第四章 若者が行っているいじり――「不本意ないじり」と「快適ないじり」――

第一節 若者がいじりと認識する行為                       

 若者は具体的にどのような行為をいじりと認識しているのだろうか。以下はインタビュイーが実際に受けたいじりの具体例である。

 

 (前提として、谷崎はBさんが梅が苦手であることを知っている)

谷崎:おう。ありがと。じゃあ今度梅干のおかし持って来るから食べてね。

Bさん:いや、私本当に梅干駄目だから。

谷崎:そっか。じゃあ梅のグミにするね(笑)。

Bさん:そうゆうことじゃなくて(笑)。そう、こんな感じ。こうゆう感じのやりとり。

谷崎:こうゆう感じのやりとりが楽しいの?

Bさん:楽しい。

 

Bさん:出っ歯でしょ?天パでしょ?服がださいでしょ?喋り方おかしい、歩き方おかしいでしょ?あ、専門(学校)行った時に恐竜歩きとかって言われた。

谷崎:ああ、でも分からなくもない。なんかBはちょっと前かがみで歩くからね。

Bさん:そうそう。そんな感じのいじりがあります。

谷崎:それでBはどう返してるの?

Bさん:あれかなー・・・恐竜歩きって言われた時は、いつもより協調して出っ歯出しながら、恐竜歩きでドスドス歩いて、(みんなの)気を引いて笑ってもらう感じ。

 

 上の語りでは、Bさんは梅が苦手であると分かっているにも関わらず、Bさんに梅味のお菓子を食べるように勧めるいじりが行われている。これはBさんが嫌がることを無理やりさせようとしているため、無茶振りといえる。下の語りではBさんの容姿や動きについてからかわれているため、からかいといえる。Bさんの語りから、いじりには無茶振りとからかいの二種類があることが読み取れる。しかし無茶振りにおいては行為を強要しているものの、いじられる側がどのような反応を返すのかが重要視されており、その行為を実際に行うかどうかはあまり重要視されていない。実際上の語りにおいても、Bさんは断るだけで梅味のお菓子は食べていない。そのため無茶振りは行為を強要するものの、からかいの派生という意味合いが強いのではないだろうか。このことから、若者はからかいをいじりであると認識しているといえる。

 

第二節 いじりといじめの区別

 前節で、若者はからかいをいじりと認識しているとした。からかいは、相手が困ったり怒ったりするようなことをして、おもしろがる行為である。そのため、いじめにもこの定義が当てはまっているのではないだろうか。そこでこの節では、若者がいじりといじめを区別しているのかについて分析を行う。

 

Aさん:中学の時は嫌だったよ。

谷崎:あ、そうなん?

Aさん:とりあえず私にふっとけば、リアクション芸を求められている感じ(笑)。リアクションが一番オーバーだったのが私だったから、とりあえず私にふっとけみたいな感じ。

(中略)

Aさん:(高校の時のいじり方は)いじるってゆうより、ネタをふってやり返される感じ。大概やり返される。(笑)

谷崎:一連の流れみたいになってるね。

Aさん:そうそう。大概私の敗北で終了するんだけどね。

谷崎:でもそれが楽しいんでしょ?

Aさん:うん。割といい感じの会話のキャッチボールがあった。

 

谷崎:高校の時もいじられてたんですよね?例えばどんないじり方があったんですか?

Cさん:いじられてたってゆうよりは、ほとんどいじめられてたんだけどさ。

(中略)

谷崎:大学の時も先輩からいじられてたんですよね?(Cさん:うん。)でもそれは嫌じゃなかったんですよね?

Cさん:嫌じゃなかった。

 

 Aさんは中学時代にいじりを受けていた。そのいじりは、からかいに対してAさんが面白い反応を返すといった内容であった。Aさんはこのいじりに対して「嫌だった」と述べていることから、このいじりを受けることは不本意であったと考えられる。またAさんは高校時代にもいじりを受けていた。しかしこのいじりに対してAさんは「楽しかった」と述べていることから、このいじりを受けることはAさんにとって不本意ではなかったということになる。

 一方Cさんは、高校時代に受けたいじりを「ほとんどいじめだった」と表現している。「いじめ」という表現から、このいじりがCさんにとって不本意なものであったことが読み取れる。しかし大学時代に受けたいじりに対しては、「嫌じゃなかった」と述べている。このことからCさんは、このいじりを否定的には捉えていなかったといえる。

 上の語りより、若者はいじりを「快適ないじり」と「不本意ないじり」の二種類に区別していることがわかる。「不本意ないじり」はAさんCさん共に否定的に捉えていることから、いじられる側にとって不快に感じるコミュニケーションであると考えられる。さらにCさんの語りから、「不本意ないじり」をいじめと同一視していることがわかる。一方「快適ないじり」の方では、いじられる側がコミュニケーションを楽しんでいるため、いじめ関係にあるとは考えにくい。このことから若者が実際に行っているいじりには、「不本意ないじり」と「快適ないじり」の二種類が存在しているといえる。

 

第三節 「不本意ないじり」

 この節では「不本意ないじり」について分析を行う。インタビュイーの語りから、「不本意ないじり」には三つの特徴があることがわかった。

 

Aさん:からかう時はからかうだけみたいな。こっちの都合は全然考えてくれない。こっちがすごく落ち込んでる時もいつもと同じ格下扱いだったから。

 

 Aさんはあらゆる状況でいじりを受け続けてきた。それはAさんが落ち込んでいる時も例外ではない。Aさんが本心では、今はコミュニケーションをとりたくないと思っていても、相手がAさんのことをいじりたいと思えば、いじりを受けていた。

 つまり「不本意ないじり」の特徴の一つ目として、特にいじりの開始においてはいじられる側の意思は無視され、いじる側の意思のみが考慮されてコミュニケーションが行われていることが読み取れる。

 

谷崎:嫌だなって思った時に「嫌だ」って伝えた?

