第二章 先行研究

第一節 父親の育児参加の現状

 最初に男性の育児参加の現状を図る指数の一つとして、男性の育児休業取得率を参考にする。平成27年度雇用機会均等基本調査では、平成25101日から平成26930日までの一年間にパートナーが出産した男性のうち、平成27101日までに育児休業を開始した男性は2.65%であった。また同期間に育児休業を開始した女性は81.5%であることから、世間的に男性の育児参加は注目されているものの、いまだに主に育児をするのは女性であり男性はあまり関われていない、もしくは関わるとしても部分的であるということが推測される。

多賀(2006)は男性が育児に関わりきれない原因として2点を挙げている。まず1点目にいまだに男性が仕事や職場に依存していることである。男性自身が育児に関わろうと考えていても仕事の都合で関われないことや、そのために妻からの期待に応えることができないという現実が男性に葛藤を与えていると多賀は主張している。2点目は経済的な要因だ。世帯収入の大部分が夫に依存している家庭もまだまだ多いので、男性が育児休業を取得してしまうと家計に与えるダメージが非常に大きくなる。男性が育児休業を取得した場合に支払われる「育児休業給付金」は、現在育児休業開始から180日までは育児休業開始時賃金月額の67%(181日目以降から50%)であるため、育児に専念するためには十分であるとは言えない。加えてここ数年の経済状況の悪化も加味すると、男性が育児休業を積極的に取得することには躊躇いが生じるのではないだろうかと考えられる。

 先ほどの2つの要因に加え、多賀は男性の育児参加者そのものが少ないということによる問題も発生していると述べている。育児休業取得率からも分かるように、現在の日本ではいまだに男性が積極的に育児休業を取得して育児に励むという風潮が根付いていないために、職場においても「育児休業は男性が取るものではない」という考えが残っている。そのため、男性が育児のために休暇や早退をすると職場の目が気になることや昇進などに関する懸念も生じるため、ますます育児に参加しづらくなることが考えられる。

 

 


 

第二節 父親サークルの必要性

 「男は仕事、女は家庭」という日本の性別役割分業観は、男性を職場や仕事に縛り付けてしまい、家庭や地域から疎外させ、居場所を失わせてしまった。居場所が無くなった男性は家庭や地域よりも仕事において居場所を確立させようとしてしまうため、ますます育児への参加機運が停滞してしまう。そのような事態を防ぐためにも男性が積極的に育児に関わることで家庭や地域に居場所を作り、存在を確立することが重要であるとされている。大元(2010)は男性の育児参加のメリットとして、地域において存在を確立することで「地域の大人」という自覚と、それに伴って「生きているという実感」を味わえることを挙げている。そして父親が、子どもが生きるためのルールやコミュニケーションを学ぶ相手としての存在を確立することが出来ることもメリットとして主張している。また当然、地域で生きていくということは他の家庭の父親や母親たちとのつながりも生まれてくるため、居場所の確保とともに自分自身の子育て体験について語り合うことができる仲間ができる。このようなつながりが生じることを石井(2013)は「父親のネットワーキング機能」と呼んでいる。父親サークルもこのネットワーキング機能のひとつであるとされている。父親サークルのメリットは、居場所がなかった父親たちが交流を始めることでその居場所を確保し孤立させないこと、そして彼ら自身の経験を語り合うことで育児に関する知識や思いを共有する場を設けることができることだと考えられている。

ネットワーキング機能を充実させるためには、子育て期の父親が地域行事に子どもと一緒に参加することや、PTAやそれに準じた活動に父親として参加することが求められると石井は述べている。しかし現状として身の回りに父親同士の交流の場や、交流経験のある父親が少ないということがイクメンサポート研究会(2013)の調査で判明している。父親が交流を始めるきっかけの特徴として職場や趣味がきっかけとなることが多く、子どもが交流のきっかけになるケースが少ないことが原因だと考えられている。しかし父親たちが交流を希望していない訳ではない。そもそも交流の機会や、交流ができる近隣施設が不足しているために、父親たちから交流の機会を作ってほしいという要望があったとしても、その要望に応えることが出来ていないことも現状問題として浮上している。

