではないかと考えられる。

 では、KさんのUターンを決定づけたものは何だったのだろうか。Mさんに質問したところ、Kさんは以下のように語った。

 

鴨川:なんでUターン就職を考えるようになったんですか。最初から決めてたのか、それともだんだん帰りたくなったとか。

K:なんか、1年生2年生のときって別に就職とかあんま考えてなくて、漠然としとったから、東京とかで就職することも考えてみとったけど、そんときはまだお姉ちゃんもおったし。でもお姉ちゃんが、富山に戻って。もともと東京に勤めとった人がダメになって富山に戻って来とる姿を見て、なんかまあ、あの人が無理なら私(東京に)おっても無理だって()思って。富山の方がいいかなって考え始めて。で、よくよく考えて、なんか、ニュースとか見てさ、公務員の勉強とかもして、なんか待機児童の問題とか、物価とか、自分の知り合いとかおらんだりとか、そういうこと考えてみると、東京で暮らして家庭を持つっていうのはなんか、富山で暮らすより大変そうだなと思って。富山の方がまあ、思い通りに暮らせるかなと思って、富山に決めたかな。

 

Kさんは大学12年生当初は東京で就職することも考えていた。しかし、一度は東京で就職した姉が富山に戻る姿を見たことによって、姉がダメだったなら妹の自分も東京で暮らすのは無理なのではないかと考え、地元富山へのUターンを意識し始めた。また、東京の待機児童問題や物価の高さ、自分の知り合いが少ないことなどから、東京で家庭を持って暮らしていくのは大変だろうと考えた。それに比べて、待機児童問題は存在せず、物価もそこまで高くなく、自分の知り合いもいる富山での生活の方が自分の思うように暮らしていけるだろうと思い、富山へのUターンを決意したという。

 


 

第二節 就職活動の困難さと地元行政の支援

都市部から地方へUターン就職をする人はどのような就職活動を行っているのであろうか。Kさんの語りより、Kさんの3月〜6月にかけての帰省の回数とそれにかかった費用をまとめた。

テキスト ボックス: Kさんの説明会参加数
・企業説説明会:4回
・個別企業説明会:2社

 

回数(日数)

かかった金額

3

2回(1週間ずつ)

40,000

4

1回(約1ヶ月)

20,000

5

6

1回(約1ヶ月)

20,000

7

合計

4回(約2ヶ月と2週間)

80,000

41 

 

 Kさんは、頻繁に地元と進学先を行き来するというよりも、一度帰ったらしばらく滞在するという帰省の仕方をしていた。それによって交通費はだいぶ抑えられたようだ。しかし、地元に長く滞在しているということは大学の授業には出られないということだ。Kさんの場合、授業期間である4月から7月までに約2ヶ月富山に滞在していることから、週1回のゼミだとしても最低8回は欠席していることになる。

 また、地元のUターン就職支援制度についてKさんは以下のように語っている。

 

鴨川:なんか地元行政のUターン就職支援でもっとこういうことしてほしいなとかそういうことあったりする?

K:うーん、Uターンフェアだったかな…あのー、東京におる子、東京とか京都とかに住んどる子がこれに参加するために、バス無料にしてってのはあったけど。でも帰りが朝6時半とかに東京駅とかだったの。そんな時間に東京駅行きたくねーって思って普通に自分で新幹線で帰ってきたけど。ちょっとそんなんやったら新幹線タダとかさ、それかもうちょっと時間とか考えてほしかった。

 

Kさんは地元行政のUターン就職支援を比較的利用していたそうだ。Kさんの進学地である東京は富山県もUターン就職者の増加に力を入れている。Kさんは東京で開催される富山県企業の企業説明会によく足を運んでいた。3月に開催されたUターンフェアインとやまについては無料バスも出ていたが、帰りが早朝6時に東京駅で解散ということもあり、疲れた身体でその時間から自身が住む世田谷区まで約1時間もかけて帰りたくないと考え、利用は断念したという。そのため、Kさんは自費で新幹線を利用し、イベントに参加していた。


 

