第4章 中小企業における高齢者雇用の実際―雇用者・被雇用者に聞く職場の様子―

 

 今回行ったインタビュー調査を基に、会社側と従業員に分けて中小企業における高齢者雇用の状況を分析していく。

 

第1節 会社側から見た高齢者雇用

 インタビュー調査から、A社では求人を出し続けているが、希望者が来ないという状況が深刻であることが分かった。そのため、一人あたりの仕事の種類を増やすという多能工化によって、対策をとっている。

 

1項 制度が改正される前の中小企業の雇用

 高年齢者雇用安定法の改正により、現在すでにすべての企業に対して65歳までの雇用が義務化されている。しかしこの現状に関してA社のa1さんの話がある。

 

国の法律で65歳まで採用しましょうって言っとるけど、もう中小零細企業は、そうゆう人たちの力を借りないと企業が成り立っていかないのよ。大手さんはどうゆうことしとられるか分からんよ。だけどわたしの会社は、そうゆう方達にも仕事を一緒にしてもらわないと、仕事してけないのよ。

 

 この話から、65歳までの雇用を確保することはA社にとっては必然であることがうかがえる。積極的に高齢者を雇用するというよりは、雇用しなくては企業として成り立っていかないのである。そのような中で法律が改正されたことに関して、a1さんは「それ当たり前やねかって、零細企業の中で65や70歳で働いとる人なんていっぱいいるよ!」2と語っている。中小企業では以前から60歳を超えても働くことが当たり前となっている場合がある。しかし法改正によって65歳までの雇用が義務付けられ、年金受給年齢が上がり収入が減ってしまう高齢者にとっては大きなメリットであると報道されてきた。これは主に大企業に焦点を合わせた話であり、多くの中小企業にとって状況は何も変化していないのである。また世の中の企業のうち、大企業は一部であり残りは中小企業が圧倒的に多い。にも関わらず少ないはずの大企業に焦点を合わせて法改正が行われたことに関して、a1さんは納得がいかない部分もあるという。中小企業にとっての労働者確保の困難がうかがえる。

実際のところ、60歳で定年になってから中小企業で働く大企業出身者は少ないという。特に大企業で働いてきた高齢者には専門的な知識があり、中小企業にとってはすぐに働くことのできる貴重な存在である。しかし大企業から転職してくる人はほとんどいないという。切実に人を求めていて、65歳からでも来てほしいが、大企業で働いてきた人たちは給料が下がってしまうこと、新たな環境に行くこと、年金が下がってしまうこと、などの理由で、定年後辞めてしまう、もしくはそのまま大企業で働き続ける人がほとんどである。

さらにもう1つ大企業からの転職者が少ない決定的な理由として、企業年金がある。60歳になると企業年金を貰うため、働かなくても生活してゆける。A社の元請け会社であるYKKグループの人は、兼業農家が多いと言われる。したがって、60歳で定年退職して、農業に専念して生活していこうとする人が多いのだという。そのため、中小企業は人材を募集し続けているが、人材獲得競争がより激しくなってしまうのである。

ただし人手不足の深刻さは企業によってばらつきがあり、すべての中小企業が人手不足というわけではない。例えば今回の調査ではA社には切実に人手を欲している様子が見受けられたが、B社及びC社はそれほど深刻ではなく、再雇用を希望すれば雇用し、退職を希望すればその通りにするといった印象を受けた。

 

では、なぜ中小企業は高齢労働者を求めているのだろうか。もちろん人材を確保するという目的も重要であるが、職場に高齢者がいるということの意味も大きいと思われる。

 

2項 高齢者が職場にいることによって及ぼされる影響

A社では、仕事中に高齢者の経験が大きな影響を及ぼす場合がある。

 

例えば、伝票の見方で、この色とこの色少し違わない?って言ったら、すぐ伝票見て、あぁこれは、もしかしたら窯が違って、色ムラが出てるのかも知れませんって。だからこれくらいの違いはいいですとか、そうゆう風に教えてくれる。で、次また新しい子が来たら、なんかあった時に、あぁこれ2本使ってるからしょうがないね、いいわよって、これ大丈夫、入れてくださいとか、これ確認するねとかっていう返事が出来るように。これは伝承だと思う。(A社のa1さん)

