第五章 会員から見たパパネット

 第四章ではパパネット運営側はどのような意図で運営を行っているのかを中心に、活動の実態を分析した。それではパパネットを実際利用する会員はパパネットの考える目的や活動の意図をどれほど体感できているのだろうか。そこで本章ではパパネットの会員の方に行った調査をもとに、父親たちは何を望んでパパネットに参加したのか、パパネットのどこに魅力を感じているのか、彼らにとってパパネットはどのような場であるのかを明らかにする。

 

 


 

第一節 パパネット参加のきっかけ

 まず初めに、会員それぞれにパパネットに参加したきっかけは何だったのか質問を行った。会員の多くはパパネットに加入する前に一度イベントに参加し、そこでパパネットの良さを体感したことでパパネット会員になるというパターンのようだ。そのイベントを知る手段としては奥様、もしくは知り合いがあさがお広場の利用者であるため、その人らからパパネットのイベントを紹介してもらうというものが多い。櫻井さんも、パパネットの魅力を知ってもらうためにはイベントに参加してもらうことが一番有効であると考えていた。実際に参加することでパパネットの雰囲気やイベントの内容に興味を持っていただけるため、参加のきっかけとして試しにイベントに行ってみるという会員が多いようだ。そのようなイベントの中でも特に、イベント終了後に会員になる人が多いものがNPである。メンバーの中でも古参である櫻井さん、濱谷さん、岡本さんは初めて行われたNPに参加したことをきっかけに横山さんとパパネット立ち上げのメンバーになっている。そして疋田さん、山窪さん、加美さんは2度目に行われたNP参加後にパパネット会員になった。パパネットの魅力を体感するイベントの中でもNPは特に参加者に伝わりやすく、パパネットを表しているイベントなのではないかということが参加のきっかけから推測することができた。

第二節 パパネットの魅力

 父親たちがパパネットのどこに魅力を感じているのか、パパネットの良さはどこなのかを会員の方に質問を行った。

岡本さんは男親ならではの「ヤンチャ臭さ」が魅力であると語っていた。以下が岡本さんの語りである。

 

 天野:パパネットの活動の中で一番魅力的だと思うのはどのようなところですか?

岡本:基本お父さんならではのヤンチャ臭さがあるところ()多少やっぱり外出て体動かしたり、面白い体験してみたりっていうのはやっぱり男親独特の感性っていうのがそこにあると思う。お母さんだけでそういう企画があるかって言ったら、あんまり多分ない。例えば今度10月にキャンプをしよう。じゃあお母さんたちが集まってる中でそういう話が出るかって言ったら、多分あんまり出ない。日曜日のお仕事体験も、お父さん、まあお母さんも働いている人多いけど、どんな仕事してるんやろうとか、実際体験してみたらどんなものがおもしろかったっていうのはやっぱり、なかなか、うん…どういったらいいんだろう。体験するって言ったら変やけど。

天野:アクティブなって感じですか?

岡本:まあイメージの話ですけど()どっちかっていうと。小学校の役員とかもやってるんで、お父さんのお父さん会みたいなのも入ってるんですけど、やっぱりお父さん企画するものとお母さん企画するもの。お父さんやりたいこととお母さんやりたいことってやっぱりそれぞれ違いがあるんで。

 

パパネットのイベントはキャンプを始めとし、岡本さんが語ったような体を動かすイベントが多いように思われる。これは父親独特の感性であり、父親だからこそ思いつくようなイベントであるのではないかと岡本さんは語っていた。運営側として櫻井さんに、このような「男性ならでは」を打ち出したイベントを意識しているのか質問をしたところ、特にその意識はしていないと語った。その意識に縛られてしまうとイベントも限定されてしまうため内容は幅広く行っているが、このような「ヤンチャ臭さ」が感じられるのは男性が精神的に子どもと近しい面があるからではないかと考えていた。パパネットは父親だけでなく子どもが楽しめるようなイベントも実施しているため、その際には子どもが汗だくになりながら思いっきり体を動かせるような内容を思いつくことができるのは父親独特の感性なのではないかと櫻井さんと岡本さんは語っていた。

パパネットのコミュニティに関して、櫻井さんはパパネットの魅力は会社でも学校でもない新しいネットワークができること、そしてそこで新しい友達ができることが魅力であると語っていた。櫻井さんのパパネットにおける父親同士の関係性についての語りが以下である。

 

