第二章      先行研究

 

第一節      「忍者」の形成

吉丸(2012)は、南北朝時代から戦国時代まで活躍した実像のある「忍びの者」は、江戸時代に入ってからは実像を失い、伝承や文芸の中にのみ存在する虚像の「忍者」へと変容したと言う。吉丸によれば、そのような虚像の「忍者」像は、次のように形成される。

 

虚像としての「忍者」は次のように形成されていく。事実の伝承をもとにある特徴的な、人の関心をひく「忍びの者」の話が記される。いったん登場すると、それがひな形となり、似た構成の話が続けて生み出される。結果として世間共通の一定のイメージが形成され、「忍びの者」とは違う「忍者」像ができあがっていく。

 

そのような虚像の「忍者」は、本来の「忍びの者」が行う諜報・破壊活動・窃盗などをただ行うだけでなく、修行によって身につけた超人的な忍術によって遂行する点が特徴であると言う。つまり、「忍者」は忍術を使うからこそ「忍者」であり、「忍びの者」は忍術を身につけている必要はない。忍び装束を纏って夜盗を行う者は「忍びの者」の範疇であっても「忍者」ではなく、「忍者」が使う超人的な技術である忍術は、人間の能力を拡張した超人的な体術と、超自然的な変化の術の二つに分けられる。吉丸によると、前者は暗闇で目が見える、遠距離への早駆、塀を飛び越える、遠くまで泳ぐことができるなどで、後者は鼠などの動物に化けたり、姿を消したり、まぼろしを見せるといった行為である。

 

第二節      クレオール化

松居(2007)によれば、欧米カルチャーにおける「日本」という対象は単一の方向性を持つものではなく、新旧の相反する様々な要素を取り入れたカオス的な場となっているという。松居は、そのような場では伝統的な日本イメージ、すなわち侍や忍者などは元の日本文化から引き剥がされ、換骨奪胎されて欧米独自の視点で描かれていると言い、「元の文化圏においては統一性と持続性を持っていた文化的要素が、他の文化圏において断片的な要素として受け入れられ、再構成されて流用されている」。このような現象を「クレオール化」と表現した。

米アンタークティク社より刊行されている『Mangazine』第一号(1987)から現在まで連載を続けている『Ninja High School』(NHS)は、高橋留美子による「うる星やつら」の影響を非常に強く受けているとされる。アメリカ人が日本の漫画を参考に日本風のコミックを描いただけに思えなくもないが、このコミックの舞台はアメリカ中西部の郊外の高校と設定されており、主人公はありふれたアメリカの中流階級の家庭の一員である。松居は、こうしたアメリカ的要素の中に忍者が登場するということは、「ニンジャという表象が本来の歴史的存在から引きはがされて、アメリカの生活空間の中に組み込まれるというクレオール化が見られる」と指摘している。

 

第三節      まとめ

日本で「忍びの者」から「忍者」が生まれ、忍者表象に変化が生じたのと同様に、アメリカで忍者作品が製作されるようになった際、それまで日本忍者が持っていた何かしらの要素がクレオール化を遂げ、アメリカ独自の忍者へと変容していった。米国作品内で描かれる、日本人が見るとどこかおかしい忍者は、そのようなクレオール化によって生まれるものであると考えられる。では、実際の米国作品における忍者表象の特徴はどのようなものであろうか。また、その特徴は本当に日本の忍者表象からのクレオール化によって生まれたものなのであろうか。具体的な作品を見て検証していく。