第4章 男性保育者のキャリアと孤立

 

第1節 男性性と不可視化戦略・可視化戦略

 

第1項 トークン

トークンの視覚的特徴の3点に当てはまる部分があったため、男性保育者がトークンであるということがわかった。

まず、今回インタビュー調査した範囲では、保育園や幼稚園の各園に男性保育者はほとんど1名ずつしかいないという点である。インタビューを行った後日に、追加で質問したところインタビュイー3名の内、Aさんの保育園のみ男性が2名働いている。しかしもうひとりの男性は園長である。Bさん、Cさんの職場では、男性は本人たちしか働いていない。Aさんによれば、勤務地市内の保育施設で男性が2名以上いる園は、およそ10%であるという。また質問紙調査でも、自身を含めた男性保育者の人数が13名の職場がほとんど(10部中8部)であり、女性保育者に比べると男性保育者は少ない。数十名働く職場に男性が13名しかいないということは「可視性」に当てはまっている。

また以下のAさんの語りから「対照性」「同化」と思われる点が見られた。

 

A:忘れ物を多くしてしまって、「男の人って雑だよねって決めつけられて言われるような言葉をかけられた経験はあります。

 

下線部は、男性が女性に比べて雑であるという「対照性」と、男性=雑というステレオタイプに当てはめられた「同化」のどちらにも捉えられる。

「同化」の例として以下も見られた。

 

A:男性=機械の操作に強いっていうイメージが強いみたいで、「カメラの操作教えて」「パソコンちょっと教えてくれ」とかよく聞かれます。

 

ここでは、女性職員が「男性は機械操作に強い」というステレオタイプに当てはめていることから、「同化」であることがいえるだろう。

以上のことから、本調査においても、男性保育者は、視覚的特徴に当てはまっており、トークンであるといえる。

 

第2項 遂行困難な不可視化戦略

男性保育者が不可視化戦略をとることに関して、不合理な部分が見受けられた。それは保護者や同僚からの期待や不安、反応から「男性」という見方が抜けないという点である。

以下の語りがその例である。

 

A:今年担任についたんですけど、「先生担任なら子どもと一緒にどこでも連れてってくれるんでしょ?」みたいな感じで。(Aさんが)今子どもを外に出して色々体験させる保育を意識しているので、「どんどんさしてくださいよー」「先生じゃないと出来ないような体験してくれるんでしょ?」とよく言われるので期待はされると思っています。

 

C:男性にしかっていうのはわからないんですけど、力仕事はよく頼まれます。あと最近は畑仕事もよく頼まれます。女性もするんですけど、男性がすることが多いと思います。

 

A:女の子が泣いていたから、(膝をさすりながら)「大丈夫だよ」と言ってたことがあったんです。そしたらある保護者から、「私それ見ながら、いやらしいって思った時があったんです」って言われたことがありました。女の子がすごく泣いているからなだめて「(膝をさすりながら)大丈夫―?」ってしているのが、そういう風に映るんだなって。それはすごくショックだった。おれは別にやましい気持ちでやってたわけじゃないから。それからは気を付けないといけないなと思いました。

 

1つ目のAさんの語りから、保護者が男性保育者に対して、今までにできなかったことをしてくれるという期待を持っていることがわかる。もし、「男性」という見方がなければ、このような期待は持たず、女性保育者と変わらない反応をするだろう。

また2つ目のCさんの語りからも、同僚が男性保育者に対して、「男性」としての期待を持っていることがうかがえる。力仕事は男性の方が向いているという見方があるため、そのような仕事を任されるのである。

3つ目のAさんの語りからは、保護者が男性保育者に対して、不安を抱いたことがうかがえる。保育者としての行動が、保護者からは「男性」としての行動ととらえられてしまうことがある。

このような保護者や同僚からの期待や不安は、男性保育者が保育職を性中立的な仕事にしようと試みても、それを阻止するだろう。このように周囲の「男性」という見方が抜けないため、不可視化戦略が困難となってしまう。

 

第3項 可視化戦略の遂行

多くの男性保育者が自然と可視化戦略の方が合理的と考え、遂行しているのである。以下では、可視化戦略をとっていることがうかがえる。

 