櫻井:なんか、近いからこそ言いにくいとか、あとは子どもたちの同級生のお母さんお父さんだから言いにくいってこともあって。でもパパネットあさがおのメンバーたちっていうのはその学校とか幼稚園での関わりっていうのはほとんどなくて、バラバラなんですよ。なので、要はなんていうんですかねー。自分が恥ずかしいなってことでも、あとはちょっと友達とかに言ってしまったら空気が重くなってしまうようなことでもなんでか不思議と話してしまうっていう、そういうのは確かにあります。参加して体験してもらうと分かるんやけど、なんかいいよねって()どう表現したらいいか分からんけど、あえて表現するなら「なんかいいよね」。

 

櫻井さんはパパネットのネットワークの関係性を表現するときに「なんかいいよね」としていた。ただ父親が集まることができるコミュニティというだけでなく、ちょうどいい距離感だからこその魅力がパパネットのネットワークの特徴なのではないかと考えられる。近すぎる関係性だからこそ言いにくいことが言い合えることや、失敗談・恥ずかしい経験でも似たような境遇の父親が集まっているからこそ話すことができる環境であることがパパネットという空間の一番の特徴であるのではないかと推測できる。そしてなんでも互いに話し合えるようになると、パパネットという空間に居心地の良さを感じる。ちょうどいい関係性であることがストレスを感じさせないため、会員としても過ごしやすいのだろう。

過ごしやすい環境を作るために運営として何か特別な取り組みをしているのか。これについて横山さんの語りがある。以下がその語りである。

 

天野:会員の方からよく居心地の良さを感じるっていうお話を伺うんですが、運営のお二人として月に一回の活動のなかで居心地の良さを感じてもらえるために何か特別なことはしていますか?

横山:ない()

(中略)

横山:そらみんなと同じよ。こういう雰囲気でみんなと話す。

櫻井:自然体よ。なんか、イベントだからって変に構えると、俺が俺じゃないからね、そこで()俺のまんまみんなに接するし。そんな別に。

横山:いろんな事業が始まってしまえば代表なんて関係ない。みんなね。

濱谷:代表は代表って感じじゃないもんね。みんなメンバーみたいな。

 

語りから見られるように、特別な取り組みは特にないと語っている。代表、副代表と気を張ってしまうと会員もそれに釣られて気を張ってしまうため、役職など関係なくフラットな関係性にしていることが読み取れる。組織や団体に属してしまうと上下関係はつきものであるため、ストレスを感じる場合が多いと考えられるが、上下関係を極力作らないように努め、会員全員がストレスなく交流し合える環境というのは、パパネットに居心地の良さを感じる大きな要因の一つであるように考えられる。

もう一つ、パパネットの居心地の良い環境づくりに大きく関わっていると考えらえるNPがあるが、NPについては次節以降で分析する。

パパネットの活動が仕事で役に立つことが魅力であるという語りも得られた。山窪さんは櫻井さんと同様に、仕事以外に育児や家事の話ができることが魅力であると語っていたが、特に山窪さんはライフプランナーの仕事をされているので、日ごろから育児や家事の話を訪問先ですることが多い。その中で仕事とは別で育児の話ができるパパネットがあることによってより幅が広がると語っていた。このように育児の話に幅が広がると、仕事の時に訪問先で持ちかけられた悩み相談などの解決策が得られることもあるようだ。

このようにパパネットでの活動が仕事において効果を発揮することもしばしばあるようだ。他の会員からもパパネットで活動していたことが仕事においても役に立った経験があるという語りが見られたが、詳しくは第五節において取り上げる。


 

第三節 幅広い世代に対応できるパパネット

パパネットの特徴の一つでもある、子どもの年齢による対象制限が設けられていないことは、パパネット内において父親の年齢も幅広く混在することになる。あさがお広場が未就学児が対象であることからやはり大多数の子どもの年齢は0歳から5歳であるが、それを超えてすでに子どもが小学校に上がった父親も少なくはない。イベントになると、最年長で12歳ぐらいの子どもも参加することがあるそうだ。

岡本さんはこのように幅広い世代の人間がいることは、親子双方にプラスの働きをしていると考えている。まず子どもにとってのメリットは、同じ年齢の子どもだけではなく、上にも下にも様々な年齢の子どもがいる特殊な空間によって学校や保育園・幼稚園とは異なった環境になり、そのような歳の離れた友達ができることがよい刺激になるということだ。そして父親にとってのメリットは、現在進行形で育児をしている父親が悩みや不安を抱えている時に、すでに子どもがその年齢を超え自分が同じような経験をしたときに下の世代の父親に経験談としてアドバイスをすることができることだ。同世代の父親同士では解決策が見つからないときでも、上の世代のすでに経験した父親であれば解決できることが多いため、問題解決には非常に有効であるようだ。そして下の世代の父親たちが実践している育児・家事の手法を、上の世代の父親たちが初めて知ることもあり、新しい取り組みとして下の世代から教わることもあるようだ。このようにして父親同士で先人から経験を学び、新人から新しい手法を教わることができる環境は、年齢制限がないパパネットならではのメリットであると、岡本さんは語っていた。

