第二章 先行研究

本論文では、アイドルのファン研究のなかでも、ジャニーズアイドルファンに焦点を当てている論文を先行研究として参照する。今回参照する論文では、ファンがアイドルに対して「疑似恋愛関係」を求めているとしているものと、そうでないものがあった。

まず、疑似恋愛関係を求めているものとして、徳田真帆の研究(徳田,2010)がある。徳田は、ジャニーズファンが新たなファン仲間を求める際に、その人が自分と「同担」か否かという点だけではなく、自分の親しい友人と「同担」か否かという点にも注目しているという。それはつまり、新しく友人となる人物は、自分と「担当」が異なり、さらに自分の以前から親しくしている友人とも「担当」が被らない方が好ましいということである。このように、自分と「同担」の人物を排除しながら交友関係を広げていこうとする傾向が多く見られるということの理由を、ファンにとって「担当」は、恋人のような存在であり、「同担」が存在するという、自分の恋人が他の女性の恋人でもあるという事態が許しがたいものであるためだとしている。そして、自分の友人の「同担」を極力遠ざけることも、友人の恋人が友人とは別の女性の恋人でもあるという状況を憎む、「女の友情」とみることが出来るという。徳田によれば、「恋愛に似た感情を伴って、自分と「担当」を同一化してしまうほどに、ファンたちは「担当」に対して非常に強い親近感を抱いている」のだ。

これに対して辻(2012)は、担当制について、「同担禁止から禁止担へ」という変化が見られると述べている。「同担」は同じアイドルに対する感情がぶつかり合う嫉妬の対象であり、それを避けたファン同士で、互いの「担当」のアイドルを褒めそやしているほうが余計な競争や衝突を避けられる、という「同担禁止」から、事前に自分のファン仲間の「担当」を拒絶し、仲の良いファン仲間の内だけでアイドルグループを見ている方がよい、という仲間内の関係性を円滑に保つことを最優先とする「禁止担」へと変化した、と説明している。1990年代のSMAPファンが、自分という「当事者」とアイドルとの間の疑似恋愛関係に重点を置き、それをサポートするために「同担」を回避したのとは違って、2000年代の嵐ファンは、ファン同士の関係性を円滑に保った上で、メンバー間の関係性を「観察」するようなふるまいに重点を置いているとしており、これが次に述べる「当事者から観察者へ」という考えにつながる。

(2012)は、アイドルのファンが、2.5次元の疑似恋愛関係の「当事者」から、アイドル同士の関係性の「観察者」に遷り変ったという。いわばディープな「当事者」として深くかかわるのではなく、むしろ一定の距離を保った「観察者」としてゆるやかにかかわりつつ、同時にファン同士でも「空気を読んだ」コミュニケーションを円滑に保持し続けるような現象が見られるのである。

また、コミュニケーションや文化のありようが時代状況とともに進化や変容を遂げていく中で、結果的に「観察者化」というアーキテクチャが選びとられることになったという。時代変化の中で少しでも自己の存在感を確かなものとするには、何かに熱狂的にハマることよりも、目前のコミュニケーションを円滑に保持したほうがベターであり、3次元のリアル世界であれ、2.5次元や2次元であれ、そこにリジッドに向き合い、熱狂するほどの価値が置かれなくなりつつあるからこそ、『観察者化』が進んでいると述べている。

(2012)、徳田(2010)ともに、ジャニーズアイドルのファンが「同担」を避けて友人関係を形成していくという「同担拒否」について述べている。それでは、同担拒否を行うファンたちは、どのような理由、意図を持ってそのような行動をしているのだろうか。また、徳田(2010)はファンがアイドルに対して恋愛と似たような感情を抱くとしているが、それに対して辻(2012)は、ファン同士のコミュニケーションを大切にするとしている。それでは、実際のファンたちは他のファンとかかわる際にどのような行動をとっているのだろうか。本調査ではこの点に注目して調査を進めていく。