4章 分析

 4章では、会話分析の手法を用いて盛り上がりの分析を行う。本論文では、盛り上がりを2種類に分け、それぞれを比較して分析を進めていく。

 

1節 会話データの記述

 本論文では、20分間行われたそれぞれの会話のなかで、会話参加者が特に盛り上がったと判断した部分を文字起こしした。その際は、山崎敬一著「実践エスノメソドロジー入門」に記載されている内容を参考にし、以下のような一般的に会話分析で用いられる記号を用いた。

 

[ 2人の参与者の発話の重なりが始まる箇所

[[ 3人以上の参与者の発話の重なりが始まる箇所

= 言葉と言葉、または発話と発話が途切れなくつながっている箇所

↑ 記号直後の音調が上がっている

↓ 記号直前の音調が下がっている

>< この2つの記号で囲まれた発話の部分の速度が速い

> 急いで発話が始まっている

下線 比較的大きな音、または強調されている部分

゜゜ 「゜」で囲まれた発話の音が周りより静かな時

: 音が伸ばされている状態。程度に応じてコロンの数を増やす

-       音が途切れている箇所

h 呼気音

.h 吸気音

haha, huh 笑いなど

(☆数字) 1秒単位で数えた沈黙の長さ

(.) 非常に短い沈黙

 

2節 盛り上がりの判定

 盛り上がりの範囲は、会話参加者がディスカッションで盛り上がったと判断した範囲とする。そしてその範囲を調査対象とし、文字起こしを行った。その範囲の中から、さらに調査者が第3者の視点からみて、大きく盛り上がったと感じる部分を特定する。会話参加者と調査者両方が盛り上がったと判断した箇所は「大きな盛り上がり」、会話参加者のみが盛り上がったと判断した箇所は、「安定した盛り上がり」とし、盛り上がりの度合いを2種類に分類した。

 

 

3節 大きな盛り上がりの特徴

 ここでは、大きな盛り上がりが起こった箇所に共通して見られる特徴について、会話例を示しながら説明する。それぞれの会話の流れをしめしつつ、最後にまとめる。

 

会話例1

01A:捕まる:::?えでも初々しくない?高校生カップルは

02C:<てか 初々しいカップルと、なんか な-なめく[さっとるカップル.hh

03B:                          [なめくさっhu[huhu

04A:                                       [huhuhu

[[huhu hu

05C[[うい-

06B[[態度でけぇよ [[.hh

07C:        [[そう、初々しいカップルは [見てていいなって>思う[けど<

08A               [[.hhhh     h.hhh h .hhh

 

この会話は、会話参加者ABCが街で見かける高校生カップルについて談笑している箇所である。この会話の直前では、Aがバスでよく見かける高校生カップルについて話しており、その様子を初々しいと評していた。

注目してほしいのは、02Cの「なめくさっとるカップル」の発話以降の参加者の反応である。その発話から07Cの「そう、」の発話の地点まで、参加者全員が同時に何らかの反応を示しているのである。02Cが「なめくさっとるカップル」と言い切る途中で、Bはその言葉を繰り返すような発言をし、Cの発話とオーバーラップしている。またABが笑うのとほぼ同時に笑っている。その直後の05C06Bから、BCが同時に発話し始めたが、Cは一度Bに譲り、06Bの「態度でけぇよ」を受けて再度07で発話している。この間、Aの笑いは続いている。

このように1人も沈黙せず、3人が同時かつ一斉に笑いや発話などの反応を示す特徴は、他の大きな盛り上がり例でも見られる。

 

会話例2

01D:ハヤシライスが乗っかってて:[:その上に[チキンライスが-

                               [::

02E                                    [いやいやハヤシライスはかかってない

03D:えっ

04E:ハヤシがかかって゜るんでしょ゜

05D:あっそうhuhu [hh hu.h huhu

06F:           [uhu[huhuhuhu

07E                    [huhuhu  uh.hhu [hhhuhu

08D                                      [.hhえっhと、[ハヤシが[かかってて::::

09F:                           [え     [うん

10F:ハヤシがか[[hhってて::::hehe ハヤシがかかっ[て=

11D          [[huhuhuhu               

12E:     [[huhuhu

13D:                          [でその上にチーズが乗って:::焼いてあるみたいな

 

