第二章 理論と仮説

第一節 物語性の持つ役割

はじめに、コンテンツを用いた町おこしに関する先行研究をいくつか取り上げ、調査の基盤となる枠組みを提示しようと思う。まずは、そうした類の取り組みにとって必要とされているものは何なのか、という点に注目していきたい。

五十嵐(2012)は、栃木県足利市の「足利ひめたま」が直面している課題について論じている。「足利ひめたま」とは、足利織姫神社、門田稲荷神社の二神格をキャラクター化した「はたがみ織姫(ひめちゃん)」、「門田みた(たまちゃん)」、門田稲荷神社のお稲荷様をキャラクター化した「シロ吉」を中心に展開する地域活性化の取り組みである。キャラクターデザインを担当する奥田泰弘氏の代表作が『魔法少女リリカルなのは』であることから、萌えおこしの要素を持つと五十嵐は述べている(2)

五十嵐によると、「足利ひめたま」のキャラクターイベントへの参加者は減少傾向にあり、その原因が「物語性」の不足にあるという。ここでの物語性とは、何らかのストーリーが含まれているコンテンツのことを指しているが、それと地域への来訪者の増減にはどのような関係があるのだろうか。山村(2011)は、「その土地の持つ世界観や、その土地を舞台にした作品や歴史の「物語性」に浸る旅のあり方、そしてそうした「物語性」を他者と共有することで生まれる交流のあり方に注目が集まっているのだ」と述べる。「観光という行為における必要不可欠な要素のひとつは、ある特定の場所で、何らかの「物語性」を味わうことである」という山村の論述と共に、「観光の本質に「物語性」の消費があり、その「物語性」の具体的な現われとして「コンテンツ」が存在しているということになる」と五十嵐も述べている。何らかの作品や出来事の舞台となった場所、関連のある土地を実際に訪れることでその物語性を味わい、感じることが観光の醍醐味なのだ。つまり、物語性が人を場所へと引き寄せているのである。物語性には「聖地巡礼」を誘発する働きがあるのだ。

さらに、「足利ひめたま」では物語性を伴った公式コンテンツ(一次創作コンテンツ)が不足していることから、ファンによる二次創作活動に関しても、当初は盛り上がったが、その後減衰傾向となる現象がみられたのだという。その理由は、物語性によって描かれるものが二次創作の「素材」として扱われるためだと考えられる。よって、物語性はユーザーが二次創作活動を行う上で必要とされる要素であると言える。

ここまでを整理すると、町おこしにおけるコンテンツの物語性の種類は大きく2つに分けられる。1つは「聖地巡礼を誘発する物語性」であり、例えば、実在する場所をモデルにした背景で重要なシーンや印象に残るシーンが展開するなど、「場所」との深い結びつきがあるストーリーである。もう1つは「素材としての物語性」であり、作中でキャラクターの日常的な一面を見せるなど、ユーザーの興味や想像を刺激する役割を持つストーリーである。ユーザーはこれを素材として用いて二次創作活動を行うものと考えられる。

以上のことから、コンテンツを用いた町おこしにおいて、盛り上がりを継続させ、長く人を惹きつけようとするなら、物語性の伴う公式コンテンツが必要であると言えるだろう。

 

第二節 アニメ・マンガ文化におけるファンコミュニティの形成

 本研究で取り扱う「コンテンツ」とは、アニメーション作品やそれに準ずるキャラクターのことを指す。従って、ここでの「コンテンツを用いた町おこし」にとって、 アニメ・マンガ文化こそ、活動の軸とすべき部分であると考えられる。それでは、アニメ・マンガ文化には一体どのような特徴があるのだろうか。

 川田(2011)は、日本のアニメ・マンガ文化について、能動的なファン行動が作品自体を発展させていくという特徴を指摘し、そこに辿り着くための条件を満たす要素として「ストーリー」と「コミュニケーション」を挙げている。前者については第一節でふれたが、後者はコンテンツを媒介とする「ファンコミュニティの形成」を指す。

