第五章 利用者へのインタビュー

 本章では、フォルツァを演劇の場として利用する側へのインタビューをもとに、フォルツァと演劇との関わり方、また演劇がまちなかにもたらす影響について分析していく。インタビューの詳細は以下の通りである。

 

利用者(1)

日時:20141026

場所:劇団の稽古場

インタビュイー:野路だいすけさん(遊人企画KAN-TAN代表)

 劇団代表で、劇団内では主に舞台監督と役者をつとめている。日時:201496

 

利用者(2)

場所:インタビュイーの自宅

インタビュイー:宇野津達也さん(劇団演人全開血が滾ってきたぜ!主宰者)

 劇団の劇団の主宰者で、劇団内では脚本・演出から役者までつとめている。

 

第一節     利用者(1):遊人企画KAN-TAN(以下遊人企画)

まず最初に遊人企画の概要について説明する。遊人企画は20005月に野路さんと野路さんの奥様であるすぎむらなおみさんに2人によって旗揚げされた。旗揚げしてから7年ほどは劇団として活動していたが、次第に劇団員に合わせた脚本しかできなくなり、このままではやりたいことがやれない日がくるという理由から解散して、現在は公演ごとに出演者を集める企画集団という形をとっている。演出を担当するすぎむらさんが「万人に好かれるより、誰かひとりの琴線に触れたい」という想いをもっているため、災害や、難病をテーマにした脚本を執筆し、非常にメッセージ性の強い作品を上演する。2012年にフォルツァを初めて利用して以来、公演をうつときはフォルツァを利用している傾向がある。

 

<他劇場とフォルツァの違い>

 野路さんにフォルツァを使うようになった経緯をお聞きしたところ、気になる語りがみられた。

 

 オルビスが、混んでいて予約が取れないし、(オルビスで)よくしてくれたスタッフがいなくなって、キャンセル待ちをする程の魅力がなくなった。フォルツァは予約がすぐ取れるし、友人のNくんがスタッフになったので決めました。

 

 語り口から、野路さんは公演で利用する舞台を選ぶ際現場のスタッフとの連携のしやすさを重視することがわかる。フォルツァではNさんの存在によって連携の取りやすさが生まれているようだ。別の語りでは、「N君が入ってからいろいろ要望にもこたえてもらえるようになった。」とも語っている。野路さんの場合はスタッフのNさんが友人だったということであったが、利用者側の意見に親身になって対応してくれるスタッフとの連携のとりやすさがフォルツァの強みとなっているようだ。また、この両者の関係はMさんの<劇場と利用者のつながり>で語られている映画関係者との関わり方に少し類似している。この野路さんの場合のような強い結びつきが増えていけば、フォルツァで演劇人口が増える可能性は大きくなるかもしれない。

 またフォルツァが他の劇場より劣っている点を語ってくださっている際に、以下のようなことを聞くこともできた。

 

 狭いスペースなのに大ホール用のスピーカーと照明で使い道がない。しかもスタッフも使い方がわかっていない。(中略)…演劇にはかなり使いにくい。けどそんな設備でちゃんと芝居を作る私って凄いな・・・と、自惚れるのもまた楽しいですね。

 

 やはり照明などの機材の不備が多く、演劇には非常に利用しづらいとのこと。しかし、そのような演劇のしづらいところで演劇を成立させる、あるいは成立させるために奮闘することに楽しさを感じられるようだ。演劇をする人間で特に裏方の作業もこなす人は、人一倍プライドが高い部分がある。そういう人たちは、この舞台のこの設備ではこのアイデアはほぼ実現不可能だといわれても、絶対に実現させてみせる、と意地になってしまうのである。当の私もそんな演劇人の1人なのだが、実現不可能だといわれたものを試行錯誤を繰り返して、何とか形にしたときの達成感はなんともいえないものである。そのような達成感を利用するたびに味わえる、という点は利用者も現場のスタッフも理解しているフォルツァの設備の不足というフォルツァの劣っている面があるからこそ生まれる、フォルツァならではの魅力といえる可能性があるのではないだろうか。

 

 <まちなかでの演劇>

 フォルツァを賑わい創出の場として意識したことがあるか、とお聞きしたところ以下のように答えてくださった。

 

 演劇ライブのようなもので、若い人がぞろぞろ集まって、年寄りがなんだろ、と思うようなイベントをしたつもり。ホールの入り口のスペースとかフォルツァ内で、若い人が開場を待ったり、終演後に感想をいいあったりしてくれたらいいなあと思って雰囲気づくりしました。

 

