第六章 考察

 本章ではこれまでの分析をもとに、パパネットがどのような団体であるのか、そして男性運動という視点で捉えたときにこれまでのものとは何が異なるのか考察を行う。


 

第一節 パパネットにおけるネットワーキング機能の実践

 本節では先行研究において重要視されていた石井(2013)の「父親のネットワーキング機能」がパパネット内でも似たような取り組みがなされていたことから、パパネットでどのような狙いの下に実践されていたのか考察を行う。

 

第一項 パパネットにおけるネットワーキング機能

 石井の「父親のネットワーキング機能」と同様の考えを、パパネットの運営においても非常に重要視していることが調査から判明した。パパネットは、育児を通した繋がりを作りにくい父親たちがパパネットを通じてコミュニケーションを取れるようになることを狙って運営をしているが、その狙いは十分に成果を得られていると考えられる。それは利用者へのインタビューを調査からも分かる。岡本さん、櫻井さんはパパネットが会社や学校ではない全く別のコミュニティであり、その空間を居心地が良いと感じている。ふとパパネットに立ち寄りたくなるような環境を作ることは、ネットワーキング機能のメリットである父親の孤独感の解消につながっている。そして山窪さん、加美さんが語った、育児についての話を仕事以外でもすることできるため、多くの父親たちから育児の知識や思いを共有することができている。これもネットワーキング機能の1つであり、パパネットが知識や思いを共有できる場であることが伺えるため、パパネットにおいては父親のネットワーキング機能が非常に効果的に働いていると考えられる。会員がパパネットにポジティブな感情を抱き、居心地の良さを感じる理由の一つは、ネットワーキング機能が充実していることに求められるだろう。

 

第二項 「なんかいいよね」という語り

 ネットワーキング機能が充実し、父親がパパネットに居心地の良さを感じていることは調査から分かったが、櫻井さんがパパネットの居心地の良さや対人関係の良さを「なんかいいよね」と語ったことには何が関わっているのだろうか。「なんかいいよね」と櫻井さんに感じさせる要因について考察を行う。

「なんかいいよね」と感じる要因として考えられることとして、筆者は4点考えている。一点目は代表・副代表という肩書を持つ運営者が自然体で活動を行うことによって、利用者である父親たちが上下関係によるストレスを感じずにフラットな人間関係を構築することができていることだ。会社では上下関係を気にしてしまいストレスを抱える父親もパパネット内では気にする必要がないため、パパネットに足を運ぶことに対するマイナス思考が生まれにくい。むしろ同じ目線で話し合え、親しくできる父親たちが集まる環境は、悩みや不安を持つ父親たちが身を寄せ合う場としては非常に適した環境であることが考えられる。

そして二点目は、パパネットが活動を行う上での最重要事項の1つである、「メンバーにイベント等への参加を強制しないこと」だ。パパネット以外にも、仕事や家庭など大事にしなければならないことがたくさんある中で、パパネットで活動してもらうためにはこのように重要事項として運営が意識することで会員たちは活動に関わりやすいのではないだろうか。欠席しがちな会員がいた時に「あの人は休みがちで全然活動に関わってくれない」といった感情を見せてしまうと、休みがちな会員は余計に参加しづらくなってしまう。忙しい中でも、ふとした時に立ち寄りたくなってしまうような環境や、いつ行っても温かく迎えてくれるような環境を意識して作ろうとしていることが会員にも伝わっているからこそ、居心地の良さを感じているのではないだろうかと考えられる。

三点目は、パパネットが子どもの年齢による参加対象を設けていないという点だ。あさがお広場は未就学児を持つ親が対象であるが、パパネットにその対象はない。あさがお広場と密接に関わっていることから未就学児を持つ父親の人数は多いが、子どもが小学校に上がった後でもパパネットから卒業ということはない。幅広い世代の子を持つ親が混在する空間のメリットについて第四章第三節でも言及したが、いろんな世代の友達ができる子どもへのメリット、そして問題解決を図る場にもなり新たな育児の手法を取り入れる場にもなる父親たちへのメリットが味わえる空間は珍しいのではないだろうか。筆者がこのような対象制限のない空間が「なんかいいよね」と感じられるようになる要因として考えているのは、同じ年齢の子どもを持つ父親ばかりの空間だと子どもの成長や、他の家庭との比較をしてしまうことが父親によってはストレスになるのではないかと考えられるためだ。子どもによって成長の速さは異なり、家庭によって事情は違うため育児や家事においてできることも異なるが、どうしても他と比べてしまい、それがストレスに繋がることもあるのではないだろうか。そのような時に多くの世代が集まっていると、すでに経験した先人たちからのアドバイスやいろんな家庭の話を聞くことができる。「自分だけじゃない」と感じられることは父親を孤独感・疎外感から救う非常に有効な手段であると考えられる。