片山(2013)によると、聖地巡礼という行為は、2008年に文化人類学者の石森秀三が提唱した「次世代ツーリズム」の枠組みに当てはまるという。「次世代ツーリズム」とは、「旅行者が個人の嗜好に基づき、自ら主導する観光」、「情報インフラを獲得した旅行者が、情報の発信と相互参照を繰り返す中で趣味のコミュニティに関わり、その趣味情報ネットワークの結節点として地域を楽しむ観光」とされている。聖地巡礼の場合、ファンがコンテンツに対してより一層の満足感を得るため、そのコンテンツを投影することのできる地域を自ら探し出し、インターネットなどを通じた情報交換(趣味のコミュニティの形成)によって地域を訪れるファンがさらに増えていく、という仕組みを持っていると言える。つまり、ファンによる能動的な行動が作品あるいは地域を発展させ、さらに、「ストーリー」だけでなくファンの「コミュニケーション」も聖地巡礼に対して大きく働きかけているのだ。また、先に述べているユーザーによる二次創作活動に関しても、ファン同士が創作物を介して交流を深めるといった性質から考えて、「コミュニケーション」の条件に当てはまるものと言えるだろう。

以上のことを踏まえると、町おこしにコンテンツを用いる場合において、ユーザーが能動的に行動を起こすための仕組みが必要であると言えるだろう。そして、それには物語性とファンコミュニティが重要なカギとなっているようだ。

 

第三節 ファンの盛り上がりと聖地巡礼行動の仕組み

 次に、継続的なファンの盛り上がりと聖地巡礼行動がどのように発生・構築されていくのかに注目し、その仕組みについて考えていきたい。

井手口(2009)は、地域発信型の萌えおこしについて、短期的な盛り上がりで終わってしまう可能性の高さを指摘し、その対策として「新たな萌える材料をカンフルとして継続的に投入する」ことを1つの案としている。ここで、「新たなる萌える材料」にはグッズやイラストといったものも挙げられるが、特に効果的な材料は、やはり物語性ではないだろうか。グッズやイラストの場合、買って終わり、見て終わりになりやすいかと思われるが、物語性の投入はファンの心理や行動に大きく影響を与えるものと考えられる。ファンの興味を引くことはもちろん、聖地巡礼の誘発、さらには物語性を素材とした二次創作活動によるファンの盛り上がりの持続も期待できるだろう。この「ファンの盛り上がり」の仕組みに関する筆者の仮説を図21によって示してみた。

 

       

21 物語性、二次創作、ファンの盛り上がりの関係性(筆者作成)

 

「新たなる萌える材料」として物語性が投入されることでファンの興味や想像が刺激され、それが盛り上がりに繋がるのだが、その物語性が素材として使われた時、盛り上がりは二次創作活動として反映されるだろう。そして、二次創作活動を通じてファン同士が交流を深めることで、盛り上がりはさらに加速していくものと考えられる。新たなる物語性を次々に投入していき、この流れを繰り返すことで継続的なファンの盛り上がりを創り出せるのではないだろうか。

 また、山村(2011)は、コンテンツが共有されるプロセスには「感性的・感情的繋がり」が伴うものとしており、コンテンツは「人と人の心の間、あるいは人の心とある対象の間で共有されて初めて価値を生むもの」であると指摘している。聖地巡礼における「現場」に関しても、「感情がコンタクトする接点」として重要視されている。つまり、「感情」を伝えるための“リアルな関係性”が、コンテンツを共有するうえで必要とされているのではないだろうか。コンテンツを愛好する者が、リアルの「現場」を訪れ、自分と他者、あるいは他の何かとの間でそれを共有することによって山村の言う「感性的、感情的繋がり」が生まれると言って良いだろう。

ここで、山村や片山(2013)の論述に基づき、聖地巡礼行動が起こる仕組みを整理していこうと思う。まず、聖地巡礼の発生するプロセスは次の通りだ。ある特定のコンテンツを好むファンの間でコミュニティが形成され、尚且つそのコンテンツと結びつきのある地域が発見されると、インターネットなどの情報インフラによってコミュニティ内での情報共有が行われる。情報を入手したファンは地域へと関心を向け、これに伴って地域への来訪者の数が増えていくという仕組みである。この聖地巡礼の発生プロセスを基にコンテンツ、ファンコミュニティ、地域という三者の関係性に注目したところ、次の図22のようになるのではないかと考えた。

 

22 コンテンツ、地域、ファンコミュニティの関係性(筆者作成)

 

 地域と何らかの関係や結びつきのあるコンテンツが存在し、そのコンテンツがファンコミュニティを形成させ、さらにそのコミュニティによって地域に関する情報が共有される。そして、ファン同士、あるいは他の何かとの間での「感情的繋がり」を求め、ユーザーは「現場」へと足を運ぶのである。 

以上の先行研究に基づいた理論と仮説を踏まえ、本研究で扱う事例がこうした枠組みで捉えることが出来るのかを検討していきたい。