第三章 調査
第一節 調査概要
今回の調査では、「百合」愛好家が「百合」コンテンツを消費する際に生じる指向性や、愛好家ごとに見られる差異を分析するために、ネット上における「百合」愛好家たちの言説を分析する。本節では、今回の調査対象の選出基準および調査項目について述べる。
第一項 調査対象の選出
今回の調査では、愛好家ごとに見られる傾向の個人差や、ジェンダー差がもたらす差異などに注目するため、投稿者の性別などといったプロフィールが判断できない掲示板やSNSなどは調査対象より除外した。
実際の調査対象としては、非匿名の特定個人が運営するという特性を持つブログを対象とし、検索サイトやブログランキングサイトにおいて「百合」「ガールズラブ」などのキーワードを用いて「百合」に関する記事を中心に書かれているブログを検索した。
男女それぞれの特性を調査するという観点に基づいて調査対象をさらに限定し、プロフィール欄などにおいて少なくとも自身の性別・性自認を自称していることを条件とした。
以上の条件で調査対象を選出した結果、男性のブログ7件、女性のブログ5件の計12件が調査対象となった。調査対象については次節にて掲載する。
第二項 調査項目の設定
今回の調査を行なうに当たって、あらかじめweb掲示板における予備調査を行った。
掲示板への書き込みから愛好家が「百合」コンテンツを消費する際にどのような点に注目しているか、また、どのような点に興味・関心を持っているか、大まかに調査した。そこで見られた特徴的な語りやキーワードをもとにコードを作成し、調査の基準として活用した。また、それに加えて各愛好家がどのような作品を読んでいるのか、具体的な作品名とその読まれ方も合わせて調査項目とした。
以下が今回使用したコードの一覧である。
1、解釈ゲーム
第二章では「やおい・BL」に関する研究をレビューし、「やおい・BL」愛好家が持つ特色として「解釈ゲーム」という行為が存在していることがわかった。これについて、それぞれの愛好家も同様に「解釈ゲーム」を行っているかという点、またその具体的な内容について調査する。
なお、「百合」においての「解釈ゲーム」は、なんらかの作品を題材にして、登場人物の女性同士を恋愛関係にあるものと想像するゲームとして定義する。
2、キャラ萌え型・相関図消費型
勝山(2011)によると、「やおい・BL」愛好家が行う「解釈ゲーム」には二つのタイプがあると第二章で述べた。一つは、キャラクター単体に対して好意を示す「キャラ萌え」型で、もう一つは、キャラクター同士の関係性に関心を示す「相関図消費」型である。
そこで、「百合」において「解釈ゲーム」が行われている場合、上記のような二つのパターンへの分類が可能であるか調査する。
3、好む作品
第一章で、「百合」というジャンルの専門誌として『コミック百合姫』という漫画雑誌が刊行されていることを述べた。このように「百合」というジャンルにはもともと「百合」コンテンツとして意図して作られた「百合」作品が複数存在している。
一方で、「やおい・BL」愛好家が少年漫画を題材として「解釈ゲーム」を行なっているように、「百合」愛好家の中でも非「百合」作品での「解釈ゲーム」を中心に好んでいる愛好家が存在することが予備調査の段階でわかった。
そこで、愛好家がもともと「百合」作品として作られた作品を好んでいるのか、非「百合」作品を題材に「解釈ゲーム」を行うことを好んでいるのか、その指向性について調査する。
4、「ノーマル」作品への意識
5、「やおい・BL」作品への意識
女性同性愛を題材とする「百合」作品を好む愛好家について、それ以外の恋愛を題材とした作品についてはどのような意識を持っているのか調査を行なう。
「ノーマル」作品(異性愛を題材とした作品の俗称であり、他にヘテロ作品などとも呼ばれるが、今回調査したブロガーの多くがこの呼称を使用していたため、本論でもこの呼称で統一する)および、「やおい・BL」作品に対する意識を調査する。