 

 これは、チャックのジッパーの部分が、2種類で仕上がってきた場合の話である。同じピンクでも濃いピンクと薄いピンクが混ざっていることがあるが、若い従業員はこの違いは商品として成立するものなのか疑問に感じてしまう。しかし経験のある高齢者はそれが大丈夫な違いなのか、そのままでは駄目な違いなのか判断することができるのである。そのため、ほかの従業員は得た知識を心に留め、次に新入社員が来た時に教えることができる。このように知識が継承されていくのである。

 また高齢者の経験が役立つ例として、C社では、問題が発生した時に高齢者の経験がより重要なものになるということが分かるという。機械が故障してしまった時、どのように対処すればよいのか知っているのは、経験のある高齢者なのである。若い従業員は経験が浅いが故に失敗の数も少ない。勤続年数が長い高齢者ほど、関わった仕事の種類も豊富であり、さまざまな知識を持っている。そのため失敗したことのある高齢者は、故障した機械を修理、補修させる能力を持っている。たとえ誰も経験したことのない場面に出くわしたとしても、頭の中に眠っている莫大な知識の中から必要な情報を選び出して、状況を改善させる能力を持っているのではないだろうか。

このように高齢者は若い従業員に直接的な指導をする義務はないにしても、知識を伝える場面が自ずと出てくる。また、周りの従業員たちが高齢者の仕事ぶりを見て真似をするという、他の従業員の手本になっている部分も多いだろう。トラブルの対処など、目に見えない技術も豊富に持っている。

 前述した内容は主に仕事内容に関しての一面であるが、仕事以外の面に関しての影響もある。A社では、朝礼時に以下のような出来事があった。

 

例えば私が、クレームがあって困るよってゆうじゃないですか。そしたら、しーんってなってて、次の仕事にどうやって入るんかなって思ってたら、そ­60歳以上の人が、まあまあ、って。じゃ、がんばろうって。そういうこともあるけどさ、って。そういうので、現場がくっついてくるっていうかさ。団結力が出るような、そんな雰囲気はあるよ。若手ばっかりだとさ、なんかぎすぎすし­てる時もあると思うんだけど、そういう人って大事かなって。

 

職場の雰囲気が重くなったときに、次の一歩を初めに踏み出すのは高齢者なのである。ほかの従業員が動けずにいる状況で、高齢者は1つアクションを入れることでその場を和らげる、あるいは前向きな方向に持って行ってくれる能力を持っている。そして高齢者の一言、行動だからこそ若い従業員も素直に受け止め、次の行動を円滑に行うことが出来ているのではないだろうか。同世代の従業員ばかりだと切磋琢磨し合えるという意味では良いことだが、現場でのまとまりに欠けてしまう。そんな中に高齢者がいると、真似る部分が多いので士気を高めることになるし、陰のリーダーともいえる高齢者がいることで職場の団結力をあげることにもつながる。また職場の雰囲気に関して、トラブルを避けるように行動することもある。

 

例えば誰かが、おい、○○!って、男の人が女の人にちょっかい出すときあるじゃん。でも、セクハラと思うか冗談と思うかって、その人の気持ち次第なんやって。だけど、年配の人はさらっと、そうゆうことしたらセクハラやよ、って。際どいところなのよ、女性が多いから。だから、あの人はセクハラするんやぜとか、言葉の暴力やよねとかって(陰で)言う人もいるよー。だけど、セクハラやとか言うよって、男性(本人)に、さりげなく言えるじゃん。それは年の瀬やよね。(A社のa1さん、カッコ内は引用者)

 

女性従業員が多いA社では、男性の女性に対する接し方がそのまま展開してしまうと、セクハラになってしまう場合がある。しかしそこで高齢者が「そんなことしたら、セクハラになるんやよ」と一声添えるだけで、その場がおさまり、また男性への注意にもなる。ほかの従業員が言いたくてもなかなか言い出せないことを高齢者が言ってくれるおかげで、職場が重い雰囲気になることがなく、和気あいあいとした雰囲気の中で働くことに繋がっているのである。高齢者の一言は、会社の雰囲気作りに大きな影響を与えることがしばしばある。

