第五章 ブラジル人生徒の抱える問題

 

アレッセに所属するブラジル人の生徒は2013年12月の時点で最も多い。インタビューすることができたのは3名のみだが、アレッセの活動の中で数人の生徒と交流することができた。ブラジル人生徒は全員ではないが、勉強にあまり積極的であるとは言えない生徒も何人かいる。ただ、アレッセに所属しているものはみな高校へ進学することは希望しているため、完全にやる気がないというわけではないようだ。

 ブラジル人の生徒は日本生まれであったり、来日した時期が小学校入学前であったりと日本に滞在している時間が長いものが多い。そのためか、日本語の会話能力が不足していると感じるような生徒に出会ったことはない。みなポルトガル語よりも日本語のほうが得意だというが、家庭内ではポルトガル語を使用することも少なくはないようだ。それは、両親が日本語を不得意としていたり、母語であるポルトガル語を忘れないでいるためであったりと理由は様々である。また、中国人生徒たちは、みな最初に覚えたのは中国語と共通しているが、ブラジル人生徒たちはそのあたりが曖昧なものが多い。幼稚園に通い始める年齢から、家庭ではポルトガル語、外では日本語といった状況が続いており、初期の言語習得が複雑なものになっている。幼少期から今に至るまでそのような環境が継続しているために、どちらの言語も中度半端な習得状況になってしまっているのではないだろうか。そのためか、他の外国人児童と比べて日本にいる時間の長い彼らではあるが、日本語での学習に不安を抱えているものも少なくない。学習のサポートをしていて、彼らに日本語の能力が不足していると感じることは少ないが、漢字を苦手としている生徒は多い。彼らの口からも、自分の日本語能力が不十分であるという言葉を何度か耳にしたことがある。

下の表は現在アレッセに所属している(または、現在は卒業したが、過去にインタビューに参加してくれた)ブラジル人生徒のプロフィール(性別、学年、来日した時期、両親の国籍)についてまとめたものである。

 

表の「?」の箇所はフィールドワーク等で生徒に聞くことができなかった部分である。

 

以下では筆者がスタッフとして勉強を教えたことのあるIMについて述べた。

 

I

かなり大柄で威圧感もあるが、親切で気さくな性格。同じ中学校にブラジル人や他の国の生徒が多く在籍しており、それらの友人とよく一緒に行動しているのを見かける。

日本生まれ日本育ちで、日本語もポルトガル語も読み書きができるが、どちらも苦手だという。13歳までこちらにいて、13歳のときに1年半ブラジルに移住した。ポルトガル語はその際にブラジルで勉強したのと、昔から今に至るまで親とポルトガル語で会話しているために使いこなせるようだ。始めは日本語を覚えたというが、母親とはずっとポルトガル語で会話していると言っているため、矛盾が生じている。おそらく、彼がある程度使いこなせるようになったと最初に感じた言語が日本語であり、それ以前よりポルトガル語もある程度は理解できたのだろう。母親は日本語がほとんど話せず、現在父親とも母親ともポルトガル語で会話している。昔から家ではポルトガル語、学校では日本語を使っており、日本語は小学校の日本語教室でも教えてもらっていたようだ。漢字が苦手で、未だに日本語の文章を読んでいてわからないときがあるようだ。

  

JK2人については兄妹であるため、共通する部分も多い。

J

日本生まれ日本育ち。ブラジルには通算で1年も滞在しておらず、幼少期から今まで3回ほど訪れているのみである。日常会話において何か問題があるようには見えず、ごく普通の日本人であるかのように難なく話す。だがしかし本人が勉強は苦手と語っていることや、アレッセ高岡では小学生レベルの国語の問題に躓いていることなど、現実には学習不振が生じているようだ。

 

J:そのー、授業のね、コツが分かんないよね。なんか数学も、なんか1回やって、だいたい計算の仕方わかったーとか、みんなはそうだけど、俺はなんかね、どうしてもできないんよ。そういうやり方で。何回も何回も何回もやって、頭が覚えるまで繰り返さんなん勧めない。それが困るね。

 

と語っていることから、彼の抱える学習不振の問題が日本語能力が原因であるのか、はたまた本人の学習能力が原因であるのかはまだ明らかではない。勉強自体かなり嫌いなようで、あまり真面目とは言い難い。

