5章 考察――中小企業と前期高齢者――

 

1章でも述べたように、近年、日本の少子高齢化は急速に進行してきた。厚生労働省等の調査によると、わが国の人口構成は、64歳以下の人口割合が急速に落ち込み、逆に65歳以上の人口割合である高齢化率が上昇し続け、2060年には約40%に達することが予測されている。そのような中でアクティブ・エイジングの概念が重要な意味を持ち、高齢者の積極的な社会参加が期待されてきた。就労に関して言えば、将来の労働力人口の減少が懸念される中で、働く意欲のある高齢者の増加も見られた。そのため就業意欲のある高齢者が働けるような環境を整備し、社会の支え手を増やし、今後の高齢社会に対応できる制度を構築していくことが重要な課題となっている。その一方で、これまで60歳から支給されていた厚生年金の支給年齢が将来的に65歳になり、60歳定年企業が多い中で、60歳代前半の雇用確保が求められている。そこで、高齢者が少なくとも年金の支給年齢である65歳まで働き続けられるように、高齢者雇用安定法が改正され、65歳までの雇用確保措置が企業に義務付けられた。そして本研究で制度の変更に伴う変化について高齢者および中小企業に調査を行った結果、60歳以上の高齢者には2つのパターンがあることが分かった。

1つは、大企業出身者の例である。大企業には企業年金があるため、定年後に働かなくても、生活していくことはできるのである。自分の趣味にお金を使いたい、子供や孫にプレゼントをたくさん贈りたい、といったような生活以外の面での出費が多い場合、働く意志が芽生えるのではないだろうか。しかしながら働くという行為は大企業出身者にとっては単なるオプションであり、精神的にもいつでも辞められるという保険があるため、それほど深刻にならずに働くことが出来ると思われる。第2章で記述した【働く理由】では1番が「体や健康に良いから」、次いで「家計を補う必要があるから」となっていたが、このデータは大企業や中小企業関係なしにとられたものであり、大企業のみに向けたならば1番の比率が高くなるのであろう。逆に、中小企業だけにこの質問を投げかけると、「家計を補う必要があるから」という返答が圧倒的に多いと予測できる。このように大企業出身者は経済的にも余裕があるため、定年後働くことは必然ではない。よって自分磨きのためであったり、交友関係を広げるためであったり、生活リズムのためであったりと、働いた上での報酬等よりは、働くこと自体に重点を置いているのかも知れない。

もう1つは、中小企業で働いている高齢者である。大企業出身者の働き方の特徴を前述したが、もちろん中小企業で働いている高齢者に共通する部分が全くないわけではない。今回の調査では、2人の従業員の方へのインタビューを行ったが、働く理由について、どちらも「家計を支えるため」と「メリハリのある生活を送るため」という2つの理由を挙げている。収入を得ることはもちろん大事であるが、それ以外の部分、健康面等にも留意している。しかし中小企業労働者にとっては収入を得ることは必要不可欠であり、働かなくて生活していけない、という場合が多い。よって定年後に働くことは自然な流れなのである。さらに年金制度の改正に伴って年金の支給開始年齢が上がり、もはや中小企業労働者にとって、働かない以外の選択はないのである。しかし中小企業者は以前から、定年後も働き続けるというスタイルであり、今後多くの企業で定年年齢が65歳に引き上げられたとしても、定年に関係なく働かなければならないという事情は変わらないだろう。

そのように中小企業労働者が働かざるを得ない状況にあるからこそ、中小企業自体の役割も重要となる。中小企業は法改正により、以前にも増して人手不足が深刻になった。定年を機に大企業から中小企業に転職していた労働者が、勤続していた大企業で65歳まで働くようになったからである。そのため、中小企業にとっては自分の会社で働いている労働者を手放すわけにはいかない。したがって、従業員とより密接な関係を築くことで信頼を得て、少しでも長く働いてもらうように努めるようになる。つまり、中小企業が法改正における高齢者の就労と生活設計に関する一種の相談窓口となり、高齢者の生活設計を個別に提案することで、人材を確保しているのである。しかし会社によってその関与の仕方は様々であり、全ての中小企業が個別的な関係を構築しているとは言えない。とは言っても中小企業には大企業よりも高齢者ひとりひとりに対応できる能力があることは確かであり、今後も中小企業への期待は高まるだろう。

しかしながら、天田(2013)は中小企業に期待しすぎてしまうことを懸念している。天田によれば、中小・零細企業においては、以前は結婚相手を紹介してもらったり、老親の介護の相談をしたり、余暇を一緒に楽しんだり、酒を酌み交わしたり、といった“人情”“恩義”“仁義”などを通じた「社会関係資本型セーフティネット」が機能していた。しかし経済成長の鈍化とともに近年は中小・零細企業における「世話」機能が急速に失われてしまったと天田は論じている。そして大企業ではカウンセラーなどの専門職に頼ることが出来ることが、中小・零細企業では困難であり、労働者は厳しい労働条件の中でひたすら孤独に耐えて仕事していくしかなくなってしまうのである。本研究の場合、(1)高齢者の生活を個別的に設計、(2)雇われた高齢者が若い従業員の相談にのったり面倒を見たりする、という2つの部分で「社会関係資本型セーフティネット」と呼べるものがあったと考えられる。このような環境が実は日本社会において既にやせ衰えているのかもしれないということである。

このように定年後の高齢者の働き方に関する社会の変化は階層的に異なった影響を与えるだろう。年金制度と高年齢者雇用安定法の改正は、大企業労働者には定年以降も働くことができる選択の余地を与える結果となった。一方で中小企業労働者にとっては年金の受給年齢が上がり働かなければ生活していけないという状況になり、中小企業側としてもより個別的に高齢者の生活設計を行い、人材確保に力を注ぐ結果となっている。その結果、多くの人が60歳以降の生活を設計し、軌道に乗せられていると考えられる。しかし、天田(2013)の指摘を踏まえれば、こうした中小企業の「相談窓口」的な機能がどの程度強靭なのかという心配もある。今後はより一層、高齢者雇用の進展に注目する必要がある。