6、男性登場人物への意識
「百合」作品に男性登場人物が登場することに対して露骨な嫌悪感を示す語りが予備調査の段階で見られた。そこで、各愛好家が「百合」作品に男性登場人物が登場することについてどのような意識を持っているか調査する。
7、「男性の視点」への意識
第二章で男性向けポルノグラフィが持つ特性に関する研究をレビューし、カメラワークや構図など、受け手男性を意識した仕組みが含まれていることがわかった。本論文ではこの仕組みを「男性の視点」と呼称し、これに該当する仕組み・機能が「百合」作品に組み込まれることに対して愛好家がなんらかの意識を持っているか調査する。
8、女性登場人物への意識
予備調査において、「百合」が好きな理由として「美少女キャラが好きだから」という理由が見られた一方、その理由に対して否定的な意見も見られた。
そこで、愛好家が「百合」作品を見る際に、女性登場人物そのものに対し積極的に欲求や関心を抱いているか調査する。たとえば、「かわいい」「萌え」などの表現を積極的に多用しているかという点を、一つの基準として用いる。
9、両性具有
「百合」作品内において女性が女性器と男性器の両方を持つ「両性具有」という設定が登場することについて、その是非を問う議論が予備調査段階において見られた。
そこで、調査対象の愛好家はこの設定についてどのような意識を持っているか調査する。
なお、「両性具有」は人によって「ふたなり」などとも表現されている。
10、愛情表現
ある特定の「百合」作品の感想を書き込むスレッドにて、キスや手をつなぐといった特定の行為に着目して好評する書き込みが多数見られた。
そこで、調査対象の愛好家が抱くキスや手をつなぐといった具体的な愛情表現の描写に対する関心の度合いを調査する。
11、非恋愛関係での親密さ
本調査を進める中で、特に恋人同士でない女性同士によるスキンシップや、親密な関係性を感じさせるやりとりに対して関心を示す語りがいくつか見られた。具体的には、恋愛関係にない女性同士での抱き合う、体を触りあう、キスをするなどの行為や、特別な間柄を感じさせる会話などがある。
そこで、こうした非恋愛関係での親密さ表現に関する関心の度合いを調査項目として追加した。
なお、ネット上で使われているスラングとして「イチャイチャ」や「キャッキャウフフ」というものがあるが、意味合いとしては上記のような行為を示すものであると見なせるため、これも判断基準として用いている。
12、性描写
「百合」ジャンルにおいても性描写を含むアダルトコンテンツは存在しているが、予備調査段階で、性描写シーンよりも他の要素を追求するような言説がいくつか見られた。そこで、愛好家は「百合」作品内におけるベッドシーンや性器の描写など性描写に対してどのような関心を持っているか調査する。
第二節 調査対象
第一節で述べた基準により分析対象となるブログを検索した結果、以下の12件のブログが選出された。
以下が今回の調査対象としたブログの一覧である。
左から順に、ブログの通し記号、作者の性別、ブログの内容とする。各ブログのタイトルや作者名、URLなどの詳細情報は巻末資料として添付する。
A |
男 |
内容は「百合」専門。漫画やアニメ作品のレビューを中心に掲載している。 |
B |
男 |
日記主体で、内容は「百合」作品のレビュー・感想が中心。 |
C |
男 |
日記主体で、「百合」作品の感想の他、「百合」に関連しない作品の感想など、多岐に渡る。 |
D |
男 |
内容は漫画『ゆるゆり』に関する感想やイベント情報に限定されている。 |
E |
男 |
「百合」の話題の比率が高く、主に漫画やアニメの感想を掲載している。 |
F |
男 |
「百合」の漫画作品のレビューが中心。コメント機能を排除している。 |
G |
男 |
Webサイトの一コンテンツとしてブログを持っている。自ら描いたイラストの掲載も行う。 |
H |
女 |
日記を主体に「百合」に限らず様々な作品の感想を書く。自作小説やイラストの掲載も行う。 |
