第三章 調査(1) あみたん娘

第一節 調査概要

本研究では富山県内の2つの事例を調査した。その1つが高岡市の「あみたん娘」であり、萌えおこしと呼ばれる手法に類似した事例であると考えられる。「あみたん娘」は、高岡市の観光大使として「あみたん」、「カノン」、「セシル」という3のキャラクターで構成されており、現世へ降り立ったがその力の大半を失った高岡大仏の化身「あみたん」に代わり、小学生の「かのん」と「せしる」が大人の姿(「カノン」、「セシル」)に変身し、高岡を元気なまちにするために活躍するという設定だ。市の活性化を目指すTR@P実行委員会が高岡市出身の松原秀典氏にキャラクターデザインを依頼して製作された。松原氏は『サクラ大戦』、『ああっ女神さまっ』、『ヱヴァンゲリヲン 新劇場版』などを手がけた著名なアニメーターである。TR@P実行委員会の委員長が高校時代の友人である松原氏に話を持ちかけたことが活動の発端となったそうだ。行政や観光協会だけでなく、地元有志や大学生、TMOなどもメンバーとして取り入れている。これまでにオリジナルグッズの販売や県内外のイベントへの参加など、数々のPR活動を行っているほか、富山新聞社と読売新聞社の二紙ではオリジナル小説、北陸中日新聞社では四コマ漫画も連載されている(3)。実際にPRやパフォーマンスを行なう公式コスプレイヤーや、キャラクターの声を演じる声優も存在する。20139月には、スマートフォン向けロールプレイングゲーム「パズル&ドラゴンズ」のプロデューサーが高岡市出身であった縁を活かして同作において「あみたん娘」が登場し、飛躍的に知名度が向上するきっかけとなった。20142月〜3にかけて行われた「推し1グランプリ」では準グランプリを獲得し、同年12月には初のCDアルバム「あみたん娘 The FirstTAKAOKA きときと SONGS−」を発売するなど、徐々に活動の幅を広げているようだ。

本章では、活動を運営するTR@P実行委員会へのインタビュー調査を基に分析を進めていく。調査は20136月に行い、高岡市産業振興部観光交流課のA氏にインタビュイーを依頼した。「あみたん娘」は、有名アニメーターの手がけた“外見の可愛らしい女の子”が登場していることから一見典型的な萌えおこしのように見えるが、筆者が調査前に連絡を取った際、関係者が「もともとは萌えおこしのために誕生させた訳ではない」と話している。しかしながら、実際はコスプレイベントを開催したり、岐阜県大垣市で開催されている「全国萌えキャラフェスティバル」(第四章参照)などの「萌えキャラ」関連のイベントに参加したりするなど、アニメ・マンガファンを意識した取り組みがされている。そこで、本調査では“なぜ「あみたん娘」は萌えおこし化したのか”に着目した。すると、そのことはキャラクターデザインが松原氏であるいう点に起因しており、それによって「萌えキャラ」と認識されるようになったということがわかった。また、周囲に巻き込まれる形で外的環境にうまく対応しながら活動を展開しているとことも確認できた。

次節からは、インタビューからわかったキャラクターづくりと活動の進め方に関する詳細を示し、活動の方向性が構築されていく経緯を明らかにしていく。

 

第二節 キャラクターと活動の路線について

 まずは、どのような意識を持ってキャラクターが制作されたのかを確認したい。A氏は、「あみたん娘」というキャラクターが誕生するに至った経緯を次のように語った。

 

キャラクターを作ろうといった時に、松原さんという方のタッチとか、好まれている絵柄っていうのは何だろうというとまず、女の子ありきかなというところからいきました。

 

まずは作者さんの描かれる絵っていうのは何が好まれるかなと、そこからちょっと想像を広めていったという。そこに高岡を加えて誕生させたキャラクターということで、ご理解頂ければと思います。

 

 松原氏がキャラクターデザインを担当することになったという時点で、そのキャラクターは“可愛らしい女の子”だということが前提となっている。つまり、実行委員会側に「萌えおこしをしよう」という意図はなくとも、松原氏の絵を活かしたキャラクターを作ろうとした結果、世間一般に「萌えキャラ」と認識されるようなキャラクターが生み出されたのである。

 さらに、キャラクターの位置づけや路線に関しては次のように語っている。

 

あみたん娘自体を高岡のど真ん中に置こうとは思っていないんです。どちらかといえば特定の領域で活動するキャラクター。【中略】一般的な方というよりも、比較的マンガ・アニメが好きな層に好まれる企画をやっていきたいというところがありますので、万人に愛されるようなキャラクターはそもそも目指してはいないんです。

 

敵を倒して活躍するというのがありますので活発ではつらつとした感じ、さばさばしているようなっていうのがキャラクターの性格としてあると思うので。その路線は残しながら、それでも好きよって言ってくれる方に対してアプローチをかけていきたいです。

 

A氏によると、幅広い層の人々に受け入れられるような、メジャーなキャラクターはもともと目指していないという。キャラクターの持つイメージを大切にしながら、多くのファンの獲得というよりは、こういった独自の路線にも着いて来てくれる人にアプローチを仕掛けようという狙いのようだ。

