2章 先行研究

1節 盛り上がりに関する先行研究

盛り上がりをテーマとする研究は情報工学の分野でなされている。例えば徳久・寺嶌(2006)は、雑談における発話と盛り上がりとの関連を調べ、盛り上がりに寄与する発話の性質を明らかにしている。論文中では発話の内容に注目し、その発話内容に沿ったタグを付与することで、発話の性質を分類している。そしてそれぞれのタグが盛り上がりにどのように影響しているのかを分析している。タグには「客観的事実を述べる」「同意(不同意)を求める」など、その発話の行為を表すDADialogue Act)タグや、「発話1の一部を発話2が補完する」など[働きかけ-応答]の関係性を持つ発話ペアの修辞構造を表すRRRhetorical Relation)タグが用いられている。

 盛り上がり部分の判断は、対話データの試聴者が、5発話単位ごとに盛り上がりの評価値を付与するという手法をとる。以下の5段階を基準とし、10から90の間を1点刻みで評価する。

90…とても盛り上がっている

70…やや盛り上がっている

50…どちらとも言えない

30…やや盛り上がっていない

10…全く盛り上がっていない

この評価値を元に、1つの発話単位の盛り上がり度を計算する。盛り上がり度は、ある試聴者がその発話を対話の中で、相対的にどの程度盛り上がっているかと評価したかを表す。

 この盛り上がり度とDA及びRRタグとの関係を解析した結果、盛り上がり度が高くなるにつれて、以下の4つの出現頻度の割合が高くなることが分かった。

<1>主観的内容に関するDA

<2>ユーモアの提示(show humor)や興味の表明(show interest

<3>ある話者の発話の続きを、他話者が補完する言い足し(addition)

<4>ポジティブ(positive)な評価表現

これらの要素が対話の盛り上がりと関係が深いことが考えられるとしている。

徳久らの調査方法では、盛り上がりの判定は会話参加者ではない第三者によってなされている。しかし盛り上がりは、それ自体が会話参加者が感じる主観的な経験でもあり、参加者と第三者では判定にズレが生じる可能性がある。これにより、会話参加者のみが判定した盛り上がり箇所を取りこぼす恐れがある。そこで本調査では、調査分析者とともに会話参加者にも盛り上がった場面を判定して抽出してもらい、両者が一致して挙げた場面を集中的に取り上げることを通して、会話中のどのような要素が、両者をして『盛り上がり』と判断させたのかを分析したい。雑談中の会話参加者たちの発言したことや反応などを詳細に分析するため、本論文では社会調査法の1つである「会話分析」を利用する。

 

2節 会話分析に関する先行研究

ここでは、会話分析の基礎知識を説明する。以下は、好井裕明, 山田富秋, 西阪仰編 『会話分析への招待』(好井他編 1999)をまとめたものである。     

 

1項 会話分析とは

 会話分析は、日常会話や特定の制度・組織下で交わされる会話を社会的相互行為として扱い、研究対象とする手法である。社会的相互行為には、秩序ある構造またはパターンが存在する。会話に加わる者は、意識しているか否かにかかわらず、このような構造またはパターンに関する知識や指向に基づいて相互行為を営んでいる。会話分析は、実際になされる会話に基づいて分析し、それらの構造・パターンを解き明かすことが目標である。

 

2項 会話の基本構造

会話の基本単位を1つの順番(turn)とすると、

・1つの発話順番において(つまり1度に)1人が話す。

・話し手の交替が何度も起こる。

という特徴が挙げられる。これらは会話参加者にほぼ同等の発言権が期待されているような普通の日常会話において実践される。会議、授業などの、ある特定の社会制度を背景としてなされる会話には当てはまらない。

 

1つの発話の順番は、話し始めてから潜在的完結点がくるまでに入る可能性があるもの全てによって構成される。つまり、1つの単語、1つの文、1つの物語(ストーリー)など、潜在的完結点がくるまでは何でも1つの発話順番とみなされるのである。

 