Aさん:伝えた。伝えたけど、それがリアクションみたいになっちゃうんだよね。やめろよギャグ、あるいはフリ。

 

谷崎:「止めて」ってその人に言ったの?

Bさん:言ったよ。言ったけどあの人は聞かなくて。あの人からすればフリかと思ったんじゃないかな?

 

 Aさんはいじりを「止めてほしい」といじる側に直接伝えた。しかしいじる側は、Aさんの発言をいじりに対してのリアクションと捉え、Aさんの本心ではないと解釈した。Bさんの場合も同様である。

 このように「不本意ないじり」の特徴の二つ目として、いじられる側が止めてほしいと伝えても、いじりは止まらないことが読み取れる。

 

Aさん:中学の時はキャラが変わらないのよ。いじられだったらいじられしかない。いじられることしかない。100%いじられキャラみたいな。

 

谷崎:高校の時はCさんが相手をいじることってあったんですか?

Cさん:ほぼゼロだね。印象に残ってることないから。相手と関わりたくなかったから、相手のことをいじろうとは思わなかった。

 

 Aさんはいじりが行われている間は、いじる側といじられる側の立場が逆転したことがない。Cさんにおいても同様であった。Cさんの場合は、いじる側とコミュニケーションをとる機会を減らすために、いじる側といじられる側の立場を逆転させるという考えを持ってすらいなかった。

 このことから「不本意ないじり」の特徴の三つ目として、いじる側といじられる側の立場が固定され、入れ替わらないことが読み取れる。

 

第四節 「快適ないじり」

 この節では「快適ないじり」について分析を行う。「不本意ないじり」で挙げられた特徴が、「快適ないじり」ではどのように変化しているのだろうか。

 

Aさん:(高校の時は)弱ってる時に気遣ってくれる。弱ってる時までいじってこないってことかな。

 

Cさん:皆に話してた悩みとかは、時間が経って解決した後でいじるようにしてた。

 

 Aさんが落ち込んでいる時などの精神的に余裕が無い場合は、いじる側がいじりを自粛していた。

 またCさんの語りは、Cさんが相手をいじる時に気をつけている点について語ったものである。Cさんはいじられる側が不快に感じないよう、配慮を行っていた。その配慮の一つとして、いじられる側が悩んでいる時にいじることはせず、その悩みが解決した後でいじるようにしていたことを挙げている。

 そのため「快適ないじり」では、いじりの開始時点でいじられる側の精神状態が最も重視されていることが読み取れる。

 

Aさん:フリのつもりで「止めてよ」って言う時と、本当に止めてほしい時とがあるんだけど、本当に止めてほしい時はあの人たちは引いてくれることが多かった。いじられてて私の様子がおかしかったら、他の人達が止めてくれることも多かった。

 

 Aさんがいじりに対して「止めてよ」と反応を返すのは、いじられるためのフリとしてと、本心から止めてほしいと思ったときの、二種類があった。Aさんが本心から止めてほしいと思い「止めてほしい」と伝えていた場合では、いじる側がそのいじりを止めていたことがわかる。またAさんが「止めてほしい」と伝えなくても、Aさんの様子を見てそのいじりを続けるか判断していた。

 そのため「快適ないじり」では、いじられる側が止めてほしいと伝えるもしくは思った場合、いじる側はそのいじりを止めることが読み取れる。

 

Aさん:高校の時は反撃できるいじられキャラだったから。いじられキャラでした、比較的って感じ。

 

谷崎:逆にCさんが先輩をいじったことはあるんですか?

Cさん:うん。例えば鼻が高かった先輩に「先輩、鼻取れますか?」って聞いたりしてた。やられつつ、やり返しつつみたいな。

(中略)

谷崎:どうゆう人に対していじったりしていたんですか?

Cさん:冗談が通じる人とか。普段俺のこともいじる人とか。ノリが通じる人だね。

 

 Aさんは「快適ないじり」であった高校時代でのキャラを、「反撃できるいじられキャラ」と表現している。「反撃できる」とは、自分がいじる側に対していじりを行うということを、意味していると考えられる。

 Cさんは自身がいじられる側の立場である時も、いじる側に対していじりを行っていた。逆にCさんがいじる側の立場となった場合、自分のことをいじってくる人や、いじりの内容が冗談であると通じる人に対して、いじりを行っていた。これはCさんがかつて「不本意ないじり」を受け、不快に感じた経験が基になっており、相手をいじりで不快な気分にさせないための配慮をしていると考えられる。いじる側といじられる側の立場を固定させないために、自分をいじる人を選んでいじりを行っているのではないだろうか。

 このことから「快適ないじり」では、いじる側といじられる側の立場が固定されず、容易に入れ替わることが読み取れる。