第二章 先行研究のレビュー

 

第一節 行政(自治体)の役割

2007年に取りまとめられたWLB憲章※1では、自治体の役割は「地域の実情に応じた展開を図ること」とある。また渥美由喜(2008)は、WLB推進に対して、自治体が率先推進し、社会全体の機運を加速させることで、子どもを産み育てやすい社会経済環境作りが進展していく期待もされていることを示唆した。

そして、自治体の強みとして「質の高い情報を持っている」「信用がある」の2点から、自治体の持つ機能として、(1)情報提供機能、(2)コーディネイター機能、(3)インセンティブ機能の3機能を挙げた。情報提供機能とは、WLBを広める施策とWLBを深める施策の2つを軸にした情報を子育て支援、WLBに取り組む各主体、企業、NPOや個人に対して情報を提供することを指す。次にコーディネイター機能とは、それぞれの主体同士の連携を進めるために各主体が出会う場を提供することを指す。そして、インセンティブ機能とは、企業に報酬を期待させてWLBに取り組む意欲を高めさせることを指す。

 

1 WLBに関する自治体の施策の類型化(次ページに続く)

自治体の

持つ機能

 

具体的な施策

 

主な内容

 

 

 

 

 

(1)

情報提供

 

 

 

WLB

「広める」施策

 

表彰制度

自治体の首長名等により先進的な取り組みを行う企業を表彰する。

 

認定・認証制度

自治体独自の基準に基づき、先進企業を認定・認証する。

 

その他

子育て応援宣言企業登録

先進企業事例の広報

先進企業の事例集・

データベースの作成

 

WLB

「深める」施策

マニュアルの作成

アドバイザーの派遣

アドバイザー養成講座

(2)

コーディ

ネイター

ロールモデル・データベース

マッチング事業

各主体が出会うことができるWebサイトをホームページ上に作成する。

(3)

インセン

ティブ

 

融資・貸付

地域の金融機関と連携して、いくつかの条件をクリアにした企業への融資金利を市場金利によりも割安に設定している。

入札優遇

奨励金・助成金・補助金

男性の育児休業取得者、短時間勤務取得者がでた企業、従業員への報奨金

渥美(2008218)の図表に一部加筆

 

「質の高い」政策は、成功モデルとして模倣され広まっていく傾向がある一方で、地域の特異性に反映した独自の施策も少なくない。

そして、今後の課題としては、「偏りの是正」と「情報の密度の向上」を示した。前者は、大企業、地域、業種別に偏りがあることから、中小企業や事例の少ない自治体、業種の重点的な発掘をするべきだと述べる。また後者の方は、制度の運用状況に関する情報が少ないことや取組み内容が表層的なものに留まっていることから、運用状況の把握、プロセスの明示、ネガティブな情報の発掘などを行うことが望ましいと述べている。

また渥美(2008)は、企業の取組みに関する情報を幅広く収集し、一般企業にも広めていくことは行政にしかできないと論じる。特に中小企業の情報がほとんど収集されていないため「地域ごとに自治体が中小企業の先進事例情報を収集し、周知する」役割を行政が担うことが期待されていると指摘した。

 


 

第二節 行政主導による企業コストの軽減

松田茂樹(2007)は、企業に対する両立支援には「コスト」がかかり、「コスト」そのものが高いことから、特に体力の弱い企業を中心に導入の障害となっていると述べる。また、企業における両立支援の普及のカギは、両立支援のコストをいかに軽減できるか、もしくはいかに社会的に分散できるかにかかっているとも述べた。

国や自治体は、体力のない企業の両立支援の取組みを促すために、各種支援をしている。例えば、助成以外の経済的優遇措置としての入札参加資格などの資格審査で、「次世代育成支援推進法」に基づく「一般事業主行動計画」(以下、行動計画)の策定等に取り組む企業を優遇することで、企業がWLBを推進しやすい仕組みを作っている。

松田が行った企業調査(2005年 第一生命経済研究所)では、「公的機関への要望」として、「次世代育成支援が一定水準に達した企業への税制優遇」や「次世代育成支援に関する情報提供」、「企業が次世代育成支援について相談できる窓口の設置」の順で挙げられた。また、企業が行う各種施策を実施するための経営的負担が大きいと答えた企業は、2社に1社にのぼっているという結果も導き出された。

故に、「対象を限定した経済的インセンティブの拡充」と「企業の両立支援状況の情報公開の徹底」をすることで、前者では、両立支援にかけたコストを競争入札における優遇で回収することができ、後者は情報公開の促進により優秀な人材の確保につながると考えられ、結果として両立支援に投じたコストを回収することができるとしている。


 

第三節 中小企業の特性と課題

第一項 中小企業が持つ柔軟性

渥美(2008)が行った国内外の実態調査では、半分以上の地方の中小企業はWLB施策を推進していたことや中小企業の従業員の方が「仕事と家庭生活を両立しやすい」と感じていたことがわかった。よって、「中小企業」は経営者の考え方一つで柔軟に対応できる「機動性」や「柔軟性」を兼ね備えていると論じている。また、松田(2007)では2006年の中小企業庁が行った調査から中小企業、特に従業員数20人未満の企業については、両立支援制度はないが両立しやすいように、経営者が社員の事情を把握し各人に応じた配慮がしやすいことも紹介していた。

 

第二項 行政の企業支援に関する課題

松田(2007)は近年、企業に両立支援の取組みを促す法制面の動きがすすんでいると述べた。その一方、正社員のみが対象の育児休業や勤務時間短縮措置は3歳未満の子どもをもつ社員であるなど両立支援の対象層は限定されていること、100人以下の中小企業は行動計画の提出義務が課されていない現状もあると述べた。

また松田(2007)は、企業の両立支援の導入は従業員のニーズより、経営的なゆとりから決まっている傾向があると述べる。それゆえに、推進するためには中堅・中小企業における施策の導入が課題としている。しかし、両立支援を実施するためには少なからぬ負担がかかるため、体力のない企業においては、導入が進んでいないのが現状である。また、行政が既にいくつかの支援を実施しているが、中小・中堅企業、体力のない企業にとっては、それらの支援が必ずしも十分だとは言えないことをも松田は指摘している。

しかし、両立支援制度は当面の導入コストをかけるものであり、少なくとも直ちには利益に結びつかないという現状認識に立ち、企業の両立支援の推進方法を探っていく必要が企業にあることも指摘している。


 

第四節 この章のまとめ

 行政は、企業に対する各種支援を整備し提供している。それを踏まえた上で、富山県における行政の企業支援の現状を分析し、直面している課題を明確にしていきたい。

 その際、松田(2007)、渥美(2008)両論文で指摘されている「情報」に関する視点、つまりWLB推進に必須となってくる情報の質や公開方法の部分にも着目する必要があるだろう。さらに、WLBに関する取組みについて、導入コストが大きく、事例情報も少ないとされる中小企業の現状を踏まえたうえで、WLB推進に関する企業支援の問題点も探っていこうと思う。

第三章では富山県が取り組んでいる2つの取組みについて、第四章では求職者の意識部分、そして第五章では中小企業の現状調査について上記の視点を持って考察していく。