 野路さんは多くの年代の人々にお芝居を観てもらいたいようで、そのために若い人の力を借りているそうだ。お芝居を観始めるきっかけは、なにかやってるな、くらいの単純なものでもいいのでとりあえず観てもらって、それで芝居を観て何かを感じてもらえれば観えもらう側の目的は達成される。語りにもあるように、なかなか集まりにくい若者が集まってしまえば、よく来るお年寄りも巻き込めてしまうということもフォルツァの強みになり得るのかもしれない。

 また、若者が集まってお年寄りを巻き込む、という形が実現すればこれまでまちなかに集まったことのなかった人々が集まることとなり、まちなかの活性化に貢献できる可能性もあるのではないだろうか。これには地方都市での演劇の普及という、演劇というジャンルにとっての課題の克服が必要になるが、演劇がまちなかにもたらす影響となる可能性として注目しておきたい。


 

第二節     利用者(2):劇団演人全開血が滾ってきたぜ!(以下血が滾)

 分析の前に、まず血が滾の概要について説明する。血が滾は200111月に主催者の宇野津さんをはじめとした大学生のグループによって設立された劇団である。現在は17人の劇団員が所属しており、その多くは20代前半の社会人である。普段は舞台演劇を中心に、ラジオ番組のメインパーソナリティー、ラジオドラマの制作などといった活動を行なっている。お芝居を観た経験があまりない方でも楽しんでいただける舞台をつくるという基本方針に沿って、普段行なう公演ではエンターテインメント性の高い作品をうつことが多い。フォルツァ設立の1年後である2008年からフォルツァを利用しており、劇団の10周年記念公演もフォルツァで行なった。

 

第一項 演劇の場としてのフォルツァ

 

<他劇場とフォルツァの違い>

 フォルツァで公演を行なう前までの公演のほとんどを富山駅前マリエ7階にあるオルビス小劇場で行なっていた血が滾。演劇をする場として現場のスタッフ自身も向いていないと自覚しているフォルツァで、なぜ公演を行なうのかとお聞きしたところ、以下のような語りを聞くことができた。

 

…いくつか理由はありますが、割とやわらかい理由からいくと、スタッフさんが非常に親身になって協力してくださるということがひとつ。あと、圧倒的に料金が安いということ。同程度の規模の他の劇場と比べて、…下手すると半額以下くらいの料金で借りられると。

 

この語りには2点注目してもらいたい部分がある。まず、「スタッフさんが非常に親身になって」という部分。第三章でフォルツァのスタッフの方々が意識している、設備が不足している分利用者の意見に精一杯応えるという姿勢を、利用者側である宇野津さんはしっかりと感じているようだ。

もう1つは「圧倒的に料金が安い」という部分。こちらも、利用者が利用しやすいようにとMさんたちが意識していることが、利用者側にはそのままフォルツァの他劇場とは違う良い点として受け取られていることがよくわかる。しかし別の語りからは、Mさん達常設スタッフからは聞けなかったフォルツァの良さを聞くことができた。

 

 フェリオ(総曲輪にある百貨店)とかが近隣にあるから、劇場に入る前とか、芝居見た後とかに、何か寄っていくような、遊んでいくようなスペースもあるので、…土曜日日曜日を、芝居見るためだけに費やすんじゃなく、芝居見るってことをひとつ組み込んだスケジュールをたてやすいんじゃないかなあ、と個人的には思ってる。

 フォルツァだからこその強みとは現状では判断しかねるが、大型百貨店を含め様々な商店が立ち並ぶ中央通りにある、という点はフォルツァの良さのひとつと考えても良いだろう。そしてこれは、「まちなかにある小劇場」という類のものすべてにおける強みとも考えられる。

 ここまでの語りからは他劇場と比べたフォルツァの良い点を聞くことができたが、これ以降は他劇場に比べ劣っている点に関しても語ってもらえた。やはり、照明機材を含めた設備の不足は演劇関係者にとっては深刻な問題となるようだ。それは以下の語りからわかる。

 

 悪い点に関して言えば、圧倒的に機材が悪い。音響機材もあれ(不足しがち)だけど、音響機材に関してはライブもやるホールだから、そこそこそろってはいる。それが芝居向きかどうかは別としても。どっちかというとライブ向きの機材だろうけども、照明機材が、まあかなり厳しいと。

 

また、この他に第三章のNさんが語って下さった<フォルツァの持つ強み>が良い影響だけをもたらすわけではないことがうかがえる興味深い語りを聞くことができた。

 

あ…これはデメリットでもなんでもないし事前にあれすればなんともないことだけど、ライブホールとシネマホールのエントランスが一緒じゃん。ではけの時間かぶると、結構嫌がられるんだよね。こっちの終演時間と向こうの入場時間がかぶるとかさ。こっちのロビーのうるささ、扉あけるとすぐ聞こえちゃうからさ、やっぱり上映中とかは嫌がられるし。それはまあ他に比べりゃちっちゃいことだけど。

