第七章 考察

 

第一節 地域旅について

 これまでの分析を,斉藤(2012)の「地域旅」に沿って考察する。

 

齋藤は,地域の価値を体感できる観光行動を地域旅として,「地域旅」形成のプロセスでは特色ある地域資源を商品化し,ターゲットとする属性(市場)に情報を発信し,人々が「訪れてみよう」という気にさせることが重要であるとしている。

 この観点において考察すると,金山地区の「筋骨めぐり」は,「筋骨」という固有の地域資源を観光資源として捉え,「筋骨」を巡ることでそれに付随する歴史を感じさせる建造物をも観光資源として捉えツアーという形で観光商品化に成功している。

情報の発信については,ツアー参加者のインターネット上での口コミから始まり,旅行雑誌・新聞・テレビ局からの取材を受けるといった様々なメディアでの広報活動を行っている。しかし,ツアー開始初期には,岡戸さんが新聞記者を呼ぶなど積極的に広報活動を行ったが,新聞をはじめとする紙媒体に取り上げられるようになってからは,取材の依頼を多く受けるようになり,広報にかける費用が少なく済んだ点が特徴的である。また,情報を受け取った人々がツアーに参加し,こうした人が動画共有サイトに「筋骨めぐり」の様子を広報するなどして,拡散されるという事例も見られる。このように,広報活動においては,広報に費用をかける必要がなく,市の発行するパンフレットや金山町観光協会の発行するパンフレット以外での広報活動は,ツアー開始初期に新聞記者に取材を依頼した以外は,ほとんど金山町観光協会に取材依頼が来るという形式でメディアに取り上げられることとなった。

 

また齋藤は,納得・満足して料金を支払っていただけるようなレベルまで引き上げ,さらに旅行市場の中で流通しやすいように,食事・宿泊・交通などの観光行動に必要な付帯的なサービスと合わせてパッケージ化するということであると論じている。

 筋骨めぐりでは,ツアー料金をガイド料として徴収し,旅行会社からツアー商品として一定の評価を得るまでに成熟している。また,ツアーガイドにも報酬を設定して,ガイドを継続させるような工夫がなされている。ツアー会社からは,「ミステリーツアー」などと銘打って名物企画の核となりえるまでに認知されてきた。

観光行動については,まず食事について,ツアー途中や前後でスタート・ゴール地点となるドライブイン飛山館内で食事を摂ることはできるものの,ツアーには組み込まれていない。ツアー途中で立ち寄りスポットとして組み込まれている地域の商店においては,観光行動による地域内への経済活動を呼び込む主体となっているが,ツアー途中では購入した土産物が荷物になってしまうため,ツアー内で購入する以外にも,ツアー終了後に改めて購入を希望する観光客も多い。

宿泊について,多くの観光客は,「下呂温泉」での宿泊をメインとしてその前後の観光として「筋骨めぐり」を選んでいる。しかし,日帰りの観光客などは,「筋骨めぐり」を楽しみ,その後,下呂市内の温泉施設を利用するという形で,下呂市内で観光行動がとられている。

交通面については,現地集合・現地解散という着地型観光の方式をとっているため,多くの観光客はツアーバスや自家用車を交通手段として選んでいる。遠方からの個人客にとっては,個人旅行で訪れるには,移動距離の長さや移動手段の少なさといった問題を抱えているといえる。

総じて,食事・宿泊・交通といったサービスを合わせたパッケージ化には至ってないと考えられる。しかし,下呂市の観光方針としては,温泉以外の観光の開発に力を入れており,金山地区では「筋骨めぐり」が観光資源として成立してきたために,今後,上記項目のパッケージ化を含め,「筋骨めぐり」を目的として来訪した観光客が下呂市内において宿泊をはじめとした観光行動がとられていく可能性がある。

 

さらに齋藤は,「地域旅」における環境整備の必要性を論じ地域を商品化することが求められるとしている。この「地域の商品化」は,地元の人々の暮らしを犠牲にするものではなく,地域生活も含めた地域全体を訪問者に受け入れてもらう仕組みを構築することが重要であると論じている。