I |
女 |
自主制作webラジオの更新情報が中心。その他「百合」作品の感想などを掲載。 |
J |
女 |
「百合」に限らず様々な漫画やゲームの感想を掲載。自ら描いたイラストの掲載も行う。 |
K |
女 |
主に日記を主体とし、様々な漫画やアニメ、ゲームの感想を掲載している。 |
L |
女 |
日記を主体とし、漫画やアニメ、ゲームの感想を掲載。「百合」に関する記事はやや少ない。 |
表1 調査対象のブログ一覧
内訳は男性のブログ7件、女性のブログ5件の計12件である。職業や年齢については不明のものも含まれた他、ブログごとに記事の書かれた時期の差異も見られたが、今回の調査についてはそれらの条件は問わないこととした。
各ブログについて第一節で定義した調査項目に従い記事を調査することで、ブログ作者ごとにみられる傾向の相違点や共通点を分析する。実際に上記のブログを対象に行った調査の結果は次節から掲載していく。
第三節 調査結果
これまでに述べた調査手段に従い、調査対象のブログを調査した。
予め設定したコードごとに見られた愛好家の興味・関心の方向性、および多くの愛好家の間で読まれていた作品について、調査結果としてここで報告する。
第一項 愛好家の持つ傾向
第一節第二項で紹介した調査項目に基づき、調査対象のブロガーが各項目についてどのような指向性の関心・考え方を持っているか調査した。その結果を、項目ごとの基準に基づき記号化し以下のような一覧表とした。
今後本研究では、この表に表れた結果を分析しながら、愛好家全体での共通点・相違点や、それが意味するものを考察していく。
ここで、表の見方について簡単に説明する。
先頭行に記述されているアルファベットは、表1で割り振った通し記号と対応している。二重線で区切られた左側が男性愛好家の運営するブログであり、右側が女性愛好家の運営するブログである。
先頭列に記述されている項目ごとに、各ブログがどのような傾向を持っているか記号で表現している。項目ごとに記号の条件は異なるため、各項目における表現の基準については後に説明する。
なお、表において「-」と表記されているのは、ブログ内に判断基準となる言説が見られなかったものである。
|
A |
B |
C |
D |
E |
F |
G |
H |
I |
J |
K |
L |
1解釈ゲーム |
△ |
△ |
△ |
△ |
△ |
△ |
△ |
△ |
△ |
△ |
- |
○ |
2キャラ萌え型・相関図消費型 |
S |
S |
S |
S |
S |
S |
- |
S |
S |
C・S |
- |
S |
3好む作品 |
Y |
Y・N |
N |
Y |
N |
N |
N |
N |
Y・N |
N |
Y |
Y・N |
4「ノーマル」作品への意識 |
△ |
- |
- |
- |
○ |
△ |
△ |
○ |
- |
△ |
○ |
△ |
5「やおい・BL」作品への意識 |
△ |
- |
× |
- |
× |
× |
△ |
△ |
- |
× |
○ |
× |
6男性登場人物への意識 |
△ |
△ |
- |
- |
× |
× |
△ |
◯ |
× |
△ |
◯ |
△ |
7「男性の視点」への意識 |
× |
× |
× |
- |
- |
× |
- |
- |
- |
- |
- |
- |
8女性登場人物への意識 |
- |
- |
○ |
- |
- |
○ |
○ |
○ |
○ |
○ |
○ |
○ |
9両性具有 |
× |
× |
- |
- |
× |
× |
× |
× |
- |
× |
× |
× |
10愛情表現 |
○ |
○ |
○ |
△ |
△ |
○ |
○ |
○ |
△ |
○ |
○ |
○ |
11非恋愛関係での親密さ |
△ |
◯ |
◯ |
◯ |
◯ |
◯ |
◯ |
◯ |
◯ |
◯ |
△ |
◯ |
12性描写 |
△ |
△ |
