第五章 考察―シェアハウスの空間と入居者同士の関係性―

今回調査したシェアライフ富山では家賃はワンルームマンションに比べて安くはなかった。入居者がシェアハウスを選択した動機や、住み心地の良さは経済的な面とは必ずしも関係ない。ただし初期投資を抑えられる点は大きな魅力となっている。どんな交流をもてるかという点に入居者たちの関心が向けられていることは本調査でも裏付けられたと思う。

 

第一節 交流スペースとしてのリビング、キッチン、ダイニング

 第二章で、私は日常的に利用しそこに留まる時間が長ければ長いほど交流を促進できるるスペースになるのではないかと考えた。そして、今回調査対象となったシェアライフ磯部はキッチン、リビング、ダイニングが一体となっていることから、このスペースに着目した。

 今回の調査でリビング、キッチン、ダイニングは交流を促進するスペースになっているといえることが分かった。リビング、キッチン、ダイニングは、入居者同士の会話やつながりが生まれる場所になっている。ただし、彼らの交流はそれぞれの生活スタイルがあるという考えが前提となっていて強要されない、しない点に特徴がある。例えばBさんの場合、家に帰ってきたときにリビングに明かりがついていると、顔を出して「ただいまー」と声をかけてから個室に行く。その後、リビングで会話をしたいと思った時はリビングに行き、休みたいと思った時は個室にいるというようにその時の状況に合わせて選択している。

Aさんは料理を、Cさんはコーヒーを多めに作って他の入居者に「もしよかったらどうぞ」とメールや声掛けをしてリビング、キッチン、ダイニングの場に置いていることがある。他の入居者は自分の生活スタイルに合わせてリビング、キッチン、ダイニングに行き、提供されているものを受け取るかどうか選択している。そのため提供する側とされる側に必ずしも密な交流はないが、間接的なつながりができている。

 このようにリビング、キッチン、ダイニングは挨拶や会話など直接入居者が顔を合わせる交流と、提供したいものを置いておき他の入居者が受け取るといったような間接的なつながりができている。ただし、疲れていたら挨拶だけして個室にいるというようにその時の状況に合わせてどんな交流をするか、もしくはしないのかを選択している。また、「もしよかったらどうぞ」というように自分の行為が相手の選択肢を奪ってしまわないような立場をとっている。

 

 

 

 


第二節 入居者同士の関係性

第二章で行ったレヴューでは、入居者たちの関係性は「新しい関係性」と表現されていた。ただし、その関係性の具体的な特質については「コミュニティが機能しなくなった現代で孤独を受け止める効力がある」(阿部・茂原 2012112-114)とか、「入居者の質の高さから面白いことが起こる」(島原 201343)などと様々な言われ方をしていた。

今回の調査で、入居者が他の入居者とどのような関係を取り結ぶのかについてはその入居者が置かれているキャリア上の状況によって異なることが分かった。具体的には少なくとも二つの関係の結び方が見受けられる。

 

第一項 Bさん

Bさんはシェアハウスに入居する前、家と職場の往復で自分が何をしたいのかも分からず将来に対して漠然と不安を抱えていた。そんな時にシェアハウスの特集記事を見て、何かが変わるかもしれないと入居を決めた。シェアメイトで同い年の女性Dさんとは特に親しくなり、仕事のことや家のことなど親密な話をするようになった。BさんはDさんから将来の目標を聞いた時のことを以下のように語った。

 

なんか夢ある人って素敵じゃん?あんまり自分自身夢がない人だったから。今を生きることで精一杯みたいな感じのところがあったし。あんまり夢もないなーみたいな。なんか夢持つことって素敵やなーって。夢とか理想とか。夢まで行かんかもしれんけど、自分の人生の先を見据えてる感じがかっこいいなーと思った。

 

BさんはDさんの話を聞いて夢を持つ姿にかっこよさを感じた。他のシェアハウスに住む人や入居者以外の人も交えた飲み会やイベントでは自分の知らない世界の人と出会い、話を聞くうちに彼らの仕事に対する頑張りや向上心の高さを知った。この飲み会やイベントでは直接相手から聞いた話だけでなく、人づてに聞くこともある。

 

ここだけで飲み会しとって、そこでしゃべってたことが次の飲み会で発表されたりとか。発表でもないけど、ああいう人入ったらしいよとか、どっからきてどういう仕事しとってって。へーみたいな。新しい人入ったんだみたいな。

 

Bさんはみんな悩みを抱えながらも頑張っていることを知り、自分も負けていられないと思うようになった。シェアハウスを退去した後、家と職場の往復に戻ったものの気持ちが全く異なるという。

 

ほんと家と仕事の往復で変わらんがんやけど、なんだろう、人生設計ができるようになったりとか。(中略) 今はむしろしたいことありすぎて時間が足りないぐらい。(中略) 素敵な大人になりたいね。目標はそれが一番だね。

 

入居前は漠然とあった不安は解消され将来設計や目標を立てるようになった。仕事については以下のように語った。

 

今持ってる資格を極めるのも良いかなって思うけど、いろいろな仕事をしてみたいなっていう思いもあるし。(中略)仕事も目標を立ててするようにはなった。データー入力とかだから、とりあえず正確に早く間違えがないようにみたいな。

 

仕事に目標を立てたり、資格を極めたいという思いがあったりと入居前よりも向上心を持って取り組んでいることがうかがえる。

このようにBさんは、シェアハウスに入居して様々な経歴を持つ人々と会話をすることで皆悩みながらも頑張っている姿を知り仕事に対する姿勢が前向きになったり、将来設計ができるようになるなどの変化が起きた。

