第五章 分析と考察

 ここまで友人との会話の内容に着目して調査結果を分析してきた。そこでの問いは大学生の友人関係において「状況志向」および「自己の多元化」が見られるか、またそれはいかにして形成されるのかという問いであった。ここではまず友人関係形成プロセスについてまとめていきたい。

 出会った当初の時期にはまず、話題の探索がおこなわれる。データ1で挙げられたように、この段階ではサークルや学部などの所属団体の話題や出身地の話題など、相手が答えやすいような話題が選択されやすい傾向にあった。この時期には話題が継続することが重要視され、多少会話に無理が生じても沈黙は回避しようとするようだ。また、後述するが、ある程度親密になるまでは避けられる話題として、データ7やデータ8では恋愛について、下ネタ、現在の状況や過去の経験についての話題、さらに相手が知らないようなコアな趣味の話題が挙げられた。特に趣味の話題は、相手が知らないという可能性を考慮し慎重に扱われるが、盛り上がりやすい話題でもあるために早く趣味の話題に持ち込みたいという、相反した要素を持っている。

 次にある程度親密になってからは、たいていの場合は複数の共通する話題があるため、その話題で話されることになる。ただし、データ15やデータ18にあるようにそれほど親密にならなかった場合や限られた場面でしか会わない場合は話題の探索はおこなわれず、ひとつの話題でしか話さない傾向にあるようだ。この場合のひとつの話題とはデータ4やデータ5などで語られているように所属団体やそれに関連する話題であることが多い。話を戻して、相手と親密になった場合はデータ7で挙げられているように出会った当初とは異なり、それまで避けられていた話題や沈黙もあまり意識されなくなる。しかし、データ16にあるように、この時期においても相手が知っている話題を選択するということは意識され、相手の知らない話題は説明する手間や話の盛り上がりやすさの点からあまり積極的にはもちいられない。ここでいう相手が知っている話題とは、共通する趣味の話が多く、今回の調査でも、もともと共通している話題としてサークルの話題があったが、それの他に共通する趣味の話題ができるようになってから相手の別の一面が見えて一気に親密になったとデータ3で語られていた。

 この親密になるかどうかは会話の面白さや盛り上がりに影響される部分があり、話していて面白いと感じられるような相手とは積極的に友達になろうとし、あまり面白くないと感じた場合には友達になることに対して消極的になるようだ。

 さて、以上をふまえて本研究の問いであった、「現代の若者は自己の多元化および状況志向的な友人関係はいかにして作られるのか」について考えたい。ここで再度状況志向と自己の多元化について整理すると、状況志向とはさまざまな場面で友人関係を持っており、それぞれ友人を使い分け、ひとつの事柄で熱中して友達と話す傾向があり、相手に応じて話し方や話題や振る舞い方などを切り替えることをいい、自己の多元化とは、場面に応じて複数の自己を意識的に使い分けることをいう。

 調査結果を見てみると、現代の若者はたしかにサークルやゼミ、学部などさまざまな場面で友人を作っており、それぞれの場面の友達に合わせて話題も変えているようである。その意味では状況志向的な振る舞い方と言えるだろうし、データ13、データ14でも友達に合わせて自然と話題を使い分けていると語られていることから、今回の調査でも若者が状況志向的な人間関係を形成しているといえる。また、Eさんを例にとってみると、データ2、データ3ではサークルの友達を相手に積極的に話題を探索しいっしょに遊びに行くまで親密になった。次にデータ18を見ると、ゼミの友達とは授業に関する話題のみで話題の探索はおこなわれていないようである。このように話題と親密性の観点からは、サークルの友達と接する時の自己、ゼミの友達と接する時の自己とたしかに自己の多元性が見て取れる。

ただし、ここで注目したいのは、今回の調査では出会ってから親密になるまでのプロセスを対象としていたために、話題の探索は非常に慎重なプロセスであるように見える点である。データ1、データ6に見られたように出会った当初の時期には所属団体や出身地の話題のような無難な話題が選択される傾向があり、逆に、データ7やデータ8で挙げられたような下ネタや恋愛の話題といった相手を不快にさせる可能性がある話題は避けられる傾向にある。下ネタや恋愛の話題はデータ7において指摘されたように親密になるとあまり意識せずにもちいられるようで、ある種の親密になった証のような役割を持っているのである。今回の調査データではこれらの避けられる話題がひときわ慎重に取り扱われている。そのためそれらの避けられる話題をもちいずに親密になる必要があり、相手を不快にしないよう細心の注意がはらわれ、無難な会話から徐々に親密度を深めていくのである。

 ここまで友人関係形成における慎重さについて述べた。ではなぜ彼、彼女たちは慎重になるのだろうか。ここでは避けられる話題や沈黙についてもう少し見てみたい。

 まず避けられる話題には、先に挙げたように恋愛について、下ネタ、現在の状況や過去の経験についての話題、さらに相手が知らないようなコアな趣味の話題などがある。これらの話題は親密になってくると意識されない場合もあるが、出会った当初は「場合によっては相手に嫌な気持ちを抱かせそう」という理由から意識的に回避される。出会った当初は相手に不快な思いをさせないようにと敏感になり、話題も無難なものが選択される傾向にある。これは相手に不快な思いをさせるとその後親密になれる可能性が低くなるからだと今回の調査では語られていた。

 また、沈黙に関しても、出会った当初の時期には回避される傾向がある。この理由は同様に、「会話が続くか否かぐらいしか交流の良し悪しの評価点に繋げにくい」ために、会話が続かないことが親密になれる可能性を低くすることに直結してしまうからである。

どちらの場合も相手に不快な思いをさせることで友達になることができないということを避けるための気づかいであり、無難な話題を選択することも会話を継続させることも、積極的に親密になろうとするための戦略というより、相手を不快にさせないことでひとまず友達になれる可能性を維持させようという意識が強いように感じる。今回の調査の中ではデータ1やデータ2、データ12で挙げられたような会話が盛り上がることと、データ6やデータ8などで挙げられたように相手に不快な思いをさせたくないといったような発言が多く見られた。本調査の場合、大学生たちは友人関係形成段階の会話において「快」または「不快」といった感覚に敏感であり、なるべく楽しくなるようにまた、なるべく相手に嫌な気持ちを抱かせないようにということを強く意識する。この感性こそが、友人関係形成プロセス上の話題探索にある種の慎重さをもたらし、最終的には「状況志向的」友人関係およびそこでの「多元的自己」という特徴をもたらすのではないかと考えられる。