第五章 中小企業における女性の活躍 ―その実態と今後―

 

 

第一節 中小企業の特性と制約

 

この節では、中小企業の特徴について、特性と制約に焦点を当てて分析する。

 

ここまで、4つの観点から中小企業での女性の活躍の実態について見てきた。分析を通して多くのことが分かったが、最も中小企業の特性を表しているのは、「ずっと同じ仕事をして昇進している」という事実である。一般的に「女性の活躍」というと、総合職のように色々な仕事を経験したり、あらゆるプロジェクトなどに携わったりしていくという、大企業での採用システムを前提としたものを考えがちであるが、そのようなものは今回調査した企業では見られなかった。どちらかというと、特定分野でのスペシャリスト志向が強いように思われる。基本的に入社時と同じ分野の仕事を何年も重ねることで、昇進の可能性は高くなる。この特徴こそが、中小企業に制度の整備が不必要であるということの裏付けとなるのだろう。また、ジョブローテーションに代わるものとしての協力体制、制度に頼らない柔軟な評価体制が、社員の仕事の適応力や仕事のモチベーションを高めていると考えられる。また、社員がのびのびと仕事ができる環境は、中小企業ならではのものだと言える。評価担当者との距離が近かったり、仕事ぶりを直接見ることができたりする環境、社員からの声や評価を実際に聞いたりできる環境は、人数の少ない会社だからできるものだと思われる。

 

一方、制約に関しては、ビルメンテナンス会社のDさん・Eさんは、コストの制約を挙げていた。経営状況が景気に左右されやすく、コスト削減の意識が重要であるようだ。また、清掃業は他社との価格競争が厳しい業界であることから、社員教育に力を入れるのは主に技術分野となっている。清掃分野では、定期的に清掃の研修会や勉強会などに参加している。また、Eさんによると、昔は本社業務・現場業務ともに新入社員に対する研修を3か月行っていたそうだが、現在では一週間程度になってしまっている。そして、サービスの提供価格も簡単に上げたり下げたりできず、いかに安定して利益を出すかが重要であるようだ。ゆえに、社員一人当たりの仕事量を増やし、効率よく仕事をこなして経営を進めることが一番の課題である。会社は深刻な人手不足も抱えており、新しい戦力の確保や将来のことを考えるというよりは、今の戦力を伸ばしたり、短期的な戦力をつないだりしてやっていこうという考えが優先されているようである。人材不足とコストの制約があるゆえ、将来の戦力を作ろうというところまで考えが行きにくいようである。

 

 

 

第二節 先行研究との照合

 

第二章でレビューした先行研究では、経営者の意識、ジョブローテーション、適切な評価、企業のさらなる向上への期待の4つを分析の観点とし、これらに軸を置いて分析を行ってきた。本節では、これらの観点と調査結果を照らし合わせていく。

 

まず、経営者の意識、適切な評価についてはおおむね大企業と変わるところは無いようである。今回の調査でも、経営者の考えが職場に何かしらの影響を与えている様子が見られた。また、社員も仕事の熱意・会社独自の制度によって正当な評価を受けている。こうした中で、中小企業ならではだと思われる点は、人と人の距離が近いということである。社長と社員、社員と社員の距離が物理的にも心理的にも近く、一人一人がお互いを身近に感じながら仕事をしているのではないだろうか。そのような環境だからこそ、相手の頑張りや長所がよく見えたり、協力しようという気持ちが強くなったりするのではないだろうか。一方で、ジョブローテーション・企業のさらなる向上への期待については、今回調査した企業では見受けられなかった。ジョブローテーションについては、前章でも触れた通り、ジョブローテーションのような仕組みが無くても社員は昇進できる環境にあることが理由である。取り組みの効果や期待については、現段階で数値的な結果が出たり、目立った効果が見られたりしたわけではないが、インタビューから、気持ちやモチベーションの面や、将来への期待といった面では一定の効果や期待の気持ちは見受けられた。

 

また、中小企業は危機意識や義務感の下で女性の活躍の取り組みをしているわけではなく、あくまで時代や社風に合わせた、取り組みや意識改革を行っていると言える。それは、コストの制約とも関わっているだろう。そうした制約があり、女性の活躍に向けた取り組みだけに集中するわけにはいかない点も、それぞれの企業にはあるのではないだろうか。