3項 潜在的完結点(possible-completion-points

 潜在的完結点とは、今の話し手がどこで話を終えるかを、聞き手が何らかの仕方で予測した地点のことを指す。また、潜在的完結点によって、発話の順番が今の話し手からつぎの話し手へ移行するポイントのことを、発話の順番の移行適切場所(transition-relevant-place)と呼ぶ。

 

4項 会話の順番取りシステム

 会話の参加者は互いに発話の順番の交替を何らかのかたちで予測し、相互に調整することができる。このような規則体系を「会話の順番取りシステム(turn-taking system)」と呼ぶ。このシステムは会話に参加する「権利」と「義務」を会話参加者に適切に配分するという、規範的な性格をもった規則体系である。

 

 順番取りシステムの運用規則

話す順番を会話のなかに配分する規則のことであり、以下の規則がある。

・1A規則―他者選択

  今の話し手がつぎの話し手を選択したら、今の話し手は話すのをやめ、つぎの話し手が移行適切場所で発話順番を取得する。この時、つぎの話し手に話す義務が生じる。

・1B規則―自己選択

  今の話し手が、つぎの話し手を選択しなかったら、最初に話し始めた者(自分をつぎの話し手として選択した者)がつぎの発話順番に対して話す権利を持つ。

・1C規則―自己継続

  今の話し手が、つぎの話し手を選択せず、また他の会話参加者による自己選択も起こらない場合、今の話し手は続けてもよい。しかしその義務はない。

・2規則

  つぎの移行適切場所において1C規則がはたらいていたら、1A−1B−1C規則がこの順番で優先権をもって再適用される。

 

5項 割り込み・オーバーラップ

 「割り込み」とは、話し手が発話している最中に、他の会話参加者が発話を始めることである。また「オーバーラップ」とは、複数の会話参加者の発話が重なることである。会話の順番取りシステムがその規則に則って運用されれば、発話と発話の間の割り込みやそれに続くオーバーラップは、順番の潜在的完結点において規則的に起こることになる。潜在的完結点以外でオーバーラップが生じるという例外もある。

 

6項 物語やトピックの組織化

 物語を語るときなどといった、複数のターン構成からなる発話を要する行為を達成するために、通常の順番取りシステムは一時的に中断され、物語やトピック(話題)の話し手に対して話す権利が優先的に与えられる。話し手は、「物語の前置き」をすることによって、これから物語を話すことを、聞き手に予告する。物語の前置きには、「人名」「時」「場所」などが一般的に使われ、これらに関する物語がなされる。聞き手は物語が語られている間、相づちをうつことで、物語が語られることを承認している。

 

7項 物語やトピックの一貫性

 会話にはいくつもの「トピック(話題)」が導入される。その時会話参加者はでたらめに話しているのではなく、トピックの一貫性を協同で作り出そうとしている。トピックの一貫性を作り出す方法が、「オチ」の共有である。オチとは、そのトピックの結末や一番強調したい部分を指す。トピックや物語の話し手は、その話に適合したオチをつくりだし、聞き手がそのオチを適切に理解するものと期待する。また物語の終了の際は、話し手はどこが物語の終わりかを、聞き手に示さなくてはならない。その方法としては、これまでの物語を一言でまとめる等によってなされる。トピックや物語が終わった時点で、聞き手は物語について説明を求めたり、同意や反対を伝えたりすることで、オチに対する理解を示す。しかしオチに対する理解は、理解したことを率直に伝えること以外の方法をとることが多い。このことについて山田は「この物語のオチに対する理解は、あらかさまに述べられることはまれで、ふつうは同じオチの含まれている類似した「第二の物語」をつくりだされることでなされることが往往である。例えば、誰か一人が交通事故の目撃体験を語ると、つぎつぎとそこにいる聞き手が自分の交通事故目撃体験を語るといったぐあいである。」(山田 1999 ; 27-28)と述べている。

 

8項 まとめ

 以上に挙げた会話分析の先行研究を踏まえて、本論文では第5項のオーバーラップや第6項の物語、第7項のオチ、第二の物語に注目して分析を進める。特に、会話のテンポに関係のあるオーバーラップ、トピックの一貫性を作りだし会話の流れに影響するオチに着目していく。