 ブラジルに長期間滞在したことはないJであるが、ポルトガル語は日常会話程度ならば難なくこなせるレベルであり、これは幼少期より両親がポルトガル語で会話していたために身につけたそうだ。現在は、父親とは日本語で会話するが、母親には日本語で話しかけ、ポルトガル語で返されるといったような奇妙な会話の方法をとっている。母親は日本語が不得意であるため、このような状況になっているようだ。

 出会った当初は大人しく物静かな印象だったが、日が経つにつれ、やんちゃな性格になっていった。心優しく親切で誰とでも親しくする生徒なのだが、学校での友人に素行の悪い生徒が多いようで、その影響なのか見た目や行動も不良的になっていった。現在は高校2年生のはずだがあまり高校には通っていないようだ。日雇のバイトをしており、本人は早く働きたいと言っている。アレッセにもめっきり来なくなってしまった。

 

K

兄のJとは違い、Kはポルトガル語を話すことはできない。ただ、聞いて理解することならば、それなりにできるようだ。そのため、Kは父親とは日本語のみで会話するが、Jと同じく、母親はポルトガル語で話しかけ、Kが日本語で返すといったこともあるようだ。日本語の日常会話においてはなんら問題はないように見える。しかし、インタビューの中で、

 

K:教科書は読めるけど意味はそんなに解らない。

 

とあるように、学習の中では日本語能力に少し難があるようである。他にも、普段勉強している時に何か困ることがあるかという質問に対して、

 

K:なんか変な漢字出てきたら、みんな『あーこれこういう意味だー』ってすぐにわかるけど、私だけ分からない時がある。

 

という語りもあった。勉強に対する姿勢はあまり真剣とは言えず、学校の授業についていけていないために、勉強に嫌気がさしているようだ。活発で学校生活自体はそれなりに楽しんでいるようだし、勉強に関しても完全に諦めているわけではないようだが、中学3年生として今のままの成績では高校進学は難しそうだ。最近は兄であるJ同様にアレッセにもめっきり来なくなってしまった。

 

L

 非常に真面目な生徒で、ほかのブラジル人の生徒は時間を守らなかったり、私語が多いものがほとんどの中、いつも真剣に勉強に取り組んでいる。ブラジル人の生徒よりも、真面目で大人しめの生徒の多い中国人生徒のグループと一緒にいることが多い。

 日本生まれ日本育ちだが、初めはポルトガル語を覚え、日本語は幼稚園から覚え始めた。現在は日本語のほうが得意だと感じている。両親は日本語もそれなりに話せるが、ポルトガル語のほうが得意であり、Lも家ではほとんどポルトガル語で会話しているらしい。

日本語を不得意としている様子もないし、勉強にも非常に熱心であるのだが、学校での成績はあまり良いとは言えない。何度も勉強を教える機会があり、彼の勉強への取り組み方や実力はそれなりに把握しており、テストでも高得点とまではいかなくても、平均点ならばたやすく取ることができるだろうと思っていた。しかし、実際には中学校で行われるテストで、すべての科目で平均点を下回る点数をとり続けている。たしかに、彼は勤勉だが、効率よく勉強できるタイプではなく、教科書をそのままノートに書き写すといったような勉強方法をとっていたこともあった。しかしその際、問題を解いたり、自分なりに教科書の内容をノートにまとめるといったような勉強方法を教えたのだが、彼は素直にそれらに興味を持ち、取り入れてくれていた。普段彼と会話したり、勉強を教える限り、彼は決して理解力のないタイプではなく、むしろ聡明なように思える。勉強方法も改善されてきて勤勉な姿勢もそのままであるにも関わらず成績が伸び悩んでいるのは、何か日本語の能力の問題が関係しているのかもしれない。

 

M

 最近、アレッセに参加し始めた生徒だが、明るい性格であるためすぐに溶け込んでいた。あまり関わったことはないが、いつも気さくに話しかけてくれる。家では徹底してポルトガル語を使用しているようだが、これは両親の希望で、ポルトガル語を忘れないでいるためと言っていた。ブラジル生まれだが2歳で日本に移り住んでおり、それ以降ブラジルにはほとんど帰っていないため、日本に住んでいる期間のが大分長い。