野沢(2012)は社会的ネットワークという概念を用いて「ゆるやかなつながり」について紹介している。これは、マーク・グラノヴェターによる「弱い紐帯」概念にもとづくもので、接触頻度・時間、主観的な親密さ、助け合う行動の頻度が低い(少ない)ことによって特徴づけられる個人間の紐帯(つながり)を指す。野沢は、人生上の様々な課題に直面したときに、しばしばそうしたゆるやかなつながりが重要性をもつのではないかと論じている。BさんとDさんは、シェアメイトとしての交流を深めていくことで親密さを深めていったが、少なくとも同居当初は、ごくゆるやかなつながりからスタートさせていったと考えられる。しかし、会話を重ねるごとに、Dさんの生き方に魅力を感じ、自らの生き方に対しての刺激にする、あるいは生き方のモデルにするようになった。これは、シェアハウス入居によって形成した「ゆるやかなつながり」が、その人の生き方にもやがて影響を与える例としてとらえることができるだろう。

Bさんの場合、間接的に聞いた情報による刺激も含めると、シェアハウスに入居したことで様々な経歴を持つ人々の仕事に対する考え方を知り、自らのキャリア形成に影響を受けたと考えられる。このような例は、すべての入居者におこることではないかもしれないが、シェアハウス入居によって形成したネットワークが、個人の生き方を形成するうえで活用されうることを示している。

 

第二項 Aさん

Aさんがシェアハウスを選んだのは、海外でドミトリー(相部屋)や旅人が集まる宿に泊まっていた経験から他人と生活することに好感を持っていたことと、シェアハウスを実際に見て想像以上にきれいだったこと、初期投資の費用を抑えられることだった。シェアライフ磯部で2年間生活したあと、シェアライフ有沢に移っている。その理由の1つに建物のきれいさやビリヤード、ダーツといった付加価値に惹かれたことをあげている。Aさんは、将来的には名古屋の実家に帰るつもりでいる。実家に帰るまでの間ずっとシェアハウスに住みたいというわけではなく、結婚や仕事などその時の状況によってはシェアハウスを選ばない可能性もあるようだ。しかし、シェアハウスは性格に合っていて居心地がいいという。Aさんはシェアハウスの楽しさについて以下のように語った。

 

シェアハウスに入っている子たちはそこに入らなければ絶対に会うことのない人たちでしょ。どう考えてもつながらないよね。37歳のおっさんと245くらいの女の子と、22の学生と繋がろうと思ってもなかなか繋がれんじゃん。だけど同じ家に住んでいるっていうつながりってものすごい強いじゃんね。それだけで僕からするとそれだけで楽しい。

 

シェアハウスという年齢や職業の異なる人間が繋がる希少なコミュニティにいることが楽しいという。このことからAさんにとって入居者同士の関係は、実家に帰るまでの間、何らかの理由でシェアハウスを出ることになるまでの間、自分の人生をより楽しくするものの1つといえるのではないだろうか。

このようにBさんとAさんが見せた関係の取り方は、自分のキャリア上の状況が影響していた。Bさんは仕事の悩みを抱えこれからどうするか悩んでいる状況、Aさんはいつかは実家に帰るという将来設計を持っている状況でシェアハウスを選んだ。その結果、Bさんは仕事に対する姿勢に変化が起き、Aさんは年齢や職業などが異なる人とつながれるという楽しさを味わっている。Bさんにとってはキャリア形成に影響を与える関係、Aさんにとっては自分の人生をより楽しませる関係という二つの例が見受けられたといえる。

 

 

第三節 まとめ

シェアハウス入居者たちの関係性は「新しい関係性」と表現され「コミュニティが機能しなくなった現代で孤独を受け止める効力がある」(阿部・茂原 2012112-114)とか、「入居者の質の高さから面白いことが起こる」(島原 201343)などと様々な言われ方をしていた。

今回、BさんとAさんが見せた関係の取り方から、「面白さ」が入居者にとって重要なことと思われる。「面白さ」とは、通常は繋がれない人とつながることができること、つまりつながりを形成して増やすことができることである。ただし、そのつながりはある種のゆるやかさを持つつながりである。

ゆるやかさとは、入居者は接触頻度と時間を適度に抑制しつつ、しかも一定量を得られること、そして一般的な家族に見られる、母親が食事を作って家族みんなで食べるというような義務的な役割や束縛を与えないことで、個人の生活が侵害されないことである。

そのようなゆるやかなつながりが入居者にもたらすものはキャリア上の状況によって異なる。キャリア上の安定期であるAさんは、ゆるやかさが持つ面白さを享受している。束縛の負担をコントロールしながら多様な他者との出会いとつながりを楽しむ。一方、キャリア上の岐路にあったBさんは他者が刺激または生き方のモデルを提供してくれた。

最後にこれからのシェアハウスについて思うことを述べたい。久保田は「日本では他人と住むくらいなら、狭くても不便でも1人で住む方がずっと気楽で、面倒がなく、望ましいと考えられている」(久保田 200917)と述べている。日本ではまだまだワンルームマンションが主流であり、シェアハウスに対して抵抗感を持つ人は少なくないように思う。今回調査をしてみて、シェアハウスは人間関係やモラルという不安定なもので成り立っていると感じた。それは1人暮らしに比べて気を遣い、面倒なのかもしれない。しかし、それでもシェアハウスに住み続けるのには入居者それぞれが何らかの楽しさを感じているからではないだろうか。未婚化や晩婚化によって単身世帯が増加する一方で、高齢者の孤独死や老老介護が問題視されている。シェアハウスという住まい方が注目された背景には、一人暮らしへの不満やリスクを感じている人が増えているのかもしれない。今後、シェアハウスは住まいの選択肢の1つとしてますます広がりを見せていくのではないだろうか。