△ |
- |
△ |
△ |
△ |
○ |
△ |
△ |
○ |
○ |
表2 調査項目に対し各愛好家が持っていた方向性
1、解釈ゲーム
各愛好家がどのように「解釈ゲーム」を行っているか調査した。
表では、「解釈ゲーム」を行っており、かつそれが「攻×受」型の「解釈ゲーム」である場合は「◯」で表記している。一方、「解釈ゲーム」を行っているが「攻×受」型ではない、もしくは「攻×受」への固定が「やおい・BL」の場合と比べて弱い場合は「△」、解釈ゲームを一切行っていない場合は「×」として表記した。
結果としては、愛好家全体を通して「△」が多かった。愛好家の非常に広い範囲で「解釈ゲーム」を行ってはいるものの、「やおい・BL」では一つの大きな特徴とも言えた「攻×受」という要素が「百合」においては弱まっているということがわかる。
2、キャラ萌え型・相関図消費型
勝山(2011)の論じた「解釈ゲーム」における「キャラ萌え」型と「相関図消費」型について、各愛好家が行う「解釈ゲーム」がどちらに当てはまっているか調査した。
「キャラ萌え」型の「解釈ゲーム」が見られた場合は「C」、「相関図消費」型の「解釈ゲーム」が見られた場合は「S」と表記している。
結果、ほぼ全ての愛好家が「S」に当てはまった。「百合」における「解釈ゲーム」は「相関図消費」型にあてはまるようである。なお、ブログJについては両方の特性を併せ持っていたため、「C・S」と表現している。
3、好む作品
愛好家が「コミック百合姫」のような「百合」作品と、そうではない非「百合」作品のどちらを特に好んでいるか調査した。
「百合」作品を特に好んでいる場合は「Y」、「百合」作品をあまり読まずに非「百合」作品を好んでいる場合は「N」、大きな差が見られない場合は「Y・N」と表記している。
ブログ内の語りや、「百合」作品、非「百合」作品それぞれに触れている記事の数などから判断したが、非「百合」作品については「解釈ゲーム」を行うなど「百合」と結びつけて語られていた場合のみ判断基準として扱っている。
結果、「N」が比較的多く、「Y・N」と「Y」は同数であった。つまり、非「百合」作品を通して「解釈ゲーム」を行うなどといった形で「百合」コンテンツを楽しむという傾向を一切持たないという愛好家は少数であったと言える。
4、「ノーマル」作品への意識
「百合」愛好家が、異性愛を題材とした「ノーマル」作品に対してはどのような意識を持っているのか調査した。
「ノーマル」作品も好み、積極的に見ている場合は「◯」、「ノーマル」作品を見ることに抵抗はないものの、特別に好んでいるわけではない、積極的に見ようとは思っていないという場合は「△」、「ノーマル」作品に抵抗があり、一切見ないという場合は「×」で表記している。
結果として、「×」は一切見られなかった。「ノーマル」作品に対して強い抵抗を持っている愛好家はいないようである。一方で「◯」も比較的少数で、「ノーマル」作品に対して特別な関心を抱いている愛好家はそれほど多くないようだった。
5、「やおい・BL」作品への意識
「百合」愛好家が、「やおい・BL」作品に対してはどのような意識を持っているか調査する。
記号の基準については上記の【4、「ノーマル」作品への意識】と同様である。「やおい・BL」作品をこの身、積極的に見ている場合は「◯」、「やおい・BL」作品を見ることに抵抗はないものの、特別に好んでいるわけではない、積極的に見ようとは思っていないという場合は「△」、「やおい・BL」作品に抵抗があり、一切見ないという場合は「×」で表記している。
調査したところ、「×」がやや多いという結果になった。「◯」となったブログは一件のみで、「百合」愛好家の多くは「やおい・BL」作品に対して抵抗を抱いているとわかる。
6、男性登場人物への意識
作品内に男性登場人物が登場することに対してどのような意識を持っているか調査した。
