第三章 調査概要

 

第一節 インタヴュー調査概要

 30代で第一子を出産した4人の女性を対象に以下のようにインタヴュー調査を実施した。

・Aさん 第一回 20141114

     第二回 2015122

     第三回 20151115

・Bさん 第一回 20141226

     第二回 201525

     第三回 20151211

・Cさん 第一回 2015427

     第二回 20151124

・Dさん 第一回 2015427

     第二回 20151210

 


 

第二節 調査対象者の特徴

厚生労働省の人口動態統計によると、日本人の平均初婚年齢は2012年で夫が30.8歳(対前年比0.1歳上昇)、妻が29.2歳(同0.2歳上昇)と上昇傾向を続けており、結婚年齢が高くなる晩婚化が進行している。1980年には夫が27.8歳、妻が25.2歳であったので、ほぼ30年間で夫は3.0歳、妻は4.0歳初婚年齢が上昇していることになる。

さらに、出生したときの母親の平均年齢をみると、2012(平成24)年の場合第一子が30.3歳、第二子が32.1歳、第三子が33.3才であり、前年に続いて第一子出産年齢が30歳を超えた。

 資料:厚生労働省「人口動態統計」

 この統計データと今回調査を行った対象者を比べると、Bさんは34歳、Cさんは29歳、Dさんは29歳の時に結婚しており、初婚年齢としては平均的もしくは晩婚に当てはまっている。第一子の出産については、Aさんは30歳、Bさんは34歳、Cさんは30歳、Dさんは30歳である。また第二子の出産については、Aさんは32歳、Bさんは36歳、Cさんは35歳、Dさんは33歳であり、こちらについても平均的もしくは晩産であると言える。

 


 

第三節 調査対象者のプロフィール

第一項 Aさんのプロフィール

 現在33歳で夫は35歳。25歳の時に結婚し、子供は3歳の長男と1歳の長女の2人。住まいは富山県内にあり、4人で暮らしている。Aさんの出身地は石川県で、夫は富山県である。

 

Aさんは大学卒業後の22歳の時から現在まで同じ高校で英語の教師として働いている。高校の教師は、各学年のクラスの担任や副担任を任される。担任は自分が担当する科目を教えるだけでなく、そのクラスの生徒の進路指導などもしなければならず、主に教科だけを教える副担任より負担が重い。またその学年が習う科目を担当する教師の中で主任という仕事を任されることがある。主任として任される主な仕事は、教科書を決めること、高校入試の試験問題を考えることなどがある。特に入学試験の問題を考えることが主任としての一番大きな仕事であり、試験問題はミスがないことが大前提であるため、そこに主任ならではの責任の重さがある。またその教科での偏差値や模試などで生徒が結果を出すことも必要であり、主任になると仕事の量が多くなり忙しく、それぞれの教科の中で一番大事なポジションである。

Aさんは着任した22歳の時に3年生の副担任、23歳の時に1年生の担任、24歳の時に1年生の担任、25歳の時に2年生の担任を受けもった。この年にAさんは現在の夫と結婚した。

翌年の26歳の時に1年生の担任と英語科の主任の仕事を任されたのであった。その後27歳の時に1年生の担任を任され、この時に受け持った学年を卒業まで担当することができた。そして30歳の時に第一子を出産した。

Aさんは1年間の育児休暇取得後に仕事復帰を果たした。この時、仕事と育児の両立を考え、仕事の負担が重い担任ではなく副担任を受け持つ希望をだし、3年生の副担任を担当することとなった。しかし同時に英語科の主任の仕事を任されたのであった。

ここでAさんの育児を行う上でのサポートについて確認する。Aさんは核家族であり、子育てはまず第一にAさんがし、その次に夫がするというふうにAさんは考えている。Aさんの夫は製造業に就いており、時期にもよるが遅い時には12時ごろに帰宅することや、月に二回ほど土曜日に出勤することがある。そのため保育園の迎えや食事の用意、入浴、子どもの寝かしつけなどはほとんどAさんが行っているが、夫は保育園の送りなどできる範囲で育児に参加しているため、Aさんは夫の育児参加に対して肯定的にとらえている。また、Aさんの実家は石川県にありAさんの住まいから車で1時間半、夫の実家は富山県内にあるが車で1時間程の距離にあるため、Aさんは子育てにおいてお互いの両親に協力を得ることが難しい。

 

第二項 Bさんのプロフィール

 現在44歳で夫は42歳。34歳の時に結婚し、子どもは10歳の長女と8歳の次女と5歳の長男の3人。住まいは富山県内にあり、義父を加えた6人で夫の実家で暮らしている。Bさんの出身地は東京都。

 

 Bさんは高校卒業後の19歳から東京の建設会社の管理事務の仕事に正社員として4年間勤務していた。その後病院の受付の仕事に正社員として10年間就いていた。そしてその当時、週末には結婚式場から依頼を受け、趣味でもあったエレクトーンの演奏も行っていた。それと同時に、高校生の時からの夢であったエレクトーンの講師になる勉強も始め、ゆくゆくは受付の仕事を続けつつ仕事終わりに社会人に向けてのエレクトーンの講師になるということを目指していた。