 この会話は、例1のグループとは別のグループDEFの会話内容である。ある飲食店のメニューについて雑談している。ここでも、05Dから12Eにかけて、3人がほぼ同時に会話に反応を示しているのが分かる。04EEDの間違いを指摘し、それを受けてDは自分の間違いに気づいて笑っている(05)。その笑いにEFも笑いで反応している。08Dで一旦笑いが途切れ、Dが話し始めようとしているが、10FFDの「ハヤシがかかっててー」という言葉を繰り返すことで再び3人同時の発話が起こっている。

 

会話例3

14F:゜三連休、だった?ちゃんと゜=

15E:=三連勤でした=

16F=::[[::::::::::::::::::::haha 

17D    [[お疲れ様で::::::::::::::

18E:  [[huhuhuhuhuhu  [huhu hh hh

19F                        [hhちゃんと三連休じゃなかったんだ[.hhh hh

20E                                                          [ちゃんと三連勤

[でしたhuhu[huhuhu

21F[ああ .hha

 

 ここでは、Eが三連休をアルバイトで過ごしたことが話されている。15Eで「三連勤でした」と発言すると、それを受けてFDEを労わる発言をほぼ同時に行っている(16F17D)。そこにEの笑い声も加わり、3人が同時に発話している状態となっている。

 このように大きな盛り上がりの部分では、会話参加者全員が同時に発話するという、「全員同時発話」の箇所が見られるという特徴がある。笑いが含まれているということからも、その時会話参加者たちは展開されている話題に対して楽しさや面白さを強く感じ、発話することに積極的になっている状態であると分かる。この状態は第三者からも盛り上がりの度合いが大きいと感じられ、調査者が大きな盛り上がり箇所を判断する基準となった。

 では、どのようにして大きな盛り上がりはつくられていくのだろうか。

4節 大きな盛り上がりの発生

 第3節で示した大きな盛り上がりの特徴である、参加者全員の同時発話は盛り上がりの冒頭部で起こる場合が多い。また直前の会話には参加者のオーバーラップが徐々に多くなっているなどの前兆は見られず、急に出現しているのが分かる。大きな盛り上がりは、盛り上がりを少しずつ高めていって達するのではなく、あるきっかけにより一気に起こるものと考えられる。そのきっかけは直前の発話や文脈に存在している。

 ここで先に挙げた会話例を見てみよう。例1では02Cの「なめくさっとるカップル」の直後、全員同時発話が起きている。この「なめくさっとる」という表現に面白みがあり、直前で話題に出されていた「初々しいカップル」とはかけ離れた話題に関する言葉であることから、「なめくさっとるカップル」という発話自体がきっかけとなったと考えられる。Bが即座に繰り返し、この発話に反応していることからも伺える。

 しかし例2では、全員同時発話が起きる直前の発話は05Dの「あっ、そう」であり、肯定以外にその言葉自体は意味を持たない。例3も同様に、全員同時発話の直前(15E)の「三連勤でした」というのは事実を述べているのみであり、表現のおかしみはない。これらの発話はそれまでの文脈によって意味が与えられ、盛り上がりに寄与している。例2を見ると、05Dは自分が「ハヤシ」と間違えて「ハヤシライス」と言っていたことに気づいた時の発話である。その間違いこそ3人が思わず笑ってしまったおかしさだった。また例3も、15E1つ前の14Fの「三連休だった?ちゃんと」の発話があるために、「せっかくの三連休なのに全てアルバイトしていた」というニュアンスが生まれる。そのニュアンスにDFは反応を示したのである。

 これらの例から、大きな盛り上がりのきっかけには、その言葉自体がきっかけとなるタイプと、文脈の流れが関係するタイプがあると言える。

 

5節 大きな盛り上がりの継続

 さらに会話例を見ていくと、大きな盛り上がりの箇所では、言葉の繰り返しや言い換えが多く発生していることが分かる。そして繰り返しや言い換えにより、笑いなどの反応が活性化し、盛り上がりが継続されているのである。

 

会話例4

22D.hなんか今日下ネタの歌ばっかで::

23F.hどゆこと?.h 

24D:なんか[[.h

25F:   [[ちょっと言えないような 

26E:     [[.hhh    huhuhu hhh  [[huhuhu

27D:                [[-  

28F:               [[:::::って[[かん-

29D:                    [[ちょっと や なんか

30E:                    [[huhuhu  hh  huhuhu

31F[[↑あ:::::ちょっと.h 

32D[[.hhh  hh

33E[[hh huhu  hhh huhu [hhu.hh  h.hh hh

34F                      [ちょっと録音されちゃうからやめようか.hh [hhh .hh

 

