第五章 考察

 本稿では吉田(2004)が述べた「晩婚化・晩産化は仕事と家庭がトレードオフの関係にある状況の中でぎりぎりまでキャリアを追求した結果だとはいえないだろうか」という主張をもとに、現代を生きる女性がキャリアを形成していく過程におけるどのような考えがぎりぎりまでキャリアを追求させるのかについて調査をした。そしてAさんの事例において、就いた職で「一人前」になるために自分のキャリアを積んでいきたいという仕事に対する意欲や、「一人前」になるまでに数年間の連続したキャリア形成が必要になる場合、そのことが結婚や出産の時期を遅らせる要因となっているということが明らかとなった。ゆえに吉田(2004)の「晩婚化・晩産化は仕事と家庭がトレードオフの関係にある状況の中でぎりぎりまでキャリアを追求した結果だとはいえないだろうか」という主張には基本的には賛成である。

 ただし吉田(2004)は、正規雇用に就いた女性に限定をして分析を行っているが、キャリアの追及については正規雇用での就業継続に限定されないということを指摘できる。というのも、Bさん、Cさんのようにキャリアに関する一貫した自立的な自己イメージを抱いている場合、そのことに対して結婚、出産は必ずしも相性の良いものではない可能性があるからである。また、劣悪な労働環境のため転職を余儀なくされることや、Bさんのように出産をすることが難しい体であるといったことも、女性がぎりぎりまでキャリアを追求する要因となりうる。

第四章第二節では、現代において結婚や出産というライフイベントを経験することが、女性の就業にどのように関係しているのかについて調査した。Aさん、Cさんにおいては、Aさんは教師、Cさんは介護士という専門性がある職種で、安定した雇用環境にいたため、スムーズな仕事復帰を果たすことができた。しかしCさんにおいては、出産前の仕事の時間的形態と出産後の生活リズムが合わなくなってしまったことにより離職することになった。またDさんは、第一子出産のときも第二子出産のときも、出産を機に離職を余儀なくされるという雇用環境にいた。Dさんは派遣社員やパートという非正規雇用労働者であり、いわゆる「いつでも取り換えがきく」立場で厳しい扱いを受けていた。Cさんには短時間勤務のような柔軟な働き方が、Dさんには育児休暇などの制度があれば働き続けることができた可能性があるため、出産後も女性が働き続けられるような働き方を社会的に見直す必要がある。そのような見直しもされず、出産のたびに就労を一から考え直さないといけないという状況は、女性にとってコストのかかることであり、そのことが出産の時期を20代において引き延ばしたり出産回数を抑えたりする背景要因となったりする可能性をも含んでいるのである。

 次に本稿では、藤田(2015)も先行研究として取り上げた。この研究で藤田は、就業継続者は仕事と子育てを両立させるための経済的資源が豊富であり、子育ては決して楽ではないが、親族に預けることを前提に居住地を選定することができると述べている。一方で再就業者は仕事と子育てを両立させるための経済的資源が乏しいため、有償サービスを避ける傾向にあり、また居住地の選択肢も限られると述べている。

 この研究に対して本研究は二つのことを示すことができる。一つ目は、就業継続者でも親族のサポートを期待できない居住地の選定があるということである。これは本研究におけるAさんが該当する。Aさんは親族からのサポートが得られないという状況の中、職場からのサポートを得ていた。ただし職場からのサポートについて第一子を出産し仕事復帰した当初は、生徒や同僚に対して申し訳ないという思いを強く抱いていた。このようにAさんは職場からサポートを得ることに対して葛藤していたが、「働く母親なら誰しも通る道である」と考えを変えることや、自分が職場からサポートを得た分、今後はサポートする側に回ろうという考えに至ることでジレンマ状態から向けだすことができたのであった。ゆえに職場からのサポートを得るにしても、葛藤の解決が必要とされるのである。

 二つ目は、再就業者でもDさんのように親族との同居などの居住地の選択や、Bさんのように有償のサービスの活用が見られるということである。ただし有償サービスの活用についてはBさんのように自分からファミリー・サポートという制度を見つけて活用したり、ファミリー・サポートの協力会員で相性の良いところを積極的に探して利用していったりするような、育児ネットワークを形成していくための行動力が必要であるということが条件なのである。

 これらのような育児サポート資源を調達し、子育てネットワークを形成することに成功すれば、キャリアの形成にもつなげることができ、第二子以降の出産にも前向きになりうるが、そうでなければ出産には消極的になるだろう。子育てのサポートと出産との関係は雇用形態という観点一つをとっても複雑で単純な類型化は出来ないこと、また、どのようなパターンにおいても女性にとっては第二子以降の出産についても躊躇や引き伸ばしの要因となるハードルが存在しうるということ、これらのことが、本論文が提出する知見である。