このように高齢者の存在は会社及び周囲の従業員にとって大きな存在意義があり、メリットも多いため、企業はより高齢労働者の確保に尽力していくのである。

しかし人が不足しているとは言っても、採用する人は選ばなくてはいけない。A社は60歳を過ぎた人でも雇用するというスタンスであるが、面接時はその人となりをしっかりと判断させてもらうと言う。「とにかく生活困っとんがやちゃー、働きたいがやちゃー、おら何もできんがやれどって、そうゆう人はいらないのよ」というa1さんの語りからも分かるように、会社の一員として働いてもらう以上、きちんと目的を持っていること、自己分析がしっかり行われていることなど、総合的に判断したうえで、採用するか決める。高年齢者を雇用する場合、新卒などの若者と違ってこれから様々なことを教える時間はないので、真摯に働いてくれる人を選ばなくてはならない。したがって、自身の会社を選んで面接に来てくれる人が少ないうえにやはり人は選ぶので、人手不足がより深刻になっていってしまうのだ。

 

第3項 関係性

このように人手が不足している中で、中小企業では従業員との関係性を密接にしてより個別的な高齢者雇用を行っている。中でも特に顕著に現れていると思われる場面が、再雇用について高齢者と話し合う際の、細かい取り決めを決定する場面である。まず再雇用の取り決めについて細かく見てみる。

 

【再雇用の取り決め】

以下では、B社での、労働時間と仕事内容を決定する際の様子がわかる。

 

<労働時間>

60歳過ぎてね、フルタイムっていいますか、8時間は働けないっていう人も出てくるので、そのときは会社と個別にお話をして、じゃああなたは6時間なら働いていただけますかと、7時間ですかと、そういう形で、話をしてます。従業員の方の意思を尊重して、話をするっていう。その都度その都度話をするっていう…形ですね。

 

<仕事内容>

社長と話をしていただいて、今と同じ仕事でいいのかとか、もっと難しいものでもいいのかとか、現場から少しちょっと距離をおいて管理のほうをやったほうがいいかとか。年をくえば、だんだん体力的に衰えてきますので、そういうところを、本人と話をして、決めていきます。でお互いに納得してっていう形でやります、はい。

 

労働時間については、いくつかのパターンがあって、その中から自分の働きやすい時間を選ぶという形ではなく、高齢者個人に合わせた労働時間を考える、という形になっている。A社では、熟練を要する仕事をしていた人だが、外には出たくないということで家内労働(内職)してもらったという、個別に対応したケースもある。また仕事内容については、基本的には同じ仕事をしてほしいが、高齢者本人が限界を感じている仕事などは希望を聞いて変更している。B社の例でいえば、体力的に以前のようには動けないが、現場の雑用はしたい、コンピューター制御のような難しい機械を扱う仕事は嫌だけども、簡単な機械操作ならやりたい、などである。

A社では、基本的には60歳に近づいた従業員が、経営者側に自分の意志を伝えるという形式をとっている。社長、専務、常務の3人のうち誰かに伝えるというパターンである。常務のa1さんに意志を伝えた例がある。

 

まだいてもいい?って。私も1人聞いた人がいて、「私来年の何月で60になるんやけど、もうしばらく働きたいが」っていわれたの。私は、あ、じゃあ、社長にゆっとくねって。ありがとうって。がんばろうって、言います。

 

常務のa1さんは、従業員から聞いた内容を会社のトップである社長に伝えるという役割を担っている。しかしただ単に高齢者の話を聞くだけではなく、労いの言葉も加えており、畏まった場ではないことが伝わってくる。これらのことから、高齢者の意思を尊重し、お互いに納得しようとする傾向が強いことが分かった。

 

【社長との関係】

次に社長との関係を分析する。A社のように従業員が自らの希望を経営者側に伝える、というのは双方がコミュニケーションを取りやすい環境であるからこそ可能な方法であると考えられ、インタビュー時の社内の様子からも、常務のa1さん、専務のa2さんが従業員と日常的に会話している様子を窺い知ることが出来た。日頃の様子を知るきっかけとしてa1さんの話がある。

 