 ここでは、Dが出席している講義に関する話がなされている。この会話では全員同時発話は24Dから33Eまで続いている。講義の内容が「下ネタの歌」ばかりだった(22D)という発話を受け、25FFが「ちょっと言えないような」と返している。28Fにて、Fはさらに「ピーって(感じ)」と発話しているが、これはテレビ番組でよく使用される、放送禁止用語を隠すための音のことを指している。そのためこの「ピーって(感じ)」は、「ちょっと言えないような」の言い換えだということが分かる。

 

会話例5

35E=拾ったの? [ママ::私飼いたいの[::

36D            [うん そう       [.hhu[hu

37F:                     [.hhhu  [なんか:::[:あの::::

38D                                           [:::::

39E                                                    [huhuhu

40D:そう=

41E=[一生のお願いhu  huhu[hu hhhuhuhuhu 

42F=[ドラマみたい hhh      [.hhちょ.h[hh

43D                                   [だって段ボ::[(??)huhuhhhh.h

44F                              [段ボ::[.hh hha.hha.h h 

45E:                             [huhuhuhuhu

46D:なんか お姉ちゃんの友達の納屋に住み込んどって:::  

47F:ふぅ::

 

 この場面では、Dが家で飼っているペットについて雑談している。この直前では、Dのペットは以前捨てられていた雑種の猫であり、それを拾ってきて飼っていると話されている。この場面で大きな盛り上がりのきっかけになったのは、Eの「ママー私飼いたいのー」(35E)という発言である。この発言は、Dの飼い猫が捨て猫であることを受け、Fも発言しているようにドラマでありがちな、幼い女の子が捨て猫を拾ってくるシーンを連想させたものと思われる。それにDFは笑いで反応している。そのあとEは女の子が捨て猫を飼うよう頼む時に言いそうな「一生のお願い」(41E)と言い、Dは捨て猫が入っている「段ボール」(43D)と、捨て猫を拾ってくるシーンを連想させる発言をしている。これも、一種の言い換えと言えるだろう。その後はDの猫が拾われたいきさつについての話題へと移行して、盛り上がりは落ち着いている。

 大きな盛り上がりの部分には、「話し手が使った言葉を聞き手が即座に繰り返したり、言い換えたりしている」という特徴があることが分かる。言葉の繰り返しは、聞き手が発話のどの部分にどう反応したのかを示している。会話例1のケースではBCの「なめくさっとる」という言葉に反応し、面白さを感じている。また言い換えは、話題に対する理解や共感を示す。第2章第1節第7項で、「聞き手の物語のオチに対する理解は、通常は同じオチの含まれている類似した第二の物語をつくりだされることでなされる場合が多い。」と説明したが、言い換えは第二の物語が簡潔化されたものと言えないだろうか。物語が語られるとき、まず具体的なエピソードが先に語られ、話のオチはその後に話されるという構造をとる。そしてその物語の聞き手も同じ構造で類似した物語(第二の物語)を語り、オチの理解を示す。これが通常の流れである。しかし大きな盛り上がり箇所では、その流れに当てはまっていない。例えば会話例1の言い換え(B06)は、聞き手であるBが最初に語るはずのエピソードが省かれ、いきなりオチを話したものとなっている。また例5の言い換え(41E43D)は、35Eの発話から連想される捨て猫を拾うエピソードを、別の視点から捉えた類似エピソードを一言で表した発話であると言える。このように、複数の発話ターンを要するはずの第二の物語を、言い換えによって単発で済ませてしまうという簡潔化が起きている。この簡潔化が起きる理由については、第5章で説明する。

 

6節 安定した盛り上がりの特徴

 大きな盛り上がりの特徴として全員同時発話が挙げられ、その発生にきっかけ、維持には繰り返しや言い換えが関与していることを述べた。では、会話参加者のみが盛り上がったと判定した安定した盛り上がりには、どのような特徴が見られるだろうか。

 以下は、安定した盛り上がりの会話例である。

 

会話例6

09A:なんか初々しく二人掛けの席にバスで、なんかバスの話ばっかりだけど

10C.hhh おお いいよいいよ

11A:二人掛けの席に二人でちゃんと納まっとる二人はか-かわいいと[思う

12B:                             [.hh

13B:(だって?)二人で納まってないパターンある?