 それでは、活動の進め方については何か特徴はあるのだろうか。次の語りからは、活動の路線に対する実行委員会の意識を知ることができた。

 

我々のやり方でやろうと言った時に、自分たちが定めたレール以外には一切乗っからないかというと、そうではないのです。そこはメンバーのいろんな意見を聞きながら、「こっちが最近流行ってて面白い」っていうんだったらそれを切り口にして。そういった意味では枠にはこだわっていない、という風にご理解頂ければと思います。

 

 このように、常に自分たちのこだわりだけを通すやり方ではなく、周囲の流れにうまく対応していこうという、柔軟な考えを持っていることがわかる。当初は「萌えおこし」を意識していなかったものが段々その色を濃くしていったことには、このような活動に対する柔軟な捉え方が影響していると考えられる。

 ここまでを見ると、キャラクターデザインである松原氏の存在が活動の根幹となっているという点は注目すべきポイントであろう。これによって、キャラクターが萌えキャラ的なデザインになることは必然となり、ターゲットに関してもアニメ・マンガファン層が中心になるなど、活動の大きな軸になっていると言える。そこに、先ほど述べた活動の路線に対する柔軟性が加わり、自然と周囲の認識に合った活動のやり方になっていったのではないかと思われる。このように、「あみたん娘」の萌えおこし化には松原氏の存在が大きく影響しており、実行委員会の柔軟な対応によって萌えおこし的な活動のやり方を採用することになった、とは言えないだろうか。

 

第三節 “萌え”への抵抗

 前項では、活動の根幹には松原氏の存在があり、万人受けするキャラクターはもともと目指していないことや、活動の路線に対して柔軟な考えを持っていることが明らかとなった。しかし、その一方で、“萌え”という要素に対しては多少の抵抗があるのだということが次の語りからわかった。

 

あからさまに萌えっていうものを意識してやることに対する抵抗がやっぱりあるのではないかと。結果的にはそういう風に捉えられても仕方はないんですけど、我々としては、いわゆる萌えというものを中核にした取り組みではないと思って活動しています。

 

(萌えを)意識していないかというと、厳密には嘘になると思うんです。松原さんのキャラクターを好きな人に対して何かすること自体が、そういうファンを取り込みたいからというのは既にあると思うんですね。ただし、世の中にも露骨なやつがあるじゃないですか。いかにも萌えっていうものを喚起させるようなキャラクターづくりをしてらっしゃるところ。そういうキャラクターづくりはしていません。

 

(「全国萌えキャラフェスティバル」に参加した時)他のところで「写真撮ってください」って言われたら、こういう感じ(*両手を猫の手のようにするポーズ)で写真を撮られる団体さんはいらっしゃるわけですよね。実際見ると可愛いなって思うんですけどね。いやー、うちはこれじゃないよなーとかって言いながらですね。

 

「全国萌えキャラフェスティバル」に参加するなど、萌えおこし的な活動を行っていながらも、露骨に“萌え”を喚起させるような活動には抵抗を示しており、他の萌えおこしを行う団体との違いを実行委員会自身が感じているようである。“萌え”を全く意識していないという訳ではないそうだが、“あからさまな萌え”に関しては受け入れ難いといった様子であった。

これらのことから、萌えおこしという活動が必ずしも露骨に“萌え”を意識している訳ではなく、活動によって“萌え”に対する意識の度合いは異なり、グラデーションがあるのではないかと考えられる。

 

第四節 外部・ユーザーとの関わり方

ここまではキャラクター作りや活動の方向性について着目し、「あみたん娘」は松原氏に描かれることによって“萌え”を感じさせるキャラクターとなったが、露骨に“萌え”を意識している訳ではないということが確認できた。

本節では、「全国萌えキャラフェスティバル」への参加やコスプレイベントの開催など、萌えおこし的な活動をすることになった経緯を見ていきたい。まず、「全国萌えキャラフェスティバル」への参加に関して、A氏は次のように語った。

 

呼ばれた、というのが正直なところなんです。【中略】一方では、松原さんが描かれるキャラクターが好きな層の方は、萌えキャラってものに対して親近感を抱かれる方と比較的近い層にはあるんじゃないかなと。そうであれば、萌えというものを全面的に意識していなくても、よりたくさんの人に共感を得られるんじゃないかと思い、参加をさせて頂きました。

 

参加の理由は単に呼ばれたからということだが、松原氏のキャラクターを好む人々は、「萌えキャラ」を好む層に比較的近いということを実行委員会も認識しており、「萌えキャラフェスティバル」という場を活用しようと試みたようである。また、外部から「萌えキャラ」と付く名のイベントに誘われたことは、やはり世間一般が「あみたん娘」を「萌えキャラ」として認識していることを示していると言えるのではないだろうか。

さらに、次のA氏の語りからは、実行委員会と外部の団体・個人との関わりが多数あるということがわかった。

 

