第二章 先行研究

第一節 コスプレの定義・歴史

「コスプレ」とは、コスチューム・プレイ(costume play)を起源とする和製英語である。近年は意味が拡大し、非日常的なファッションや仮装全般に対しても使用される。狭義においてのコスプレは、「アニメ・マンガ・ゲームのキャラクターやミュージシャンなどの衣装・ヘアスタイルを模し、その扮装を楽しむ行為」(齋藤2011: 89)である。コスプレを行う者たちは「コスプレイヤー」と呼ばれ、コスプレイヤーは自身を「レイヤー」と自称する。本論文では狭義の「コスプレ」の定義に当てはまるものを扱う。

 

篠宮(1998)は「コミケットのコスプレは、ある程度、コスプレ全体を見るうえでの指標になる。」(篠宮 1998:64)と述べており、ここから、コミックマーケット(以下コミケ)でのコスプレの歴史を振り返ることで日本におけるコスプレの歴史に触れることができると考えられる。以下では篠宮(1998)に依拠し、コミケでのコスプレを中心に、日本におけるコスプレの歴史についてまとめる。

 

そもそもコスプレは突発的に発生したものではなく、昔からある「仮装」のなかの支流である。1960年代の半ばから「アニメの仮装」が文化祭や体育祭で見られるようになった。特に1960年代後半から70年代にかけて、アメリカでのファンイベント「SFコンベンション」などが日本でも紹介されるようになった。そこでは「マスカレード(仮装舞踏会)」が行われ、SF作品の登場人物の仮装が行われていた。日本におけるSFファンイベント「SF大会」では、60年代末頃からマスカレードに影響を受け仮装したファンが現れはじめていた。

 

SF大会におけるコスプレは、1972年開催の「ミヤコン(京都)」あたりからショウアップが行われ、1975年頃から定着した。

一方コミケでは、1975年当時はフリルドレス、男装スーツ、ナチス系黒服などといったロック系のファッションが主流だった。1977年に『海のトリトン』のコスチュームを着た少女が現れ注目を集めた。1978年にはタツノコプロの協力を得たファンが『科学忍者隊ガッチャマン』のコスチュームで参加し、コスプレが徐々に広まっていった。1979年に起こった「ガンダムブーム」によりアニメファンが増加し、コスプレのショウ化、演劇性が強まっていく。

                          

1980年、雑誌『ファンロード』がコスプレ集団「トミノコ族」が現れたとする記事を掲載した。実際にはトミノコ族などは存在せず、映画宣伝企画だったが、その影響もありコスプレ人気が爆発する。

80年代前半から過度な露出、コスチュームを自宅から着てくるなどのコスプレイヤーの問題行動が見られるようになる。コミケでは1983年に館外でのコスプレが禁止となり、このころからコスプレ禁止の動きが大きくなっていった。1985年頃からコミケや参加コスプレイヤーに対しテレビ、新聞の取材が加わり始める。1985年には『キャプテン翼』が始まり、ユニフォームというコスチュームの手軽さからか、特に女性コスプレイヤーが増加した。一方、1988年頃からあまりのコスプレイヤーの低年齢化や過度な露出、マナーの悪さからコスプレを禁止とする同人誌即売会も増えていった。

 

1990年代にコスプレイヤー人口は増大し、コミケでのコスプレイヤー数は1991年に約200人、1994年に約6000人、1997年には約8000人を超えた。

1991年、美少女系同人誌に警察による摘発があった。この影響を受け、コミケから過度の露出に対し自粛の要請が出された。これはコスプレへの初めての外部からの圧力であり、これを受けコミケスタッフ内に「更衣室担当」を独立部署として設置した。1991年には更衣室、コスプレ広場が拡大した。またコミケカタログのコスプレに関するページが大きく増え、コスプレに関する注意事項の整理も行われた。これらの体制の改善について、篠宮はコスプレに“場”ができたと評価している。

1993年になるとマスコミもコスプレブームに注目するようになり、深夜番組などでコスプレが取り上げられるようになる。1994年にはコスプレイヤー写真集やビデオの発売、企業系によるダンスパーティーが大手のディスコで行われた。また、コスプレイヤーの増加に伴い撮影者も増加してきた。

 

以上が日本におけるコスプレの歴史である。元々はSF作品のファンイベントを起源とする。コスプレイヤーのマナーの悪さから同人誌即売会で禁止されたり、外部の圧力を受け自粛を要請される時代もあったものの、アニメ・マンガ人口の増加と共に同人誌即売会でのコスプレイヤー人口も増加してきた。ファンイベントを起源とすることからか、篠宮はイベントという「場」でのコスプレに注目しているようである。


 

第二節 コスプレプロセス

 メディアではコスプレイヤーがコミケなどのイベントで衣装を披露する部分のみが取り上げられることが多いが、イベント以外の場ではコスプレイヤーはどのような活動をしているのだろうか。

 宮本聡(2012)は、コスプレには連続的で循環したプロセスが存在し、このプロセスを循環することで「コスプレ」という文化実践が行われていると述べている。宮本聡の挙げるプロセスは、下の5つである。

 

@衣装を作る(買う)

A衣装を着用する

B写真を撮る・撮られる

C写真の現像・加工、共有・交換

Dホームページ・サイトの運営、インターネット上での交流

 

 以下では各プロセスについて簡単な説明を加える。

 

 衣装の入手方法は購入と制作の二つに大きく分けられる。購入する場合、コスプレ衣装はその専門店やオークションサイトを利用し入手することができる。また、業者や衣装サークルにオーダーメイドで衣装を注文することができる。制作する場合は既製服にアレンジを加える程度のものから自分で型紙をおこすものまで様々である。

 

 コスプレイヤーが衣装を着用し、写真を撮る・撮られる場面にはコスプレイベント、撮影会などが挙げられる。コスプレイベントとは、コスプレの撮影やコスプレイヤー同士の交流を目的としたイベントであり、主に土日祝日に開催される。開催場所は遊園地や公園、廃校やスタジオなどさまざまである。撮影会とはイベントに対して個人的かつ小規模なものを指す。撮影場所によりスタジオ撮影会、野外撮影会に大別される。イベントや撮影会では、複数人で同じ作品のキャラクターのコスプレをする「合わせ」が行われることも多い。

 

 イベントで撮影した写真は、被写体となったコスプレイヤーに渡すというのがコスプレイヤー間での暗黙のルールとなっている。撮影会においても参加者全員で写真を共有する。撮影した写真はより美しくなるように明るさを調節する、ほくろやシミを消す、瞳の色を変えるなどの加工を行う。

 

コスプレイヤーの多くが個人サイトやブログを持ち、コスプレ写真の投稿サイトに登録している。近年ではCure WorldCosplay、コスプレイヤーズアーカイブなどのコスプレイヤー専門のコミュニティサイトも登場し、前述した写真の受け渡しや撮影会参加者の募集もこのサイトで行われることが多い。現代のコスプレイヤーにとってインターネットの存在は非常に重要なものだと考えられる。

 

宮本聡の挙げる5つのプロセスの内2つが写真についてのものであることから、現代のコスプレイヤーはイベントという「場」よりも、写真撮影やそれを公開することを重視していることが推測できる。この5つのプロセスを元に、コスプレイヤーの活動内容を分類、整理し、撮影への取り組み方やコスプレ観について明らかにしたい。