4点目にNPが考えられる。NPは、これまでの三点よりも特に「なんかいいよね」に繋がる重要な取り組みだと思われるため、次項で詳しく考察を行う。

 

第三項 NPの効果

筆者はNP、そしてそれに繋がるパパナイトのように父親同士でコミュニケーションを取る機会を多く設けていることが「なんかいいよね」と感じさせることと、パパネット特有のネットワーキング機能であると考えている。これは第二項で述べた他の3点には無い目新しい取り組みであると筆者は考えている。父親同士がコミュニケーションを取り合うことを重視しているパパネットはネットワーキング機能が充実していると第一項で言及しているが、具体例がまさにNPとパパナイトである。

パパネットに入ったからと言って突然赤の他人の父親とコミュニケーションを取るといっても簡単ではないだろう。そしてそのコミュニケーションによって、父親同士が仲良くなることと知識や思いを共有するということはより一層難しいはずだ。しかしパパネットは、パパナイトを始め父親たちが集まる場においてそのコミュニケーションを当たり前のように行っている。それはNPのような、見知らぬ父親たちが集まりテーマに沿って「必ず話し合わなければならない」空間を作り上げているからではないだろうか。それはファシリテーターによって、議論に参加できない父親がNPでは存在しないようにしていることも重要だ。ファシリテーターは議論が円滑に、そして参加できていない父親が生まれないように全員意見を述べ、議論に参加できるように指揮を執っている。輪に入れていない、話したくても話せていない父親がいたら、議論の流れに上手く乗りながら、「あなたはどう思う?」「あなたはどのようにしているの?」と自然な流れで、ファシリテーターが話を振っているので、議論が円滑に進むようだ。こうして、たとえ見知らぬ人の中でも自分の意見を言える環境を作り上げていることがNPの効果であり、全部で6回のプログラムの中で当たり前のように自分の意見を発言する習慣が出来上がっているのではないだろうか。したがってNPを経験した父親は、パパナイトのような普段のイベントの中でも自分の意見を述べることができる。そして父親同士でうまくコミュニケーションができるからこそ、パパネットの空間において居心地の良さを感じ、対人関係も良好であると感じられるのではないかと考えられる。NPによるコミュニケーション能力の向上によって普段のコミュニケーションが円滑に進められているこの環境が、パパネットにおけるネットワーキング機能が充実している要因であると筆者は考えている。


 

第二節 「子どもとパートナーのために」という視点

本節では、パパネットをこれまでの男性運動団体と比較したときに大きな違いとして考えられる「子どもとパートナーのために」という視点について考察を行う。これまでの、メンズリブのような男性運動団体の活動は、「男性たちの解放」という男性が自分たちを苦しみから解放するために、自らの活動で自分たちを救おうという目的のもと活動していた。しかしパパネットの活動が男性運動団体と同じであるかというと、決してそうではない。自分たちの家事・育児のスキルアップという目的ももちろんあるが、そのスキルアップによって家族を助けよう、パートナーをケアしようという目的がある。そこで本節は、そのような「家族」を意識した取り組みに焦点を当てて、その具体例からパパネットの活動意識についての考察を行う。

 

第一項 仕事と育児のバランス

 調査結果から興味深い語りが見られた。それはパパネットに参加して育児や家事の経験が仕事に役に立ったかという質問で、何かしらの形で仕事に役に立っていると分かったこと挙げられる。多賀(2006)は仕事に縛り付けられて家庭に関わることができない父親が多いと述べており、仕事と育児・家事の両立は非常に難しく、それが問題であるとされていた。それは男性の職場が育児・家事と隔絶されており、育児・家事に関わろうという行為が職場では「悪」とされていることからも考えられる。しかしパパネット会員への調査の結果必ずしもそうではないように思われる。もちろん、職場において家庭に関わりやすい雰囲気が生まれ始めたということも大きな要因であるかもしれない。しかし家事・育児への意識が生まれた結果、仕事に良い影響を与えるという考えは先行研究では見られなかったため、男性運動団体としての新しい考え方であるのかもしれない。

 中でも特に筆者が注目したのは疋田さんの語りである。

 