 

 

 

第三節 考察と提言 ―中小企業における女性の活躍のために―

 

 筆者の仮説である「大がかりな制度の整備がなくとも、中小企業の女性の活躍の推進は可能であること」は、はじめに想定したようなコストの制約、中小企業の内部システムという2つの要素から裏付けがなされたと言える。今回調査した企業は、「行政の登録や紹介があったから、積極的な取り組みを行っている企業である」ということではないようだ。あくまで登録は、企業のイメージアップやアピールの一環でなされているような印象であった。これは実際の効果に直結しているかは分からない。さらに会社独自の取り組みや工夫のある会社の調査を行っていくと、中小企業の内部システムについて、詳細な事実や要素が明らかになったかもしれない。そのような企業を探すのは、なかなか外側からの情報だけでは難しい面があったと言える。また、より幅広い業種の企業に調査を行えなかった点は反省すべき点である。

 

今回調査した企業では、女性に限ったことではないが、「同じ仕事を続けて昇進する」というシステムが明らかになった。確かにそれは、優秀な人材を育成したり、将来の人材確保をしたりするために、確実な方法であるかもしれない。しかし、もっと昇進のルートに幅を持たせることで、社員の能力や仕事のやりがいをさらに高めることもできるのではないだろうか。これは、社員が採用時から決まった部門だけをずっと担当するのではなく、積極的にほかの分野の仕事にも携わってもらうことで、社員がより様々な角度から自分の会社の仕事について理解を深め、昇進をしていくということである。そのような取り組みから生まれるメリットは多くある。まず、社員にとって、能力・知識が向上すること、色々な角度から仕事を見ることで、将来もこの仕事を続けたいと思えるようになることが期待できる。また、企業にとって、将来の人員確保が期待でき、経験の多い社員が増えることで仕事を円滑に回すことが可能になるだろう。また、企業が募集をする際にも、学生に入社後の大まかな動きやビジョンを伝えることで、学生にも期待感を与えることができるのではないだろうか。ゆえに、規模は小さくても、ある程度のジョブローテーションを行うことには意義があると言える。また、今回調査した企業の管理職女性4名のうち3名が中途採用であったことから、新卒採用者の昇進には時間がかかってしまったり、結婚や出産、仕事のミスマッチを理由とした退職率が高くなってしまったりすることが可能性として考えられる。ゆえに、特にジョブローテーションに力を入れるのは、主に20代の若い社員とするべきだろう。社員が若いうちにジョブローテーションを経験させて自信をつけさせ、ずっと仕事を続けたいというやる気を引き出すことが重要である。

 

大企業のように全国規模での転勤や異動が少ないと思われる中小企業では、ある程度は落ち着いた環境で仕事を進めることができるだろう。制度に縛られなくても、柔軟な取り組みができるという点で、中小企業の女性活躍はまだまだ伸びしろがあると言える。これからの中小企業においては、仕事担当者の固定を避け、「これもやってみたらどうか」といった柔軟な人事配置を進めていくことで、さらなる女性の活躍が見込めるのではないだろうか。社員はそれぞれ性格や適性があり、全員がビルメンテナンス会社のEさん・Fさんのように、積極性や主体性がある人物とは限らない。中にはなかなか主張ができない社員や、適性が定まっておらず、迷いのある社員もいるだろう。企業は、そうした社員にこそ注目し、能力を引き出すべきである。

また、女性管理職に焦点を当てると、こちらも数字だけ増やせばよいという考えではいけないだろう。女性管理職を増やして何ができるのか、何を見込んでの増加なのかという点をしっかりと考えていかなければならない。現在、男女の雇用環境はある程度同等になってきている。そのような中で、女性は男性の補助的な立場であるという考えは払拭し、女性を一人の貴重な人材として見ていくことが必要であろう。そして、女性自身も自分のキャリアプランについて、また、仕事に求めるものについて、しっかりと軸を持つことが大切である。企業と社員が同じ方向を向き、着実に前へ進むことが、両者の明るい将来を作るうえで重要なことであるだろう。

 

最後に、多忙にも関わらず今回の調査に協力していただいた企業の関係者の方に、深く感謝の意を表して本論文を締めたいと思う。