 この観点において「筋骨めぐり」は,環境整備をほとんど行っていない。これは,「筋骨」を観光用の歩道として整備することが,金山地区の魅力の減少につながるからである。しかし,過疎化が進行し,空き家が増加してきたことに関しては,危機感を持っており,

金山町観光協会を主体として,借り上げを行うなどして,景観の保存を目指そうと考えていることもインタビューでは明らかになっている。さらには,空き家をも立ち寄りスポットとして利用し,まさに住民の生活を体感させる一つの観光資源として成立させている。

ありのままの地域の姿をそのまま感じられることがこの観光の魅力であり,住民の生活や実際の暮らしをも観光資源としての一つの魅力として捉え,地域住民の協力のもと,地域生活を感じ取ってもらえる「地域旅」を提供しているといえる。

 

第二節 観光ボランティアによる商品価値の付加について

 これまでの分析を,矢島(2009)を用いた先行研究に沿って考察する。

 

 矢島は,地域住民による「観光ガイド」は,旅行客と近い立場での横関係であり,地域住民しか知らないようなエピソードなど旅行者の興味と案内人としての誠意の間で感情の共有や共感が起こりやすいとし「ホスピタリティ概念」に近いとしている。一方,「プロガイド」は,会社の指揮に従う縦関係で,旅行者とは上下関係にあるとして,一定の品質は保証され安心感はあるものの一方通行的なやりとりが多くみられ「サービス概念」に位置づけられるとしている。

このことについて,「筋骨めぐり」の「住民ガイド」は,まさに住民ガイドとしての機能を発揮し,住民ガイドの実体験を基にしたエピソードはツアー客を楽しませている。

また,矢島では論述されていない「住民ガイドの個性」についても考察すると,比較対象として挙げられる「プロガイド」では一定の品質保証,つまりマニュアルに沿った忠実なガイドを求められるが,「住民ガイド」においては,プロガイドとは対照的に,個々人の主体性を重視して,一個人の実体験や興味を引くエピソードなど,個々人によって全く別のガイドが展開されるということがメリットになり得ているのではないだろうか。団体ツアーで参加したツアー客に与えられる情報が,ガイドによって異なるということは一見デメリットとみなされるが,必ずしもそうとは言えない。それは,「住民ガイド」は説明の随所でツアー客の反応を感じながら,毎回観光スポットの説明の仕方を変えたり,客層に応じてスポットの巡り方を変えたりと臨機応変に対応を試みる。これは,ツアー客の満足度を増加させるための住民ガイドの志向であり,ツアー客全体に一定の情報を共有させ,付加する形で満足度を増加させるために様々なガイドの工夫が凝らされることはメリットであると言えるだろう。

筆者も複数回のフィールドワーク調査で実際に「筋骨めぐり」に同行した際に,同じ立ち寄りスポットの説明でも説明のされ方が変わっていたり,立ち寄りスポットが変更されていたりと,大筋は同じであっても細部ではこだわったガイドがされていることに注目した。実際に,リピーターとして何度も「筋骨めぐり」に参加する観光客が増えたことは,こういった住民ガイドの工夫が価値を増加させ,リピーターにとっても楽しめるようなガイドを展開していることに要因があると推察される。

 

さらに,矢島は「観光ボランティア」について,その担い手は定年を迎えた高齢者が多く,定年後の生活の中で,郷土への愛着が旅行客へのガイドを通して社会貢献につながり,生き甲斐・やり甲斐を感じることがあることから,旅行者だけでなく「観光ボランティア」にもメリットがあると論じている。

 金山地区の「住民ガイド」もガイド登録者の最低年齢でも60歳を超えているという高齢者ボランティアが多いという現状であるが,論述されている通り,「住民ガイド」に参加することで地域への愛着心の増幅や,社会貢献に役立っているという生き甲斐を感じているであろう。さらに金山地区の事例では,住民ガイド以外の地域住民からの資料提供といった住民の参与も認められ,「住民ガイド」という立場ではなくても,金山地区を盛り上げようとする地域振興の意識の造成に繋がっているとも考察される。