 

この語りは第三章の<フォルツァの持つ強み>Nさんが語ってくださっている映画館と併設されているからこその強み、という部分と矛盾している。語りにあるように映画の時間と舞台の時間が微妙にずれて重なることで双方に悪影響を与えてしまうことがあるようだ。映画館と多目的ホールが併設されていることを、真にフォルツァの強みとするためには、語りにあるような小さなデメリットにも目を向け、ひとつひとつ解決していく必要があるようだ。

 

<まちなかでの演劇>

まちなかにあるフォルツァで演劇をすることで、まちなかに何か影響を与えたり、変化が起こったりする可能性はあると思いますか、という問いを投げかけたところ、この10数年間演劇を富山に普及させたいという思いで血が滾を作り、積極的に活動してきた宇野津さんならではの熱い想いを語って下さった。

ぶっちゃけなにも起こらない()。ひとつに商店街の人たちが、それほど協力的じゃない人も多い、うん…。特に、昔っからやってるおじいちゃんおばあちゃんみたいな人がやってるようなお店だと、チラシもうーんていう感じだったり、まあねえっていう感じだったり。でもそれはそうだと思う。向こうにメリット提示できないのに、ただ同じ地域でやるからっていうだけで安くしてくれっていうのは、ちょっと無茶だとは思う。だから、やっぱりお芝居を見に来た人がそのまんま帰っちゃう。お芝居をみるっていうことだけが目的化しちゃう、もしくは吸い込まれたとしてもフェリオにいっちゃう。っていうのがなんとかならん限り、商店街には、与える影響はほぼないと思う。(中略)…人を集めるのは、確かに第一段階なんだけど、集まった人が、こんなとこあるんやって、のぞいていくところの工夫をもっとしないと、それは道だよ。ただのストリートだよ。商店街、になるためにはやっぱり、そうじゃないんじゃないかなあって思う。(中略)…だから(影響を)与えてないし、与えられない。それは、なんだろ、周りの側の意思と、協力姿勢と、行動がないと。こっちが人を商店街によぶっていうことだけで、活性化には絶対にならないと俺は思ってる。

 

宇野津さんは血が滾で、富山でなかなか普及しない演劇を盛り上げるため、これまでまちなかで行なわれる様々なイベントに積極的に参加してきた。また、2008年のフォルツァでの公演では、公演の半券を持っていけば商店街のお店でトッピングが無料になるといった特典がもらえるという中央通り商店街とのコラボレーションを行なった公演をうったことも実際にあるそうだ。そのような経験を踏まえてこその語りなのだろう。

要するに、まちなかにある劇場であるフォルツァで公演を行なう、と宣伝をかければもちろん総曲輪通りに足を踏み入れたことのないような人々を集めることができる。ここまでは人が集まる場である「賑わい創出の拠点」としての役割の手伝いをすることができ、かつやり方や規模によっては商店街活性化の一歩手前までの協力もできる。しかし、演劇がもたらせる効果や影響はそこまでであり、そこから変化、ひいてはまちなかの活性化ということに至るにはやはり商店街の人々の協力が不可欠だという。これまで演劇に対して真摯に向き合い、演劇の持つ可能性を信じてきたからこそ、人を集めるという絶対的な自信と、現状ではそこまでしか出来ないという歯がゆさにいつも悩まされている、といって語りを締めくくって下さった。

この語りからまちなかでの演劇は、演劇を行なうこと単体でまちなかに特別な影響を及ぼすなどのことはできないものの、まちの状態をその一歩手前の段階に持っていくための手伝いをできるという可能性を持っていることが考えられる。

 

第二項 まちなかとのコラボレーション

 前項の<まちなかでの演劇>の語りの中にあった、商店街とのコラボレーション公演について追究することで、演劇がまちなかにもたらす影響についてより深く吟味できる可能性を感じられたため、コラボレーション公演について追加でインタビューを行なった。

<コラボレーション公演の概要>

 この公演は2008年の830日〜31日に行なわれた。フォルツァの裏手にある「にぎわい横丁」というエリアの居酒屋に協力してもらい、この公演は実現した。コラボレーションの内容は、公演チケットの半券を見せることによって受けられる居酒屋でのサービス。半券を出せば、そのお店でおつまみ一品無料、特定の商品を100円値引き、などのちょっとしたサービスを受けられるというものだった。

 

