2章 先行研究

 本章では、高齢者雇用が中小企業においてどのような意味を持つのかを表したデータの示すとともに、年金制度及び高年齢者雇用安定法について説明してゆく。

 

第1節 高齢者雇用への期待

第1項 量的データ

近年の研究動向として、高齢者の就労に関する企業側のメリット、および高齢者側の就労意欲に関心を寄せる量的調査がいくつかある。

 【高齢者雇用のメリット】

  小企業注1を対象に行ったアンケート調査では、高齢者を雇用することで企業側にどのようなメリットがあるのか調査している。

  図2−1

資料:国民生活金融公庫「全国小企業動向調査」(1998年)

 

 このデータからは、高齢者をあえてひとくくりにまとめれば、経験が豊富であり、欠勤が少なく真面目であるといった特徴が読み取れる。さらに人件費が安いことは、企業にとっては大きなメリットと言えるだろう。

 

 【働く理由】

  高年齢者雇用開発協会の『定年到達者等の就業と生活実態に関する調査報告書』(2003)では、60歳代前半の人が現在働いている理由が挙げられている。

 @.「体や健康に良いから」(62.1%

 A.「家計を補う必要があるから」(40.4%

 という結果になっており、収入を得るという生活のための目的もさることながら、健康や生きがいに対する探究心が重要になっていることが伺える。

 

 【高齢者に望むこと】

  全国中小企業団体中央会調査部による「平成20年度 中小企業労働事情実態調査」(2008)によると、企業側が高齢者に望むことは以下のようになっている。

  1)「技術・技能を継承すること」(54.1%

  2)「技術・技能を活かすこと」(41.1%

  3)「経験・人脈を活かすこと」(37.8%

  4)「今までと変わらない仕事をすること」(31.6%

  5)「人材不足を補うこと」(20.8%

 このように技術・技能の継承に期待する割合が半数を超え、技術・技能・経験・人脈を活かしてほしいとする事業所も多く、中小企業では高齢者に対する期待が大きい。

 

2項 高齢者雇用のポイント

 藤野(2001)は、中小企業における高齢者雇用のポイントとして、企業事例から3つの点を挙げている。

 

T.快適な職場環境を作る

 高齢者にとって身体的な衰えは避けることの出来ないものであり、その不安要素をいかにカバーするかが重要となってくる。眼の悪い人のために照度を上げる、長時間の立ち仕事が辛くないように、床をコンクリートでなくす、など配慮することで、作業効率のアップに繋がる。

U.各自が受給する年金や保険に配慮する

 高齢者雇用における様々な制度が充実している中で、一人一人の年金事情などに応じて給与額を設定していく必要がある。既に述べたように、高年齢雇用継続給付金と在職老齢年金の影響によって、高齢者の給与設定にはいくつかの制度が絡み合って、より複雑になっている。

V.個々の事情に合わせた柔軟な就労時間

 フルタイムで働きたいと考えている高齢者は少なく、仕事以外に趣味を持つことも多いため、就労時間及び雇用契約を、個々の事情に合わせて結ぶことも大切である。

 

2節 公的年金制度

公的年金制度は高齢者にとって生活していく上で欠かすことのできないものである。公的年金制度が高齢者の退職行動および老後の生活に大きく影響していることは確実であると言える。日本の公的年金のひとつに老齢年金がある。国民年金に加入した人が受給できる「老齢基礎年金」は65歳からの支給だが、厚生年金に加入した人が受給できる「老齢厚生年金」は、以前は60歳からの支給であった。しかし2000年に年金制度が見直され、「老齢厚生年金」の受給を65歳に引き上げるため、「特別支給の老齢厚生年金」として、「定額部分」と「報酬比例部分」の2つに分けた。まず「定額部分」が、男性は2001年から2013年にかけて、女性は2006年から2018年にかけて、65歳に引き上げられる。次に「報酬比例部分」が、男性は2013年から2025年にかけて、女性は2018年から2032年にかけて、段階的に引き上げられていく。将来的には「老齢厚生年金」そのものの受給年齢が65歳になるのだ。また2004年の厚生年金法改正においては、老齢厚生年金の所得代替率を2004年当時の60%から2023年までに50%へと徐々に引き下げることが決定された。

 

「特別支給の老齢厚生年金」の支給開始年齢の引き上げ

              報酬比例部分の老齢厚生年金      老齢厚生年金

                                       老齢基礎年金

 


