第三章 先行研究のレビュー

 

 ここからは、男性主人公に焦点を絞る。このサブジャンルの発祥については本稿の及ぶところではないが、少なくとも1970年代にはいくつかの作品が確認できる。

 

第一節 80年代少女漫画の男性主人公

 

馬場(1997)によると、80年代、少女漫画作家の描く男性から、可愛らしい少年たちの姿はいつのまにか姿を消し、絵としての描かれ方自体がずいぶん変わってきているという。また、男性を中心にした作品や、真に迫った男性の姿を描いているのは、特定の作者に限られているという。70年代後半は「別世界(時代としても場所としても遠い世界)の男たち」(1)を描く作者が多く、80年代は「現代風の男たち」(2)を描く作者が増えた。

「別世界」は、ストーリーが復讐劇という特徴があり、その主人公は顔立ちや体つきが女性的で、実際の男性とはかけ離れた姿に描かれている。そこには、復讐の現実的な激しさをそらそうとする作者の意図もあるであろうし、遠い世界の演技的な登場人物であった方が大芝居をしやすいし、描く側も読む側も罪悪感を抱かずにドラマを楽しめるという効用があるのであろうと馬場(1997)は述べている。

それに対して、「現代風」の男性を好んで描く作者たちの男性像は、男性の姿や顔立ちが男としての骨格でバランスよく描かれており、いずれも活気に満ち、それぞれ逞しく、とくに闘争やセックスを通して男らしさが強調されているという。

 


 

第二節 女性読者による内なる男性性の肯定

 

馬場(1997)は、少女漫画に実像そのもののような男性像が80年代後半から増えたと指摘する。そこでは、作者が男性を女性風に仕立てずに、男性そのものとして描き、かつ男性性と同一化できるというように、女性が自分の中にある男らしい側面を肯定する力が強まってきたと馬場(1997)は考察している。男性性を肯定することによって、女性はさらに自由になり、精神の許容量が広がった。その経緯として、作者側に比較的男性性を肯定しやすい世代、つまり共学育ちで、社会進出が容認され、古い女らしさに縛られない世代の作者が加わってきたことが考えられるという。さらに、読者側も少女漫画を愛読する世代の年齢層が上がり、様々な大人の男女を描く作品が求められ、歓迎されるようになったことが考えられる。この作者と読者の変化が相乗作用し、実を結んできたのが80年代だと馬場(1997)は指摘している。


 

第三節 この章のまとめ

 

 男性主人公というサブジャンルにおいても「現実主義化」と「複雑化」の動きを読み取ることができる。

 第一に、男性主人公そのものがこれらの流れの中で生じ育ってきた可能性がある。1980年代後半に、比較的男性性を肯定しやすい世代の作者が加わってきたとあるが、これは読者側にも起こっていた変化であると考えられる。

 第二に、男性主人公においても「現実主義化」と「複雑化」が起こっていた部分がある。1970年代後半は顔つきや体つきが女性的で、実際の男性とはかけ離れた姿に描かれていた男性主人公だが、1980年代は男性そのもののような男性主人公が描かれるようになった。

 ただし、ここで留意したいのは男性主人公の「複雑化」が男性性の「複雑化」とイコールではないという点である。見た目が男性そのもののように描かれた男性主人公は、活気に満ち逞しく、とくに闘争やセックスを通して男らしさが強調されていたとあるが、そこには、かなり画一的な男性性が認められる。こうした男性性は、いつでも固定的とは限らず、変化を見せる可能性もあるだろう。