 


 

第三節 求められる父親支援

第二節において、父親を支援する方法の一つとして父親サークルについて言及したが、それ以外にもイクメンサポート研究会(2013)は父親への社会的・精神的サポートが不足していると述べている。父親サークルは父親同士が交流することで精神的な支えあいや、地域に自分の存在を確立することができるといった社会的・精神的なサポートを行うことができるが、そのような環境はいまだ整っているとは言えない。

それでは父親サークルのような交流の場を作り、彼らをサポートするためには何を行えばよいのだろうか。イクメンサポート研究会(2013)は、職場や趣味での繋がりではなく地域における父親ネットワークを拡大することと、地域の近隣施設を利用するなどの地域での活動が重要であると考えている。近隣施設を父親に知ってもらい利用してもらうためには父親がどのような育児支援を望んでいるのか、どのようなプログラムを行えば参加してくれるのかということを把握し、企画化することが求められる。大元(2010)は、父親向けに行われる育児支援の取り組み内容が、「子どもと一緒に遊ぶ・作る・食べる」というものが一般的であるため、父親に直接具体的な育児や家事の手順や方法を指導するような取り組みも織り交ぜていくことが必要だと主張している。取り組み内容だけでなく、施設の存在やイベントを外部に知らせる活動も必要である。それによって施設やイベントに興味を持った父親が参加することで、育児に関する知識を得ることができるだけでなく、父親同士の交流の輪が広がっていくのではないだろうかと考えられている。

 


 

第四節 男性運動

第一項 性別役割分業観の衰退 

「男は仕事、女は家庭」という性別役割分業観が日本では長年根強く残っていたため、男性が家庭に進出する機会は十分に受け入れられるものではなかった。しかしこの価値観は近年になって変容が見られている。その理由として佐藤・武石(2004)は3点挙げている。1点目に男女の考え方が変化したことを挙げている。女性が結婚・出産後も働くことを望むようになったことや、男性も家事・育児をしたいと考える人が増え、従来の性別役割分業観を支持する人が減少した。2点目は核家族化の進行や、地方から都市へと人が流入したことによる子育てネットワークの減少が挙げられる。核家族化によって子どもにとっての祖父や祖母のような存在がいないため、子育てができる人が少なくなった。そのため母親のみに負担をかけさせないために父親も育児や家事をシェアするという考えが共通認識になったことを挙げている。3点目に少子化対策の考え方を女性の働き方の見直しという点ではなく、男女の働き方の改善が根本的な少子化対策につながるという考え方に変更したことである。

 以上のような要因もあり、次第に価値観が変容したことで男性も従来の「男らしさ」に縛られず、生きたいように生きることを目指して運動を行うようになった。この運動は男性運動と呼ばれている。

 

第二項 男性運動の起こりと特徴

 男性運動のルーツは1970年代半ばとされている。多賀(2006)は、当時の男性運動グループの多岐に渡る主張や活動を、アメリカにおいて男性運動の見取り図を策定したMA・メスナーの3つの視点に分類を参考にしている。その3つの視点が「男性の制度的特権」「男らしさのコスト」「男性内の差異と不平等」という視点である。それぞれの視点についての多賀のまとめは以下の通りである。

1)    男性の制度的特権

集団としての男性は、集団としての女性の犠牲によって制度的に特権を享受しているという側面。「男の子育てを考える会」や「育時連」「じゃおクラブ」は、家事や育児の責任が女性の社会的地位の向上を妨げる要因として、女性がその責任を担わなければならないという制度を見直し、男性もその責任を積極的に果たそうとして活動している点から、男性の制度的特権に焦点を当てている。

2)    男らしさのコスト

先に言及したような制度的な特権を男性が維持するために「男らしさ」に抑圧され、規範に従わざるを得ないという側面。先に挙げた「男の子育てを考える会」や「じゃおクラブ」は、育児や家事をすることで男性自身の人間性の回復や権利を手に入れることができることや、家事能力の向上によって母親が体調不良などで家事ができない場合などの危機的状況に備えることができるようにするための活動もしていたことで、「男らしさのコスト」からの解放を目指していたことも伺える。