作品内の男性登場人物に対し、特に嫌悪感などを抱いていない場合は「◯」、弱い嫌悪感を抱いている場合や、条件付きで登場を許容している場合は「△」、強い嫌悪感を抱いている場合は「×」として表記している。
結果、「×」や「△」など何らかの嫌悪感を抱いている場合が多く、「◯」は少数であった。
7、「男性の視点」への意識
男性向けポルノグラフィが持つ特性である「男性の視点」について、これに該当する仕組み・機能が「百合」作品に組み込まれることに対して愛好家がどのような意識を持っているか調査した。
「男性の視点」が作品内に組み込まれることに対し嫌悪感を抱いている場合は「×」、特に抵抗や嫌悪感が無い場合は「◯」と表記している。
結果、「×」のみが見られ、「◯」は見られなかった。「×」と表記されたのは男性のみであり、男性は「男性の視点」という仕組みに対して嫌悪感を抱いていることがわかる。
8、女性登場人物への意識
愛好家が「百合」作品を見る際に、女性登場人物に対して「かわいい」「萌え」といった表現を積極的に多用するなど、積極的に欲求や関心を抱いているか調査する。
女性登場人物を追求し、好感を言葉にするなどして積極的に表現している場合は「◯」、女性登場人物を追求していない場合は「×」とした。
結果、「×」は一つも見られず、特に女性側に「◯」が多く見られた。男性の愛好家のブログでは判断の根拠となる語りが見られない場合が多く、「-」が多くなっている。
9、両性具有
作品内において「両性具有」という設定が登場することについてどのように考えているか調査した。
両性具有設定を好む場合は「◯」、両性具有設定を好まない場合は「×」と表記している。なお、「嫌いじゃないですが、ふたは百合ではないと思ってます」(ブログK、「ふた」は「ふたなり」の略称)などのように、「両性具有」そのものには肯定的であっても「百合」作品に限って言えば否定的であるといった場合は「×」と判断した。
結果、「◯」は一つも見られず、「百合」作品における両性具有設定の登場については、愛好家全体で否定的に考えられていることがわかった。
10、愛情表現
「百合」作品内における女性登場人物の愛情表現について、愛好家の関心の度合いを調査した。
手をつなぐ、抱き合うなどのスキンシップや、言葉のやりとりによる愛情表現など、愛好家が注目する愛情表現のパターンは複数見られたが、とりわけキスシーンに注目し特別扱いする語りが見られた。そのため、愛情表現描写を好み、キスシーンにとりわけ強い関心を持つ場合は「◯」と表記している。愛情表現描写を好むがキスシーンに特別な関心を持っていない場合は「△」、愛情表現描写を好まない場合は「×」と表記した。
結果として「×」は一つも見られず、全ての愛好家が愛情表現描写に対し何らかの関心を抱いていることがわかる。特に「◯」の数が「△」に比べて多く、キスシーンに特別な関心を持つ愛好家が多いとわかる。
11、非恋愛関係での親密さ
恋人同士でない女性同士によるスキンシップや、親密な関係性を感じさせるやりとりに対する関心の度合いを調査した。ネット上で使われているスラングとして「イチャイチャ」や「キャッキャウフフ」というものがあるが、これも上記のような描写を示す表現として扱った。
非恋愛関係でのスキンシップや親密さの表現を好む場合は「◯」、非恋愛関係でのスキンシップや親密さの表現に特別な関心を持たないものの、女性は恋愛関係になくてもスキンシップなどを多く行うという印象を持っていた場合は「△」、非恋愛関係でのスキンシップや親密さの表現を好まない場合は「×」と表記している。
結果、「◯」の数が非常に多く、「×」にあたるブログは無かった。愛好家は非恋愛関係にある女性登場人物同士でのスキンシップや親密さの表現を好んでいることがわかる。また、特別な関心を持っていなくとも、少なくとも女性同士は恋愛関係に無くともスキンシップなどを多く行うという印象を持っていることがわかる。
12性描写
「百合」作品内におけるベッドシーンや性器の描写などの性描写に対して愛好家がどのような関心を持っているのか調査した。