60                                 65

 

【在職老齢年金と高年齢雇用継続給付金】

 1994年の年金改正に伴い、高齢期の所得保障における雇用と年金制度の関係性から、「高年齢者雇用継続給付金」が創設された。この制度は、60歳時点に比べて給与が一定の割合以下に低下した場合に、低下した賃金に応じた給付金を支給し、雇用継続を図るための制度である。賃金が定年前の75%以下に低下した場合、定年後の賃金の最大15%が給付される。

 この高年齢継続雇用給付金と同様に、高齢者が定年後の就労時における低賃金を補う補助金のような役割を果たすものとして、公的年金制度における「在職老齢年金」がある。以前は、在職中は年金を支給しないものとしていたが、高齢者の低賃金事情を助ける形で1965年から当制度が設けられた。しかし2002年改正により、現役世代の負担に配慮するために支給停止の仕組みが盛り込まれた。年金額と賃金額の合計が一定の水準を超えると支給停止される制度であり、60歳から65歳未満の場合と、65歳以上の場合の2つに分かれた支給停止方法がある。

 

3節 高齢者雇用政策

 高齢者の雇用確保措置として、政府は2004年に高年齢者雇用安定法を改正した。この目的は65歳までの雇用確保を企業に義務付けることにあり、従来の高齢者雇用政策の延長上にある措置である。また前述した公的年金制度の改正により、高齢者の雇用期間をより長期間に変更することが必要となったからである。

萱沼(2010)は、高齢者雇用政策を4つの時期に分けて論じている。

@ 高年齢者雇用政策前史

A 60歳定年制の実現までの時期

B 60歳定年制立法以降65歳までの高年齢者雇用確保措置を目指す時期

W 高年齢者雇用確保措置の成立から70歳雇用を目指す現在まで

 

この区分に基づき、高齢者雇用政策の変遷をたどってゆく。

 

1項 戦後の経済状況

 戦後直後から1950年代半ばまでの雇用状況は、戦争による経済被害や軍人の社会復帰により、若年層においても労働力が過剰な時期であった。そのため、高齢者に限るような施策は行われていない。上林(2008)はこの時期は失業対策であると論じている。1963年に職業安定法・緊急失業対策法が改正された際に、失業対策事業就労者に対して中高年齢者就職促進措置を設けて失業対策事業を廃止する方向を確立したのである。この事業内容の改変に伴い、労働省の職業安定局の下にあった失業対策部も高齢者雇用対策部と変更になり、いわゆる失業対策を具体的に担ってきた地方自治体の失業対策部局も、徐々に高齢者就労対策室などへと名称の変更を行ってきた。1970年代に入ると、日本は持続する高度経済成長により人々の生活水準が持続する一方、1970年には高齢化率が7%を超え、いわゆる「高齢化社会」に突入した。そこで、中高年齢者の就職が厳しい現状を打破するために、45歳以上の者の雇用促進を目的として1971年に「中高年齢者等の雇用の促進に関する特別措置法」が制定された。

 

2項 60歳定年制の実現

 1970年代半ば以降、政府は「昭和6060歳定年実施」というスローガンの下、企業に従来の55年定年制から60歳定年制へと定年延長を促すためのスローガンを推進した。この60歳定年制の実現に向けて企業向けの補助金制度が導入され、1976年には企業の正社員に占める55歳以上の労働者の割合が6%以上とするよう企業に努力義務が課された【清水(1991)】。そして1986年には「中高年齢者などの雇用の促進に関する特別措置法」として制定されていた法律が、「中高年齢者などの雇用の促進に関する特別措置法の一部を改正する法律」となり、題名が「高年齢者などの雇用の安定等に関する法律」(高年齢者雇用安定法)と改称された。この改正法は、「60歳定年法」とも呼ばれているように、10年余に及ぶ政策目標の達成を意味するものであった。ただし、雇用主には60歳定年制を導入する努力義務が課されただけで、罰則を伴う法的強制力はなかった。

 