<コラボレーション公演実現までの経緯>

 まず、この2008年のコラボレーション公演練習期間中と同時期に、まちづくりとやまはフォルツァと協力し、商店街を舞台とした「温玉onたいむ」という自主制作短編映画の制作を行なおうとしていた。その際、ちょうどフォルツァでの公演を企画していたということで、血が滾の人間にぜひ役者として出てほしいとのオファーがかかった。そして主宰の宇野津さんを含めた2名が血が滾から映画に出演する運びとなり、この映画制作を通して、まちづくりとやまと血が滾の間につながりができた。

 そして、公演期間中にせっかくできた縁だからと、宇野津さんがまちづくりとやまに2008年の公演で何か協力をしてもらえないかと話をもちかけたところ、まちづくりとやまが快諾し、共催という形で公演を行なうこととなった。この決定以降、まちづくりとやまの野口英之さんという職員が血が滾とまちづくりとやまの間を取り持ち、にぎわい横丁との交渉も野口さんが行なったという。

 

<コラボレーション公演にかけた想い>

 そもそもこのようなまちなかとのコラボレーションをしてみたいと宇野津さんが考えた理由は2つある。1つは単純になかなか人が集まらない商店街の現状に寂しさを感じていたため、人をあつめるきっかけをつくりたいと感じたから。そしてもう1つの理由が、観劇が休日の過ごし方の1つとして当たり前になるようにしたい、という想いからというもので、こちらの理由こそがこの公演における宇野津さんの本当のねらいである。宇野津さんによれば、芝居の数が多く、夜遅くまでお店が営業されている大都市では、芝居を観た後もお店に入って芝居の話をするなどしてほぼ一日を過ごすことができるが、富山のような地方都市では、芝居の数も少なく夜までやっている店も少ないため、芝居を観た後まで芝居を楽しむというスタイルの形成が非常に難しくなっているとのこと。このコラボレーションを一回行なったところでどうこうなるとは考えてはいなかったが、芝居を観た後まで楽しむ、というスタイルの形成のきっかけになれば、という想いを強く持って挑んだ公演だった、と語りを締めくくって下さった。

 

 

 

<コラボレーション公演の継続>

 2008年の公演以来、このような形の公演は行なわれていない。2011年にフォルツァで行なわれた血が滾10周年記念公演では、「WAVE」という商店街の中に新しくできた小さなラジオ局の開設をきっかけに、バラバラ商店街中の人間がひとつになっていく、といった商店街をテーマにした作品を上演し、コラボレーション公演をするには最高の機会だったはずなのだが、なぜコラボレーションは実現しなかったのだろうか。

 理由は大きくわけて3つあると宇野津さんは語った。1つは2008年の公演の際、協力してもらう商店街側と交渉を進めてくれたまちづくりとやまの野口さんが、異動となってしまったこと。これでまちづくりとやまとのつながりがなくなってしまい、協力をあおぎにくくなってしまった。映画制作当時から血が滾と関わっていたまちづくりとやまの職員は野口さんしかいなかったため、まちづくりとやまとの親密な関係の復活は難しかったようだ。

 2つ目の理由は、血が滾側の労力が不足していたこと。商店街をテーマにしていた作品ということでやはり宇野津さんもせっかくだからまた商店街とコラボしたい、と考えてはいたのだが、当時は劇団員の結婚や上京などで劇団の運営体制が安定しておらず、公演をするうえで必要最低限やらなくてはならないことをこなすのが精いっぱいで、公演においてはプラスアルファの部分に属するコラボレーションは、やむを得ずあきらめる形となってしまったという。

 では劇団の運営体制が安定し、まちづくりとやまとの関係も復活すればまたコラボレーション公演を行なう可能性があるのか、といわれればそうでもなく、その理由こそが2008年以降コラボレーション公演が行なわれない最大の理由かもしれない。宇野津さんによれば、実際にコラボレーションをしてみて、単純にこの公演にメリットを感じられなかったそうだ。商店街と協力するということで、協力してもらうお店のPRを公演告知のかたわら行なったりと、劇団側でそれなりの労力をかけたにも関わらず、お客の数が増えた、今までにきたことのないお客が入ってきた、などの実績がほとんどでなかったのだそうだ。これでは、商店街側は今までお店の名前を聞いたことのなかったお客に名前を知ってもらえる、といったメリットはあるものの、血が滾側にはメリットがないという風に感じられて、もう一度やろうというモチベーションが上がらないとも語って下さった。2008年の公演当時は、とにかく商店街とコラボしてみたい、面白いことをやってみたいという想いが先行していたためコラボレーションの実現に至ったが、今思えば、コラボレーションをすることで血が滾側と商店街側にそれぞれどのようなメリットが生まれるのか、という点についてもっと吟味すべきだったと感じているとのこと。