実行委員会のメンバーの1人に非常に幅広い人間関係を持っている人がいて、その方がコスプレ団体のリーダーと知り合いだったいうこともあって、「一度ジョイントできないか」ということになりまして、【中略】「Withあみたん娘」という風な名前を付けてジョイントをして、そのご縁もあってっていうところですかね。

 

(経済産業省の発表会に呼ばれた時)いろんな方の中に、今回小説を書いて頂く作家さんもいらっしゃいまして、「手詰まりおこしているんだったら僕、お手伝いしようか」と提案を頂くことになったと。【中略】とにかく活動をまわしていれば、リアクションと言いますか、別のところから一緒にやりたいって話も頂くんですね。

 

このように、コスプレ団体と連携してイベントを開催するなど、外部とのコンタクトによって活動の範囲を広めているようだ。「全国萌えキャラフェスティバル」の例もそうであるが、向こうから一緒に活動をしたいという話を持ちかけられるケースもあり、外部からの影響を強く受けやすい環境に置かれているように思われる。

 

 やっぱり、いかに松原さんを愛してらっしゃる方は幅広い層と言いますか、いろんな業界や団体にいらっしゃるというのはすごく感じます。有名な方々もファン心理がはたらいて、「松原さんの描いたキャラクターと一緒に活動できる」というのもありますので。

 

 A氏がこう語るように、外部からのアプローチに関しても、やはり松原氏の存在が大きく影響しているということが窺える。先述のように、松原氏の描くイラストは女の子の可愛らしさに定評があり、松原氏のファンと「萌えキャラ」を好む層は比較的近い位置にあるということから、松原氏が活動に関わること自体が萌えおこしへと繋がっているのだと考えることが出来る。そして、萌えおこしを意識していない実行委員会自身の思惑とは逆に、こうした様々な団体・個人の影響を受け、活動の方向性が再構築されているのではないだろうか。

 ここまでのA氏の語りからは、「あみたん娘」は活動の方向性に対して柔軟的であり、“萌え”に多少の抵抗を示しながらも、周囲に巻き込まれる形で萌えおこしの色を強めていったということがわかった。それでは、肝心のユーザーとの関わり方については、どのようなことが言えるのだろうか。ユーザーの起こすファン行動とそれに対する実行委員会の受け止め方に関して、次のように語られている。

 

 (ユーザーの二次創作について)pixiv」などのサイトに投稿してらっしゃる方もいますし、オリジナル小説を自分で書いてらっしゃる方も見たことはあります。ちょっとうーんっていうのもありましたけど()個人が楽しむ分には、我々はその辺には歯止めはかけられないです。

 

変身前の女の子たちに興味を示すっていうのもあるのかな、というのは後付けっぽい話なんですけども、実際コスプレイベントをしたら、変身後じゃなくて変身前のコスプレをさっそく披露してた子たちもいたもんですから、「へー、需要ってあるんだな」って(笑)、逆にこっちが驚いたんですけども。

 

ユーザーによる二次創作活動が実際に行われており、それに関してA氏は、歓迎とまではいかないまでも、どちらかと言えば寛容な姿勢を示している。さらに、需要のあることが想定されていない要素にまでユーザーが反応するなど、ファン行動は仕掛ける側がそこまで意識していない範囲にも広がるものであるということも確認できた。そして、それらのファン行動に対して、さほど否定的ではなく、静観という立場をとっていることが「あみたん娘」における一つの特徴とも言えるだろう。

 

Twitterでの意見について)建設的な意見を出してくれている方については、逆にこちらから「ぜひ一緒にやりませんか」と声がけをして、最近Twitterをやっている方で2人ばかり仲間になって頂きまして

 

(ショートストーリーコンテストの)最優秀賞の方もメンバーになって頂いて、一緒に活動してもらっています()

 

 このように、Twitterやショートストーリーコンテスト(4)を通じてファンをメンバーとして加入するなど、外部から影響を受けるだけでなく、自らユーザーを巻き込むといった動きも見られる。

アニメ・マンガ文化は、ファン行動が作品自体を発展させていくという特徴を持っているが、「あみたん娘」においては、公式がユーザーを取り込むという、より顕著な形での「ユーザー参加型の活動」が行われている。また、ユーザーを巻き込んでの活動の展開やファン行動に対する寛容性など、ユーザー自身がコンテンツに“手を加えやすい”という性質は、ユーザーの能動的な活動を誘発し、それがファン同士の交流のしやすさにも繋がると考えられる。このことから、「あみたん娘」は、ファンコミュニティを形成するのに適した環境だとも言えるだろう

 

以上より、「あみたん娘」は、松原氏の描くキャラクターであるということが「萌えキャラ」として周囲に認識されることに繋がり、露骨な“萌え”には抵抗を示しながらも、外部からの呼び掛けにうまく適応するという柔軟性によって、現在の活動のあり方を確立していったようだ。さらに、ユーザーとの関わり方についても、「ユーザー参加型の活動」が行われていたり、ファン行動に対して寛容的だったりと、アニメ・マンガ文化の特徴である“ファン行動による作品自体の発展”が期待できる環境にあるということが確認できた。