 一方でBさんは34歳の時に結婚し、同年に第一子を出産した。夫の実家は家業を行っておりBさんの夫が家業を継ぐことになったため、出産後3か月でBさんも夫とともに富山県に移住することになった。そのためBさんは病院の受付の仕事を辞めることになった。

Bさんは第一子出産の半年後に派遣会社に登録し、4か月間一般事務の仕事をしていた。このとき長女は保育園に預け、週5日、9時から5時まで働いていた。そしてその後夫が本格的に家業を継ぐことになり山間部にある夫の実家に住まなければならなくなったため、Bさんは仕事を続けることが難しくなり、しばらくの間は仕事を辞め育児に時間を費やしていた。

第三子である長男が2歳になってからカルチャースクールの講師として活動するために勉強を始め、2013年からは本格的にカルチャースクールの講師として教室の運営を行っている。

Bさんの両親は東京に住んでいるためよっぽどのことがない限り育児の協力を求めることはせず、余計な心配をかけたくないと思い、相談もあまりしなかった。Bさんの夫は長男が生まれてからは育児に積極的になったが、それまでは協力してくれなかった。義父の育児への参加もまったくなかった。

 

第三項 Cさんのプロフィール

 現在40歳で夫は44歳。29歳の時に結婚し子どもは9歳の長男と4歳の次男の2人。住まいは富山県内にあり、4人で暮らしている。Cさんの出身地もCさんの夫の出身地も富山県である。

 

 Cさんは短大を卒業してから25歳まで、富山県にあるブライダル業の衣装店の接客業の仕事に正社員として就いていた。その時に知り合った社員の人からワーキングホリデーの制度について教えてもらい、もっと世界を広げたい、海外に行ってみたいという思いから衣装店での仕事を辞め、1年間ワーキングホリデーを利用して渡豪した。帰国後26歳の時に大阪府でテニスコーチのアルバイトをするも、半年で離職した。その後正社員としてしっかりとした職に就きたいと思い、富山県に戻り生花卸売市場で配達業の仕事に就くも、1年後に離職した。そして28歳の時に介護職に就職した。

一方でCさんは29歳の時に結婚をし、30歳の時に第一子を出産した。第一子の出産を機に育児休暇を1年間取得した。育児休暇中にカルチャースクールの講師として活動するために勉強をしていたCさんは、自宅で月に2回、カルチャースクールの講師として教室を開いていた。1年間の育児休暇を経て介護職に復職するも、月に2回の教室運営と月に2回、地域のカルチャーセンターからの教室の依頼を引き受けていたため、休みを利用して講師としての活動も続けていた。介護職としての仕事と講師としての活動の両立を1年間ほど続けたが、32歳の時に介護職を辞め、講師としての活動に専念するようになった。

35歳の時に第二子を出産する。Cさんは次男が生まれてから30日後くらいには、講師としての活動を再開していた。教室で講師として活動しているときは次男を教室の開催を依頼した保育園の先生や夫の両親に預けて活動をしていた。Cさんは結婚後、仕事を辞めている義父と義母のいる夫の実家で同居しており、2人の協力を得て子育てを行っていた。

そして36歳の時に夫の両親と別居し、夫と子供の4人で暮らしている。新しい住まいは夫の実家まで5分ほど、Cさんの実家まで30分ほどの距離に位置している。

 

第四項 Dさんのプロフィール

 現在32歳で夫は33歳。29歳の時に結婚し、子供は2歳の長男と現在妊娠中の子どもの2人。住まいは富山県内にあり、義父と義母を加えた5人で夫の実家で暮らしている。Dさんの出身地もDさんの夫の出身地も富山県である。

 

 Dさんは大学卒業後の22歳の時に眼鏡販売業に正社員として就職した。そして23歳の時に、友人の親が経営している不動産会社に正社員として転職した。その後24歳の時に派遣会社に登録し、受付事務として勤務していた。

一方でDさんは29歳の時に結婚し、30歳の時に長男を出産した。受付事務の仕事は長男の妊娠が分かってから退職した。長男を出産後3か月間は夫と子供の3人で暮らしていたが、夫の帰りが遅いため1人で子育てをしており、また金銭的にも苦しくなっていったため夫の両親と同居することになった。

 ハローワークは出産後8週間経ったら登録ができたため、Dさんは長男出産の8週間後にハローワークに登録した。その際に託児所がある職場を基準に仕事を探し始めた。その後登録はするも8か月間は託児所が併設してあるようなよい仕事が見つからず、8か月後に経験不要の薬剤師助手の仕事を見つけ、パート勤務として働きはじめた。子供は働き始めるときから勤務先の託児所に預けている。しかし以前の勤務先であった受付事務から、時間が空いているときに入ってくれないかとお願いされることもあり、受付事務として働くことも数回あった。

 第二子の妊娠が分かった時から薬剤師助手として働く回数は減らしていたが、その時期から受付事務の仕事が忙しくなり、お願いされる回数も増え、週に2回働くこともあった。

 子育てに対する協力については夫の両親と同居していたため、お願いすると義父と義母がみてくれた。夫の両親はお互いに現在も働いている。またDさん自身の実家も車で20分から30分くらいのところにあり、実母は専業主婦でもあったためDさんの実家にもよく子どもを預けている。