第四章 中国人生徒の抱える問題

 

アレッセに所属している中国人の生徒は2013年の時点で7名である。調査を開始した時期には所属していたが、現在はアレッセを卒業(高校に進学したため)したという生徒を含め、5人の生徒にインタビューをすることに成功した。インタビューは行っていないが、現在所属しているすべての中国人生徒とアレッセの活動の中で交流することができた。

中国人の生徒はアレッセに参加している中で最も多いが、勉強に積極的な姿勢を見せる生徒が多い。テストの点数を競い合っている姿もたびたび見られる。「テストの点数が悪いと母さんに叱られる」などといったセリフを聞くことも多いが、親も進学に熱心である割合が高いようだ。

彼ら中国人生徒たちは見た目には日本人でないことはわからないが、全員が流暢な日本語を使えるわけでなく、話し方で日本人でないとわかる生徒も多い。「中国人は英語が得意なんでしょう?」「中国人なんだから漢字読めるでしょう?」などとよく言われると多くの生徒が言っているが、どの生徒もそのような偏見に傷ついているようだ。学校生活の中で中国人として扱われるのは彼らにとって苦痛であるように見える。しかし、アレッセにいる間は、中国人の友人とは中国語で会話しているものも多く、同じ国の仲間と同じ言葉で接しているときが彼らの最も安心できる時間のように見える。

 また、中国人の生徒によく見られるのは、現在一緒に生活しているのは中国人の実母と日本人の継父、そして生徒自身の3人というケースだ。彼らの父親は日本人であることから、中国語を話すことができないため日本語のみを使用し、母親は日本に来て日が浅く、日本語をあまり上手く使うことができないため中国語を主に使用している。そのため、彼らの多くは家庭内では、父親とは日本語、一方で母親とは中国語で会話をするといった状況になっている。ちなみに、父親と母親の間では母親が父親に合わせて片言の日本語を用いて会話しているようだ。このような状況は、彼らの日本語能力の発達の妨げになってしまっているのかもしれない。

 中国人児童の家庭におけるもう1つの大きな特徴として、アレッセに所属するほぼすべての児童は1人っ子であるという点がある。これは、彼らの母国である中国の「1人っ子政策」のためである。このことは、彼らの日本における孤独な状況を助長していると考えられないだろうか。彼らは学校生活の中でも同じ中国人生徒は滅多におらず、それどころか中国人であることへの偏見を浴び続け、家庭内においても、同じ境遇の兄弟姉妹などはおらず、日本に来てから出会った父親と日本語や日本についての理解が乏しい母親に囲まれて生活することになる。アレッセにおいて、彼らと同じ境遇のものと過ごす時間が、彼らにとって最も安心できる時間なのかもしれない。次の表は現在アレッセに所属している(または、現在は卒業したが、過去にインタビューに参加してくれた)中国人生徒のプロフィール(性別、学年、来日した時期、両親の国籍)についてまとめたものである。

 

以下では筆者がスタッフとして勉強を教えたことのあるAFについて述べた。

 

A

日本語の会話能力は高く、普通に会話しているだけでは日本人でないことはわからない。勉強には真面目に取り組んでおり、成績も平均レベルである。明るく穏やかな性格で、誰にでも分け隔てなく接する。私がアレッセに参加して間もない時期に、最も早く親しくしてくれたのも彼女であった。来日した時期の関係で学年と年齢が1つずれているが、とくに気にしていないようで、中学校でも友達と楽しくやっているようだ。アレッセの中では、同じ中国人の女の子であるGと最も仲が良く、プライベートでもよく遊ぶと言っていた。Fとは国籍、中学、学年ともに同じだが、学校ではあまり話すことはないようである。(追加調査)同じ中国人で学年も同じBCとも仲が良く、休憩時間にはよく会話している姿を見かける。

一見すると、日本での生活にも学習にもあまり問題はないようだが、勉強を教えていると、文章を読む際に躓いていることが何度かあった。そのせいか、文章を読む問題の多い国語や社会、理科はあまり得意としてはいないようだ。同じく、文章を読むことを苦手としている外国人児童の中には、漢字をほとんど覚えていないということを大きな問題としているものもいるが、漢字は日本人の中学生と同レベル以上に理解できるため――これは中国人生徒によく見られる特徴なのだが――原因はそれ以外にあるようだ。インタビューの中においては、「言葉はわかるが意味はわからない」という発言をしており、日本語によってコミュニケーション能力はあるが、勉学面での読解能力が不足していると自分では感じているようだ。

 

