第二章 先行研究

 第二章第一節では、現在女性たちがどのような雇用環境に所属し、どのようなキャリア形成を行っているのかを明らかにするために、吉田(2004)の論文を取り上げる。また第二節では、彼女たちが第一子出産以降、どのように仕事と子育てを両立させ、第二子以降の出産につなげているのかも明らかにするために、女性の仕事と子育ての両立について語る藤田(2015)の論文を取り上げる。

 

第一節 ぎりぎりまでキャリアを形成しようとする女性の働き方

吉田(2004)は、個々人のライフイベントを加味した分析を行うことで、戦後の女性、とりわけ団塊の世代以降の女性が主婦化、社会進出していったのかを再考している。

戦前・戦中世代から「団塊の世代」まではM字曲線の谷が団塊の世代で最低の値となることから、専業主婦化が進んだという一致した見解が示されている。しかし団塊の世代以降についての女性の社会進出に対しては、社会進出が進んだとする見解と進んでないという見解に分かれている。M字曲線は年齢階級ごとの労働力率ではあるが、その値は個々人のライフコース段階を無視した集計値であるためこのような相違が生まれるのである。吉田(2004)は、結婚や出産を契機とした退職がM字のくぼみを作っている以上、晩婚化、晩産化、結婚・出産経験年齢の分散化によってもM字曲線の値底は上昇すると指摘している。また西村(2014)も、M字の谷間は就業継続者の増加以外にも、女性の晩婚化や非婚化によっても就業率は上昇しうるし、結婚や出産・育児による短い中断期間ののち、より早い段階で再就職することによっても浅くなりうると指摘している。以上のようにM字曲線が浅くなっていることは、ライフイベント経験と就業継続との関係や女性の就業キャリアの変化については語っていないのである。

これを受けて吉田(2004)は、個々人のライフコースを考慮したうえで「主婦化」のトレンドと「社会進出」への転換が確認できるかどうかを、総務省統計局「労働力調査」を用いて正規雇用に就いた女性に限定して再分析している。その際、仕事と子育ての「両立」の達成度、すなわち、@結婚時・出産時における、A正規雇用としての就業継続を社会進出の指標として独自に定義している。「社会進出」の趨勢については、結婚時の正規雇用継続比率は若い出生コーホートになるほど増加していたが、いっても30%を下回る程度であり、出産時の正規雇用継続割合はほぼ一定で推移していたため、「社会進出」が進んだとは言えないとしている。したがって団塊の世代をはさんで「主婦化」から「社会進出」へとトレンドが逆転したことも確認できないことになる。

このように個々人のライフイベント経験を考慮して職業経歴をたどると女性の社会進出が進んだとはいえず、むしろ女性のキャリア形成にとって結婚や出産といったリスク要因は依然として大きいことが浮き彫りとなった。そこで吉田(2004)は、M字曲線の底上げの大きな要因であると考えられる晩婚化・晩産化傾向に着目した。これまでみてきたように結婚時と比べて出産時の正規雇用継続率は高まっていなかったため、「晩婚化・晩産化は仕事と家庭がトレードオフの関係にある状況の中でぎりぎりまでキャリアを追求した結果だとはいえないだろうか」と吉田は述べている(吉田200468)。これはつまり、女性を取り巻く雇用環境が、キャリアを追求しようとすれば結婚や出産を断念せざるを得ず、逆に結婚や出産を選択すればキャリアを断念せざるを得ないという状況にあるということが考えられるのである。

以上から吉田は、仕事と家庭がトレードオフの関係にあるため女性がぎりぎりまでキャリアを形成していった結果、晩婚化、晩産化が進んでいると述べているが、実際に女性たちがどのような考えのもとそのような行動をとったのかは明らかにされていない。また、ぎりぎりまでキャリアを形成させるような要因があることも考えられる。


 

第二節 就業継続者と再就業者の仕事と子育ての両立

 藤田(2015)は、就業を継続した母親と再就業した母親にインタヴュー調査を行うことで、子育てをしながら仕事をするという局面をどのように作り上げているのかについて、両者の差異に着目しながら分析を行っている。本研究では郊外を中心とした、親世代との同居がほとんどない家族を中心として行っている。

 藤田(2015)は、出産や育児によって中断することなくそれ以前からの仕事をそのまま継続している母親たちを就業継続者と呼び、彼女たちの仕事と子育ての状況については、「習慣化した育児休業」、「育児する夫と親による両立サポート」、「両立のための豊かな経済的資源」という3点にまとめられると述べている。

「習慣化した育児休業」とは、女性が出産で産休や育休を取るということに関して職場ですでに先例があり、半ば習慣化していることをいう。そのためそのような職場で働いている母親は、職場に復帰するかどうかという問題と格闘することなく、順当に育児休暇を取得し仕事復帰できる環境にいる。また藤田が行ったインタヴュー調査によると、そのような職場で働く母親の中には、「子どものいる女性」として周囲から仕事と子育ての両立について配慮されており、退勤の時間になると声をかけてもらうことがあるという経験も語られている。

次に、藤田の研究によると、妻が就業継続者である共働きカップルの夫たちは、多くの場合家事や育児に積極的であり、夫婦は双方の親から日常的な子育てに対する支援を受けていた。また日常的な家事や育児の十分な関与を夫から引き出せなくても、近居ではない自身の親に電車に乗って保育園の送迎支援に来てもらったり、ファミリー・サポート・センターを利用したりする等の工夫も見られた。このように藤田は、仕事をしながら子どもを育てるカップルに対する人的支援を、仕事と子育てに関する「両立サポート」ととらえている。

次に、藤田が行ったインタヴューの協力者のうち就業継続者たちは、フルタイム・正規職が多く、また夫のほとんどが正規職であったため家計収入は比較的高かった。このように比較的豊かな収入は、子どもの保育園の利用、住まい、また仕事と子育てにおける両立のための各種のコストに惜しみなく投入される傾向にあった。その一つである住居の選定に関しては、仕事と子育てを両立させるために親族などのサポートが得られやすい場所を選定しているという特徴があった。

一方で再就業者は、多くの場合、夫の配偶者控除に影響せず自ら税金と社会保険料を負担しなくてよい年収103万までに収まるように就業調整されているケースが多く、藤田の調査対象者においても、103万に届かないような低い収入にとどまっていた。そのため就業継続者にみられるような、時間不足を各種のサービスを購入して代替したり、ファミリー・サポート・サンターなどの有償サービスを利用したりすることはあまり見られなかった。したがって再就業者たちは、仕事を始めたことで生じる負担部分である子どもの送迎や、子どもを保育園に通わせるための準備、保育園に通えない時の保育の手当て等、膨れ上がるマネジメントに一人で対処しなければならず、困難を極めていると藤田(2015)は語っている。

以上のように藤田は就業継続女性と再就業女性の仕事と子育ての両立について語っているが、主に育児サポートについて語っており、第一子出産後に彼女たちが自身のキャリアについてどのように考えているかについては記述されていない。したがって本研究では、結婚や出産後、彼女たちが自身のキャリアと子育てネットワークをどのように形成しているのかを調査する。また彼女たちがそれをどのように生かして第二子以降の出産につなげているのかについても明らかにしていきたい。