第六章 まとめ・考察

第一節 「あみたん娘」と「恋旅」の比較

 これまでの調査から、「あみたん娘」と「恋旅」にはいくつもの相違点があり、全く異なる性質を持った活動であるということがわかっている。「あみたん娘」はもともと萌えおこしを意図したものではなかったが、松原氏の存在や周囲から受ける影響、ファンが能動的に活動しやすいという環境など、いくつかの要因が働いて「萌えおこし」と呼べるような活動となった。しかし、「恋旅」に関しては、「萌えおこし」という呼び方が果たして適切なのか疑問である。こうしたことから、コンテンツを用いた町おこしを全て「萌えおこし」という言葉で表現出来るとは限らないものと考えられる。そこで、ここでは「萌えおこし」と呼べる活動とそうでない活動のそれぞれの特性について詳しく論じていきたい。

 まずは、「あみたん娘」と「恋旅」における主な違いを整理し、以下の表にまとめてみた。

 

 

あみたん娘

恋旅

萌えキャラか否か

周囲は萌えキャラとして認識

萌えキャラと認識されているかは確認出来ていない。運営側は一般向けキャラを主張

ターゲット

松原氏のファンやアニメ・マンガファン層、独自の路線に着いて来てくれる人

一般的で幅広い層

公式コスプレイヤーの有無

公式コスプレイヤーがいる。

公式コスプレイヤーはいない。

ストーリー制作の

タイミング

設定をもとにキャラクターが制作され、小説によるストーリーは後付け

ストーリーとキャラクターが揃った状態でのスタート

物語のジャンル

戦闘、アイドル

恋愛

二次創作に対しての意識

寛容

否定的

発展のステップ

キャラクターだけだったものに物語性が加わり、声優が付いたりCDを発売したりするなど、段階的に発展している。

初めからキャラクターとストーリーが揃っており、コンテンツ自体の完成度がもともと高い。

 

61 「あみたん娘」と「恋旅」の比較

 

「あみたん娘」はその外見によって周囲から「萌えキャラ」として認識されており、ターゲットもアニメ・マンガファン層を主としていることから、萌えおこし的な活動であると言えるだろう。一方で、「恋旅」は活動の運営側が“萌え”を否定しており、ターゲットに関してもアニメやマンガを好む層だけでなく一般的で幅広い層を視野に入れている。こうした点からも「恋旅」は、「萌えキャラフェスティバル」に参加するような萌えおこし的な活動とは異なるものと思われる。

 発展のステップに関しても、「あみたん娘」はユーザーを巻き込みつつ、少しずつ段階を踏んで発展を遂げているのに対し、「恋旅」は初めから全て揃った状態で“完結”したものであり、ユーザーによるファン行動と活動の発展の部分は切り離されたものとして捉えることが出来る。

 また、「物語のジャンル」に関しては、「あみたん娘」だけでなく、他の萌えおこしでも「恋愛」をメインに扱った作品は少ないということが第四章の「全国萌えキャラフェスティバル」の調査でわかっている。このことから、物語性においても、「恋愛」をメインテーマとした「恋旅」と他の萌えおこし的な活動は異なる性質を持つということがわかる。

 ここで、次の3つに論点を絞りたいと思う。

(1) “萌え”の有無がもたらす違い

(2)萌えおこしにおいて恋愛要素が少ない理由

(3)ユーザー参加型の活動とそうでない活動の違い

 

 次節からは、以上のことを念頭に置きながら考察を進めていくこととする。


 

第二節 「萌えキャラ」であることの意味とアイドル性

(1)の論点について述べる前に、そもそも萌えおこしとして認められる要因とは何なのかを確認しておきたい。第四章の調査では、「萌えキャラ」の容姿に関して、「あからさまな外見の萌え要素」だけでなく、著名なイラストレーターによるキャラクターであるということもファンを惹きつけるための要素であるとわかっている。よって、萌えおこしとして認められるための要因の1つとして、“プロのイラストレーターによる絵柄の可愛らしさ”が挙げられるだろう。これは、キャラクターを見た周囲の受け取り方によって「萌えキャラ」であるか否かが判断されていると言える。ここで、本題である“萌え”の有無がもたらす違いについて論じていく。