ここで仕事してる人と、YKKの方でやってくれてる人がいて、まあその代わり、社長と専務は一日何回も現場見に行くし、声かけをする。高齢者だけじゃなくてリーダーさんにも。その時に、全ての従業員さんの体調管理…顔色悪いよとかさ。最近は、鬱とかあるじゃないですか。家庭内のなんか悩みとかもあるし。ゆってきますよ。リーダーから。最近○○さんがちょっと悩んでるようなので、常務話を聞いてやってくださいとか、最近あったこと。気をつけてるってことは、社長とか専務が、毎日、現場へ馳せ参じて、みんなの状況見るとか、っていうことはしてる。

 

A社では、従業員と経営者側の間にリーダーという存在がいる。現場の指揮をとっている人のことだが、従業員が社長や専務には直接言えないことを、リーダーが様子を見て情報を伝えることもあるようだ。また社長や専務が毎日現場へ行って様子を見るということは、従業員からしたら毎日社長や専務の顔を見ることが出来るわけで、会社のトップである社長の存在をより身近に感じられるよいきっかけとなっているのではないだろうか。

社長の存在を身近に感じられる例として、C社では社長と従業員が1対1で話し合う機会を設けている。これは年に1回、従業員にアンケート調査を実施し、それに関して社長と個別に話し合う機会を設けている。大体110分から15分くらいの面談であるが、C社は従業員数が80人程度であるため、2日間に分けて行われる。内容としては、上司や同僚、また仕事関係のことや職場環境についてなにか思うことである。また面談を通して、従業員が普段考えていること、あるいは会社側から従業員個人に対してお願いしたいことなどの話し合いが出来るという。たとえ10分という短い時間だとしても、社長と直接話せる機会があるというのは、従業員にとって自分の意見がストレートに伝わる機会があるということで、大きな安心、またはチャンスになっていると思われる。また80人に対して1人10分から15分くらいの面談を行うとすると、合計で15時間くらいかかる。しかしこれは中小企業だからこそ行えることであって、何百人以上もの従業員数を抱えている大企業が同じことをしようとするのは、無理があるだろう。

 

【給与設定の難しさ】

最後に給与設定の難しさについて考えてみる。個人的に話し合うことによって、給与を設定する際に、B社では高齢労働者が既に知識を得ている場合もあるという。

 

みなさん、自分の年金のこととかご存じなんで。多分まあこれぐらいは貰えるだろうという予測のもとに、テーブルに着くわけです。で、あまり低い提示額だと失礼だし、今度あまり高いと自分の年金額が減らされるんで。その辺を、こう少しずつ少しずつ話ながらつめて、っていうのが一番困ったところですかね。

 

従業員と会社の距離が近いことは従業員側の意見が浸透しやすいという利点がある一方で、距離が近いがゆえに従業員は自分の意見を言うので、会社側としては慎重に事を進めなければならないという部分もあるようだ。本人を目の前にして話し合う以上、会社が考えている給与額に高齢者がどのように反応するかも、経営者は目の当たりにするわけであるが、従業員の想像と激しく乖離していたりすると従業員と会社との関係性に影響が出る可能性もあるのではないだろうか。

高齢者が自分の意見を言う前提として、年金制度などに詳しいという状況が予測される。

 

当人も、僕らよりよっぽど詳しくて、じぶんの年金がいくらだとか事前に調べてくるんで、じゃあ給料いくらだったらどのくらいの年金額になるかだとか、要するにいくらもらえるか。年金がいくらカットされるっていうのはもうみんな、ほとんど知ってます。(B社のbさん)

 

自分が年金をもらう年齢になって、年金事務所で手続きするとなると、そういった(年金の)説明も受けられますし、はい。皆さんの方が敏感になっておられますね。(C社のcさん)

 

自分が年金をもらう年齢になると、年金事務所や会社に任せきりになるのではなく、自ら自分が貰える年金額や給料について知識を得ている人が多いようである。またその中でも、大企業で働いていた人がやってくる機会が多いA社では、以下のような話も見られた。

 

みんな知ってるよ。専門職3で来た人、もともとその仕事についてて、定年になってやってきた人なんかは、年金の絡みがあって、これ以上働きたくないとか、そういうのあるよ。(中略)できれば、所得は103万超えたくない。だとか、その辺のところは調整掛けていらっしゃるよ。みんなっていうか何人か。専門から、うちへ来た人。