A:(高いところの)電気替えるとかはありますね。あとは男性=機械の操作に強いっていうイメージが強いみたいで、「カメラの操作教えて」「パソコンちょっと教えてくれ」とよく聞かれます。あとは、体動かす系かな。体操するってなったら、「ちょっと前に出てやってくれ」とかいうことは多いと思います。女性のみの仕事っていうのは、裁縫。ボタンがはずれたときは、「私がやってあげる」とか言われます。縫えないことはないんですけど。髪の毛しばるのも、女性の先生がしてくれます。あとは自分が、高いところの電気を替えたり力仕事をしたりします。(電気交換や力仕事が)決して嫌なわけじゃなくて。自分はピアノが苦手なので、女性の先生が「私弾いてあげるよ」っていったら、「お願いします」って。持ちつ持たれつってとこがあると思います。

 

B:自分で率先してっていうものありますけど、男性女性っていうか僕にできる高いところの作業とか。「それやりますよ」「いつでも言ってください」って言います。本当に簡単な事ですけどね。

 

一般的に男性の方が力仕事や高いところでの作業、体を動かすことを得意としているため、そのようなことを任されることが多い。しかし男性保育者の方々はそれを嫌がることはなく、むしろそこで男性性を強調することができる。男性が得意なことは男性が、女性が得意なことは女性が、という持ちつ持たれつの関係性が存在することによって、お互いがお互いの必要性を感じられるのである。以上のような語りから、男性保育者は基本的には可視化戦略をとっているといえる。

 

第4項 不完全な可視化戦略

保育職に従事する男性は基本的に可視化戦略をとっているが、完璧な可視化戦略をとっていないと感じられる部分が先ほど例に挙げた語りから見受けられる。

 

C:男性にしかっていうのはわからないんですけど、力仕事はよく頼まれます。あと最近は畑仕事もよく頼まれます。女性もするんですけど、男性がすることが多いと思います。

 

B:自分で率先してっていうものありますけど、男性女性っていうか僕にできる高いところの作業とか。「それやりますよ」「いつでも言ってください」って言います。

 

CさんとBさんの下線部の部分は、「女性もしている」というニュアンスを含んでおり、男性性の可視化を無化している発言である。

これは「保育職」が「女性職」であったため、男性性を主張しにくいためである。女性のみで成り立ってきたところに、男性がひとり入ってきたからといって、仕事内容が変わることはほとんどない。男性がいなかったときに比べて力仕事などの負担が少し軽減するだけであり、女性も力仕事はする。このような状況が生まれるため、「男性にしかできない」「男性ならでは」という仕事が見つけられず、下線部のような無化する語りをせざるを得ないのだろう。保育職に就く男性が、男性性を強調していくのには限界がある。

もともと女性職とされてきた保育職では可視化戦略を行うことに限界があるため、日常的にはあまり用いられないだろう。その結果、不可視化戦略も合理的ではなく、可視化戦略も完全には行いにくいことになるため、看護職と同様にどちらかの戦略を選択し、完璧に遂行することが困難となるのではないか。


第2節 男性保育者の孤立

女性が多い現場に男性が一人で入っていくことに関しては、ほとんどの方が専門学校や短大などの学校に入学した時点で経験しており、それを就職する前に不安には思わないようだ。しかし、やはり女性職員とのコミュニケーションが取れずに、苦労することがある。

 

C:僕は、(もともと)女性と関わるのがすごく苦手だったので、就職してからもやっていけるかなっていうのは以前から思っていました。短大に通い始めてから普通に関われるようになって、「あっこれなら大丈夫かな」って思って就職しました。(中略)最初は苦労しました。短大で慣れたっていうのもあったんですけど、やっぱり初対面のかたとはどうしても緊張してしまって、なかなか上手く話ができないことがあった

 

A:やっぱり職場に馴染むのには苦労すると思います。同期に男の人がひとりいたり、先輩に男がいたりすると違うと思うんですけど、ひとりだと話したりするのは、やっぱりドキドキしちゃう。

 

A:どうしても若い自分って保育技術もないし、人との人間関係の築き方も未熟だし、女性しかいないからどう喋っていいかがわからなかったりして、なかなかうまく会話できないこともあって、(女性保育者に)ちょっとーって思われることもあったと思います。

 

Cさんのように学校で女性の多い環境には慣れてはいても、異性に話しかけることは難しく、職場に馴染むのに苦労する男性保育者が多いようだ。

またAさんのように、何を話していいのかわからず、女性との人間関係の築き方に悩む人もいるようだ。質問紙調査でも、「女性ならではの話題についていけない」といった記述があった。女性とのコミュニケーションの取り方を真似したり、聞いたりできる男性が同じ職場にいないことも、苦労する要因の一つといえる。

