第五章 調査(3) 恋旅〜True Tours Nanto

第一節 調査概要 

 これまでは、「萌えキャラ」などのキャラクターコンテンツを用いた町おこしの手法を「萌えおこし」という枠によって捉えてきたが、そのように1つの枠組みで括ることが困難な事例も存在する。富山県南砺市で行われている「恋旅〜True Tours Nanto〜」(以下:「恋旅」)の取り組みがそうである。

「恋旅」は、南砺市地区限定でエリア放送や専用スマートフォンアプリによって視聴できるショートアニメを用いた観光客誘致の取り組みである。南砺市の各エリアを舞台に、男女の恋愛をテーマにした3つのストーリーで構成されており、1話につき前編と後編合わせて10分ほどの短いストーリーとなっている。エリアAでは利賀・福野 (耀司と千晶編)、エリアBでは井波・平・上平(晴喜と葵編)、エリアCでは福光・井口・城端(匠と夏子編)を視聴することが出来る。制作は南砺市にあるアニメ制作会社「P.A.WORKS(7)が担当している。

2008年に同制作会社によるテレビアニメ『true tears』が放送されているが、この『true tears』は南砺市城端が舞台となっており、「聖地巡礼」に訪れるファンの影響を受け、関連グッズの制作や催事の企画など、アニメを活用した町おこしが展開されるようになった。アニメの舞台になることの少ない富山県において、観光面での効果まで発揮されたということもあり、県内でのアニメやキャラクターなどを利用した取り組みに何らかの影響を与えたのではないかと考えられる。

本章では、第三章の「あみたん娘」の調査と同様に、インタビュー調査の結果に基づきながら分析を進めていく。調査は20148月に南砺市交流観光まちづくり課の交流観光係、主事B氏にインタビュイーを依頼して行ったものである。

今回の調査は主に先の「あみたん娘」との比較を意識して行った。その結果、「あみたん娘」を含む萌えおこし的な活動と「恋旅」にはいくつもの相違点があるということがわかり、「恋旅」がこのようなコンテンツを用いた取り組みの中では特異な事例であるということが確認できた。次節から詳細な点について論じていく。

また、「恋旅」本編のあらすじは以下の通りである。

 

・耀司と千晶編

耀司の転勤をきっかけに、5年間の恋人生活にピリオドを打ちたいと告げた千晶。
二人は最後の思い出に、付き合ってから初めての旅行に選んだ地「南砺」を再び訪れた。
――明るい発展的解消
本当にそれでいいのか? 耀司は自分自身に問いかける。
すれ違う二人の恋は、旅先でどんな結末を迎えるのか。

 

・晴喜と葵編

クラスで冷やかされるぐらいに、いつも一緒の晴喜と葵。
幼なじみの二人は近すぎて互いを意識したことがない。
けれどある日、お互いに自分自身の気持ちに気づいてしまう。
今までの心地いい距離を手放すことになると理解した葵は晴喜を避けはじめ……
恋心に揺れ動く、高校生の青春ストーリー

 

・匠と夏子編

「自販機が壊れてるんですけど」そんな一言がきっかけで出会った二人。
だが、偶然と思っていたのは匠だけで、夏子はずっと淡い想いを秘めていた。
なんとなく一緒に出かけるようになった二人だが、匠の気持ちが夏子にはわからない。
私のことは、どう思ってる?
夏子の片想いは果たして成就するのか。

 

(「恋旅〜True Tours Nanto」公式サイトより引用)


 

第二節 「来てもらうこと」の重視

 まずは、活動の大枠の部分から掴んでいこうと思う。現時点で把握している「恋旅」の特徴としては、地域に来なければコンテンツを視聴することが出来ない「限定性」が挙げられるが、活動の経緯や狙いに関しても詳しく見ていきたい。

企画が立ち上がった背景について、B氏は次のように語った。

 

ttが放送されて、城端の町にアニメファンの若者が歩くようになったと。【中略】でも、城端だけなんですよね。南砺市として合併する前から、それぞれ彫刻とか合掌造りとか、いろんな町の特徴とか自慢を持っていたので、そういうところも見てもらいたいと思って出来たのが今回の「恋旅」ということで。城端だけでなくて他のところも見てください、っていうのが1つの背景なんですよ。

 

 活動を始めることになった背景の1つとして、『true tears』で有名になった城端だけでなく、南砺市にある他の地域も見て欲しいという思いが挙げられた。また、それだけでなく、「恋旅」にはさらに明確な目的があるということが以下の語りからわかった。

 

地域をまわって頂いて、その地域を好きになってもらって、その地域のファンになってもらって、で、また何回も来てくださいっていうことを目的にしているので、いろんなことを楽しんでもらいたいなと、実際ここに来て

 

例えば、その日だけ来る人を増やすんじゃなくて、これから何年も地域のファンになって頂いて来てくれる人を増やすっていう活動なので。盛り上がった後に何も残らないものではなくて、好きになってもらって、何回も何回も来てくれる人が増えたり...