 

特に大企業から転職してやってきた人は、年金と関係させて、自分が所得税を払わなくて済むように、また女性の場合は夫の扶養に入れるように、など自分で考えて労働時間や労働日数を決めている。年金と合わせて給与の計算を綿密に行っている傾向があるようだ。B社では専門の社会保険労務士を雇い、A社では必要な場合に社会保険労務士などに質問し、給与の決定を行っている。

また現在の年金制度については第2章で記した通りだが、再雇用制度と年金には関係があることが分かった。高齢者の給与が定年前と比べて大幅に減額すると、その減額した分は助成金として政府が援助してくれることになっている。しかし働いている高齢者の場合、年金が減額することもあるという。高齢者はこのことを知っているため、自分の年金額や給与についてより敏感になるのではないだろうか。助成金によって所得が低下した高齢者を援助している一方で(高年齢雇用継続給付金)、年金から差し引いている場合もある(在職老齢年金)という現状があるようだ。高齢労働者を取り巻く日本の制度が、より複雑化してきていることがうかがえる。企業側としては、高齢者と密接な距離感で慎重に給与額を定めたとしても、結局年金が減額してしまっては自分たちが設定する給与の意味について疑問に感じてしまうのではないだろうか。

 

 

2節 従業員の感じる高齢者雇用

 この節では、被雇用者であるXさんとYさんに行ったインタビューについてまとめる。

 

1項 Xさん

高齢者の労働状況についてXさんのインタビューからは、友人の状況を窺い知ることができた。

 

働いとる人は少ないね、もうだんだんと。うちに入って孫見とる人とか。働いとる人もいるけど、もう定年になって楽しんどるって言えばいいか、趣味を楽しむ人から、孫見とる人から、うん。友達はけっこうもう、楽しんどる人もおれば、自分の趣味を活かして、なんでもしとる人はしとるし。

 

 63歳のXさんの友人の方達は、孫の世話、趣味の時間など、就業以外の面で老後の生活を充実させている傾向が強いようである。そして友人同士で温泉旅行など、団体での活動も活発なようだ。またXさん自身は、友人たちのような生活には憧れるが、「なんかだらだらと1日終わってくような気がして、メリハリがね」と語っているように、メリハリのある生活に十分な意義を感じているようである。仕事に行く際はきちんと化粧をするが、休日はくつろいでいることからもオンとオフの切り替えをしているという実感を得られるという。そして実際、退職したXさんの友人で、まだ働いていたほうがいいいという意見を言う友人も少なくないという。仕事を辞めたが物足りず、ボランティアなどを行っている人もいる。Xさんは働けるならば65歳を過ぎても働きたいという思いがあるが、体力的に難しい部分も多く、自分では65歳が節目になるのではないかと考えている。元気な間は働きたいが、体の不調がいつどんな形で訪れるのかは予測できないため、とにかく今の仕事を精一杯こなすように尽力しているという。そして常務であるa1さんも、Xさんが働くことに対して弱気な時は声掛けをしてくれるという。

 

ここの常務さんにもよく言われるけど、働かんにゃ!って、言われるんや。えぇーって思っても、働かんにゃって。家におったら、なんとなくこう、働いとるほうが生き生きして、なんとなくいいよって言われる。働かれる間は、うん。

 

 経験のあるXさんといえども、仕事で失敗してしまったときは落胆し、自分がまだ働いていることに不安を抱いてしまうことがある。そのような場面で常務のa1さんの声掛けは、Xさんにとっては安心またはやる気に繋がるだろう。また会社側としては、経験のある貴重な従業員との距離感がより親密になり、個別管理の徹底に結びつくと思われる。そしてXさんが65歳まで働きたいと考える背景には、働かなくてはならないという事情もあるようだ。Xさんは国民年金のみの受給となるため、将来的には65歳から年金を受給することになる。そのため、働かなくては生活していけないのだ。また自分の生活費にプラスして自分の娯楽費、孫へのプレゼントなども考えているため、お金に余裕を持ちたいという思いがある。自分で稼いだお金であれば、だれにもとやかく言われずに自由に使うことができる、という。このような理由から、働けるだけ働きたいという考えが出たと言える。

