第六章 その他の国の生徒が抱える問題

 

 現在、アレッセには中国とブラジル以外の国籍を持つ児童も数人だが在籍している。彼らにとって周りは違う国の者ばかりということになるが、みな他の国の生徒と仲良くしている。私が今までアレッセで出会ったのはペルー、韓国、パキスタンの生徒だが、彼らはみな自分と同じ国籍をもつものと出会うことは少ないと言っていた。自分と同じ国籍の仲間が少ない彼らだが、彼らの日本での生活や境遇は他のどの国の生徒とも違っている。以下では、彼らの抱える多様な問題について述べる。

下の表は現在アレッセに所属している(または、現在は卒業したが、過去にインタビューに参加してくれた)中国、ブラジル以外の国の生徒のプロフィール(性別、学年、来日した時期、両親の国籍)についてまとめたものである。

 

 

以下ではTWの生徒について述べる。

 

T

授業態度は真面目だが、少しお喋り好きなところがある。1人だけ他の生徒より年上だが、人当たりがよく明るいので、誰とでも仲良くやっている。

日本生まれだが、生後数カ月で両親の事情でペルーに移ったため、始めはスペイン語を習得した。その後、小学2年生時に日本に戻ってきてから日本語を勉強し始めた。日本語は小学校で開かれた日本語教室で習ったそうだが、当初は日本語はさっぱりわからなかったという。

 

インタビュアー:言葉ができんせいで勉強ができんとか思ったことある?

T:あ〜、小学校のときは、あったね。中学校にあがってから「そんなの通用しないよ」って言われてからもう。

 

とあるように、小学校時代は母国語の違いに苦しんでいたようだし、中学でもそのような問題を抱えていた時期があったようだ。

 現役中学3年生の時点で高校受験をし、合格したが2カ月ほどで退学した。その時点までは愛知県に住んでいたが、その後両親の仕事の都合で富山に移り住み、現在に至る。

 

T:(以前通っていた高校を)一ヶ月二ヶ月ぐらいして、すぐ辞めた。担任とのケンカで、先生に言われたことがめっちゃイラっときて、それで辞めた。

インタビュアー:なるほどね。

T:だってさ、普通、・・・・何言われてもいいんすよ、ただ、先生に言われたことがさ、俺がさ、前ペルーに住んでたじゃないすか。なんか馬鹿にされたような感じだったから、ちょっとイラっときて。

 

高校を辞めたのは、教員が自分の境遇に対する理解がなかったというのが大きな原因だという。それに加え、中学の途中から両親が富山に移り住み、姉と2人で愛知県に残って暮らしていたことから素行が悪化してしまったらしい。

現在、もう一度富山で受けた高校受験に成功し、高校生活を楽しんでいる。高校に進学するとアレッセを卒業するものも多いが、彼はまだ学力に不安があるためもう少し勉強したいということで、現在もアレッセに通っている。ただ、受験が終わったためか、受験以前と比べるとあまり熱意は感じない。気の知れた友人に会いに来るためというのが、卒業後もアレッセに通っている一番の動機のようにも見える。

日本語の能力に対する不安は感じていないらしい。ただ、漢字は未だに少し苦手なようだ。家族とは基本的にスペイン語で会話している。唯一、姉とだけは日本語で会話するそうだが、両親ともに日本語はだいぶ苦手なようで、家では使うことはない。

学習面では、英語を最も苦手としている。他の教科ではそのようなことはないのだが、英語を教えようとすると「英語は無理」「全然わからん」とまったくやる気を見せない。実際に、中学校1年生で習う単語やbe動詞すらもさっぱりわからないようなので、よほど苦手意識を感じているのだろう。他の教科に関しては、基礎がしっかりと理解できていないために、単純なミスを繰り返しているといった印象を受けた。しかし、理解力はあるため、本人が真剣に取り組めば、学力もみるみる上がっていくだろう。

 

U

 日本語の会話能力は高く、言われなければ日本人でないことはわからないだろう。父親は韓国人で母親が日本人なのだが、現在、両親ともには韓国に住んでおり、日本にはUのみで来た。今は母方の日本人の祖父母との3人で暮らしている。祖父母ともに日本語のみしか話せないので、Uも家庭でも日本語のみを用いて会話している。日本に来てそれほど長くないにも関わらず高い日本語での会話能力を発揮しているのは、学校でも家庭でも日本語のみを使用しているためなのだろうか。ちなみに、日本語の読み書きについては、彼女自身は、以前は苦労したが今はとくに問題はないと言っている。ただ、漢字は苦手なようだし、学校の成績も満足のいくものではないと言っているため、一見何も問題のないように見える彼女の日本語能力が、どこか気づかないところで勉強の足を引っ張ってしまっているのかもしれない。

 現在は日本の高校に進学し、アレッセは卒業というかたちになっているため、なかなか会う機会はない。

 

V

 アレッセに参加し始めた当初は大人しい生徒だという印象を受けたが、周囲に馴染んでくると、気さくで人懐こい性格になっていった。同じ中学校のIや、同じ中学ではないが幼なじみのWと仲良くしている。時間にルーズで授業態度も真面目とは言い難く、指導員に叱られても全く堪えていない様子である。大人しい生徒には接しづらい相手のようにも見えるが、攻撃的な性格ではないため、周囲ともそれなりに良い関係が築けている。会う機会も勉強を教える機会も多いため、何度かインタビューを試みたが、「めんどくさい」と断られてしまった。ただ、「インタビューをさせてほしい」と頼むと断られるが、勉強の合間などに、「Vは日本語は得意?」といったように質問すると、嫌がる様子もなく答えてくれた。自分が恥ずかしいと感じることや堅苦しいことが嫌いなだけで、根は親切なのだろう。

 日本生まれ日本育ちであり、日本語しか話せない。パキスタンにもネパールにもほとんど行ったことがないようだ。当然、日本語での会話も日本人と同等にこなしている。アレッセに所属している生徒の中で日本語しか話せないというのはVWのみである。日本語は流暢に話せるのだが、外見や名前から日本人でないことはすぐにわかる。

Vは成績はあまり良いとは言えないのだが、決して勉強が苦手というわけではない。彼は英語を得意としており、基礎的な文法はしっかりと理解できている。他の生徒は英語を苦手としている者も多く、初歩的な文法で躓いている生徒も少なくないため、これには驚かされた。アレッセには休まずきているため、学習意欲がまるきり無いというわけではないのだろうが、もう少しやる気を出せば、学校での成績もきっと伸びるだろう。

 

W

 Vの紹介で一ヶ月ほど前からアレッセに参加し始めた。彼とVの父親が同じ職場で働いているらしく、Vとは幼い頃からの友人同士らしい。現在通っている中学校は違うが、今でも交流は続いている。Vと同じく日本生まれ日本育ちで、日本語しか話せない。パキスタンには行ったことはあるそうだが、日本と比べ、住みづらいと感じたようだ。パキスタンは日本と比べると気温が暑く、空気も汚れていると言っていた。

 アレッセには、Vと一緒に遅刻してくることが多いのだが、授業は真剣に受けている。しかし、中学校にはほとんど行っていないらしく、本来ならば中学1年生時に習っているであろう内容もよくわからないようだ。

 Vと比べると落ち着いた性格で、勉強には熱心に取り組んでいる。インタビューを頼むと、Vと一緒になって、ふざけたりしてはぐらかそうとするが、個人的に質問する分には快く受け答えしてくれる。