14A:あるでしょ:::[二人掛けを

15B:       [(例えば?)

16A:そう こうやって二人掛け[が二つ並んどったら、

17C                        [うん

18C:うん

19A:ここに座ってここに座って[こうやって会話しとるが。めっちゃ腹ただしいよ

20C                    [::: あっあ::はいはいはい

21C:あっそれは[腹ただしいな

22B          [::[::

23A              [そう。なんか、そのカップルがどうのとかじゃなくて、これ友達でも言えるんだけど、

24B?:うん

25A:二人で座れよ、そんな会話したいんならって思う。

 

 この会話例では、Aがバスで見かけた、カップル達の席の座り方についての話題が挙がっている。ここではAが主な話し手となっており、Aの発話量が多い。一方BCは聞き手に回り、質問や相づちなどで話の先を促している。このように、体験談を語る時など、複数の発話が1つの物語を構成しており、現在の話し手が複数の発話ターンを必要とする場合がある。第2章第1節第6項にも説明があるように、その時、話し手が交互に替わる通常の順番取りシステムは一時的に中断され、物語やトピック(話題)の話し手に対して話す権利が優先的に与えられる。安定した盛り上がりでは、物語の話し手と、聞き手となる他の会話参加者の固定化という構図が見られるのが特徴である。全員同時発話はあまり見られず、見られても長続きしたり短時間で頻繁に発生したりはしない。トランスクリプトの大部分がこの構図となっており、話し手の物語が終われば、次の話し手が物語を語るという交替が繰り返されている。

 

7節 大きな盛り上がりの抑制要因

 安定した盛り上がりの中にも、大きな盛り上がりにつながるきっかけになりそうな発話や、繰り返し・言い換えがなされている部分がある。だが、これらの部分は実際には大きな盛り上がりには至っていない。それはなぜなのだろうか。

会話例7は、公共の場でマナーを守らない若者についての話題に関連させて、ファミレスで走り回る幼い子どもに関する話題へと移行した場面である。

 

会話例7

26A:あ:あれは?ファミレスでちっちゃい子が走りまわっとってイライラする人?

27B:ううん せん.hh

28A:ほほえましい人?

29C:元気やなあって=

30B:=.hh[h元気やな::みたいな.hh

31A:    [::そういうまあプラスかマイナスかって言ったらプラスの人やろ?

32C:まあま[あ(??)

33B:   [:::

34A:でもマイナスの人もおるわけやろ?

35C:まあおるおる

 

 ここでのAの「ファミレスでちっちゃい子が走りまわっとってイライラする人?」(26A)という質問に対して、Bはしないと答え、そのあとのA「ほほえましい人?」(28A)に対してCは「元気やなあって」(29C)と答えている。この「元気やなあ」に対してBは「そう元気やなーみたいな」(30B)と笑いながら繰り返し、賛同している。

 このBの発言とオーバーラップしたAの「あーそういうまあプラスかマイナスかって言ったらプラスの人やろ?」(31A)からは、Aが「マイナス」の人である友達の話を持ち出し、BCは相槌をするのみの聞き手になっている。

 

Cが答えた「元気やなぁ」(29C)という言葉を、その後Bも笑いながら繰り返している。Bは笑っていることから、少なくともCの発話に対し面白さを感じていたのだろうが、大きな盛り上がりには至らなかった。なぜこのような違いが現れるのだろうか。その原因は、繰り返し、言い換えの次の話者の反応にあると私は考える。会話例1と会話例7、それぞれの繰り返し後の発話を比較してみよう。前者では、Bの「態度でけぇよ」という言い換えの後、Cは「そう、初々しいカップルは〜」と、Bの共感に共感で返し、共感の反応が連鎖する。一方後者は、Bの繰り返しの次の発話は、Aの「あーそういうまあプラスかマイナスかって言ったらプラスの人やろ?」という、今までの話題に関した質問となっている。そして再び話し手、聞き手が固定化した状態で話は進んでいく。前者のように、共感の連鎖がないのである。このことが、両者の違いを生んだのではないだろうか。共感の連鎖は、盛り上がりを保つことに寄与し、参加者が会話に積極的である状態を長引かせる効果があるのではないだろうか。