 一方、自分より若い世代の人と一緒に働いていることに関しては、考え方に関しての違和感があるようだ。

 

別に仕事上はないけども、こうあっさりしとるというか、なんか考え方が、わたしなんかは年寄りと一緒に住んどったけども、今の人たちは核家族やから、自分達の生活主体な人が多いから、年寄りとこう…考え方というか、そういうがの違いもなんか感じるねぇ。感じることが、関わることがめんどくさいって言えばいいか。

 

自分の気持ちでは年齢が離れていることに問題意識は感じていないようである。しかし会話する中で、若者と話が続かない、話を早く終わろうとする様子が見受けられ、悲しく感じてしまうこともあるようだ。しかし、若者と働くことで若いエネルギーがもらえるとも語っていた。働いていなければ夫くらいしか話し相手がおらず、同居している息子とすら多く話す機会はないそうだ。しかし現在は多くの世代の人と様々な話が出来、若者と働くことに魅力も感じている。またそのように若者と話すことに楽しさを感じているからこそ、職場の雰囲気そのものを良くしようとする思いもある。例えば新しく入ってきた人が現場に馴染んでいない状況があると、最高齢のXさんが自ら声をかけて他の従業員と交流できるように協力することもあるという。最高齢であるXさんが声掛けをすることで、他の従業員も続けて話しかけやすいのではないだろうか。そして自分が会社に対して何か疑問なことや伝えたいことがあったら言うと答えており、そこには若者たちを引っ張っていかなければいけないという思いも潜んでいるのではないかと感じた。

また会社に何か意見があった場合の行動に関しては、「意見あるときは言う」とはっきり答えており、普段も会社側からは気づいたことがあれば言ってほしいという要望を受けているという。従業員としても、その通りこうした方がいいと感じたことは伝えている。Xさん自身、「他の人も、思ったこと言われるんじゃないかな。堅苦しい感じの会社でもないと思うし」と語っているように、これは会社側と従業員の関係が密接であり、また社長とも頻繁に顔を合わせる機会があるからこそ可能なことではないだろうか。会社側になんでも言える、というわけではないかも知れないが、少なくとも従業員が自分の意見を伝えようと思える間柄であることは確かであり、大企業と比べて従業員数が少ない中小企業だからこその場面であると言える。

 

 

 

2項 Yさん

Yさんは52歳という年齢のため、若い従業員と共に働いているという立場と、高齢者と共に働いているという立場の2つに分けて分析を行った。まず、若い従業員と働いているという先輩としての立場である。Yさんは事務職という仕事のため、パソコンに向かって作業することが多い。その影響で、眼が見えづらくなっているという。しかし使ってもらえるならばずっと使ってもらいたいと語っており、働き続けたいという思いはXさんと同様である。

 

フルで働くのは60手前かなー。でもやっぱり定年までおりたいかなー。なんかいろいろあります。でも年寄りも抱えてるし、そうゆうの考えると60歳までいるのはやっぱ無理があるのかなぁって。だけど、もし願わくば、ここにパートさんとかいるし、もし自分の母親が何か病気とかで介護しなきゃいけないとかってときに、もしできることならば、パートに代わって、今の事務の仕事じゃなくって、現場に入って、働きたいかな。

 

正社員としては60歳まで働きたいが、同居している母親の世話もしなければならないと考えると、なかなか難しい部分があるようだ。そして事務系の仕事に関してはあと3年が限度だが、その後は職種を変えてでも働きたいと考えており、今後の働き方に思い悩んでいる様子が見受けられる。一方で、A社については、朝礼などで精神論や、様々な考え方を教えてもらうことが多いので、新しい発見をするよい機会になっていると語っていた。「中小企業は経営者によって、全然違う会社になる」と、A社がアットホームな雰囲気であると感じているようであり、この密接な関係から、今後Yさんに対してのA社の柔軟な対応が行われるのではないだろうか。Yさんは働くこと自体は嫌いではなく、むしろ家事よりも仕事をしている方がいいと言う。また働くことでメリハリのある充実した生活を送ることができるということにも意義を感じている。そして逆に、働かないという選択肢が思いつかないとも語っていた。これには自分の育った環境が影響しており、両親が共働きならば、自分も当然働くものだと考えるのだと思われる。生活のために働かなければいけないが、仕事が嫌で仕方なく働いている、というわけではなく、働きこと自体にあまり疑問を感じずに働いてきたという印象を受けた。