もちろん性格や職場の雰囲気によって、すぐに馴染むことができる男性保育者もいるだろう。しかし、今回のインタビューでは、そのような人はいなかった。

また、周りの同僚からの“男性”という見方から、きつい言葉をかけられることも多いという。

 

A:職場で園長先生がすごく買ってくださって、仕事場に就きました。(中略)園長先生に気に入れられてしまっていたので、(Aさんは)何にもしていないのに「あんたは園長先生に気に入られていいよね」と言われたり、少し、妬みでもないかもしれませんが、そういう風に思われた女性の先生に「ほうき掃くときはこうやりなさい」って怒られたり、「ここはこうやってやりなさい」って言われるたりすることは結構ありました。

 

男性が一人と言うことで、気にかけてくれる人がいる一方で、それをよく思わない人も出てくる。そのような人から、きつい言葉をかけられることによって、より孤立しやすくなる。

またAさんは、新人の保育者は保育技術もないため、どうすればいいのかわからず、より孤立しやすいと語っていた。

 

A:自分に保育の技術があれば、少しずつ見方も変わってくるし、言われることも少なくなってく。どうしても若い時分って保育技術もないし、(中略)それがだんだん少しずつ、保育技術がついてくれば、自分でいろいろできるようになっていくんで。それができてないことに、組んでる先生はイライラするんだよね。(中略)一年目の自分は(ピアノが)弾けないから、前で踊るしかないんだけど、その踊り方も教えてくれないので、わからないんです。だけどその先生はイライラしてるから、「弾けないんだったら踊りなさいよ」って言われるけど、「踊り方教えてくださいよ」と言っても、「それくらい自分で考えなさいよ」って怒られたりして。(踊りを)振り付けられるようになったり、自分で考えて意見を言えるようになったりすれば、「私はこう思うんだけど」って言えれば、歯車が噛み合ってくるんだけど、(新人の頃は)意見もないし、何をどうすればいいかもわからないから、先生に従いますっていうことしか言えない。

 

女性の中に男性がひとりという孤立感に加えて、新人の抱える孤立感により、若い男性保育者は孤立しやすい。保育に関することはもちろん、人間関係のことなどを相談できる人が職場にいないということも、さらに孤立感を高めていくだろう。新人の頃は、女性の多い職場に馴染むことに時間がかかるため、異性の同僚に相談することは難しい。同じ保育施設に男性保育者が複数いれば、悩みを相談し、解消しやすい。しかしそれができずに、保育職を離れてしまう男性も少なくないだろう。

 

 


 

第3節 この章のまとめ:2つの戦略の場当たり的な混合

男性保育者は男性看護職員と同様に、男性性の不可視化戦略と可視化戦略をその場その場で用いている。男性看護職員は直接女性の患者と接触する機会が多く、その時に嫌がられる場合が多いので、不可視化戦略は行いにくい。一方、男性保育者は触れ合う機会の多くある子どもたちから嫌がられることはほとんどない。しかし男性保育者の場合、同僚や保護者からの“男性”として見られるから、不可視化戦略を遂行しにくい。その結果、可視化戦略を遂行せざるを得なくなるのだ。ところが、その可視化戦略も男性の少なさから限界があり、完璧には行えない。こうした可視化戦略の限界から、男性性を無化する発言が語られ、不可視化戦略と可視化戦略が入り混じってしまう。“男性”という見られ方に違いはあるが、男性保育者は男性看護職員と同じく2つの戦略を場当たり的に行っているのだ。

また男性保育者は女性保育者とのコミュニケーションが取れず、一定の距離を保つため、孤立しやすく、人間関係に悩むことが多い。特に新人の男性保育者は、男性の抱える孤立感と新人の抱える孤立感という2つの孤立感に悩む。ところがその悩みを相談できる相手もできにくいため、保育職を離れようと思ってしまう男性も多いのではないだろうか。そうした中で、低い賃金は離職を踏みとどめさせる要因にはならない。もし、人間関係に悩んでいても賃金が高ければ、保育者を続けるかもしれない。しかし、全職種平均よりも約10万円も低い現状では、男性保育者のキャリアを形成していく上での助けにはならないだろう。質問紙調査でも、「保育者の賃金は低すぎる」「給料水準を今の1.5倍から2倍くらいに上げてもらわないと困る」といった意見もあったことから、保育職全体の賃金を改善していく必要があると思われる。(※4