B

両親ともに中国人で、父親は現在中国に住んでいるため、日本では母親と2人で暮らしている。

インタビューをした時点(Bが中学2年生)では、家庭内では完全に中国語ののみで会話をしているためか、また、大人しい性格であり、学校でもあまり日本語を用いて友人等と会話する機会が少ないためか、原因は不明だが日本語による会話能力も学習面も問題なしとはいいがたいという印象を受けた。

出会った当初は本当に大人しく、学校でもほとんど友人はいないと言っており、アレッセでも会話をしているところを見たことがなかったが、最近はCFととても仲良くなり、いつも3人で楽しそうに会話している。また、それをきっかけに他の中国人生徒であるAGとも仲良くなった。他国の生徒と会話している姿もしばしば見かける。それに伴い、会話能力も学習面での成績もかなり成長してきた。未だに日本語は他のアレッセの生徒と比べると不得意であるため、学習でも躓くこともあるが、模試の点数などを見ると、十分に目標としている高校を狙える実力はついてきていると考えられる。

 彼は私がアレッセで出会った中で最も変わった生徒である。上で述べたように成績が上がってきたということもそうなのだが、友人と笑顔で会話するといった様子は出会った当初からは想像もつかない姿である。彼がこのように明るくなったのは、CFの存在が大きいだろう。CFは明るく親切で誰とでも仲良くしようとするタイプであり、彼らがBに積極的に話しかけることによって、Bにとってアレッセは居心地のよい場所になったのではないだろうか。

 

C

他の中国人児童たちと仲が良く、とても活発で授業中は私語が多く、あまり真面目なタイプではない。ただ、まったくの勉強嫌いというわけではなく、他の生徒たちと成績を競いあったりもしている。しかし、学習はあまり順調とはいえない。彼の学習面での一番の問題は漢字を書く能力である。同じ中国人でもAなどは漢字に関してはかなり得意としているのだが、彼は学校の試験でもほぼ全てをひらがなで回答しており、その結果、平均点を大きく下回る点数をとってしまっている。漢字を一般的な中学生レベルまで使いこなされば、少なくとも平均的な成績をとることはすぐにできるだろう。高校進学にも意欲的だが、今のままでは、志望しているレベルの高校に行くのは難しいかもしれない。

現在、家族3人で暮らしている。母親は日本語をほとんど話せないため、母親とは中国語で会話する。一方、父親は中国語が話せないため、父親とは日本語で会話する。また、父親と母親は日本語で会話しているようだ。

小学5年生の時に来日し、小学生の間は日本語教室で日本語を学ぶ。中国では何も日本語の勉強はしていなかったため、日本に来たときは会話がさっぱりわからなかったそうだ。しかし、今は日本語能力に不安はなく、中国語よりも得意だという。そのことについてのインタビュー内容は以下の通りである。

 

C:日本語は喋りながらなんか、書けるんね俺。でも中国語は書けない。

インタビュアー:え、書けんのか。

C:うん、もう書けねえよ俺。ちょ、漢字苦手なんで(笑)

インタビュアー:そうだよね(笑)漢字苦手だよね(笑)

C:漢字苦手だから書けないんですよ。中国のころから苦手なんで。

インタビュアー:あそうなんだ。元から苦手なんだ。

C:うん。元から苦手。

 

成績については不安な面もあるが、彼自身はとても親切で明るい生徒である。大人しいBにも積極的に話しかけることでとても良い関係を作ることができているし、新しくアレッセに参加する生徒には国籍を問わず、いつも真っ先に仲良くなろうとする。私自身、最も仲良くさせてもらっている生徒の1人である。

 

D

授業態度はあまり真剣とは言えない。しかし、とても明るく誰とでもよく話す。日本に来たばかりということもあり、日本語の能力はまだ十分とは言えず、平仮名とカタカナもまだ覚えていない。しかし、漢字は平仮名やカタカナと比べるとだいぶ得意である。「京都と書いて」と言うと、漢字で「京都」と書くことはできても「きょうと」や「キョウト」と書くことはできないといった具合である。また、彼女には一度、夏休みの読書感想文を書くのを手伝ったことがあるのだが、その中で中国人生徒によく見られる特徴が、とくに顕著に見られた。それは、濁点、半濁点、促音、拗音が上手く書き表せないというものだ。これは、D以外でも、日本語を特に得意としているEF以外全員に見られる特徴だ。「『と言っていました』って書いて」と私が言うと、『と言ていました』と促音を抜いて書いてしまい、「『言って』だよ」と訂正してもよく理解できないようで、「『言、小さいつ、て』だよ」と言うと、ようやく理解できた。また、「『でした』と書いて」と言うと、『てした』と書いてしまい、これも「『て』にてんてんをつけるんだよ」と言わなければ理解できなかった。彼女自身これについては、中国には濁点、半濁点、促音、拗音がないためわからないのだと言っていた。