また幅広い世代の父親が集まっていることによって、世間の育児に対する価値観の変容が見られたと櫻井さんと岡本さんは語っていた。お二人から上の世代は性別役割分業観のはっきりしていた世代であったため、子どもの世話をするために仕事を休むことや早退をすることに対して、職場の上司から理解を全く得られなかったようだ。しかし、パパネット内で下の世代の父親から話を聞くと、共働きが増えたことから男女関係なく育児に関わることができるようになりつつある世代になろうとしているようだ。それでもまだまだ育児に関われない父親が多いため、櫻井さんたちは彼らの支えになり、より育児をしやすい環境を作るための先駆けになる必要があると語っていた。岡本さんは以下のように語っている。

 

岡本:自分らがどんどん歳食ってって、下の世代を見んなんってなったときに、うちの会社でもそうなんだけども、じゃあ子育てをする世代を見た時に自分らが通ってきた道を分かってあげれるかどうか()逆にそういう環境を作ってあげなきゃいけない世代になってきてると思うんで。

 

職場の問題であるため、職場環境の改善ももちろん不可欠だが、パパネット内で悩みを抱える若い父親たちに寄り添えるかどうかも重要であるように考えられる。そのような場合にパパネットのように、多くの世代の父親が集まっていることで悩みの解決や情報共有に役立つ空間になっていると考えられる。


 

第四節 NPがもたらす効果

 第二節で説明したように、パパネットを居心地のよい環境にしている大きな要因として考えられるものとしてNPを取り上げたが、パパネットではどのようなNPが行われているのだろうか。過去2度の開催でファシリテーターを務めたのは、子育て財団の方である。1度のNPで全6回、6週連続で金曜日の夜に開催された。1回目は2回目以降の計5回のプログラムで何をテーマに話すのかを参加者同士で決める。決定したテーマは育児関連や夫婦関係のものが主であったようだ。そして2回目以降は決められたテーマに沿って参加者同士が自由に意見を言い合う。ここでファシリテーターの仕事は議論を円滑に進めること、そして議論に参加できていない参加者に上手く話を振って、全員が議論に参加できるようにすることである。

 このような内容のNPであるが、大きな特徴は出会って間もない参加者同士でテーマに関して話し合うことだ。知り合いならまだしも、知り合ったばかりの人と話し合うことには抵抗があるかもしれないが、そのような中で自分の思いをしっかりと他の参加者に伝え、逆に他の参加者の思いを聞く。この話し合いを行うことで回を重ねるごとに参加者同士が仲良くなって、議論が白熱するようだ。また、育児や奥様との関係について話し込む機会は少ないので参加者にとっても刺激になるようだ。家庭内に関する話は、父親同士で話すときにも恥ずかしさがあるためなかなか話しづらい部分がある。しかしNPにおいてテーマを設定することで、参加者全員がテーマに沿った話をすることになる。自然と普段話しにくいテーマであっても、参加者全員が同じ内容で話すことができるので、話しにくい家庭の話もできるようにしているのだろう。他の家庭では育児をどのようにしているのか、夫婦関係を良好にするために何をしているのかを聞くことができ、アドバイスをもらえる機会になるので情報共有にも最適なイベントである。

 NPにはパパネット会員だけでなく、会員ではない父親も参加している。NPで他の家庭の父親と思い切り話し合うことができ、情報共有することができた経験は参加者がパパネットに対してよい印象を抱かせる。パパネットによい印象を抱いた参加者がパパネット会員になる場合が多いようだ。今回調査を行った櫻井さん、岡本さん、濱谷さんは最初に行われたNPに参加し、後のパパネット設立に関わったメンバーであり、二度目に開催されたNPに参加した山窪さん、疋田さん、加美さんもその後パパネット会員になっている。そしてNPでお互いに深く話し合えたことによって打ち解けることができたからか、NP参加者はパパネット参加率も非常に高く中核的なメンバーになっている。NPに関する櫻井さんの語りが以下である。

 

 天野:お互いがしっかりと話し合うことによって仲良くなるというか、それによってパパネットの参加頻度も高くなるってことにつながるんですかね?