第三節 Kさんの地元 富山県のUターン就職支援の現状

 Kさんの地元である富山県の商工労働部労働雇用課に赴き、雇用対策係主事である工藤さんにインタビュー調査を行った。それらに基づき、以下に富山県の取り組みをまとめる。また、インタビュー調査後に新しく開始された取り組みや、ネット上で見つけた施策についても合わせてここに記す。

 

. <平成28年度事業>

 

Uターンフェアインとやま(予算:400万円)

 とやま自遊館や富山市総合体育館で行われる県内最大級の合同企業説明会。県内在住の学生はもちろん、Uターン就職希望者が多数参加。製造業からサービス業、情報通信業など幅広い業種の企業が参加している。平成27年度の企業数は241社だった。

 

〇とやまビジネスリサーチin JAPAN(予算:950万円)

 富山県内企業に興味を持つ学生向けに企業の見学を行うバスツアー(1回につき3社を訪問し、職場見学や若手社員との座談会などを開催)や、首都圏で合同企業説明会を実施。バスツアーは、就活生が帰省しやすい8月(お盆)、2月に実施した。

 

30歳の同窓会inとやま

 懐かしい友人との再会を通じて、ふるさと富山の良さを再確認できるイベントとして企画されたもの。一部と二部に分かれており、一部では「とやまジョブフェア」と題したUターン就職セミナーや県内企業で活躍する社員の方との座談会などが行われ、二部では「とやまでどーんと大同窓会!!」と題し、富山県知事の挨拶や飲み放題と軽食のついた懇談会などが行われた。同窓会は2835歳の県内出身者限定で行われた。平成28年度は550人が参加した模様。

 

〇富山県Uターン就職ガイドの作成・配布(予算:120万円)

 実際にUターンをした人たちの体験談や、富山県の魅力をあらゆる角度から紹介するパンフレット。富山県の魅力として都市部と比べて物価が安いことや女性の育児休業取得率の高さなどが挙げられており、体験談として富山にUターンしよう思ったきっかけやそれに伴ってどのように就職活動をしたのかなどが詳しく書かれている。

 

〇元気とやま!就職セミナー(予算:260万円)

 Uターン就職促進のために、学生・保護者を対象にセミナーを開催している。学生向けセミナーは平成17年度に開始し、平成28年度は東京・京都・名古屋・金沢で各2回ずつ開催された。保護者向けセミナーは平成18年度から開始し、現在は富山県内2カ所(富山市・高岡市)で各1回ずつ催されている。学生向けセミナーの内容としては、県内の就職動向やUターン就職活動の進め方、県内企業の魅力を紹介している。保護者向けセミナーにおいては、学生向けセミナーの内容に加えて、自分の子どもへのアドバイス方法なども話されている。

 

Uターン人材マッチング促進事業(予算:1500万円)

 「富山くらし・しごと支援センター(Uターン情報センター)」は、富山・東京・大阪・名古屋に拠点があり、UIターン就職希望者に対して、窓口やフリーダイヤルによる就職相談会、メールマガジンによる情報提供、ホームページを通じた就職支援などを行っている。また、子どもや親戚のUターン就職をサポートしようとしている保護者のために、センターの利用方法の説明・求人情報の提供、県外への資料の送付なども行っている。営業時間9301700。休業日は土・日祝日、年末年始。平成28年度に東京の有楽町オフィスに仕事相談を新たに増員し、体制の強化を行っている。

 

Uターン女子応援カフェ・女子学生限定合同企業説明会(予算:550万円)

 富山県では20代の女性の人口流出が特に多いことから、女性のUターン意識を高めることを目的として、女子学生を対象として秋ごろに東京都、京都、名古屋で座談会形式のカフェを開催。県内企業の若手・キャリア女性社員と交流することができる。

 また、民間主催の女性限定転職フェアに富山県ブースを出展し、首都圏での女性のUIJターン希望者の掘り起こしを行った。

 

UIJターン転職支援事業(予算:140万円)

 民間主催の転職フェアへの富山県ブース出展による首都圏でのUIJターンの希望者の掘り起こしを行う。

 