日本語は中国で少しだけ勉強していたが、日本に来てからはこのアレッセ高岡でしか勉強していない。家族3人暮らしで、母親とは中国語、父親とは日本語で話す。父親は日本語しか話せないため。母親はHよりは上手だが日本語はあまり得意ではない。

学校の勉強は、数学はまだわかるが(数字が読めるため)他の科目はさっぱりわからないようだ。

 学校生活、家庭内での生活、学習面において最も不安材料の多い生徒の1人である。本人の口から聞いたことはないが、日本に適応しようという意識が低く、中国に帰りたいと考えながら生活しているのだろうと想像している。非常に人懐っこく、優しい生徒なのだが、日本人の中学生とはあまり相性はよくないだろう。また、日本語による会話能力もまだ未発達であるため、日本語しか話すことのできない父親とのコミュニケーションや、中学校での生活は非常に厳しいものであると考えられる。

 

E

学習面においても会話能力の面においてもあまり不安はない様子で、勉強を教えていてもレベルの高さに驚かされることが何度かあった。実際に、志望していた難関校に一般受験で合格したため、かなり学力は高かったのだろう。日本に来たのは小学3年生の時期と、他のアレッセの児童と比べてかなり早いほうだ。彼自身がかなり勤勉なタイプというのもあるだろうが、彼の学習能力や会話能力の高さは、日本に長く滞在しているというのも理由のひとつかもしれない。インタビューの中でも、以前は他の児童と同じように教科書やテストの問題文が読めないといった問題も抱えていたが、現在は克服したと言っていた。

現在は高校1年生で、中学校を卒業する段階でアレッセは卒業という形になったが、たまにアレッセに顔を出しては、受験生にアドバイスをしてくれている。

 

F

BCと非常に仲が良く、他の中国人生徒とも他の国の生徒とも仲良くやっている。現在、アレッセに所属する生徒の中で最も成績がよく、中学校内でもトップに近い実力である。これは、彼の勤勉な性格によるところも大きいだろうが、幼稚園という早い時期に来日したことによって、日本に適応するのが早かったということも関係しているのではないだろうか。彼に勉強を教えていて、日本語能力が不足していると感じたことは一度もないし、他の生徒が苦手としがちな国語や社会でも躓くことはない。むしろ彼の能力の高さにいつも驚かされる。

 学校生活においても、友人も多く、上手く適応できているようだ。バスケットボール部に所属しており、そのことについて楽しそうに話してくれることも多い。

 

G

 日本に来てまだ日が浅く、日本語よりも中国語のほうが得意であるようだ。私が言った言葉がわからず、Aに中国語に翻訳してもらうといった光景を何度か見た。穏やかで話しやすく、授業にも真剣に取り組んでいる。一生懸命に学習に取り組んでいるため、それほど勉強ができないといった印象を受けたことはないのだが、やはりまだ日本語の能力が十分であるとは言えず、そのために日本語の文章や講師の発言が理解できないといったことで苦労している姿をよく見かける。おそらく学校の授業でも苦労しているだろう。

彼女は両親ともに中国人で、家では完全に中国語のみを用いて会話している。日本に来てまだ日が浅く、家でも中国語のみを使用しているため、日本語を使用している期間はかなり少ないほうだろう。

 

H

 携帯のゲームが大好きで、いつも携帯でゲームをしている。授業にも全くやる気がなく、当然成績も良くない。しかし、それは日本に来てまだ日が浅く、まだ日本語を読むことや話すことで精一杯という状況のせいだろう。現在、中学校の日本語教室に参加しており、国語、社会、理科の授業の時間は日本人の生徒たちとは一緒に授業を受けず、他の外国人生徒(アレッセには在籍していない)と2人で、日本語の勉強や中国語で各教科の授業をしてもらっているようだ。

懐いてくれてはいるのだが、勉強もサボりがちで、「休憩しよう」とすぐに言ってくるので手を焼いている。ただ、学習時間以外では、人懐こく、明るい性格であるためとても仲良くしている。ただ、インタビューは「めんどくさい」と断られてしまった。ブラジル人のLと同じ中学1年生の男子であることから、とても仲がいい。いつもHLにちょっかいをかけ、Lがその仕返しをして二人で笑っているといったふうだ。ただ、授業時間中は真面目に勉強しているLHが邪魔するといった場面も何度か見かけた。