 

第三節 まとめ

 

下呂市金山地区の「筋骨めぐり」は,下呂市の主要な観光資源である「温泉」とは一線を隔し,文化的な側面にスポットライトを当てた新たな観光として成立し,下呂市の「温泉」を生かした観光に伴う形での今後の展望が期待される。

 住民の高齢化に伴う過疎化は,現在の日本において,都市部を除いた多くの地域が直面している問題であり,まちとしての機能を維持するために取り組まれるべき課題である。本節では,これまで論じてきた「筋骨めぐり」を例として,地域資源の観光資源化(観光商品化)の達成によって地域活性化に寄与できる可能性について考察する。

 

 まず,観光資源の発掘に関して,地域の固有の資源を観光資源として捉えることは,現地住民にとっては難しい一面がある。それは,地域生活を長らくする住民にとって地域固有の資源を固有の資源として認識することがそもそもないことにある。浅井さんに行ったインタビューでは,岡戸さんに「筋骨」の面白さについて言及された際,そこまで「筋骨」について考えたことはなかったと話されていた。また,岡戸さんに行ったインタビューでは,「筋骨めぐり」が始まった頃に,住民の反応として「何が面白いんや」というような雰囲気であったとも話されており,現地住民が地域固有の資源を認識することの難しさを表している。

「筋骨めぐり」の事例では,愛知県から移住してきた岡戸さんが「筋骨」の複雑に入り組む様子に興味を持ち,長らくの住民である浅井さんにその固有の資源を観光資源とする可能性に言及した。この事例において重要であるのは,古くから利用されてきた「生活道」が,移住してきた岡戸さんの視点によって「筋骨」として観光資源とみなされたことである。地域での生活を長くする住民にとっては,「当たり前」とされてきた地域資源が,他地域からやってきた岡戸さんにとっては新鮮に見え,観光資源となり得たのである。

このように多角的な視点(観光客目線)を持った人物が地域固有の資源を観光資源として発掘したのである。観光資源の発掘に関して,多角的な視点(観光客目線)を持った人物の重要性を示すことが出来たが,今後,観光地化・観光資源化されていく可能性を秘めた地域においては,観光資源を見出すアドバイザー(専門家)といった外部の人間を採用することで,観光資源となりえる地域固有の資源の発掘する可能性が高まるであろう。

 

 観光資源を発掘し,観光商品化することが出来れば,ひとまず観光地としての成立はなされる。

 「筋骨めぐり」の事例では,第五章・第六項で論じた通り,観光地化の成功に伴って,観光客の消費を呼び込む若年層の存在が明らかになった。「筋骨めぐり」ツアーの繁忙期に

菓子販売の模擬店として観光客相手に商売を行っている事例がそうである。金山町観光協会の先の見通しとしては,将来的に,現在の空き家を利用して若年層の雇用の創出を考えている。観光客が安定して訪れるような観光地化に成功すれば,観光客の消費を呼び込むような商売を目指す若年層が現れ,過疎化に伴って増加する空き家を利用して商店を開くという構図である。

 観光資源の発掘・観光商品化が達成された地域において,観光客数の安定・平均化は必須であり,これも達成されると次は,地域内に新たな住人を呼び込める可能性が高まるといえる。

 さらには,「住民ガイド」などの住民の参与に関して,地域貢献といった生き甲斐や,地域への愛着心を与えるだけでなく,高齢者が多くなった過疎地域において,住民同士が顔を合わせ,言葉を交わす機会を作り出しているともいえる。

 

最後に,これまで下呂市金山地区の「筋骨めぐり」を事例にその観光商品化のプロセスを調査し,観光地化が達成される地域において,地域活性化に寄与できる可能性について考察を試みた。今後,「筋骨めぐり」は下呂市の観光にとって,欠かせないコンテンツへと大成していく可能性は大いに予想される。そして,観光地化を地域活性化の起爆剤として考えている地域にとって,「筋骨めぐり」の動向は期待されるところであり,本論が地域活性化の足掛かりとなることを切望する。