現時点で明らかとなっているのは、周囲が“萌え”と認める要素があることによってそのキャラクターは「萌えキャラ」として受け取られるということだ。これは、受け手の中で「萌えキャラ」として記号化され、カテゴライズされているということになる。記号化されたキャラクターを用いることには次のような利点があると考えられる。それは、初めにキャラクターを売り出す時、「○○キャラ」といった具合に特定の枠にカテゴリーされている方が受け手にとって馴染みやすく、受け入れやすいという点である。また、「萌えキャラ」として記号化されたキャラクターは特徴が掴みやすく、二次創作でも扱いやすいのではないだろうか。そうすると、アニメ・マンガ文化のように、ユーザーを巻き込みながら発展していく分野にとって「萌えキャラ」は相性が良いと言えるだろう。

次に、(2)の論点について考えていきたい。まず、萌えおこし的な活動で「恋愛」をメインテーマにしたものが少ないのは、キャラクターを第一線に置いていることが原因ではないだろうか。例えば、ストーリーがメインの商業アニメなどは、物語自体に魅力があることが重要であり、ストーリーと一緒にキャラクターを好きになるというのが自然な流れであると思われる。一方で、キャラクターをメインに押し出す萌えおこしでは、キャラクターがアイドル的な存在として扱われているように感じられる。川田(2012)は、キャラクターに実際ふれあうことのできる、二次元と三次元の間を提供することを「2x次元」(xは可変)と名付けており、その例として、「知多娘。」の声優がキャラクターの分身としてイベントに登場することなどを挙げている。つまり、「2次元のいわゆる「萌えキャラ」に、3次元の「ご当地アイドル」を組み合わせる手法」であるそうだ。川田の論述に基づいて考えると、「あみたん娘」の公式コスプレイヤーについても、この「2x次元」が当てはまるだろう。実際に「あみたん娘」と「知多娘。」以外にも、公式コスプレイヤーや声優の付いているキャラクターがいくつも存在しており、やはり、萌えおこしのキャラクターにはアイドル性のようなものが意識されていると言えるだろう。また、第四章でも述べたように、萌えおこしにおける物語性は、設定や素材の補充という意味合いを感じられるものが多い。こういった点と、キャラクターの持つ「アイドル性」を合わせて考えると、萌えおこしには恋愛要素は不要なものとして捉えられているのではないか思われる。


 

第三節 「恋旅」における特殊性

これまでの調査と考察によって、「あみたん娘」を含む萌えおこし的な活動の特徴は明らかになってきた。それに対して、「恋旅」に関しては他の活動と比べて異質であり、全貌が理解しにくいものと思われる。よって、(3)の論点を考えるにあたって、「恋旅」の持つ特殊性について整理しておく必要があるだろう。

「恋旅」の調査によって確認されたのは、次の4つのポイントである。

A.「地域に来てもらうこと」を重視している

B.万人受けを強く意識している

C.ストーリーと作品のイメージにこだわりがある

D.二次創作に対して否定的である

 

まず、「D.二次創作に対して否定的である」ことの原因は、BCの特徴に関係していると推測される。「恋旅」は特にストーリーにこだわりを持ち、そして、一般の人に受け入れられることを強く意識している。つまり、オリジナルのストーリーの世界観・イメージが一般向けであることが重要だと認識されているものと考えられる。それを二次創作によって別の方向にイメージを変えられてしまうことを懸念しているのではないだろうか。また、「恋旅」は「地域に来てもらうこと」が目的として顕著であるが、運営側にとってこの「来てもらうこと」と二次創作は結びつかないのではないかと考えられる。一方で、他の活動は二次創作を「ファンの盛り上がり」として認識し、地域のPRに結びつくものだと捉えているように感じられる。実際にユーザーによる二次創作活動が行われていることも第四章で確認できている。さらに、「あみたん娘」の調査では運営側が二次創作に対して静観の姿勢を示していることも明らかとなったほか、「知多娘。」や「ことまきプロジェクト」などにおいては二次創作を歓迎、推奨するとウェブ上で公言している。第二章では二次創作活動が「ファンの盛り上がり」を反映しているという仮説を立てたが、ここでは十分な物語性があったとしても、活動の主体がそのような構図を期待しているとは限らないということがわかった。このことは、ユーザー参加型の活動ではない「恋旅」の大きな特徴の1つと言えるだろう。

ここで、「恋旅」のストーリーは地域との結びつきが深い物語であり、それがあってこそ「恋旅」という活動が成り立つのだと言うことが出来る。「そのあとのストーリーとかを勝手に作ってもらっても困りますからね。」B氏も語っていたように、仮に二次創作によって地域と切り離されたストーリーがいくつも創られた場合、地域との結びつきを弱めてしまう危険もあるだろう。つまり、ユーザーによる創作活動が活発に行われるようになると、オリジナルと二次創作との境界が薄れていくという可能性が考えられる。そうなれば、「恋旅」の持つイメージ・世界観が壊されることや、「恋旅」=南砺市という結びつきの希薄化が起こりやすくなる。特に、地域との結びつきを弱めることは「恋旅」にとって致命的であり、懸念されて然るべき点であろう。