 

ユーザーに対しては地域の行事に参加して欲しいというよりは、地域を好きになって欲しいと。で、地域を好きになって、何度も何度も来てほしいなと。

 

B氏は、「地域を好きになってもらう」、「何度も来てもらう」といったことを繰り返し語っている。一度にたくさんの人に来てもらうよりは、数は少なくても長い目で見て何度も地域に足を運んでくれる人を増やしたいという。

 これらのことから、「恋旅」は活動の内容からもそれがわかるように、“地域に来てもらうこと”に重点が置かれている。そもそも、地域に来なければコンテンツを全て観ることが出来ないため、ユーザーのファン行動は始まらない。つまり、聖地巡礼行動に至るまでの通常のプロセスがここでは成り立たないのである。「恋旅」においては、コンテンツを楽しむこと自体が聖地巡礼なのだ。


 

第三節 ターゲットについて

 「恋旅」の活動の狙いに関しては、やはり「地域に来てもらうこと」が第一に考えられていると確認できた。それでは、具体的にはどのような人に来てもらおうと考えているのだろうか。ターゲットとして考えている層について語ってもらった。

 

恋旅は観光振興アニメということで、誰でも楽しんでもらえる内容なんですよ。なので、別にアニメファンだけじゃない、普通の人が見ても楽しめる内容にはなっているので。

 

今回、ある特定の人だけに刺さるように作るというんじゃなくて、一般受けするような形で作ってもらっているので...

 

このように、作品自体を万人受けするような内容にし、アニメファン以外の人にも広く受け入れてもらうことを狙っているようだ。また、次の語りからはキャラクターに関しても同様に、一般受けを意識しているということがわかった。

 

(「千晶」について)これだけ年上のヒロインってのは(アニメには)殆どいないらしいんですよ。(「晴喜」や「葵」のように)若い人たちが主人公の物語が多いそうなので。【中略】ほんとに恋旅はいろんな人にも見てもらえるようにあの、萌え萌えっとしてることも全くないですし。

 

(キャラクターについて)一般的に受け入れられるようなものとして作って頂いているなぁとは思いますね。やっぱり、萌え萌えとしたものだと、私でも「えー」って思いますからね() 【中略】一般的な、アニメが好きな人以外にも受け入れられるようなものとして作ってもらっているので。

 

(年齢設定について)多分、制作の時もこだわっておられると思います。観光振興アニメということで、人に受け入れてもらうといった時に、萌え萌えとしていないキャラ、一般的に受け入れられるようなキャラクター設定もそうですし、こういう年齢設定もですし、場所の設定からストーリーの内容とか、そういうのも含めて全部ですよね。

 

「千晶」のようにアニメ業界ではあまり見られない大人のヒロインも登場させるなど、キャラクターの年齢設定に関しても、幅広い層のユーザーを獲得できるよう工夫がされている。キャラクターについても万人受けが期待されているのである。

さらに、“萌え”という要素に抵抗を示しているということもわかった。これは、一見「あみたん娘」との共通点のように思われるが、むしろその逆であると考えられる。「あみたん娘」の場合は、「露骨な萌え」には抵抗を示していたものの、全く意識していない訳ではなく、主にアニメファンなどに好まれる企画をやっていこうという姿勢であった。しかも、「恋旅」とは対照的で、「万人に愛されるようなキャラクターはそもそも目指してはいないんです。」と語られていた。このことから、「恋旅」と「あみたん娘」は運営側の意識に関しても違いがあるということが確認できた。


 

第四節 ストーリーへのこだわり

 前節では「恋旅」と「あみたん娘」における運営側の意識の違いについて確認できたが、「あみたん娘」のような萌えおこし的な活動との明確な違いは「恋旅」がアニメーション作品であるという点だろう。しかも、制作の担当が「P.A.WORKS」となれば、ストーリーへの力の入れ方も他とは変わってくるはずだ。では、「恋旅」はストーリー性に関してどのような特徴やこだわりを持っているのだろうか。