性描写を好んでいる場合は「◯」、性描写を否定しないものの、それ以上に関心を抱き、優先しているものがある場合は「△」、性描写を好まない場合は「×」と表記している。
結果、「×」は見られなかった一方、「◯」よりも「△」が多く、性描写以上に優先している物があるという場合が多かった。
第二項 愛好家が好む「百合」作品
「百合」愛好家全体において共有されている傾向などが無いか調査するため、前項で示した項目ごとの調査に加え、愛好家がどのような作品を好んでいるかについても調査した。
表2の【好む作品】という項目において、愛好家の中でも「百合」作品を特に好む者と、非「百合」作品を特に好む者とに分かれていることがわかった。そこで「百合」作品を好む愛好家に限定して見た場合、愛好家ごとに作品媒体の好みの差が生じていることがわかった。そしてその違いは「漫画作品派」か「ゲーム作品派」に大別することができた。
例として、ブログAの作者は雑誌『コミック百合姫』及びその「百合姫コミックス」から発刊されるコミックを中心に読んでおり、ブログの記事もそのレビューが大半である。ブログDの作者は同様に『コミック百合姫』の作品を読んでいるが、ブログ全体においてある一作品のみについて触れているという特徴的な性質を持っていた。
一方ブログKの作者は『コミック百合姫』の作品にはあまり触れず、「百合」を題材としたゲーム作品(ノベルゲーム等)に対して特に強い関心を持っており、作者自身も「漫画よりゲームのほうが好きな傾向になります」と語っていた。
非「百合」作品を多く読む愛好家の間でも「百合」作品に触れる際には同様の差が見られており、ブログC、Fでは漫画作品が、ブログE、Jではゲーム作品が中心に取り上げられていた。取り上げられる作品も漫画作品の場合は『コミック百合姫』の掲載作品が多く、ゲーム作品の場合も取り上げられる作品はおよそ共通していた。作品媒体の好みの違いはあれど、媒体ごとに特に好まれる作品は代表的なものに絞られるようである。
以下に特に多くのブログで見られた代表的な作品を紹介する。
『ゆるゆり』
作品名 |
ゆるゆり |
作品媒体 |
漫画 |
作者 |
なもり |
出版社 |
一迅社 |
レーベル |
百合姫コミックス |
掲載誌 |
『コミック百合姫S』→『コミック百合姫』(『コミック百合姫S』休刊に伴い移動) |
連載期間 |
2008年6月18日〜連載中 |
コミックス |
既刊12巻(2015年1月15日現在) |
メディア展開 |
アニメ、ラジオ番組、ライブイベントなど |
アニメ化、ラジオ番組放送、ライブイベントの開催など様々な形で取り上げられ、『コミック百合姫』掲載作品の中でも特に強い人気を誇っていると言える。
ストーリー性の強い作品が多い『コミック百合姫』掲載作品の中では物語性が薄く、いわゆる「日常系」の作風と言える。
『コミック百合姫』掲載作品を好んでいるブロガーにも、どの掲載作品を特に好んでいるかという点において差異は少なからず見られた。しかし『ゆるゆり』は大半の愛好家の間で共通して読まれており、ゲームを中心にプレイする愛好家も『ゆるゆり』にはなんらかの形で触れているなど、愛好家の間では特に注目度が高い作品であるということが伺える。
『白衣性恋愛症候群』
作品名 |
白衣性恋愛症候群 |
作品媒体 |
ゲーム |
ゲームジャンル |
アドベンチャーゲーム(恋愛シミュレーションゲーム) |
開発 |
工画堂スタジオ しまりすさんちーむ |
発売 |
サイバーフロント |
対応機種 |
PlayStation
Portable |
発売日 |
2011年9月29日 |
対象年齢 |
全年齢 |
『ゆるゆり』ほどではないものの、今回調査したブログの中では、特にゲームを好む愛好家には比較的多く触れられていた作品である。