3項 65歳までの高年齢者雇用確保措置

 前節で記した通り、1994年に年金法が改正され、60歳以上の高齢者が年金を受給できないために無収入となる可能性が出てきた。その影響を受け2000年の高年齢者雇用安定法の改正では60歳以上定年制の努力義務が無くなり、代わりに60歳未満定年制が禁止された。そして65歳までの継続雇用を努力義務とした。この60歳未満定年制を禁止する法律が成立した背景には、既にこの1994年の時点で大半の企業は60歳定年制へ移行していたという事実がある。こうして定年制は企業の雇用慣行から法制度へと変身と遂げたのである。政府は65歳現役社会構築のために、雇用主と高齢労働者を対象とする助成金や奨励金などの多様な政策を行った。

そして2004年の高年齢者雇用安定法が改正された。この改正に関して、岡(2009)は、3つの主要点をあげている。第1の要点は65歳までの継続雇用を確保する法的義務を企業に課したことである。企業は、165歳までの定年の引き上げ、2.継続雇用制度の導入、3.定年の定めの廃止、のいずれかの施策を導入することになった。また企業が雇用義務を負う最低年齢は2006年度から2013年度にかけて段階的に引き上げられ、この引き上げスケジュールは公的年金受給年齢の引き上げスケジュールと重なるように設定されている。第2の要点は高齢労働者の再就職の促進に関する施策である。年齢差別により就業できない高年齢者の減少に向けて、政府は2001年、求人広告に年齢要件の記載を原則として禁じる努力義務を企業に課していた。その延長として、この2004年の法改正では65歳以下を対象とする求人広告を行う際に年齢制限を設定する場合は、その理由の開示を雇用主に義務付けたのである。第3の要点は、高齢者の多様な就業機会の確保に関する施策である。その中でもシルバー人材センターの役割が強調されている。設立以降、高年齢者に就業の場を提供する役割を担っており、今後の影響にもますます期待が高まっている。

なお、厚生労働省による「平成23年『高年齢者の雇用状況』集計結果」によると、定年の引き上げを実施した企業は14,6%、継続雇用制度を導入した企業は82,6%、定年の定めの廃止を実施した企業は2,8%となっており、継続雇用制度を導入する企業が圧倒的に多いと言える。

 

4項 70歳雇用に向けて

 政府は次の目標として70歳までの雇用延長を政策としている。2007年には「70歳まで働ける企業」推進プロジェクト会議を設け、助成制度においては「定年引上げ等奨励金(70歳まで働ける企業奨励金)」を新設した。しかし70歳までの雇用確保措置を導入している企業はごく僅かという現状である。

 以上のように日本の高齢者雇用政策は徐々に雇用確保年齢を引き上げているが、大企業に関してはこうした政策に呼応した動きがある程度見える。例えば、イオン()及びイオンリテール()では20062月、改正高年齢者雇用安定法への対応として、定年退職者の再雇用制度を導入した。1年ごとの契約更新により、希望者の大半を最長65歳まで再雇用する仕組みである。しかし翌20072月には定年年齢を60歳から65歳に引き上げ、他社よりも早い段階で将来を見据えて定年年齢の延長を行っている。再雇用制度内容の特徴としては、フルタイム勤務を基本としながら、多数な選択肢を設定している。本人の希望により転勤の有無や労働寺時間を選択することが出来、自分の時間を楽しむこともできるという。さらに60歳以降の処遇について、職位・職務・働き方が同じであれば、月例賃金・賞与とも59歳までと同じ水準であり、退職金も60歳以降で退職すれば定年退職扱いになる。また、コスモ石油では20064月に再雇用制度を導入した。再雇用後の雇用区分を「シニア社員」とし、主に後輩の教育に回ってもらっている。処遇設定については、定年前賃金の50%程度を基準に時間給で設定している。そして再雇用までの流れとして、55歳到達時に「ライフプラン研修」を行うと共に、その後は毎年の自己申告制度の中で意識付けを行う。退職年度には、継続雇用の希望を確認するとともに、「定年退職説明会」「セカンドキャリア研修」を実施しており、定年後の人生設計について考える機会を与えている。このように高齢者雇用における制度がしっかりと構築されているのである。

 

 しかし中小企業についてはどうであろうか。この部分に関する産業社会学研究の蓄積は乏しいように思える。上林(2012)では、1980年代半ばに従来の55歳定年が60歳定年に延長された時、制度上の定年年齢は延長されたが、中小企業労働者は従来通り、定年の有無にかかわらず働ける間は働いていた、と述べられているが、現在の詳細な実情はどうなのだろうか。そこで本研究では、中小企業及び労働者に直接インタビュー調査を行うことによって、高齢者雇用の詳細な部分を明らかにしていく。