 

第四節 新たな枠組みと今後の可能性

 これまでの調査から、「あみたん娘」と「恋旅」の2つの事例は、一言で「コンテンツを利用した町おこし」と言っても、その性質には大きな違いがあるということがわかった。特に、「恋旅」の取り組みに関しては、その内容から考えても非常に特殊な事例であると言える。そこで、この2つの事例を新たな枠組みで捉えることは出来ないだろうかと考えた。

第一節では、「あみたん娘」のように周囲が「萌えキャラ」として記号化できるキャラクターは、ユーザーを巻き込んで発展していくような活動にとって相性が良いという結論に至った。運営側がファン行動に対して寛容的であり、ユーザーが能動的な活動を起こしやすい環境にあるということもわかっている。従って、「あみたん娘」には実際にユーザー同士の「コミュニケーション」を行うための「ファンコミュニティ」を形成できる条件が揃っていると言ってよいだろう。ユーザーのリアクションも二次創作として反映されており、現在のファン行動はあまり目立ったものではなくとも、今後の展開によっては「ファンコミュニティ」がさらに大きくなっていくことも十分に期待できる。さらに、小説の連載など、継続的な物語性の投入も行なわれるようになったことから、第二章で仮説として示した「ユーザーの盛り上がりの仕組み」と近い現状にあると言えるのではないだろうか。これらのことから、「あみたん娘」を新たな枠組みで括るとすれば、「コミュニケーション型」と呼ぶことが出来るだろう。

第二章では、ユーザー同士の「コミュニケーション」は、聖地巡礼の誘発にも大きく働きかけているということがわかっている。しかし、「恋旅」に関しては、コンテンツを楽しむ行為が直接的に聖地巡礼行動に繋がり、「コミュニケーション」の部分がそのための要因になるとは考えにくい。通常の聖地巡礼ではユーザー自身がコンテンツと地域の“結びつき”を見つけ出すというプロセスが成り立つと第二章で説明したが、「恋旅」の場合は、活動の運営側が自らコンテンツと地域を結びつけるという特殊な構造である。つまり、第二章で示した通常の仕組みは「恋旅」に当てはまらない。「恋旅」はユーザーに「聖地巡礼」を“させる”ことに特化したコンテンツなのである。そこで、新たな枠組みとして、「恋旅」を「聖地巡礼型」と呼ぶことは出来ないだろうか。第三節で述べたように、“二次創作による地域との結びつきの弱まり”を懸念し、二次創作活動に否定的な姿勢を示すことは、この「聖地巡礼型」の必然とも言えるだろう。

 


 


61 「コミュニケーション型」と「聖地巡礼型」


今回の調査では、コンテンツを用いた町おこしには多様なやり方が存在し、仕掛ける側の意識や認識には違いがあるということも明らかとなった。「あみたん娘」と「恋旅」の2つを比べても全く異なる性質を持っており、特に、「恋旅」の持つ特殊性が際立つ結果となった。「あみたん娘」を含む萌えおこし的な活動がアニメ・マンガ文化に沿った、“アニメ的”活動であるのに対し、「恋旅」に関しては、確かに聖地巡礼という要素を用いてはいるが、アニメ文化の型にはまらない“非アニメ的”活動であると言えるだろう。一般的で幅広い層に受け入れられることにこだわりを持っている点からもわかるように、「アニメ」だからといって必ずしも「オタク」と呼ばれる人々だけをターゲットにしているとは限らないということを「恋旅」は示している。

以上のことから、コンテンツを用いた町おこしにも様々な枠組みがあり、どのように町おこしをするのか考えたとき、コンテンツを用いるからといって「萌えキャラ」を使ったり、アニメ・マンガファン層にターゲットを絞ったりといったやり方に限定する必要はないということになる。今回は、「あみたん娘」のような萌えおこし的な活動がメジャーであり、「恋旅」の活動のやり方はマイナーであるというように印象付けたかもしれないが、「恋旅」のようなやり方も視野に入れることで、選択肢はさらに広がるはずだ。

多様なやり方が存在する手法だからこそ、コンテンツを用いた取り組みは今後もその領域の拡大やさらなる発展が期待できるだろう。