基本的には恋愛シミュレーションゲームだが、主人公、ヒロインは全員女性である。ヒロインは3人(下記の『白衣性恋愛症候群 RE:Therapy』では6人)で、各キャラクターにシナリオがあり、複数のエンディングが設けられている。主人公にも明確なプロフィール設定、性格、グラフィック、ボイスなどが設定されており、物語は主人公の一人称語りで進行する。各シナリオの終着点は、主人公といずれかのヒロインが恋愛関係となるというものである。
全年齢対象作品であるため、物語のクライマックスに挿入されるキスシーン以上の性的描写(ベッドシーンなど)はない。
開発元である「工画堂スタジオ」の中には複数の開発チームが存在し、チームによって男性向けAVG、女性向けAVGなど対象となるユーザー層の異なるゲームを開発している。「しまりすさんりーむ」の開発したゲームは『白衣性恋愛症候群』および『白衣性恋愛症候群 RE:Therapy』のみであるが、一部の開発スタッフが他の男性向けAVG開発チームにも関わっていることから、どちらかといえば男性ユーザーを意識して開発されたのではないかと推察できる。
なお、2012年6月28日にはこのゲームに新たなシナリオ、ヒロインなど新要素を追加し、WindowsPCでもプレイ可能となった『白衣性恋愛症候群 RE:Therapy』が同開発・発売元から発売されており、2015年4月には同開発元にてこのゲームの続編として制作された『白衣性愛情依存症』が「工画堂スタジオ」からPlaystation Vita向けに発売される予定となっている。
第三項 多く読まれている非「百合」作品
非「百合」に関しては「百合」作品の時と違い、好まれる作品は愛好家ごとに多種多様な差が生じていた。「解釈ゲーム」の題材として選ばれる作品の特徴として、作中に女性キャラクター同士で親密な関係性の描写があるという点や、男性キャラクターがほとんど登場せず女性キャラクターの比率が圧倒的に高いという点があったが、これらの枠に当てはまらない作品を題材に「解釈ゲーム」を行うブロガーも存在した。
好まれる媒体の傾向としては、漫画作品を好む者やアニメ作品を好む者、ゲーム作品を好む者など、ある程度の差はあったが、「百合」作品とは違いそれほど大きな差ではなかった。
漫画作品については一部の愛好家で目立って取り上げられている雑誌があったため以下で紹介する。
『まんがタイムきらら』
作品名 |
まんがタイムきらら |
作品媒体 |
漫画雑誌 |
出版社 |
芳文社 |
刊行形態 |
月間(毎月9日発売) |
刊行期間 |
2002年5月〜刊行中 |
Webサイト「ぷらちな」で公開されている雑誌編集者へのインタビュー記事「萌え4コマ、いいカンジ? 芳文社『まんがタイムきらら』編集部インタビュー」によると、読者層は8:2から9:1程度で男性の割合が圧倒的に多い。また年齢層は創刊当初は20代後半から30代が中心で、記事が掲載された2007年の時点では10代が増えているという。
「萌え系4コマ」を中心とした雑誌であり、あくまで「百合作品」は扱っていない。
複数の姉妹紙が刊行されているが、コミックスは共通して「まんがタイムKRコミックス」というレーベルから刊行されている。
あくまで「百合」はメインコンテンツではない。『まんがタイムKRコミックス -GL series-』のような百合アンソロジー作品の掲載を行っていたコミックスも刊行されていたものの、現在は休刊している。
実際の雑誌掲載作品も「百合」でないものが大半だが、特にアニメ化された作品については愛好家の間で「解釈ゲーム」の題材となることが多い。当研究で調査対象としたブログの中にも「まんがタイムKRコミックス」からアニメ化した作品に言及しているものが複数存在している。
その他の特徴として、「4コマ漫画」という特性上物語性の少ない作品がほとんどであり、いわゆる「日常系」が多い。
また、女性キャラクターの比率が非常に高い(男性キャラクターがほとんど登場しない)という特徴を持つ作品も多く、特にこういった作品がアニメ化されるなど多くの注目を浴びている。
実際にアニメ化された掲載作品には『けいおん!』などがある。