櫻井:なります。やっぱりそこで仲良くなることによってやっぱ知らない人ばっかりの所に一人でひょっこり飛び込むって、けっこうできない人多いじゃないですか。(天野:そ うですよね。)でも、その6回の間一緒に話をしてきたってことで気づいたら仲良くなってたというか、次こういうイベントやるで遊びに来てよーって僕らが声かけると、おーいくいくー!ってけっこうくてくれるんで。

 

 このことからも、NPによって父親同士で話し合い、情報共有を行うことができることは後のパパネットにおいても作用し、パパネットにおいてもパパナイトのように同様の活動が行うことができるということから居心地の良さや、良い印象をもって活動ができるのではないだろうか。


 

第五節 パパネットに参加したことで仕事によい影響を与えるのか

 パパネットに参加したことで、仕事によい影響を与えるようなことはあるのだろうか。これについて会員の方に質問をしたところ、それぞれ良い影響を感じる部分があると語っていた。櫻井さんは自身の職場環境を変えることができたと語った。以下がその語りである。

 

 櫻井:その、うちらの年代の上司って学校行事に参加したことない、って平気で言う年代の人ばっかりなんだわ。で同じように俺も言われて。幼稚園行事行きますって言ったら、そんないかんでもいい、儂そんなん行ったこともないって。でもそう言われたら、そうですかでも僕休みます、って言っていたら周りの同僚も休んで行ってくれるようになって。そしたら上司も、今そんな時代なんやって気づいてなんも言わんくなった。誰かが言わんとね。そういう意味では変わったかなあ。みんな遠慮なく子どもの行事に休んで行ってくれるようになったから。それはパパネットに参加していろんな話を聞いたうえで、やっぱりそうやって誰かがやらんなんって気づいたことで行動に移せたところもあるから。

 

職場の上司が性別役割分業観のはっきりした人で、父親が子どもの授業参観に行くことや保育園に迎えに行くことに対して理解を示さない人であるために困惑していたが、パパネットで櫻井さんと同じ境遇の父親がいることを知り、なんとかする必要があると思ったようだ。そこで自分から行動を起こし、上司に何を言われても授業参観に行くことや保育園へ迎えに行くといったアクションを起こしたことで、職場内で櫻井さんに続く人が増えたようだ。パパネットで同じ境遇の父親がたくさんいて、彼らの話を聞いたことで行動を起こすきっかけが生まれたと語っていた。

 ライフプランナーである山窪さんと個人を相手に営業を行う加美さんは、その職業柄仕事での訪問先で育児や家事の話をする機会が非常に多い。そのような時にも自身がパパネットに参加し、積極的に育児・家事に関わるようになったことや、いろいろな家庭の話を聞いたことによって会話が弾むことが増えたと語っていた。

 疋田さんは残業をせずに早く家に帰って、家庭に関わろうという意識が芽生えたと語っていた。以下が疋田さんの語りである。

 

疋田:仕事に役立ったこと、残業しないで早く帰ろうかなーって思うこと()

一同:大事!()

疋田:なんか時間あるとだらだらと残業してってなっちゃうけど、子どもがいると早く帰ってあげて風呂入れてあげたりとか考えたら早く帰らんなんってなるし、そうすると昼間の仕事も能率よくなるかなって、そういう意識。

天野:なるほど。より効率よくなりますよね。

濱谷:早く帰るためにいかに効率よく仕事やるか考えるっていうのはよく皆さん言われますよね。

 

以前までは残業をして家に帰るのが遅い日が多かったが、子育てへの意識が芽生えたことで日中の仕事効率を上げて、残業をせずに子どもと関わる時間を増やそうという意識が強くなったようだ。子育ての意識が強くなったことで、逆に仕事の効率が良くなったようだ。濱谷さんの語りから、仕事の効率を上げて家に早く帰ろうという意識を持つ人は多いようで、家事・育児が一概に仕事との両立を妨げる要因になるとは限らないと推測できる。

 濱谷さんはいろいろな父親の話を聞いているうちに、子育てと部下の育成に共通点があるのではないかと気づいたと語っていた。人を育てるということで同じ側面があるのか、子育ての話を聞いたことが部下の育成にも応用できる部分があることを感じたようだ。

 調査の結果、あらゆる面で育児・家事への意識が芽生えたことが仕事に役に立っていることが判明した。育児・家事というのは仕事の両立とは難しいため対極にあるものであるように考えがちであるが、プラスに作用する面があるということが調査から判明した。

 先行研究で言及したような男性運動団体は、男性を「仕事からの解放」「仕事に打ち込む男性像からの脱却」という観点で、仕事と家事・育児を切り離したものであるという考えが強かったが、パパネットはこの観点とは異なるものであることがうかがえる。仕事においても育児・家事経験が役に立った、パパネットでの活動が役に立ったという経験は重要な観点として第六章で考察を行う。