3)    男性内の差異と不平等

男性内にも様々な人がいるため、少ないコストで多くの利益を得る人もいれば、多くのコストを支払いながらも利益が得られない人もおり、そのような差異の解消を目的に活動するという視点。「父子の集い」や「アカー」のように、父子家庭や同性愛者といった「少数派」の抱える問題に焦点を当てたグループが当てはまる。

 

第三項 メンズリブ

 第二項で初期の男性運動グループには3つの視点があり、グループの趣旨も多様であったと言及したが多賀(2006)はその後の男性運動についても言及している。1990年代になると彼らは「男性運動」と一つの枠組みに括られるようになった。そして90年代半ばから後半にかけて男性運動の中心を担い、男性運動の代名詞のように見なされる「メンズリブ」が起こる。メンズリブは1991年に京都・大阪で創設された「メンズリブ研究会」の創設メンバーの多くが女性運動との関わりを持っており、その経験が会の創設に大きく影響していたことから、日本の女性運動に対する日本の男性の反応として独自に形成されたという側面が強いと多賀は主張している。

 メンズリブの特徴について多賀は、3つの視点の一つである「男らしさのコスト」をこれまでになく明確に打ち出したことだと言及している。メンズリブ研究会や、1995年に開設されたメンズセンターの創設メンバーである伊藤公雄(1996)は、多くの男性問題は「男らしさ」による抑圧や「男らしさ」の理想と現状のギャップが男性に否定的な結果をもたらしているという点で共通していると言及した。その解決を「男らしさ」による抑圧からの解放によって自分らしく生きるという方向に見出した。

 メンズリブを中心に男性たちの運動は1990年代後半に脚光を浴びたが、21世紀に入って彼らの勢いはなくなったと多賀は言及している、その原因として第一に男性運動が提起してきた問題意識や活動が、メディアや行政の政策を通じて浸透したことにより、存在価値が低下したことを挙げている。第二に、運動に参加する男性たちの間で問題意識や目指す方向性の多様化が顕在化したことを挙げている。

 

第四項 男性運動の活動カテゴリー

 男性運動がどのような活動をしてきたのかということに関して、多賀(2006)はメンズリブの活動を4つのカテゴリーに分類して言及している。

 

A,メンバー自身の問題解決を図るためにメンバー同士が直接コミュニケーションを行う「話し合い」。自分ひとりだけで抱え込んできた問題や悩みを他者と分かち合うことで 

傷ついた心を癒すことや、参加者同士の語り合いを通じて固定的な男女の役割や生き方にとらわれてきた自分に気づき、そのとらわれからの解放へ向けて変化するために互いに助け合うことを目的としている。この「話し合い」はグループによっては「ピア・カウンセリング」や「井戸端会議」など言い方は多様であるが、ほとんど同じ内容の活動を行っている。

B,メディアを通じた間接的なコミュニケーションによってメンバー同士で情報交換を行い問題解決を図る活動。内容としては機関誌の発行やEメールの配信などが挙げられる。

C,メディアを通じた間接的なコミュニケーションを通してグループのメンバー以外の人々に問題意識を訴えることや、活動への参加を呼び掛けるなどの取り組み。内容としてはホームページの開設や出版物の刊行が挙げられる。加えて新聞や雑誌のコラムなどの執筆も行われる。

D,グループのメンバー以外の人々と直接コミュニケーションを行って問題意識を伝えることや、人々の変化を促す活動。これにはイベントやワークショップの開催が当てはまる。このような場では他のグループと問題意識や活動の成果を分かち合うという活動も行われている。

 

 以上がメンズリブの主な活動である。多賀はメンズリブの活動を、活動が直接的か間接的か、活動の働きがメンバーに対するものかメンバー外にものかという2つの軸で説明している。つまり上記におけるABが対極であり、CDが対極になっている。まとめるとメンズリブの活動は、あらゆるコミュニケーションや時にはメディアを利用しメンバー同士の問題解決を図る一方で、グループ外への働き方も同時に行っていることが分かる。第四章ではメンズリブの4つの活動を元に、調査を行った活動団体がどのような活動を行っているのか分析を行う。