Facebookページ「富山県Uターン・移住応援ページ」での情報発信

 県内の優良企業の紹介や合同企業説明会・セミナーなどのイベント開催のお知らせ、Uターン情報センターによる求人情報の更新のお知らせ、富山県内の各所の紹介などが行われている。

 

 

<平成27年度事業>

 

○とやまで就職!UIJターンプロジェクト(予算:950万円)

 東京圏で、就職相談ブースと住まいの相談ブースを設けた合同企業説明会を開催。平成27年は、ものづくり系や情報通信系企業などを中心に44社が参加している。Uターン希望者だけでなく、移住希望者なども対象にしている。同プロジェクトでは社会人を対象にしたUIJターン講座も開催。

 

 

○首都圏等企業人材確保事業(予算:125万円)

 民間就職支援会社に委託をして県外の大学を訪問してもらい、県内企業の魅力をPRするもの。

 

○働き盛りUターン促進事業(予算:50万円)

 県内の高校同窓会の協力のもと、県外就職者(2535歳)にUターン就職情報を提供している。提供している情報としては、イベントの開催予定や地元で話題の企業の紹介などがある。従来は学生メインの事業が多かったが、この事業のように、社会人をターゲットにしたものにもこれからは力を入れていく。

 

Uターンフェアインとやま(再掲)

30歳の同窓会inとやま(再掲)

○「富山県Uターン就職ガイド」の作成・配布(再掲)

○「元気とやま!就職セミナー」の開催(再掲)

Uターン人財マッチングの促進事業(再掲)

Facebookページ「富山県Uターン・移住応援ページ」での情報発信(再掲)

 

 

 

第四節 この章のまとめ

Kさんはもともと教員志望であった。地元の富山大学でも教員免許を取ることは可能だったが、教員養成課程が充実しており、かつ受験科目が少なく確実に入れるであろう東京の某私立大学を受験した。大学12年当初は東京で就職することも考えていたが、一度は東京で就職した姉が富山に戻る姿を見て、自身もUターン就職を意識し始めた。その後、東京の物価の高さや待機児童問題など、あらゆる点を考慮した結果Uターンを決意した。Uターン決意後、Kさんは地元に長期滞在する形で就職活動を行っていた。頻繁に往復するよりは大分費用は抑えられたものの、それでも交通費だけで8万円はかかっている。また、大学の授業に関してもかなり休んでいると考えられる。

Kさんは「Uターンフェアインとやま」や東京で開催される富山県企業の企業説明会に参加するなど、富山県の情報面での支援制度は比較的利用していたようだった。しかし、東京〜富山間の無料バスは行程の辛さから利用を断念している。また、その他の支援制度も全く利用していない。

 富山県のUターン就職支援策を見てみると、東京や大阪に加え名古屋や石川でもセミナーを開催していることや、Uターン情報の窓口が東京、大阪、名古屋の3か所に開設されていることなどからも、次章で取り上げるNさんの地元である新潟県や、Mさんの地元である石川県に比べ、Uターン支援地域の範囲が格段に広いことがわかる。また、「元気とやま!就職セミナー」のように、学生だけでなくその保護者を対象にしたイベントや、「30歳の同窓会inとやま」のように他地域に就職してしばらく経過した人たちがふるさと富山に集うことでUターンを意識するようになるというようなイベント、「とやましごとカフェ」のようにUターンに興味があるもの同士が集まって、実際のUターン経験者の話を聞くイベントなど、情報提供の仕方が様々であるように思われる。様々な情報提供の形があることで地元富山の情報に触れる機会が多くなり、Uターンを意識し始める人が多くなるのではないだろうか。

 しかし、情報提供という面では充実している一方で、富山県は石川県と同様、Uターン希望者の経済的負担を軽減させるような支援はほぼないといえる。大都市圏と富山を往復するバスツアーになると期待されていた「とやまビジネスリサーチin JAPAN」も、最終的には富山県内のみを運行する企業見学バスツアーになり、Uターン希望者は集合場所まで自費で行かなければならなくなっている。