 

このプロジェクトのみそって、やっぱりストーリーなんですよ。【中略】キャラクターだけだと難しくて、それだけでは誰も来ないんですよね。なんで人が集まるかっていうと、ストーリーを観たいからなんですよ。ストーリーが良いからこそ、そこに人が集まって、そこの地域を好きになってもらうというか。観光振興アニメであって観光紹介アニメではないので、ストーリーの中でたまたまそこが舞台になっているんです。

 

赤祖父円筒分水層(8)っていうのは、農業施設なんですよ。【中略】農業施設なので、今まで観に行くはずもなかったところなのに、こういったところにも実際に人が見に行くようになったというか。それってストーリーが出来たからなんですけど、ストーリーを重ねることによって、こういうところも1つの観光地になっていったっていうことはありますよね。

 

例えば、(本編で)IOX-AROSAで「スイスのゴンドラなんだよね」って言ってたり、「こきりこ」や椿の説明があったりとか。明らかにそこを紹介するような「“こきりこ”あります!」とかそういう見せ方じゃなくて、こういうストーリーがあって、その中にうまく混ざり込んでるというか。そういう作りになっています。

 

 このように、恋旅はキャラクターというよりはストーリーが重要視されており、これはキャラクターの魅力を押し出している「あみたん娘」などの萌えおこし的な活動とはやはり対照的である。そして、町おこしのためのアニメと言っても、観光紹介がメインという訳ではなく、飽くまでこの作品は「物語」である。実際に、本編では観光地や文化の紹介は物語の中にごく自然に織り交ぜてあり、ストーリーの妨げになることは一切なく、下手に観光をPRしようとするいやらしさも感じられなかった。これらのことから、運営側の意識としては、ストーリーこそが受け手の心を掴む手段であり、キャラクターや観光紹介はストーリーを作るために必要な要素の1つといった感覚ではないだろうか。これまでに見てきた萌えおこしの例では、初めにキャラクターがいて後からストーリーを付け加えていくというものが多かった。「恋旅」は他の萌えおこし的な活動とはスタートの仕方にも違いがあるのだ。


 

第五節 二次創作に対する意識

 ここまでに、「あみたん娘」のような萌えおこし的な活動に比べて「恋旅」には多くの相違点があることがわかってきたが、ユーザーの二次創作に関しても「恋旅」は「あみたん娘」とは異なる意識を持っているということが次の語りからわかった。

 

そういうの(二次創作)には使えないんですよ。なんで駄目かと言うと、アニメの世界観やイメージを壊したりするっていう恐れがあるんですよね。【中略】自由に使って、作ったものをネット上で公開するっていうことは基本的に難しいですね、著作権があるので。そういうことは別に期待はしてないですね。

 

目的とかによるんですよ。市内の人に限るんですけど、「こういうのを使って、こういうことします」っていう申請を受けて。【中略】「個人的な楽しみでこういうのをやります」っていうのは多分出ない気はしますけど。そのあとのストーリーとかを勝手に作ってもらっても困りますからね。

 

例えば「ニコニコ動画」とかで曲を発表して、それを自分たちでアレンジして、また発表して、それで再生が増えるとか、そういうものではないかもしれません。アレンジというのはできないと思いますね。イメージがあるので。

 

 二次創作はユーザーの盛り上がりを反映するものであることは第二章でも述べた。しかしながら、恋旅では「著作権の侵害」や「イメージを壊す恐れ」などといった問題から、二次創作に対してはかなり否定的な考えであった。

一方で、「あみたん娘」は二次創作に対して寛容な姿勢を示していることが既にわかっており、ここでも「恋旅」と「あみたん娘」の活動における運営側の意識の違いが明らかとなった。

 

 以上の結果をまとめると、「恋旅」の活動では「地域に来てもらうこと」に重点が置かれていることが最も大きな特徴であるが、ユーザーがコンテンツを楽しむ行為がそのまま聖地巡礼と結びつくため、従来の聖地巡礼のシステムとは異なる性質を持っていると言える。    

また、万人受けを意識している点やキャラクターよりもストーリーを重要視している点、二次創作に対して否定的である点なども「恋旅」において特徴的なポイントと言えるだろう。