 疋田:仕事に役立ったこと、残業しないで早く帰ろうかなーって思うこと()(中略)なんか時間あるとだらだらと残業してってなっちゃうけど、子どもがいると早く帰ってあげて風呂入れてあげたりとか考えたら早く帰らんなんってなるし、そうすると昼間の仕事も能率よくなるかなって、そういう意識。

 

 仕事と家庭の両立の難しさとして、どちらかが忙しくなってしまうことで片方がないがしろになってしまうことであると考えられる。しかしながら疋田さんは家庭への意識が逆に仕事の能率を上げていると語っている。仕事と家庭という二項はどうしても足を引っ張り合うと考えてきたが、育児・家事への意識が仕事に良い効果をもたらしているということがよく分かる語りだ。家庭への意識が仕事においてよい効果をもたらす、という考えは先行研究における「家庭に関われない葛藤」とは正反対だ。疋田さんのように、うまく両立している父親もいることが分かった。しかしこのように仕事と家庭をうまく両立できる人がパパネットにいるのはなぜだろうか。それはおそらくパパネットが常日頃から子どもとパートナーのことを考えた取り組みをしているからであろう。パパネットの意識について、次項で詳しく考察を行う。

 

第二項 「家族」を意識した活動

 前項でパパネットメンバーが家庭と仕事を両立できているのは、パパネットが常日頃から家族を意識して活動しているからだと言及した。それを裏付けるものがまずモットーだ。パパネットのモットーである「自分を高めて、ママをケアして、子どもと楽しむ」だが、注目すべきは男性だけの成長だけでなく家族に還元できるようにしようという意図が組み込まれていることだ。このモットーに準じた活動は、パパネットの取り組みを見れば一目瞭然だ。家族みんなで参加できるキャンプや、妻のいない日の食卓を支えられることを目的とした料理イベント、そしてパパナイトやNPなど父親同士でコミュニケーションを取る場ではパートナーとの上手な付き合い方や子育てについての議論が飛び交っている。パパネットの活動が「家族」を巻き込んだものであることがよくわかる。

 また料理教室が会員の妻からの要望で実施されたことや、パパネットへの加入ルートがあさがお広場の利用者である妻からの勧誘という部分にも「家族」を意識しているのではないかと思われる。これらの要素は活動のきっかけに「家族」であること、また目的が「家族」のためであるというところからもパパネットのモットーのように「家族」も巻き込んだ活動の一環であるように考えられる。このように随所にパパネットの活動モットーが伺える。

 このように男性自身だけではなく、家族を巻き込んだ男性運動はこれまでにはまったくと言っていいほどないだろう。第六章で比較分析を行ったメンズリブも、活動スタンスにはパートナーのケア、子どもとのふれあいといった内容は一切なかった。ここでメンズリブとパパネットの大きな違いは、男性の「男らしさからの解放」という男性単一の視点だったものが、自身だけでなく同時に家庭に対する視点も重要視していることであると考えられる。メンズリブが「男性による、男性のための運動」であるならば、パパネットは「男性による、家族のための運動」だ。共働きの夫婦が増え、メンズリブの時代よりも男女が性別関係なく育児・家事を行うことが当たり前になりつつある現代ならではの新しい男性運動団体として、パパネットを位置づけることができるのではないだろうか。

 パパネットへの調査、そして分析と考察を行ったことで、パパサークルの存在が父親によい影響を与えることが分かり、今後の可能性についても考えることができる。「家庭」という、まだ男性が踏み込み切ることができない領域に入るために、父親を同じコミュニティに迎え入れ積極的にコミュニケーションを取らせること。そして目的を持って、父親が「家庭」においても活躍することができるように活動をすること。この2点ならばおそらく多くのパパサークルで実践されている取り組みであるように考えられるが、父親の集まりにおいて「家族のために」という視点が入っているサークルは決して多くはないだろう。父親自身のケアももちろん大事だが、家族を巻きこんで家族のために成長するというスタンスが、父親への負担ではなく逆に良い影響を与えていることも判明した。今後のパパサークルには「男性のためのサークル」だけではなく、「男性と家族のためのサークル」という視点が組み込まれていくと、男性だけではなくその家族にも良い影響を与えるのではないだろうか。パパネットの活動は今後パパサークルに求められている視点を組み込んだ、非常に先進的で斬新な取り組みである。パパサークルをより充実したものにさせ、父親が「家庭」に入り込んでいくための取り組みんでいくための可能性をパパネットは示しているのではないだろうか。