またYさんのインタビューでは、現在の年齢で働いていることに関して少し他人を気にする心境が語られた。

 

自分の子供と一緒くらいの人と働いてるので、子どもよりまだ若いですからね、でもそんなに、自分は離れてるとかって思ってないからね。30も離れとるからって、そうゆう風な意識は全然ないです。わたしとしたらやよ。けど若い子っていうのは、なんかちょっと(高齢者の)くせに、って言うのはあるかもしれんけど。どうなんですかね?(カッコ内は引用者)

 

やはり気持ちは若いという思いで働いており、若い従業員に対しても同じ目線で会話をしている。しかし、他の若い従業員にどう思われているかと考えると、気後れしてしまう部分もあるようだ。そしてYさん自身、後輩からは嫌がられることはなく、場を和やかにしていけるような存在でありたいという意見があった。経験があるからといってリーダーシップを取り過ぎることもなく、和気あいあいとした雰囲気を作りながらも、芯のある先輩を目指したいという。

 

次に高齢者と働いている従業員としては、仕事の話というより人生経験についての話をすることが多いという。Yさんよりも先に入社した年上の方はあまりおられないが、高齢者には生きていくための知恵だとか、「娘結婚するがいけどどうしたらいい?というような娘の結婚に関してなど、人生におけるイベントの知識を教えてもらうという。仕事面だけでなく、生活にかかわる話もしていることで、より高齢者とほかの従業員が話す機会が増え、そのことが高齢者への信頼につながり、高齢者自身が自信を持って仕事をすることに繋がっている。そして若い従業員にとっても、高齢者がいることで安心感を与え、それぞれが自信を持って仕事をすることにも繋がっているのではないだろうか。

 

また前節で社長と従業員の距離の近さに触れたが、もちろん従業員同士の距離も近くなり、会社の雰囲気にも繋がってくる。A社では、事務職のYさんが現場に赴くこともあるという。

 

大きい企業さんだったら、3ヶ月間は現場で実習とかってあると思うんですけど、うちみたいなちょっと中小企業になると、たまたまここにいて、すぐそこに現場があって、人がいないよっていうときに、じゃあちょっと行ってきます!って感じなので。

 

これはA社全体がアットホームな雰囲気だからこそ、異なる職種であっても簡単に応援に行くことができ、またその場で誰かしらがすぐに教えてくれるという環境が実現しているのではないだろうか。時間を取って現場の仕事を学んだわけではないが、10年働いてきた中で、現場への手伝いを通して仕事を覚えたという。またYさんは自分がパソコンを扱う事務職ができなくなったら現場で働きたいとおっしゃっていたが、このような考えも頻繁に現場に出入りしていたからこその意見であり、自分の仕事がきっちりと決まっている大企業では専門的な知識が極められるので、困難なのではないかと感じられた。

 

 

 

 

 

3節 分析まとめ

 現在の65歳までの雇用義務化は、大企業で働く高齢者にとっては定年後も働くことができ、企業年金にプラスして収入を得ることができる一方で、企業年金だけでも生活を送ることはできるので、選択の幅ができたが、中小企業で働く高齢者にとっては今までと何も変わることはなく、むしろ企業によっては65歳以上の雇用を以前から行っていた。そのような中で大企業を中心として法律が作られ、今まで大企業を60歳で定年退職して中小企業で働き始めていた高齢者が、継続雇用制度が導入されたためにそのまま大企業で再雇用され働き続ける道が開けた。しかし人が不足している中小企業にとっては、人手不足に拍車をかける結果になってしまったかも知れない。しかし人手不足の度合いは企業によってばらつきがあり、その実態は様々である。

高齢者が職場にいることで、若い従業員が頼れる存在が出来る。今回の調査では、経験が豊富な高齢者を指導者として位置付けている企業はなく、高齢者はあくまでも若手と同じ仕事をする従業員の一人であることが分かった。しかし他の従業員の手本、あるいは意欲をもたらす存在となっているようだ。分からないことは経験のある高齢者に聞くことが多く、その知識が後から入社してくる人へと伝えられていく。そしてそのような仕事面での技術の中でも、若い従業員などが手本とする日々の仕事の中での「技術」と、トラブルの対処など、非日常的であり、より多くの経験を必要とする「技術」がある。前者は比較的容易なものであるが、後者は若い従業員が身につけようと思ってもすぐに身につくものではない。そのような経験者しか身につけていない技術、つまり無形の経験値こそ、高齢者の役割をより一層活用させていると言える。また、「技術」以外の部分に関して、他の従業員が言いにくいことを言ってくれるという役割もある。そのことが会社全体の雰囲気にも繋がっており、高齢者の一挙一動が、会社内での問題を図らずとも回避していると言えるだろう。このように高齢者は「技術」の面でもそれ以外の面でも、他の従業員に安心を与え、会社にとって有益な存在である可能性が高い。このような影響から、企業は高齢者を積極的に雇用しようとするのである。

もちろん、高齢者が良い影響ばかり与えているという印象を与えるのも問題はある。現在の日本社会では、労働力不足を補うために社会的に高齢者雇用を推進しようとする風潮があり、高齢者が働くことが良い影響を及ぼす、というステレオタイプが機能している可能性がある。この前述した内容と人手不足により、高齢者の需要が高まっているのである。しかし人が不足しているからと言ってどのような人でも採用するということはできないので、面接で断らなくてはいけない場合もある。また大企業で働いていた高齢者が企業年金を受給できるために定年後に働くこと自体を辞めてしまう場合もあるが、中小企業にとっては人が足りていない自社で専門的な知識を発揮してほしいという歯がゆい思いもあるようだ。

そのような人が足りていない状況は深刻であり、中小企業にとっては定年後、自社でそのまま働き続けてもらうことは必須となっている。したがって、ひとりひとりの従業員に対して給与設定、勤務形態など細かく話し合い、個別管理を徹底させている。さらにひとりひとりの従業員に対して社長との面談を行っている企業もあり、自分の意見が回り道をせずに会社のトップまで伝わるということは高齢者にとっては安心感を得ることが出来るし、会社にとっても社長自らが自分の目で従業員の状況を知ることが出来て、密接な関係作りに繋がるのではないだろうか。しかし関係が密接であるからこそ、従業員側は言いたいことを言いやすいとも言える。年金や給料についての知識もあるため、給与設定に関しては会社側が戸惑ってしまうといった場合もあるようだ。制度の変化に伴って、年金と就業の関係もより複雑になってしまい、その影響で高齢者の知識も増えてきていると言える。

 

一方で高齢者自身の話を聞いてみると、会社側からの人手不足という意見と繋がるように、友人たちは退職して余暇を楽しんでいる人が多いと意識していた。しかし現在も働いている高齢者は、逆に働けるならば働けるだけ働きたいという気持ちであることが分かった。健康などの不安も持ち合わせているが、前述したように会社と従業員が密接な関係であり個々に合わせた高齢者雇用を行っているため、高齢者は現在の会社でずっと働いていたいと感じるのではないだろうか。この関係性に関して、密接だからこそ高齢者自身、何か意見がある時はきちんと言うという状況があり、会社側と従業員の意志の疎通は会社全体に影響を及ぼしていると言える。そして働く理由として、やはり年金受給年齢が引き上げられたために収入がなく、働かなくては生活していけないという現状があった。また自分でも自由に使えるお金を得たいという思いもある。しかしそれだけではなく、仕事をすることでメリハリのある生活を送ることが出来る、ということにも意義を感じているようだ。高齢者は働くか働かないかという選択よりも、どうすれば長く働き続けられるかということを思案している傾向が強いのかも知れない。

そして実際に若い従業員と共に働いていることに関しては、あまり意識することはないが、話した時に違和感がある場合もあるようだ。また先輩であるという自覚から、新入社員に声をかけるなど、職場の雰囲気向上のための行動も見受けられる。若い従業員と話すことで、高齢者自身も他の従業員から信頼されているという自信がつき、双方にとって良い影響を与えているのである。